【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー   作:ちありや

51 / 93
48R 叱咤

「ねぇナズナ、あんたずいぶんナメたレースするようになったじゃない…?」

 

 アモ先輩の意外すぎる一言に反応できずに固まってしまう。

 私はたった今レースとライブを終わらせてきた。そのどちらもふざけたり手を抜いたりした覚えは一切無い。

 

 最後の力の一滴まで振り絞って走ってきたし、ライブだって来てくれたお客さんの為に精一杯歌って躍ってみせた。

 

 まだレースの結果が3着だったことを咎められる方が分かりやすい。だが今日の弥生賞で私の先を行ったスメラギもセイバーも共に重賞ホルダーで、当然レースの人気も私より高い。

 

 『勝って当然』の格下ではなく、むしろ私が挑戦者(チャレンジャー)であったのは火を見るより明らかだ。

 

 何より余程の事情が無い限り、着順について後から身内がガイガイと文句を言う文化はトレセン学園には無い。規模や格式に関わらず、レースには常に全身全霊で臨むのは競走ウマ娘の規範であり前提なのだから。

 

 ならば何だと言うのだろうか? そもそもチームトップの実力があるのに自らGⅠロードを外れたアモ先輩に『ナメた真似』などと言われる筋合いは無いのではないか?

 

 どうにかそこまで思考を続けて反論を口にしようとした時にアモ先輩が先制してきた。

 

「ナズナ、あんた《領域(ゾーン)》に頼って走ろうとしてたでしょ? 『《領域(ゾーン)》さえ出せれば勝てる』『勝てなかったのは《領域(ゾーン)》が発動しなかったせい』って… 違う?」

 

 反論の言葉が喉から出掛かって止まった。アモ先輩の言葉、私はそっくりそのまま考えていた。そして次の課題も『如何に確実に《領域(ゾーン)》を発動させるか?』しか考えていなかった。

 

「心当たりがあるみたいね… ね、ナズナ聞いて」

 

 私の感情的な反感も想定していたのだろう。アモ先輩はゆっくりと子供をたしなめる様な口調で、静かだが有無を言わせぬ圧力で私の反論を抑えた。

 

「あたしも《領域(ゾーン)》の一端に触れた身分として言わせてもらうけど、アレを多用できるウマ娘って本当にほんの一握り… 2000人いる学園の中でせいぜい数十人だと思う。ひょっとしたらナズナはその一握りに入るのかも知れないし、初めにあんたを焚き付けたあたしも大きな責任を感じてるよ…」

 

「アモ先輩…」

 

「だからこそ《領域(ゾーン)》のヤバさを理解して欲しいんだよ。あたしは血圧上がりすぎて脳溢血寸前だったし、ナズナも激しい頭痛があったって言ってたよね? 限界を超えた先にある『アレ』は絶対に良くない副作用がある。ウマ娘としての選手生命はもちろん、リアルな命の危険すらあり得るって…」

 

「はい、分かります…」

 

 一気にまくし立てて疲れ気味に息をつくアモ先輩に対して、私が言えた事はそれだけだった。

 

 アモ先輩のいう言う通り、私はどこかで《領域(ゾーン)》をヒーローの必殺技的な何かと勘違いしていた。

 『ろくに出し方すらも分からない、不確実で下手をすると健康を害する可能性の高い裏技に頼るのは愚策以外の何物でもない』今ならはっきりそう分かる。

 

 レースに負けて悔しい気持ちは強くある。しかしその気持ちも『走りで負けて悔しい』よりも『《領域(ゾーン)》が発動しなくて悔しい』が大きいのだろう。スメラギやセイバーに対して宣言した程の悔しさを感じていないのだ。アモ先輩のお陰でようやく今それを自覚できた。

 

「すみませんでした… 私、ホープフルステークスで《領域(ゾーン)》に触れて、少し舞い上がっていたみたいです。こんなの、全然私らしくありませんでした!」

 

 急に(もや)が開けた様に目の前が明るくなる。アモ先輩が居なかったら、私はきっと《領域(ゾーン)》の幻に囚われて夢想の中にありもしない勝機を探し続けていただろう。

 

「うん、分かってくれて嬉しいよ。最初に失礼な事を言ってゴメンね。この話はアイリス先輩からじゃなくてあたしがしないと、って思ったから…」

 

