【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
最後の直線勝負、私はフックトッシンを振り切りクリスタルセイバーとの差を縮める。
一度下ってからまた上がる中山レース場の勾配はURA直轄の10レース場の中でも最大だ。トップスピードで駆け上がる作戦だったが、速度が速い分、急角度の坂がまるで壁のように私の前に立ち塞がる。
外側からセイバーの顔や手の動きも見える位に追い付いてきた。セイバーは普段はモデルさんのような涼やかな表情をしているのだが、レース中はとても鬼気迫る表情だ。
まぁ私も人の事をどうこう言えるほど余裕のある走りをしていない。ビデオレターの顔も修正しようとしたけどカメに「改竄よくない」って怒られたもんなぁ……。
セイバーの手はまだ強く握り締められていた。これはまだ彼女に余力が残っている事を表す。
彼女を追う私の体力だってそろそろ限界だ。だがまだやれる、死力を尽くした先に《
セイバーもギリギリなのはすぐ間近で伝わってくる。多分この娘はカメ同様に短距離向きなのだろう。だからホープフルステークスや弥生賞の様な2000m級のレースではゴールまでスタミナが保たないのかも知れない。
だがセイバーにはここまで逃げて稼いだ距離のアドバンテージがある。今の速度でこの差を縮めるのは容易な事ではないだろう。
そして前のセイバーだけを気にしている訳にもいかない。私のすぐ後ろにはスメラギの息遣いがハッキリと感じられる。
しつこいようだが弥生賞はGⅠである皐月賞のトライアルレースだ。つまり出走者の大半は『皐月賞に出たい』と考えるウマ娘であり、それに見合う実力を持っていると担当トレーナーに評価されてこの場所に来ている娘達なのだ。楽をして勝てる相手なんかいる訳が無い。
セイバーの背中が手で触れそうなほどに近い。でもどう力を振り絞ってもそれ以上に距離を縮める事が出来ない。
そして後ろのスメラギの息遣いが段々強くなって来ている。
私ももう限界だ。脚が動かないし腕も振れない、呼吸も乱れる。なのに何で《
ここで《
不安は瞬く間に実現した。ゴール直前でスメラギは颯爽と私とセイバーを抜き去り、差し切って1着をもぎ取った。
結局私は最後までセイバーを抜く事も敵わずに3着でゴールした。4着のフックトッシンは私とはわずか半バ身しか差が無かった……。
☆
「お疲れ様。まずは無事に皐月賞への参加キップを手にしたわね、おめでとう」
ウイニングサークルで誇らしげに優勝インタビューを受けるスメラギを尻目に、逃げるように控室へと戻った私をアイリスが拍手をしながら迎えてくれた。
「はは… 本当は1着で締めたかったんだけどねぇ。あーあ、《
愚痴る私の横でアイリスとアモ先輩が何か目配せをしている。そしてアモ先輩が私の肩に手を置いて、
「ナズナ、ライブが終わったら話があるから…」
とこっそり耳打ちして部屋から退出していった。
…何だろう? 話なら今ここですれば良いのに。それともライブの時間に影響するほど長い話なのかな? アイリスを見ても何やら困り顔で首を振るだけで要領を得ない。
まぁとりあえず今はライブの準備だ。
☆
ライブ衣装に着替えてステージに向かう。ステージ上では既に来ていたスメラギとセイバーが何やら話をしているようだった。
「遅いわよナズナ。負けたのがショックでイジケて泣いてるのかと思ったわ」
着いて早々にスメラギの憎まれ口で迎えられる。セイバーもこちらを見てフッと鼻で笑って見せた。何か2人とも高い場所から見下ろしてくる感じで甚だ印象がよろしくない。
「んなワケ無いっての。ちょっとトレーナーと話してただけ。《
そこまで出かかって慌てて口を止めた。負けた言い訳をするのは格好悪い。私の事を気に掛けてくれていたスメラギ相手なら尚更だ。
「まぁ今日は素直にスメラギの勝ちを認めるよ、おめでとう。そしてクリスタルセイバー、これで1勝1敗だよね。改めてアンタにも挑戦状を叩きつけてやるわ!」
油断すると悪態を付きそうな顔を無理に笑顔にして、2人にメッセージを送る。
「私とも1勝1敗でしょ。次の皐月賞はブラックリリィも出てくるでしょうから、みんなまとめて私のバックダンサーにしてあげるわ!」
「
スメラギもセイバーも自信と熱意に溢れていた。これがGⅠを狙うウマ娘のオーラというものなのだろう。私も負けていられないと気合を入れ直す。
弥生賞はGⅡである為、ウイニングライブの楽曲はお馴染みの「Make debut!」だ。学校の授業でよくスメラギの歌は聞いていたのだが、やはりライブステージの上だと迫力が違う。スメラギってお嬢様育ちのくせに妙にワイルドでパンチのある歌を歌うんだよなぁ……。
セイバーの歌声はスメラギとは対照的に、よく通る綺麗な高音を奏で上げる。まさに外見通りの「水晶の歌姫」だった。
そして残る私は残念ながら歌にも踊りにも華が無い。悲しい事に昔から歌も踊りも『中の上』レベルで落ち着いて抜きん出た物を持たないのだ。
例えばチームの同期3人で得点を付けるなら、上位から歌はカメ>私>コロになるし、ダンスはコロ>私>カメになる。
ちなみにチームで歌唱力がダントツに高い人はアイリスだったりする。
ライブは盛況だったものの、新たな課題が増えた様に感じて少し憔悴気味で控室に戻った私を、アモ先輩は約束通り待っていてくれた。
どこか別の場所にいるのか控室にアイリスは居ない。アモ先輩は私に少し寂し気な微笑みを見せて、その直後に眉を怒らせその口を開く。
「ねぇナズナ、あんたずいぶんナメたレースするようになったじゃない…?」
アモ先輩の第一声は大きな棘を含んでいた……。