【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
「遂に来ちゃったねぇ、有馬記念…」
ここは中山レース場のパドック、あと20分もしないうちにレースが始まるだろう。
自分で呟いてその言葉の意味に改めて恐怖する。URA年末最後のお祭りであり、1年を締め括るこの大レースに
そりゃまぁ前前走のオールカマーは天皇賞 (秋)のステップレースで、優勝者には天皇賞 (秋)への出走優先権が与えられる。
『勝てればラッキー』な軽い思いで臨み、オールカマーに勝ち、天皇賞 (秋)で善戦できた。そして今あたしは有馬記念のターフに立っている。
ちなみにGⅠレースとしては、まだホープフルステークスや東京大賞典が後日に控えてはいるのだが、両レースとも歴史が浅く規模も小さい為に、世間一般的には『年末最後の』と言われると有馬記念になるようだ。
現在のあたしの人気は8番手らしい。まぁこのくらいの方が気負わずにリラックスして走れるので、実力通りの結果は出せそうだ。
上位人気者は天皇賞 (秋)でも走ったケイヨウブロンコやトウザイブレイカー、そして何よりダントツの1番人気が本年度のクラッシック3冠ウマ娘のツキバミだ。
観客のほとんどは彼女を見に来ている。今日も12万ものファンが中山に押し寄せ、スタンド席だけでは収容しきれずに場内の大障害コースを開放してお客さんを収容している程だ。
その12万のうち、あたしのファンはどれだけいるのか…? 一応あたし個人としては3万前後のファン数がいるはずなんだけど、パドックで客席に手を振った時にはチーム以外からの応援はほとんど無かったんだよね……。
しかしまさか『初めの3年間』のラストレースで『怪物』と名高いツキバミ嬢と走れるなんて、光栄すぎて涙が出てくるよ……。
でも調子は悪くないし、天皇賞 (秋)の時の様に焦ってもいない。今日は良くも悪くもあたしらしいレースが出来るはずだ。
☆
『初めの3年間』
競走ウマ娘はデビューしてからの3年間が人生で最も重要な期間と言われている。
この3年の間に残した成績が、後の競走ウマ娘としての人生に大きく関わってくるからだ。
もちろんこの3年で全てが決まってしまう訳ではないし、ある程度の成績を残している娘はほとんどが4年目のレースに臨む (レーススケジュールは3年目のシニア級と同様)し、5年目やごくまれに6年目を走るウマ娘もいる。
この期間に目覚ましい成績 (GⅠレース1勝以上を含む複数の重賞制覇)を上げれば、あたし達の走るトゥインクルシリーズの上位シリーズであるドリームトロフィーリーグへと進めるのだが、これは本当に一握りの選ばれしウマ娘にしか掴めない栄光でもある。
あたしの目標も一応ドリームトロフィーではあるんだけど、上がるには今日の有馬記念を優勝してワンチャンあるかな? ってレベルだと思う。うん、ムリゲーだね。
ただチャンスがあるとしたら、他の出走者がみなツキバミをマークしている、という事だろう。
誰かがツキバミの豪脚を抑えてくれれば、このアモさんが漁夫の利を狙えたりなんかしないかな〜? とか甘いことを考えたりしている訳なんですけどね。
昔から『有馬記念は荒れる』のが定説だ。何が起こるか分からない
☆
スターティングゲートに入り空を見上げる。雲ひとつ無い快晴だ。日差しもあって年の瀬の割には温かい気候になっている。
観客席にはナズナも来ているはずだけど、今の所雨の兆候は無い。
ウマ娘は雪の降る真冬でも半袖短パンで走るくらい寒さには強い娘が多いんだけど、これも個人差があって、あたしは割と寒がりだ。
だから冬場のレースで雨とか雪とか降られると、それだけでやる気がグンと下がってしまう事があるので、今日の様な冬晴れはとても助かるんだよね。
なんて事を考えているうちに本日の出走者16人全員のゲートインが完了したようだ。
ゲートが開きレースが始まる。
