【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
レース開始後、鼻に立ったのはクリスタルセイバー。『逃げ』作戦の娘が他にも3人居たようで、その4人で先頭争いをしている。
それにすぐ後続する第2集団の先頭にスメラギが位置取ったので、私は当面スメラギをマークして走っている。リリィはいつもより後方寄りで、視界の悪い中それでも後ろから全体を掴もうとしているのかも知れない。
パッションオレンジもリリィをマークしているのか、レースの流れを慎重に読んでいるのか、後方に待機している感じだ。
先頭争いの人数が多いと、少しでも前に出ようと小競り合いが多発して、結果全体的にハイペースのレースになりがちだ。
先頭集団に置いていかれない程度に速度を上げつつ、終盤で追い上げの全力疾走ができる程度には体力を温存する必要がある。
何より雨が強くて自分がレーンのどの辺を走っているのかすら、周りの子たちの位置から推測して走っている有様だ。
セイバーら先頭集団が前にいるのは分かるのだが、その距離感はまるで掴めない。悪いけどスメラギにぶら下がって彼女のペースに合わせて後を追っている。
第2コーナーの時点で自慢の勝負服は前の娘の靴跳ねで泥だらけ。雨を想定してブーツの履き口をきつく縛っておいたのだけれども、容赦無く水滴はブーツの中に入り込み、中も既に雨でビシャビシャ。一歩ごとに靴の中の水分が対流し、気持ちの悪い感触がレースへの意欲を減退させる。
しかも雨音が激しい上に、口を開くと雨が口に入り込んで来るので今回は『ささやき戦法』は使えない。
向こう正面に入ってスメラギがペースを上げた。仕掛けるにはまだ早いタイミングだが、それほどまでに先頭集団がハイペースなのだろうか?
私もスメラギに追従する様に速度を上げて第3コーナーに差し掛かる。全体の流れが捉えきれていないせいで、仕掛けどころが分からないのが
その時、後方に大きな『圧』が
1つは覚えがある、リリィの《
もう1つは位置的にパッションオレンジだろうか? 彼女に関しては実地のデータが無いので推測でしか無いが、ジュニア王者なのだから《
リリィを徹底マークして、《
後続の追い上げで全体が短くなる。セイバーの先頭集団からスタミナを切らせて脱落したウマ娘が、視界の悪い前方から不意に現れる。予期せぬ垂れウマに第2陣の私達のグループの何人かが引っ掛かり減速を余儀なくされていた。
もちろん私やスメラギはそんな事で順位を落としたりしない。スメラギは器用に垂れウマを回避して、着実にセイバーの尻尾を捉えている。私はスメラギを防波堤にして楽をさせてもらっていた。
今気にするべきは前方よりも後方のリリィやパッションだろう。既にレースは第4コーナーを越えて最後の直線勝負となりつつある。
私もここからが本気の追い上げだ。スメラギのロングスパートに付き合って予定よりも多くの体力を消耗したが、まだラストスパートを掛ける余力くらいは残してある。
もう雨がどうとか泥がどうとか言っていられない。後ろのリリィやパッション、前のセイバーやスメラギを
例え《
『!!!』
直線から坂に掛かる直前、懐かしい感覚が私を包む。時間が止まったような感覚、体が軽くなり空を飛んでいる様な気分……。
「来たっ…!」
この感覚は間違い無い。私の《
起こそうとした物では無かったし、前回の反省もあって正直今回はあまり期待をしていなかった。その心構えが逆に功を奏したのか、図らずも私の《
追い縋るリリィやパッションはもちろん、前を走るセイバーやスメラギを置き去りにし、坂を登り切る頃には私が一躍先頭に躍り出る。
同時に観客席から沸き上がる爆発的な歓声。中山の坂はキツイが直線の距離は短い。ここで先頭に出てしまえば後はもうゴールするだけ。
ここから私を抜けるウマ娘は存在しない。私は遂に念願のGⅠの勝利を……。
その瞬間、ただでさえ雨でぼんやりとしていた視界が真っ暗になった。首から頭頂にかけて千枚通しで何度も刺される様な痛みが走り思考が死ぬ。
体は動いている。走っている。だがどこがゴールか分からない。私は今ゴールに向かっているのか…?
観客席からの大歓声は私の勝利を讃えてくれているものなのか? 時折交じる戸惑いの声はそれとも別の何かなのか?
何も見えない。何も分からない。何も考えられない。《
やがて私は何か硬い板状の物にぶつかって倒れ込んでしまった。倒れて意識を失う直前に一瞬だけ視界が開ける。
それは観客席の目の前、外ラチだった。私はゴール手前で斜行、いや逸走して外ラチに激突したのだ。
再び暗転する視界、降りしきる雨の中、私の意識も泥の中に沈んでいった……。