【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
青葉賞当日まで私は怪我を理由にハードな練習を禁止され、逆に体力を持て余していた気配もある。
ダービーまでの期間はアイリスの指示は源逸さんからの指示と同義とされ、絶対に服従する事がトレーニングを続ける条件でもあった。
もし私がトレーニングメニューに対して反抗的な態度を取ったら、アイリスからコロに今回の勝負の事情が暴露される仕組みになっているのだ。
『コロにバレたらゲームオーバー』だ。それは困るので、『こんなトロいトレーニングで大丈夫なのか?』とは思いつつも口には出せない日々が続いていた。
「ナズナはトレーニング軽めだな。具合でも悪いのか? あたしは追いトレしちゃうもんね〜w」
などと軽口を叩きながらコロは練習カリキュラムを終えた後でも遅くまで走り込んでいた。逆にオーバートレーニングを心配するくらいに。
パドックでのコロも気合が満ち満ちていて、とても調子が良さそうに見えた。なんと本レースの1番人気はコロである。私は前走のやらかしのせいか3番人気、それで2番人気は誰かと言うと……。
「スズシロナズナ…」
ホープフルステークスから先、何かと私を目の敵にしてきたイジメっ子のフックトッシンである。一応彼女との対戦成績は私の2戦2勝なので、見たくもない顔を見ても比較的落ち着いて対応できている。
パドックからの帰り道でフックトッシンとすれ違う。その際に声を掛けられた。
また何かイチャモンでも吹っ掛けに来たのかと身構えたのたが、フックトッシンはえらく気まずそうに上目遣いで私を見て口を開いた。
「まずホープフルステークスの時に悪口言ったの謝る… そこからアンタには負けっぱなしだから、改めて挑戦しに来た。ここでアンタを倒してダービーへの景気付けにしてやるから…」
これは謝罪なのか何なのかよく分からないが、相変わらず私をターゲットにしている様だ。しつこい。こちらはコロとの対決を控えて君に構っている暇は無いのだよ。なので勘弁して欲しいのだが、無視するのも可哀想だしなぁ……。
「…へぇ、そんな目で見られたら無視も出来なさそうね。まぁ胸貸してやるから掛かってきなよ」
「ふん、貸す胸も無いくせに。やっぱりアンタ気に入らないわ…」
そう言って去っていった。せっかく人が誘いに乗ってひと芝居打ってやったのにこの仕打ち。私もお前キライだからね。そもそも人の胸どうこう言えるほどお前の胸も大きくないからね!
よーし、
☆
天気は晴朗、風も弱し。青葉賞の名の通り、爽やかな春の空気に芽吹く木々の香りを府中の空に仄かに運んでくれている。
前述の通り体力が余っていると感じられる程に私も力が満ちている。2400mを無事に走り切れる予感はある。
私とフックトッシンは内枠、コロは外枠でゲートに入る。スタートが近いと、またフックトッシンにマークされて
それに私の予想が正しければ、今日のレースに私の
今回は
全員のゲートインが終了し、
☆
やはりフックトッシンは私の直後でプレッシャーを掛ける作戦の様だ。現在の順位は私が5番手、直後のフックトッシンが6番手、後方なので判然としないがコロは10番手位と思われる。
『逃げ』作戦の娘が3人いて、序盤から激しい先頭争いが展開される。
あくまでコロを
最初のコーナーを過ぎた頃、先頭集団の3人が深く先行し私達2段目と大きく差が開く。そのまま3人で体力を削り合ってくれれば御の字なのだが、あまり差が開きすぎると追い付く前にゴールされてしまう。
『すぐ追うか? 機を待つか?』
この葛藤は今、中段以降のウマ娘全員が持っているだろう。あまり仕掛けが早いと体力の浪費を招いてしまうし、先頭集団から脱落した者に進路を塞がれて前に進めなくなってしまう。
その時、後方に風の流れを感じた。早くも
「ナズナ、お先〜」
コロは仕掛けを選び、私達の前に出る。同様に後方の何人かが速度を上げ早めに仕掛けてきた。フックトッシンは動く気配が無い。徹底して私をマークする作戦らしい。
コロに釣られて私も前に出そうになるが、ここは我慢を選択する。作戦変更、ここからは『差し』でいく。
東京レース場の名物である第3コーナーの
私の見立てでは先頭集団の娘達は早晩崩れる。加えて早仕掛けしていったコロ他のメンバーとニアミスを起こして軽い混乱状態になるはずだ。
私は
機が動いた。先頭集団が大欅を越えた頃にその統率が崩れ、1人また1人と速度を落としていく。先程無理に仕掛けたコロ達も巻き込んで一時的に全体の速度が落ちる。
びっくりするくらい私の読み通り。私は右に進路を取り、馬場のキレイな大外へと飛び出す。第4コーナーを回ってここから直線勝負だ。
まずコロは垂れウマを回避しきれずに速度を落としていた。その隙に外から抜き返す。コロはここまでの流れで体力を使い切ってしまったのか異様に疲労困憊している様で、既に目の焦点が合っていない。
コロはもうここまでなのかな? いずれにせよ私はこのレースを落とすわけにはいかないのだ。予め謝っておいたことだし、心置きなくコロを置いて先に行かせてもらう。
私の前には先頭集団の最後の生き残りがいるが射程内だ。坂に速度を殺されない様に私も速度を上げていく。
「今日こそ… 勝ぁつっ!」
坂に差し掛かる所で後ろのフックトッシンが動いた。私のスリップストリームに引かれる様に速度を上げ、鬼気迫る表情で私に並ぶ。
私も更に加速しなければ… でも息が苦しい。坂を越えた辺りで脚が前に出なくなる。疲労に加えて距離適性の壁もあるのだろう。今の速度を維持するだけで精一杯だ。
それでも私は、いや私達は最後の『逃げ』た娘を捉えて追い抜いた。
先頭に立ったものの、ここからの引き出しがもう無い。余ると思っていた体力は尽き果て、
となれば後はもう根性勝負。私とフックトッシン、互いに譲らず直線を疾走する。
観客席からの大歓声が聞こえてくる。多分私とフックトッシン、一進一退のデッドヒートに大盛り上がりを見せて……。
ヒュンッ。
並んで走る私達の横を小さな影が駆け抜ける。先程まで死んだ目をして大欅の前を走っていたはずのコロが、妙に生き生きとした目で幸せそうに私達2人を内から抜き去り、直後ゴール板を駆け抜けた……。