【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー   作:ちありや

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33R 阪神ジュベナイルフィリーズ

 カメにとって、いやチームの同期にとっての初めてのGⅠレース、阪神ジュベナイルフィリーズがいよいよ開催される。

 

 天気予報は晴れだったけれど、レース直前に小雨がパラついてきた。まぁ私が居る時点で十二分に予想できた事だよね……。

 

 強いて言うなら、()ねた泥でせっかくおニューの可愛い勝負服を汚してしまうのは可哀想だなぁ、って思うくらい。レース半ばまで後方に控えるカメの戦法なら尚の事だ。

 

 スタート地点にゲート車が固定されたが、その直後会場スタッフより「天候変化による蹄鉄交換の時間を設けるので、開始時間を繰り下げます」との通達があったようで何人かのウマ娘が控室へと戻っていき、ほどなく観客席にも同様のアナウンスが行われた。

 

 『蹄鉄』。競走ウマ娘のレースシューズの爪先に必ず装着されるU字型の金具の事で、なぜ通常の陸上用のスパイクでは無く、他では見ない特殊な金具を装着して走るのかは諸説あり、その起源は不明なままだ。

 そしてウマ娘はレースや練習の際には「蹄鉄を装着した靴」を履く事が義務化されている。

 

 そこに『滑り止め』以上の意味が有るのか無いのかは私は知らない。単にルールなので従っているだけだ。

 

 蹄()という名前だが、実は鉄よりも耐久性は劣るが軽量なアルミニウム合金がほとんどの割合を占めている。

 その他、マグネシウムやチタンあるいは銅が使われる事もあるそうだが、効能の違いは私にはよく分からない。

 

 またその種類も多岐にわたり、馬場、脚質、天候等に合わせて逐一カスタマイズする事も可能だ。

 ものぐさな私などは汎用性の高い (でも特化性能の無い)蹄鉄で打ち替えの手間を省いたりするが、それこそカメなんかは状況に応じてちょこちょこ変えるのが好きみたいだ。

 

 一般的に蹄鉄の装着はウマ娘個人の責任に於いて行われ、よほど親しくない限り他人の手には靴と蹄鉄は触らせないのが通例となっている。恐らく各自の控室で今頃はトンテンカンとやっているのだろう。

 

 ☆

 

 1人、また1人と蹄鉄の打ち替えを終えたウマ娘が続々とコースに現れる。結局開始時間は12分遅れ、この後に開催されるプレオープンレース『夙川(しゅくがわ)特別』も時間を繰り下げで行われる事となった。

 

 やがて出走者全員が揃い、1人ずつスターティングゲートに収まっていく。

 

 さぁ、レースの始まりだ!

 

 独特の作動音と共にゲートが開き、15人のウマ娘が一斉に飛び出した。

 

 先頭争いは予想通りドキュウセンカンとクリスタルセイバーの一騎討ち。ドキュウに先行されると例の『進路塞ぎ』作戦を食らうので、クリスタルセイバーも必死で先頭に出ようとする。

 

 その結果、ドキュウとクリスタルセイバーどちらも譲らず2人だけで競走を始めてしまった感じで、カメを含む後続を大きく離していった。

 しかしいくら『逃げ』でもこれはペースが早すぎる。ツキバミならまだしも、他のウマ娘ならば早晩スタミナを切らす事は必至だ。

 

 逆に考えればこの状況は他のウマ娘にとって好機となり得る。1番人気と3番人気が潰し合ってくれれば一番得をするのは2番人気であるカメだ。

 

 ただカメは終盤追い上げる『追い込み』なので、今の様に早いレース展開だと、先頭との差を詰めきれずにレースが終わってしまう可能性も出てくる。

 

 私の気持ちがカメに伝わったのか、いつもよりかなり早い段階でカメが加速し始めた。小雨模様に加えて時間が押した分、日が落ちて来ており、各員の視界は傍目ほど広くないはずだ。カメの位置からドキュウらを捉えられているかも怪しい。

 

 カメ自身も仕掛け所を掴めないまま加速した可能性も高い。最後にスパートを掛ける体力だけは残しておくんだよ、カメ……。

 

 カメが加速し始めた辺りで先頭の2人も速度を落としてきた。遠目に見ても意地だけで走っている顔がよく分かる。そしてカメだけでなく他の娘達も速度を上げ、集団全体としての長さがどんどん短くなる。

 

 ただ大きく順位を替える事はなく、レースは第4コーナーを越え悪魔の待つ坂へと雪崩れ込んだ。

 現在の先頭はクリスタルセイバー、ドキュウはスタミナ切れからか既に中段まで後退している。

 しかしクリスタルセイバーも仁川の坂に捕らえられてスピードを落とし、後続集団が徐々に追い詰める。

 

 このタイミングで上がってきたのが我らがオカメハチモクだ! もはやドキュウの妨害は無いだろう、今までの溜めていた末脚で最後方からのゴボウ抜きを見せて欲しい。

 

 カメの速度が上がってきた所でカメの前方を走っていた娘が少しよろめいた。脚をもつれさせた様な感じで外枠へと外れていき、坂の途中で大きく速度を落とす。

 

 その瞬間、カメが何も無い所で(つまず)いた様な仕草を見せた。

 一瞬態勢を崩したカメ。転倒こそしなかったものの、無理な姿勢制御に速度を殺され、再度の加速は叶わずに群に埋もれたまま10着になってしまった。

 

 ちなみにクリスタルセイバーはなんとかクビ差で逃げ切り1着に。スタミナを切らせたドキュウは7着と、大きく荒れたレース結果となった。

 

 カメに一体何が起きたのか? その原因を発見したのは視力の高いコロだった。

 

「カメの前を走っててヨレた奴がいたじゃん? あいつが落鉄したんだよ。それで落ちた蹄鉄をカメが気付かず踏んづけて…」

 

 落鉄… 装着した蹄鉄が外れる事で、レースでも練習でもごくたまに見かける。先程「蹄鉄の装着はウマ娘個人の責任」と書いたが、落鉄そのものは事故として扱われ、特にペナルティに問われる事は無い。

 

 しかしながら「個人の責任」であるが故に、一度落鉄させると今後『あいつはろくに蹄鉄も打てない情けないウマ娘』として見られる事もある厳しい世界でもあるのだ。

 

 私自身、カメに代わって落鉄した娘に文句を言いたい気持ちは多くある。

 でもその娘だって事故を起こした事、他人を巻き込んだ事、そして転倒して選手生命を失う可能性があったこと… 今はとても不安で怖い気持ちで一杯だろうな、と思ったら胸のムカムカも次第に晴れていった。

 

 何にせよとにかく大きな事故にならなくて良かった… 後で悔し泣きしているであろうカメをたくさんハグして上げようと思ったよ……。

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