【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
目が覚めると知らない天井だった。部屋は主照明が落とされていて暗い。頭上の間接照明と、私に繋がれている何らかの機械の画面に映し出される数字の光のみが、この狭い
頭がぼんやりして思考もハッキリしない。体中が
第一印象としては、どこかの病院の病室だ。
えっと… 何があったんだっけ…? 確か皐月賞を走ってて、最後の直線で《
問題はその先だ。激しい頭痛から軌道修正が出来なくなって、外ラチに衝突するほど逸走してしまったらしい。
全速力じゃなかったけどあれは痛かったなぁ。でもそれ以上に、頭が本当に割れてしまうのでは無いかと思うくらいの酷い頭痛だった。
…………。
そこまで考えて徐々に頭が冴えだしてきた。私は寝てる場合じゃないんじゃないか? レースは? 皐月賞はどうなったんだ?!
私は慌ててナースコールのボタンを探し、怠くて重い右手に全精力を込めてボタンを押し込んだ。
☆
ナースコールで来てくれた若い看護師さんから大まかな説明を受けた。
レースで倒れた私は、中山レース場近くのこちらの病院に緊急搬送されて、実に丸一日以上昏睡状態だったらしい。
担当の看護師さんはレースの事には詳しくないらしく、皐月賞の結果に関しては『私が事故でゴール未達のため失格』となった事以外は知らないそうだ。
とりあえず学園に連絡してもらい、チームの人間の誰かが迎えに来るという所まで話を進めてもらった。
その間の暇つぶしと情報収集を兼ねて、看護師さんに頼んで病院の売店でスポーツ新聞を数種類購入してきてもらう。
「皐月を獲ったぞブラックリリィ!」
「まずは1勝! 波乱の皐月賞、続くダービーはどうなる?!」
「ゴール直前で逸走、どうしたスズシロナズナ!?」
「皐月賞覇者ブラックリリィ、勝利者インタビューで『ナズナちゃんが心配』と優しい気遣い」
各紙の皐月賞に関する見出しはこんな感じだ。とりあえずリリィが勝ったらしい事は理解した。
新聞を読み解くに、2着以下は順にパッションオレンジ、クリスタルセイバー、リンカイパワフル、トッカンクイーンで、スメラギレインボーは8着だった。
上記最後の「リリィが心配云々」はかつて私を取材して『鉄人』の称号を名付けてくれた優駿タイムズさんの記事だ。
記事を読むと、私を心配してなのか、後のウイニングライブにも今ひとつリリィの覇気が無かったそうだ。リリィにも心配を掛けてしまった。今頃はエバシブ経由でリリィにも私の回復は伝わっているだろう。
記事の終わりにはこうあった。
「スズシロナズナは『鉄人』である。以前本紙記者の前で見せたガッツは、ツキバミ目当ての観客の何割かの心を鷲掴みにして、スズシロナズナに転向させるに相応しいものだった。本記事執筆の時点では彼女の容態に関する情報は流れていない。それでも本紙は言い続けよう。『スズシロナズナは鉄人である』と! 『彼女の更なる復活を信じている』と!」
記事の最後にあの大阪弁の変なオジサン、新城記者の名前があった。この人にもいつかお礼をしなくちゃいけないねぇ……。
☆
「もう、ナッちゃんのバカ! あんぽんたん! おたんちん! 何度も心配させて!!」
病院からの知らせを聞いて急いで飛んできたのは、源逸さんとアイリスとカメの3人だった。なんでもチーム全員で来ようとしていたのだが、さすがにお見舞いとしては大人数すぎるので絞ったそうだ。
上の罵詈雑言は私の顔を見るなり、涙目でカメが叫んだ言葉だ。病院の中なので騒いじゃダメだよ?
担当トレーナーが来た、という事で診察を兼ねて医者が私の状態を説明してくれるらしい。
病室のベッドから車椅子に乗せられて、カメに押されて移動する。車椅子と言えばグレートちゃんにはまた格好悪い所を見せてしまった。
ゴールドギガントさんの件もあるから、グレートちゃんにはいよいよ愛想を尽かされてしまった気もするよ……。
☆
気分や体調への簡単な問診の後、担当医さんが机の上のパソコンを操作して、私の頭部の断面図写真を画面に映し出す。
さすがにちょっとキモい。でも私の中にも図鑑と同じ様な器官がちゃんとあるんだ、という事に妙に感心してしまう。
私の方はかなり前に頭痛も治まって、首のギプス以外は平常通りなのだけれど、私以外の3人は真面目な顔でニコリともしない。みんな深刻に考えすぎているんじゃないかな…?
「検査の結果、スズシロナズナさんには頸椎に損傷が見つかりました。これは恐らく昨年末の転倒の際に負った傷が悪化したもので、早急に治療に当たらないといずれ脊髄を傷めて首から下が動かなくなる可能性もあります…」
「え……?」
担当医さんの説明に、頭痛とは別の理由で目の前が真っ暗になる。
私自身『どうせ大した事ない。だって私は鉄人だからね!』と高を括っていた。何事も無かったかの様に次のレースを走れると思っていた。それなのに……。
「な、何かの間違いじゃないんですか…? 前の
しかし、私の
「あの時の写真を急いで取り寄せて照会しましたが、当時は影も小さく医師の判断で『危険』という診断を避けた物と思われます。それにレースの様な極度のストレス状態を何度も続けた事で損傷部分が肥大してしまった可能性もあります…」
「……」
「神経的な後遺症の示唆はされていませんでしたか? 恐らく今までも慢性的な頭痛や頚痛を引き起こしていたのでは無いかと予想されるのですが…」
…確かにちょこちょこと細かい頭痛は頻繁にあったし後遺症の注意も受けた気がする。私はそれをただの偏頭痛と解釈してアイリスに相談すらしなかったのだ……。
「それで先生、ナズナはどうなるんですか…? もうレースは走れないんですか?」
アイリスが担当医さんに詰め寄る。彼女の美しいシルバーの瞳が悲しみにくすんで
「レースを続行されるつもりがあるのなら、一刻も早い治療をお勧めします。治療期間は恐らく半年ほど掛かりますが、この後の人生を考えれば選択の余地は無いかと…」
医師の言葉は来月に日本ダービーを控えたクラッシック級のウマ娘にとって、全くデリカシーに欠けた無慈悲なものだった……。