【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー   作:ちありや

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34R 領域(ゾーン)

 有記念のラストでアモ先輩が急に失速して、ゴールと同時に倒れて救急搬送されて行った。

 

 見ていた限りでは他者との接触や妨害の形跡は無かったし、ゴール前まではあのツキバミを追い抜くほどの猛スパートを見せていたのに……。

 アモ先輩に一体何があったと言うのだろう…?

 

 レース場ではウイニングライブの会場設営が始まり、レースとはまた別の興奮に満ちていた。アモ先輩を心配する声もあったけど、ツキバミの優勝に沸く人達の方が遥かに多い。

 

 救急車に同乗して行った源逸トレーナーからの連絡では、アモ先輩は特に外傷も無く、今は無事に意識を取り戻して会話も可能な状態らしい。

 「現在精密検査中で病院に来ても何も出来ないから、そちらはライブを楽しんでこい」との事だが、この状況で楽しめる訳ないだろ、何言ってんだこのオッサンは?!

 

 と思いながら渋々ステージを見ていたが、やはり『NEXT FRONTIER』の歌パワーは凄い。10万以上の観客の熱狂が更に舞台を盛り上げる。この光景は何度見ても胸が熱くなる。

 本当ならあの舞台に、いやセンターにアモ先輩が居たのかも知れないと思うと、他人事ながらとても心苦しく感じた。

 

 ☆

 

「いやー、心配かけてゴメンね。この通りアモ姉さんは元気だよ!」

 

 翌日、朝イチで全員で病院にお見舞いに行くと、アモ先輩が以前と変わらぬ明るい笑顔で迎えてくれた。

 とはいえまだ安静が必要な状態らしく、トイレ以外はベッドから出ないように言われているらしい。

 

 元気そうなのはとても安心するけれど、ならば余計に『あの時に何があったのか?』が気になって仕方がない。

 どうしよう? 聞いて良いものなのかな? などとウジウジ考えていたら

 

「なぁアモ(ねぇ)、一体何があったのさ? 急に倒れてすっごい心配したんだよ?」

 

 私の代わりにアモ先輩の妹弟子であるコロが先陣を切って質問してくれた。とても助かる。

 

「う〜ん… みんなはさ、《領域(ゾーン)》って聞いたことある?」

 

 アモ先輩がコロの質問に対して質問で返してきた。

 

 私たちウマ娘勢は全員頭上に『?』マークを出している。聞いたこと無いけど何の事だろう?

 

 トレーナー達の何人かには心当たりがあるみたいで、源逸さんと目黒さんは何故か物凄く渋い顔をしている。アイリスは「聞いたことあるかも?」って少し不安な顔で、きりさんは私達同様頭上『?』組だった。

 

「それって確か『時代を作るウマ娘の資格』とか何とか言われる、学園の噂や都市伝説の類の話よね? それがどうかしたの?」

 

 代表してアイリスが言葉を繋ぎ、アモ先輩がそれに答える。

 

「そう、『限界の先の先にある領域。時間や空間を超越したウマ娘が到達できる頂点の景色』と呼ばれる所。あたしが見たのは『それ』かも知れないんだよね」

 

 アモ先輩の目は喜びに満ちていた。それは穿った見方をすれば「宗教にハマった」人たちと同様の輝きを放っていたとも言えるだろう。

 

「バカ言ってんじゃねぇよ。レースでの過度のストレスで血圧が上がって、逆上(のぼ)せて倒れたってのが医者の見解だ。下手すりゃ脳出血で半身不随だったんだぞ? そんな訳の分からない噂で片付けるな」

 

 源逸さんの言葉は厳しい。でもそれは担当ウマ娘の身を案じての言葉でもある。

 確かに医学的に見ればアモ先輩は『逆上(のぼ)せて倒れた』のが正解なのかも知れない……。

 

 でもあの瞬間、アモ先輩は確かにツキバミを追い抜いた。

 アモ先輩はうちのチームのエースだから脚は当然速い。だが正直あの段階でツキバミと競り合える地力は残っていなかったはずだ。

 それでもアモ先輩は抜いて見せた。そこに何らかのメカニズムがあるのなら、私としてもヒントの1つくらい持って帰りたいものなのだが……。

 

「うーん、これは多分普通の人間には分かってもらえない感覚だと思うんだよね… ね、アイリス先輩はありませんでしたか? こう、時間が止まったような、世界中に1人だけになるような… あーもう! あたしバカだから上手く言葉で説明出来ないんだよ…」

 

 話を振られたアイリスも心当たりは無いらしく、困り顔で「ごめんなさい」としか言えなかった。

 

「…でもさ、逆にもの凄く怖くも感じたんだよね。これから毎回鼻血吹いてぶっ倒れる位の事をしないと勝てない場所に居るんだって実感してさ… あたしいつか死んじゃいそうじゃん?」

 

 アモ先輩の口調は明るいが、その声は微かに震えている。心の不安を必死に覆い隠そうとしているが、まるで隠しきれていない。

 

「正直、レベルの違いを痛感した。体じゃなくて心のね。あたしには修羅の道に踏み込むメンタルは無かったよ… そりゃツキバミとかトウザイみたいな強い奴らに『勝ちたい』と思うけど、反面『もう無理ぃ』とも思うんだ… だから源逸(おっちゃん)! あたし来年の予定決めたよ」

 

「お? おぅ、どうした急に?」

 

 今度は源逸さんが面食らう。今日のアモ先輩はいつもより落ち着きが無くて、追いかけるだけで精一杯だ。

 

「あたしは来年も走る。でも重賞は出ない。来年はデータ集めの為のレースに徹して、本気でトレーナーを目指して勉強するよ! そしてナズナ!」

 

「は、はいっ?!」

 

 トドメは私に矛先が向いた。この場面で私に何の話があるのだろう? ドキドキ……。

 

「次のGⅠはアンタだからね? 《領域(ゾーン)》を探るミッションはナズナに託すよ。多分だけどアンタならあたしよりも上手く『あの世界』を使いこなせると思うから…」

 

 アモ先輩はイタズラっぽい、それでいて固い決意を秘めた瞳で私の目を見詰めていた。

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