【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
アモ先輩の有馬記念から3日後、同じ中山レース場で本当の『年末の大一番』であるホープフルステークスが開催される。
いよいよここが私のGⅠデビューとなる。メイクデビューからこの半年、嬉しい事も辛い事もたくさんあった。だからこそ大一番のレースに勝って『嬉しい事』で今年を締め括りたいものだ。
『願掛け』の意味を込めて、私は尻尾の先の色を抜いて銀色っぽく染めてみた。
ちなみにトレセン学園では髪型や染色についての規定はかなり緩やかで、「他者の走行の邪魔にならない」ものならばほぼほぼフリーな状態になっている。
これは学園内に海外の血を引く娘も多い事や、日本生まれでも流星 (前頭部分に集中的に生える白髪)を持つ娘や生まれつき芦毛や白毛の娘も居て、元々からして規制の意味が無いほどにカオスな状況だったかららしい。
尤も髪型や髪色も勝負服の延長の様な物で、ウマ娘本人が1番力を出せるものであるならば、外野はとやかく言わないのが暗黙の了解になっている面も大きい。
もちろんウマ娘とて普通の女子なので、「○○ちゃんショートの方が似合いそう」とか「憧れの□□先輩の髪型、真似しちゃおうかな?」とか「次は絶対背中まで伸ばすんだ」とか、他愛の無い会話や拘りから決定される髪型や髪色はとても多い、とは断っておく。
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「出走者は15名、1番人気は阪神杯を走ったばかりの『GⅠホルダー』クリスタルセイバー、僅差で2番人気はまだ無敗のまま東スポジュニア杯 (GⅡ)とサウジアラビアロイヤルカップ (GⅢ)を勝っているスメラギレインボー、まだ重賞勝利実績のないブラックリリィは3番人気。我らがスズシロナズナ選手は… 現在11番人気だな」
源逸トレーナーがパソコン画面とにらめっこしながら、わざと私に聞こえる様に独り言を呟いている。
私の人気順位は『3戦1勝』という実績を考えればまぁ妥当なものだと思う。この数字は残念だとは思うが心外には思っていない。リリィの順位もこれまた然りだ。
それよりも先々週にカメと戦ったクリスタルセイバーが、まさかホープフルステークスに出てくるとは予想外だった。
阪神ジュベナイルフィリーズに勝った時点で「ジュニア王者」の称号は得ている訳で、脚の負担を考えても殊更ホープフルステークスにまで出張ってくる必要性は薄いのだが、まぁその辺はセイバー陣営の考えなので私には何とも言えない。
もう1人のスメラギレインボーというのは、実はデビュー前は「今期実力ナンバーワン」と謳われた秀才ウマ娘。
何でも良い家柄のお嬢様らしくて、ガチガチに真面目な娘でもある。座右の銘は『ノブリス・オブリージュ』で、「高貴な者こそ最前線で模範を示せ」と学業もトレーニングも他人の倍はやらないと気が済まない性格だ。
ちなみになぜ私がそんなにスメラギレインボーに詳しいかと言うと、私と彼女は入学以来同じクラスで、しかも彼女はクラスの学級委員長でもあるからだったりする。
マジメ女との関わりはアイリスだけでお腹いっぱいなので、私は意図してスメラギとの必要以上の接触を避けてきた。嫌いではないけど、面倒くさそうという理由でだ。
私はスメラギがどんな走り方をするのか、詳しいとまではいかないが大体理解している。そしてそれは恐らく向こうも同様だ。
しかし人気に現れる様に私と彼女では注目度が違う。リリィやセイバーが走る中、私がスメラギに対応出来るほど彼女は私に意識を向ける余裕は無い筈だ。レース中に私がスメラギと対峙する時があるならば、それは私に有利に働く事だろう……。
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レース当日、満員御礼の中山レース場は霧雨の降る肌寒い陽気になっていた。しかも予報では午後から雨足が強まり、千葉県では本降りの可能性もあるらしい。
また雨か… なんだか本当に『雨女』として定着しつつある。
「肩に力が入ってるわよ。顔も強張ってる。ウマ娘はスマイルも大切よ?」
「…うるさいなぁ、分かってるよ」
人が瞑想していたらアイリスがツッコんできた。
「最後までGⅠを勝てなかった私には今の貴女はとても眩しいわ。今日集まってくれたお客さんも、福岡のご両親やお兄様もとても期待して貴女を待っていると思う」
「そういうのメチャクチャプレッシャーなんだけど? わざわざそんな事を言いに来たの?」
「違うわよ。私達が望んでいるのは、ナズナが怪我せず全身全霊で悔いの無いように走ってくれる事、それだけで良いの。結果は求めてないわ」
「アイリス…」
アイリスの発言は多分、周りが格上ばかりだから記念出走と言わんばかりに「結果は求めてない」発言なのだろう。
言葉は分かるし意味も通じている。でもこれはかなりバカにされているとも受け取れる。アイリスは私がこのレースに勝てないと判断しているんだ。
確かにホープフルステークスへの出走をアイリスに嘆願したのは私だし、私が何も言わなかったらアイリスは私をGⅠに出そうとはしなかっただろう。
私だって厳しいレースなのは充分に理解している。その上で自分の希望で今ここに、中山レース場に立っているのだ。全身全霊? 当たり前だ。結果は求めてない? ふざけるな!
『勝ちたい』の渇望があるからウマ娘は走るんだぞ?! アイリスはそんな事も分からないほどにボケちゃったのか…?
アイリスに文句を言おうとしたが、気がつけばもうパドックで観客に挨拶する時間になっていた。
…私が今戦う相手はアイリスではない。私はそのまま無言で控室を出て、多くの強敵が待つパドックへと歩を進めて行った。