キタミタカッタとツキバミの2人が早速先頭争いを始めている。あたしは今回『先行』で5番手位のいい位置に付けた。
ツキバミ達のペースは予想していたよりも遅く、この分なら最後の直線で勝負をかける余力を残して置けるかも知れない。
「うぅん? ツキバミちゃんペース遅いね…」
両隣を走っている娘にわざと聞こえる様に大きめな声で呟く。
レースの最中には走りながら色々な事を考える必要がある。位置取りや速度ペースなど、秒単位で情報が更新される度に逐一判断をしながら行うレースは、傍から見ているよりも遥かにハードな疲労を頭と体にもたらす。
意味のある事を呟く必要はない。他の娘達の脳みそに少しでも余計な情報《ノイズ》をねじ込んで、掛かる負荷を増加させられればそれでいい。
姑息な手段なのは理解している。それでもこの姑息さがあたしの武器だし、それらを封じて勝てるメンツじゃないのは天皇賞 (秋)で証明済だ。
大きな順位変動の無いまま、第3コーナーを回った辺りで周りの娘達が動き出す。
ツキバミを抑えて先頭を進んでいたキタミタカッタだが、やはり無理が祟った様で徐々に速度が落ちてきた。
キタミタカッタの失速タイミングを読んでいたあたしは上手く体を滑らせて2番手に進めることに成功した。
正直この時点でツキバミと競り合うのは想定も覚悟もしていなかった。
『誰か別の人に削ってもらって』なんて考えていたけど、今の位置関係になっちゃったら、もうあたしが対処するしかないじゃん。
と言うわけで、さぁて一騎討ちと行こうかツキバミちゃん。アンタがスタミナオバケなのは知ってるけど、キタミタカッタが良い感じに減らしてくれていた様に見えたんだよね。
あたしとツキバミが並ぶ。あたしが速度を上げるとツキバミも上げる。
もうじき最後の直線だ。まだスタミナは温存出来ている。ラストスパートで勝負出来る。
後ろから上がってくる飲まれそうなほどに凄まじいオーラはトウザイブレイカーだろうか? まぁ誰が来ようが関係ない、このまま坂を走り抜けるだけだ。
懸命に走る。でもツキバミを抜けない。走っても走っても差が縮まらない。彼女は多分、余裕のくせに遊びであたしと競り合っている。息が苦しい、脚が動かない、手の振りすらも重くて億劫だ。
『も、もう無理ぃ…』
体よりも先に心が折れそうになる。ついに息が吸えなくなって一瞬目の前が真っ暗になる。
『駄目なの? やっぱりあたしなんかじゃ大舞台には立てないの…?』
…イヤだ、負けたくない。ここまで頑張って負けるのはイヤだっ!! 頭の中で200回くらい『負けたくない』を繰り返す。
その時、体の全ての動きが止まった、動かせなくなった。『もう終わりなの?』と悲しくなった……。
でも違った。止まったのはあたしだけでは無くて、周りの全てが止まっていた。顔にかかる風さえも感じない。ほんの少しだけど手足は動かせるようになった。あたしの少し前でツキバミは止まっていた。
どういう事かは分からない。でもツキバミを抜くのは今しか無かった。
ツキバミを追い抜く。体半分ほど先行した所で再び時間が動き出した。
喧騒が再度あたしを包む。顔にかかる12月の風、周りの娘達の息遣い、16人のウマ娘の走る足音、観客席の12万人の声援や絶叫、そしてツキバミの「なにっ?!」という驚きの声……。
あと100メートル、あとたった100メートル走り切ればあたしは日本一のウマ娘になれる。ドリームトロフィーで走れる…!
そのはずだったのに、神様は残酷だった……。
ゴール手前で体に全然力が入らなくなった。目と鼻に水気を感じる。あたしは泣いてないし鼻水も垂らしていない。手の甲で顔を拭う、これは『血』?! 目と鼻から同時に出血している、ナニコレ…?
思うように体が動かせず惰性で走る真似事をしながら体を前に進ませる。
ツキバミを始め、1人また1人とあたしを追い抜いてゴールしていく。
あたしがゴールしたのは多分12着とか13着。ゴールと同時に最後の意識も吹っ飛んでその場にうつ伏せに倒れ込んでしまった……。