【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー   作:ちありや

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3R レースの後に

「お疲れ様… 着替えながらで良いから聞いて」

 

「…なに?」

 

 ステージから控室へと帰ってきた私をアイリスが迎える。私が今、人と話をしたくない心境なのを十分に理解しているので、ああいう物言いになる。

 

 着替え中の逃げられない状況では私も「イヤ」とは言えない。そういう周到な所も含めて知恵の働く女なのだろうが、その分ちょっと鼻につく部分もある。

 

「貴女は先頭に立つと『(かか)る』クセがあるから、『逃げ』ずに一歩引いて冷静にレースを見渡して欲しかったの。だからこその『先行』指示だったのよ」

 

「……」

 

 彼女の言わんとする事は理解している。実際私はレースの序盤、先頭に踊り出て昂揚感からペースを上げてしまい、予定以上にスタミナを浪費してしまった。

 

「冷静なレース運びが出来ていれば、1着の子はともかくその後の2番3番の子らに抜かれる事は無かったはずよ」

 

「……」

 

 万全の状態でもブラックリリィ(あいつ)には勝てなかった、そう言いたいらしい。

 腹は立つがそれも認めざるを得ない。確かにあいつは強かった。それはもう『次元が違う』とまで思える程に。

 そして私の通うトレセン学園は全国から集められた()()()()()(ひし)めいてシノギを削っている戦場なのだ。

 

 ブラックリリィは物凄く強かった。共にレースを走った娘の中には、心を折られてしまった者もいる程の圧巻ぶりだ。

 しかし私の闘志は衰えていない。むしろ『あいつを倒す』という明確な目標が出来て喜びの感情すら湧いて来ている実感があった。

 

「それに私の見立てでは貴女はまだ『ほん…」

 

「もう良い、分かった。次からはちゃんと言うこと聞くから…」

 

「ナズナ…」

 

 アイリスの言葉を私は手を上げて遮った。彼女の言おうとしている事は大体分かる。これ以上聞く必要は無いだろう。

 

「それより次のレースはいつ? 早く次の事を考えようよ」

 

 頭を切り替えていかないと、いつまでも負けた記憶が心を(さいな)む羽目になる。早い所レースに勝って『未勝利ウマ娘』の看板を降ろしたいのだ。

 

「そうね… すぐにでも次のレースを決めたい所だけど、無理なスケジュールは体を傷めるだけだわ。予定は考えておくからまた明日ミーティングしましょう。今日は帰ってゆっくり休みなさい」

 

「…わかった」

 

 話は終わりだ。私は学園の制服である藤色のセーラー服に着替えて、荷物を抱えて控室を後にする。

 出がけにアイリスから「ナズナ!」と呼び止められ足を止める。

 

「いい? これだけは忘れないで。『貴女は強い、冗談抜きでGⅠを狙えるほどに』ね。貴方を勝たせたいのは私も一緒、だから2人で頑張っていきましょう!」

 

 背中にかかるアイリスの声が暖かい。でも私は照れもあって背中を向けたまま手を上げてヒラヒラと振って見せただけだった。

 

 ☆

 

「ナッちゃん、レース見てたよ。惜しかったね」

 

「カメ…」

 

 部屋に戻ると1人のウマ娘から声をかけられた。この子は『オカメハチモク』という私のルームメイトだ。

 彼女は『オカメ』と呼ばれるのを嫌う。狂言で使われる『阿亀(おかめ)面』のお多福顔を連想させるからだそうだ。

 

 彼女の名前の『岡目八目』のオカメはその意味では無いのだが、いちいち周りに説明するのも面倒くさいので、私達は『カメ』あるいは『カメちゃん』と呼んでいる。走る仕事なのに『亀』は別に問題ないらしい。

 

 カメは私と同じくチーム〈ポラリス〉の同期メンバーで、私と違っておっとりとした優しいお姉さんタイプの子だ。

 何かと私を気にかけてくれて世話を焼きたがる。傍から見ると姉妹(ひょっとしたら姉弟)の様に思えるかも知れない。

 

「全然惜しくないよ。私の持ち味がまるで出せなくてアイリスも激おこだったしね」

 

 制服のままベッドに飛び込みながらぞんざいに答える。別にアイリスは怒ってなかった(よね?)が、とりあえず話を盛っておいた。

 

「あはは、ナッちゃんのトレーナーさんもわんぱく坊主が担当で大変だねえ」

 

「そこ、うっさいよ」

 

 2人で顔を見合わせてケラケラと笑い合う。その後数秒の沈黙が流れる。

 なんとなく沈黙が耐えられなくて、ベッドに横になったまま私は口を開いた。

 

「…今日一緒に走った奴さ、トンデモなく強かった。私が懸命に走っても走っても、まるで差が縮まらなかった… 子供の頃からあんな負け方したのは初めてでさ」

 

「うん、見てた…」

 

「それどころか最後の最後で更に2人に抜かされて、ウイニングライブでは晴れてバックダンサーデビューだよ…」

 

「……」

 

「確かに私の作戦もミスってたよ? 勝手に『逃げ』たし、それで原因で掛かっちゃったし…」

 

 不意に涙が溢れてくる。今になって色々な悔しさや後悔が沸き上がってくる、気持ちが抑えられない。

 

「悔しい… 悔しいよカメぇ…」

 

 止めようとしても後から後からどんどんと涙が湧き出して来る。両手で涙を拭うが、とてもじゃないが間に合わない。今更ながらこんな事なら部屋に帰る前に『大樹のウロ』で悔しさを吐き出してくれば良かった、と思う。

 

「ナッちゃん…」

 

 カメが私の横に静かに腰掛けて、泣きじゃくって無防備な私のお腹の上に手を当てる。そして優しく(さす)りながら

 

「今日は頑張ったよね。たくさん泣いて良いよ。どうせトレーナーさんの前じゃ突っ張って強ぶってたんでしょ?」

 

 そう言ってくれた。カメにはお見通しか……。

 

 その後私はレースに負けた悔しさと、カメの優しさに触れた喜びとの二重の感情で10分程泣き続けた。

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