【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
私とフックトッシン、2人の横をすり抜ける様にコロが差し返して1着をもぎ取っていった。
さっきまで死にそうな顔をしていたコロだったが、ゴールしてから、いやゴール直前から生まれ変わったかのように元気いっぱいで、観客席に向かって体全体で喜びをアピールしている。
2着争いは掲示板に長いこと『判定』の文字が浮かんでいたのだが、どうやらハナ差で私の勝ちらしい。
私にとってここでの2着なんて何の意味も価値も無いのだから、譲れるものならフックトッシンに着順を譲ってやりたい気持ちだ。
ゴール後の三者三様のドラマは実に残酷だ。コロは飛び回って喜んでいるし、フックトッシンはその場で崩折れてしまい、突っ伏したまま地面を叩いて大声で泣き出した。
私はどうしたものかと対応に困ったまま固まっている。一体全体私はどうすれば良いのだろう…? 普通は青葉賞の2着ならダービー出走確定なのだから、少し悔しがりながらも『次は頑張ろう』という顔を見せるべきなのだろう。
しかし私の夢見た日本ダービーは今ここで終わってしまった。「青葉賞で1着」がダービー出走の条件だったのだから……。
決してコロをナメた訳ではない。だがコロの精根尽き果てた姿を確認した後では、最後に見ていた相手はフックトッシンだけだった。
そもそも何故あんなにバテバテだったコロが今あんなに元気なのか理解できない。それこそテレビゲームで体力回復アイテムでも拾ったかの様な変わり様だった。
そのヒントは直後のコロの勝利者インタビューに隠されていた。
「スターコロボックルさん、青葉賞優勝おめでとうございます! レース終盤はスタミナ切れのように見受けられましたが奇跡の大差しで1番人気の面目躍如でした。あの時に一体何があったのですか?」
ウイニングサークルでインタビュアーのマイクを通した大きな声が会場に響き渡る。2着以下のウマ娘はお呼びでないので、他の娘はさっさと地下馬道から控室へと帰っていった。
私もそうしたいのだが、どうにも胸騒ぎがしてコロのインタビューから目が離せなかった。
「う〜ん、あたしにも分かりません!(ここで観客席爆笑) でもナズナ達に抜き返されて、『イヤだイヤだ、絶対負けたくない!』って思ったら、何だか体の奥から力が湧いてきてさ、スッゴい元気に走れたんだよね!」
ここでピーンときた。本人は気付いていない様だが恐らくこれは《
恐らく私やカメの様な分かりやすい加速型ではなくて、コロの《
「さて、次はいよいよ日本ダービーですがズバリ気になるライバルはどちらですか?」
インタビューは続く。もう知りたい情報を仕入れた私は虚無感に包まれたまま、喧騒に背を向け他の娘を負うように地下馬道へと降りていった。
「やっぱりブラックリリィは要注意だけど、一番怖いのは今日も走ったナズナだな。でも2人でダービー行ける事が凄く嬉しいんだ!!」
「ありがとうございます。同門のお二人のダービー対決を楽しみにしています。とっても元気なスターコロボックルさんでした!」
コロを称える歓声と拍手に沸き返る東京レース場。だがコロの言葉にも私の心は一切反応することなく凍ってしまったみたいだった……。
☆
「お疲れ様。痛みとかは出てない…?」
地下馬道に降りてすぐにアイリスが待っていた。アイリスにどんな顔して会えば良いのかまるで分からない。それ以前に心が死んでしまった様な感じで、言葉を一言ひねり出すのも一苦労だ。
「痛みは大丈夫… ごめんアイリス、今は何も考えられないんだ。先にライブ済ませてから、その後で… また明日で良いかな…?」
今はこれが精一杯だった……。
☆
「ナズナ、元気無いな。あたしに負けたのがそんなに悔しかったのか?」
無邪気な顔して無神経にグサグサ刺してくる。でもこれがコロなんだ。これはこれで私を元気づけようとしてくれているのだと頭では理解している。
私も大概だけど、フックトッシンの負ったダメージも大きい様に見受けられた。弥生賞の4着に加えて青葉賞もハナ差で3着と、ことごとくトライアル圏内を外していては天を呪おうとしても責められる物ではない。尤も私も今は他人を気にしていられるほどの余裕もない。
ライブ曲はいつもの「
昔は『もっと色々歌と踊りを教えろ』と思った物だが、自分がどんなに苦しくてもお客さんの前で笑顔でいる為には、脳細胞が停止してても条件反射だけで歌って踊れる曲が必要なのだろう。
URAの年間レーススケジュールの中で「Make debut!」の歌われるレースの割合は95%を超える。己の激情に負けてライブ中に泣き出したりする娘が出ないように、頭や心を空っぽにしてもステージに立てる様に私達は「Make debut!」を体の芯まで叩き込まれるのだ。
これは全て私の推測でしか無いが、もし仮に当たっていたとするなら、「
とにかく今の私には脳死状態でコピーペーストした笑顔でも歌って踊れる曲の存在はありがたい。またアモ先輩あたりに「ナメたライブ」とか言われるかも知れないけど、今はどう頑張っても『心からの笑顔』なんて出せそうに無かった……。
☆
ライブが終わって学園に帰る。アイリスが付き添ってくれるみたいな事を言ってたけど断った。多分アイリスが横にいたら、また私は頓珍漢な八つ当たりをアイリスにしてしまうに決まっているから。怪我の原因すらアイリスの責任にしてしまいそうだから……。
「✶✻❆❏❢❥❧〜っ!!」
近くだが遠くだかよく分からない距離で誰かの叫び声が聞こえた様な気がした。そちらに目を向けるとトレセン学園名物の『大樹のウロ』で誰かが叫んでいるようだった。
『大樹のウロ』とは学園の片隅にある古い切り株で中央が空洞になっており、そこに顔を突っ込んでレースに負けた悔しさや人に言えない秘密なんかを暴露して発散する場所である。
せっかくだから私も使わせてもらおうかな…?
「くっそぉ〜っ! 次は負けねぇからな〜っ!!」
先客がいた。ウロに顔を突っ込んでいるので顔は分からないが、その声と金髪おかっぱ頭で誰かはすぐにわかった、フックトッシンだ。
「秋のレースでは絶対スズシロナズナにリベンジしてやるぅ〜っ!」
あ、やっぱり私に対するリベンジ宣言か。まぁ気持ちは分かる。私だってリリィに対するリベンジはまだ果たせていないし、今日のコロにだっていつかは仕返ししてやらないとね……。
「ダービー出たかったよぉ〜っ! うぁぁ、うわぁ〜ん!!」
感極まって切り株に顔を埋めて泣き出した。その気持ちは私も同じだ。私だってダービー出たかった… 子供の頃からの夢だった… あと数メートル先に出られていれば届いたのに……。
私も今になって涙が溢れてきた。私もちょっと叫んで良いかな…?
近づいた私の雰囲気を察したのか、フックトッシンが「誰っ?!」と飛び退く様な動きを見せた。
私の顔を見て「マズいところを見られた」とばかりに慌てて涙を拭うフックトッシン。
「ちょっとで良いから替わってくれる…?」
フックトッシンがのそりと
何て言おう? すぐ横にいるフックトッシンにこちらの事情を知られる訳にもいかないので言葉にエラく気を遣う。
結局何も思い浮かばないまま溢れる涙に後押しされるように、私は「うわぁぁぁっ!」という意味のない雄叫びを上げ、フックトッシンは不思議そうにその光景を眺めていた。