 アモ先輩がニカッと破顔して、いつものアモ先輩に戻る。先輩後輩とは言え、トレーナーのアイリスを抜きに重要な話をするのはアモ先輩も躊躇われただろうし、私が反抗的態度で返してくる可能性も高かったのだから、アモ先輩も怖かったと思う。

 

「あたしは《領域(ゾーン)》に触れて『自分には身に余る力』だとはっきり分かった。そして恐らくGⅠを走るようなウマ娘はほぼ全員が《領域(ゾーン)》をマスターして使いこなしている… そんな中で命を削る遣り取りが怖くなってさ、ナズナとかにはあたしがヘタれた様にも見えるかも知れないけど、『世界が違う』って事を実感しちゃうとどうもね…」

 

「アモ先輩…」

 

 明るく話すアモ先輩だが、その決断に至るまでには多くの苦悩を飲み込んでメチャクチャ悩んだのだろうと思う。

 無理だと思ったら退()くことも勇気だ。引き上げる決断を遅らせて、余計に悪い結果を引き起こすなんて枚挙に暇がないだろう。

 

 以前、私の前で涙ながらに「G1に勝ちたい」と語ったアモ先輩の、恐らくは多くの涙に溢れた決断は勇気ある撤退として心に留めておく必要がある。私にもいつ同種の決断を下さねばならない日が来るか分からないのだから……。

 

「でもそれはそれとしてナズナが《領域(ゾーン)》を制御出来たらとても強い武器になるのは確かなんだから、そっち方面の研究も同時に進めてみよう。源逸さん(おっちゃん)とか他のトレーナー達も巻き込んでさ。おっちゃんには豊富な経験があるし、目黒さんやアイリス先輩の知能と知識は絶対にヒントを掴んでくれるはず。きりちゃんは… えっと、ほら、居ると場が明るくなるよね!」

 

 最後の1人に大きな忖度の形跡が見られました。

 「中央のトレーナー試験は東大入試より難しい」とされる中で、大学在学中にトレーナー試験をクリアしたきりさんはかなり優秀な人、のはずだ……。

 

「ナズナの周りでも故意か無意識か分からないけど《領域(ゾーン)》を使っている娘もいるかも知れないし」

 

「リリィ、ですかね…?」

 

「あ、そうなの? ならリリィの妹を使って何か聞き出せるかも知れないし、出来る事は何でもやってみようよ。あたしも《領域(ゾーン)》をものにしたナズナがGⅠ穫るところを見たいもん! 冗談抜きでナズナには期待してるんだからさ」

 

 アモ先輩の言葉が本当に嬉しい。同じ《領域(ゾーン)》に触れた者同士の連帯感からなのか、素直にアモ先輩の言葉が体に沁み込んでくる気がする。

 

 もしこれがアモ先輩ではなくてアイリスからの話だったら、きっと私は意味もなく反抗して更に《領域(ゾーン)》に頼った、アモ先輩流に言う『ナメたレース』を続けていただろう。

 

 恐らくはアイリスもそれを予見して、この場への同席を遠慮したのではなかろうか? だとしたらそれもそれでアイリスの(てのひら)の上で踊らされているような気がして面白くないのだが……。

 

 ☆

 

 後日、アモ先輩の働き掛けでチーム全員で《領域(ゾーン)》に対する意見交換及び勉強会を開く事になった。

 

 ウマ娘に関する研究は現代においてかなり進んではいるものの、ウマソウルや《領域(ゾーン)》はウマ娘当人でもよく分からないのに、人間の研究者に解明出来る訳が無い。

 

 一応 《領域(ゾーン)》は、人間で言う『フロー』や『ピーク・エクスペリエンス』と呼ばれる『超集中状態』に近い物であると解釈されている。

 

 私やアモ先輩の話を当て嵌めるなら、とても同意できる話なのだが、そこから先の『それを発動させるにはどうすれば良いか?』に関しては、『精神論』や『栄養学』等々諸説あってまとまりが無かった。

 

 もし《領域(ゾーン)》のメカニズムを解明出来たのならば、私のみならずカメやコロ、メル先輩の今後のレースに於いて大きな武器となりうるだろう。

 

 《領域(ゾーン)》に頼らず、かつその上で《領域(ゾーン)》を有効に使いこなしレースに勝利する。理想としてはその形だが、さて… 皐月賞までに私は何かしらの手掛かりを掴めるのだろうか…?

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。