【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー   作:ちありや

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59R 車中会議

「今回のスズシロナズナさんの資料は全て府中の『URA総合医療センター』に送っておきますね。とりあえずお帰り頂いて結構ですが、くれぐれも激しい運動等されませんように…」

 

 URA総合医療センターとは、トレセン学園近郊にある、URAの出資管理するウマ娘の治療にかけては国内随一と言われる大病院で、打ち身から骨折まで様々な治療を始め、屈腱炎や繋靭帯炎といったウマ娘にとっての『死病』ともされる様な病気にも高いレベルの医療を行える大変ありがたい施設だ。

 

 早く東京に帰りたいという私のワガママで無理矢理退院の許可を得て、そそくさと病院を後にする。

 どうやら源逸さんがマイカーを出してくれたそうで、5人乗りの高級セダンで車の乗り心地は良いのだが、道中誰も何も話さないのでとても空気が重い。

 

「なぁ、ナズナ… お前はどうしたい…?」

 

 運転中なので目を正面に向けたままだが、長かった沈黙を破って源逸さんが私に質問してきた。

 

源逸(せんせい)! 私は反対です。ナズナは本当に強い子なんです! 今からちゃんと治せばシニア級には…」

 

 助手席のアイリスが割って入る。アイリスの気持ちも嬉しいのだけど、やはり私は……。

 

「お前には聞いてねぇ! ちょっと黙ってろアイリス… お前の意見は後でちゃんと聞いてやるから、まずはナズナの気持ちだ」

 

 源逸さんから一喝されて、怯えた様に(すく)むアイリス。了解の合図なのか、後部座席に振り返り私に視線を送ってきた。

 

「私は… 私は走りたいです… だって一生に一度のクラッシック、しかも次は日本ダービーですよ? よちよち歩きの頃からダービーを目標に頑張ってきたんです。ここで… こんな所で諦めたくないっ…!」

 

 私も今の気持ちをぶち撒けた。たとえその先に良くない事が待っていたとしても、『やらない後悔』より『やった後悔』で終わりたい。

 

「ふむ… 待たせたなアイリス。お前の意見は…?」

 

 私の言葉を伏せ目がちに聞いていたアイリスが源逸さんの声にビクリと反応するかの様に身じろいで見せた。

 

「…私はナズナはすぐに治療を受けるべきだと思います。私はナズナのトレーナーです。『ナズナのレーサー人生』を第一に考えたいです。ナズナは丁寧に育てて来年のシニア級GⅠで勝負するべきです… ナズナは、ナズナは使い捨てのマシンじゃないんです…」

 

 言葉の途中でアイリスも涙声になってきている。アイリスと私の意見は真っ向から対立する物だが、アイリスの意見は全面善意から発せられているのだ。

 

 担当になって以来、アイリスとはしょっちゅうケンカしてきた。まぁ多分に私が一方的に歯向かっていただけだけどさ……。

 それでもアイリスはずっと正面から私にぶつかってきてくれた。いつでも私が勝つための作戦を考えてくれた。そして今、来年以降を走るためのプランを真剣に考えてくれている。

 

 アイリスの気持ちは強く伝わっているし、その思いには感謝しかない。

 

 それでも、それでも私は……。

 

「カメ、お前はどう思う? ナズナの親友兼ライバルとして」

 

 アイリスの意見に特に反応を見せずに源逸さんはカメに話題を振った。

 

 まさかここで意見を求められるとは思っていなかったのか、魂消(たまげ)て呆けた顔で動きを止めるカメ。

 

「わ、私ですか?! …私は、分かりません。ナッちゃんの気持ちもアイリスさんの気持ちも痛いほど分かるから… 何とか怪我の進行を抑えつつレースにも出られる様な手があれば良いんですけど…」

 

 カメの言葉を最後に再び沈黙に包まれる車内。本当、そんな良い手があるなら採用したい。いや、ひょっとしたらあるのかも知れない。どうせ府中の医療センターにも通う事になるのだから、行ったついでに聞いてみても良いだろう。

 

「そうか… 実は俺も正直判断つかなくてな… 実は過去に何人も似たような事例で目標のレースを諦めさせてきたんだ… でもな、でも決まって皆その後の『心』が続かずに埋もれちまう… もしかしたら俺がその『心』を殺してしまっていたんじゃないかって、ずっと引っ掛かっていてな…」

 

「それは違いますよ、気を確かに持って下さい先生! 少なくとも私は先生が殴って止めてくれなければ、今頃は右膝から下が無くなっていました。だから… だからそんな風に言わないで下さい…」

 

 源逸さんの呟きをアイリスが必死にフォローする。そう言えばアイリスの現役時代の詳しい話って聞いてないなぁ。源逸さんがトレーナーで膝を故障して引退、その後トレーナーを目指したって事くらいしか知らない。

 

「アイリスよ… お前とはもう20年近い付き合いになるよな…?」

 

「え? はい、そうですね…」

 

 源逸さんの唐突なネタ振りに頭がついてこれずに一瞬反応が遅れるアイリス。

 

「その長い付き合いの中でお前を殴ったのは()()()の一度だけだ… もう今のが答えなんじゃねぇのか? お前みたいな冷静な子でも殴って言い聞かせないと抑えられない程の衝動、闘()心、俺は…」

 

「やめてください! 私は先生に感謝しているからこそチームにも残ったしトレーナーへの道も目指しました! そんな… 今になって揺れないで下さいよ…」

 

「なぁ、アイリス… もしお前があの時に、『マイルチャンピオンシップ』を走っていたら…」

 

「先生、止めましょう。昔の話です…」

 

 源逸さんとアイリス、2人だけの昔話に興じているが、あまり楽しい話では無さそうだ。

 

 アイリスもトゥインクルシリーズの間に故障して引退しているウマ娘だ。目標を無念な形で断念する悲しみは私以上に味わっているはずなのに……。

 その上でアイリスは「『今』を諦めて『未来』を取れ」と言ってくれているんだ……。

 

 私は… 私はどうしたら……。

 

「ナズナよ、やはりトレーナーとして走りの継続にゴーサインは出せん。大事な娘さんを預かっている手前、お前に何かあったら故郷のご両親に顔向け出来んからな。すまんがダービーは諦めて…」

 

「いやですっ!」

 

 源逸さんに最後まで言わせたらこの話は終わってしまう。私の気持ちを聞いたくせに、私の気持ちを無視した結果になってしまう。

 それでは何のために話を聞かれたのか分からないじゃないか。私の気持ちを数の暴力で決めないで欲しい。

 

「ナズナ…」

 

 3人共に言葉は無い。この隙に私はスマートフォンを取り出して、電話帳の『お父さん』の番号を押す。

 

「もしもーし、どうしたナズナ? 大きな怪我はしとらんてトレーナーさんから聞いちょるけど、何かあったとね?」

 

 脳天気な父の声がスピーカーモードのスマホから車内に響く。カメもアイリスも私が何を始めたのか理解できずに動きを止めたままだ。

 

「あのねお父さん、大事な話があるったい…」

 

 私は今回の件のあらましを父に相談した。そして『子供の頃からの夢を叶えるために今少しのワガママを許して欲しい』事も。

 

 一通り私の話を聞いた父は、しばらく無言でいた後でこう返してきた。

 

「…電話口で出せる答えや無かろう? 明日お母さんと東京ば来るけん、トレーナーさんも交えて、キチンと会って話そうや…」

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