【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
「ねぇ見て、あの娘でしょ? ズッコケてお涙頂戴してお情けでGⅠに出られたって恥知らず」
「あぁ、あの娘がねぇ。堂々とGⅠのターフに来れるんだから、なかなか神経太いんじゃないの…?」
「まぁ1勝2敗の雑魚が居るなら、それだけで私達の順位も1つ上がるわけだから別に良いんじゃね? むしろリリィとかの前を塞いで邪魔してくれると助かるし」
パドックで一通りの顔見せの後、本馬場入場早々耳に入ってきた会話だ。
見なくても分かる。彼女らの視線の先には私が居るはずだ。
本人に聞こえるようにわざわざ嫌味を言いに来るとか、とても優しくてます性格の人達の様だ。
一般的に競走ウマ娘の思考は『走る』事に大きくウェイトが割かれており、他人に悪意を向ける暇はほとんど無い。
だが一方、走る事に関してはただならぬプライドもあり、レースでの不正等には普通の人間以上に大声を上げてしまう事もよくある話だったりする。
恐らく私の現在のファン数は、今私を腐してきた娘達よりも多いと思う。そしてそれは残念ながらレースの勝利によって掴み取った数字ではない。
「3戦1勝」という実績から言えば、本来の私は今ここに立つ資格を持っては居なかったはずだ。彼女らにとってはそれが『不正』だと思えるのだろうし、そう思う理由には充分だろう。
散々に言われて確かに腹は立つ。今すぐ何か言い返してやりたい。しかし私が彼女らの立場なら、あんな明け透けな嫌味こそ言わないだろうが、内心面白く思わないのは確かだ。言う側の気持ちも理解できるだけに辛い部分もある。
これは言葉ではなく走りで結果を出すしかない。そう思って敢えて背を向けて無視していたのだけど……。
「あのぅ、ちょっと良いですか…?」
私に嫌味を言っていた娘達に別の誰かが話しかけた様だった。優しそうではあるが間延びした、どこか緊張感の無さそうな声。
「私、あの人と走った事ありますけど、結構速かったですよぉ? それにレースの前なのに陰口とか悲しくなるので止めませんか…?」
…誰だか知らないけど私を庇ってくれたのかな? そう思って振り向くと、そこに居たのは黒い薄絹を何重にも体に巻いてドレスの様に見せている青鹿毛のウマ娘、ブラックリリィだった。
裸の上に長い黒布を巻いて、頭には黒くて大きな鍔広帽子、腰に金鎖の様なベルトで留めている。ミラコレモデルやセレブの映画スターみたいな印象だ。なるほど、これが彼女の勝負服なんだね。
「え? ブラックリリィ…? な、何よ、アンタこそ3番人気だかなんだか知らないけどいい気にならないでよね!」
最初に私の悪口を言い出したウマ娘が、リリィの言葉に捨て台詞を吐いて退散し、他の2人もそれに追従する。
そこに残されたのは私とリリィの2人。これはこれでちょっと気まずいんだけど…? まぁどういうつもりか分からないけど、助けて貰ったからにはお礼くらいは言わないとだよね……。
「あ、あの… 庇ってくれてアリガト… でも何で私を…?」
正直何故リリィが私を庇ったのかまるで分からない。今も私を見てフンスと『やりきった』満足顔をしている。
「だって貴女が速いのは知ってたから。同じ日にデビューした仲間だもんね。スズシロナズナさんだよね? ちゃんと覚えてるよ? 他の娘はあんまり覚えてないけど…」
そう言いながらトホホと頭を掻くリリィ。
正直これは意外だった。私なんてリリィからすれば『デビュー戦の引き立て役』でしか無かったはずなのに… それと同時にリリィに対して理由らしい理由もなく、一方的に悪意を向けていた自分が少し恥ずかしくなった。
「…と、とにかく有難う。良いレースにしようね」
なんだか居たたまれなくなって足早にリリィから離れた。リリィはまだ少し話をしたそうだったけど、これ以上に毒気と言うか闘志を抜かれると走りに影響しそうだったからね。
「なんか揉めてたみたいだけど大丈夫…?」
リリィから距離を取ったは良いが、計らずもその先には学級委員長のスメラギが待っていた。
スメラギは鉢巻を巻いた栗毛のロングヘアに一直線に走る流星がとても凛々しい美人ウマ娘だ。
勝負服は赤とピンクの交差する柄の和服に
「あ、うん、大丈夫。気にしないで。アンタとは本気で勝負した事は無かったよね。今日はよろしく」
「そう? なら良いけど…」
世話焼きなスメラギは突発イベントに介入出来なくて物足りなさそうだったが、レース前にこれ以上精神的に消耗したくなかった私は、スメラギを尻目に早めにスターティングゲートへと逃げ込んだのだった。
☆
ファンファーレに後押しされる様にスターティングゲートに入った頃、やはり雨足が強くなってきた。大降りではないが、大半の人が傘を差して歩く程の雨量だ。芝の状態はギリギリ稍重といった所だろう。
このレース、私が格下なのは否めない。先程のアイリスの言葉が本心なのか、或いは私を焚き付ける為にわざと煽った言葉なのかは分からないが、今までのやり方で勝てるレースではない事は確かだ。
正攻法での様々なやり方はアイリスから教わった。それでも足りない部分はアモ先輩直伝の邪道技で補うしかない。
中でも極めつけは《
「とにかく体中の全ての力を出し切って、指の1本すらも動かせなくなってからが始まりなんだよね。こう世界がシーンとなって、そこをズバーン! と突っ切るみたいな!」
…うん、全然参考になりませんでした。
てな事をつらつらと考えていたら開始時間になったようだ。
雨が徐々に強まる中、ゲートが開き15人のウマ娘が一斉に飛び出した。