【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
大樹のウロで吠えた後、結局食欲も湧かないまま部屋で布団を被って横になっていたら、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
「……」
不意に人の気配を枕元に感じて目が覚めた。学園の寮は万全の
「なんだ、カメかぁ… 脅かさないでよ」
不審者の正体はルームメイトのカメだった。私の事が心配で何となく付き添っていたらしい。
私のベッドの横に椅子を置いて座っているカメに、私は寝そべったまま視線を合わせた。
「だって、ナッちゃんが心配で… コロちゃんの優勝は嬉しいけど、ナッちゃんのダービーはもう…」
「分かってるよ。約束だもん仕方ないよ… 今年はもう諦めて治療に専念するよ。運が良ければ秋のGⅠに間に合うかも知れないし…」
自分で言っている事を否定したいのに出来ない。でもまだダービーを諦めきれないでいる往生際の悪い私がいる。諦めないといけないのに。その葛藤でまた涙が溢れてくる。
「ナッちゃん…」
カメが私の手を握ってくる。握られた手からカメの優しさが伝わってくる。
「カメぇ…」
カメに
カメに泣かせてもらって心の重荷が少し軽くなった様な気がした。
☆
翌日、事務所で源逸さんとアイリスとの3人で話し合い、頸部の治療に向けてスケジュール調整等の話をした。まずは明日か明後日から2日ほど検査入院をして、医師とも治療の方針について話し合うそうだ。私も大掛かりな手術とか出来ればやりたくないしね。
そのままする事も無いので、暇つぶしに事務所のテレビでレース中継を眺めていた。
そうか、青葉賞の翌日は天皇賞(春)じゃないか。どれどれ出走メンバーは、と… おっとトウザイブレイカー会長とか、前年度青葉賞覇者でダービーは9着に沈んで見事ジンクスを守ったブラッドハーレーさん、他にもスターバトラーさんとかフォレストレージさんとか見覚えのある顔がチラホラ… あぁツキバミがいるね。
レースはやはりツキバミの圧勝、かと思われたが、いつもの『逃げ』の冴えが無くトウザイ会長やブラッドハーレーに追いつかれそうになりつつも、何とかアタマ差でツキバミが逃げ切る展開になった。
勝ちはしたものの、今日のツキバミはあまり調子が良さそうに見えなかった。
まぁ化け物に一番近いウマ娘であっても1人の女の子である事に変わりはない。たまには体調の良くない日だってあるだろう。
いつもなら春のシニアGⅠの主役である天皇賞(春)はもっと盛り上がるものなのだが、チームの関係者が走ってない。自分の怪我でそれどころではない。どうせツキバミだろ。といった要素が重なって、今年は私の中では関心の薄いレースになってしまった。
来年の天皇賞(春)には私も出走出来たらいいのだけれど……。
☆
2日間の検査入院を終えて学園に帰ってきた私と付き添いのアイリスを迎えたのは、多くの野次ウマ娘に囲まれた1台の救急車だった。
『何事か?』と眺めていたら、何でも練習中に倒れたウマ娘が居たらしい。あらら、大変ねぇ。
…等と言ってられなかった。車の脇で救急隊員と話をしているのは、うちの矛田源逸トレーナーではないか。
嫌な予感が頭をよぎる。まさかうちのチームメンバーの誰かが倒れた、とかいう話なのか…?
「おお、ナズナとアイリスか。ちょっとコロが
私達と入れ違いに学園から出て病院に向っていった源逸さんの目は、明るい口調と裏腹に暗く沈んでいた……。
☆
その日の晩、本入院の為の荷物の準備をしていたら部屋の扉がノックされた。
もう消灯時間が近いのだが、誰だろう? とドアを開けた先に居たのは栗東寮寮長のヤオビクニさんに連れられた、泣きべそをかきながら左足をギプスで固めて松葉杖をついているコロだった。
「もう門限もとっくに過ぎているのに『ナズナと話をさせろ』の一点張りでねぇ。ナズナが迷惑なら美浦寮に追い返すけど?」
コロの様子が尋常で無い事を理由に、私(とカメ)はコロを引き受け、美浦寮と源逸トレーナーにその旨を伝えてもらう様にヤオビクニさんにお願いした。
☆
とりあえず私とカメがそれぞれの椅子に、コロを私のベッドに座らせて車座で話をする。
「
べそをかいたままで一気に捲し立てたコロの第一声がそれだった。
「いやそれはいくらなんでも大袈裟すぎるよ。怪我とかはともかく、手術をするかどうかもまだ決まってないし、未施術のままでもさすがに死ぬまでは無いってば。そんな事よりも
単純に今の状況を考えたら、コロが一番重症に見えるよね。
コロは私の問いに俯いてしばし黙っていたが、やがて意を決した様に口を開いた。
「今日、練習中に足が痛くなってそのまま転んじゃったんだ。そんであたしの足の痛い所を触ったおっちゃんが血相変えて救急車呼んで…」
そこでコロの目から再び涙が零れ落ちる。再び下を向いたまましばらく言葉を選ぶように沈黙するコロ。
「
屈腱炎自体は割とメジャーな病状で、その昔『BNWトリオ』と称された有名なウマ娘達も、その全員が屈腱炎を患って引退していたりする。
コロの報告にまたしても目の前が暗くなる。何で私だけで無くコロまでそんな酷い目に遭わないといけないの? そこまで酷い運命を背負わされるほど私達が何か悪い事をしたとでも言うのだろうか…?
「コロちゃん…」
隣のカメも既に大泣きしている。もちろん私もだ。こんなの女3人で泣く事しか出来ないじゃないか。こんな、こんな酷い展開……。
「でもさ、でもナズナはまだ走れるんでしょ? 青葉賞2着だもん、ダービー出られるよね?」
急に何を言い出すのこの子は。その事はもう諦めて……。
「いや、それも無理だよ。源逸さんとの約束だし…」
「それも聞いたよ。『
確かにそういう考え方もあるかも知れないけど、そんな無茶な話が……。
「ナズナが走っちゃダメなのは知ってるよ。でもダービーだよ? ナズナは諦められるの? それで良いの?」
そんなん言うまでも無い。出られる物なら出たいに決まってる。でも……。
「だからさ、あたしの代わりにナズナがダービー走ってよ! ナズナが1等賞獲れば、ナズナに勝ったあたしが本当の日本一だって証明になるでしょ!!」
「バカ言うな…」
部屋の扉がノックも無しに急に開かれて熊の様なガタイの
ちょっ! ここ女子寮! 私達は寝間着! それにトレーナーも本来入室不可のはず……。
あ、後ろにヤオビクニさんが待機してる。寮長さんの許可があれば特例が認められるんだっけ。て言うかむしろ寮長さんが源逸さんを呼び込んだ可能性の方が高いか。
「まったく、美浦寮から『門限過ぎても帰ってこない』って聞いて心配してたんだぞ? ほれ、ナズナ達にも迷惑だから帰るぞ」
迎えに来た源逸さんの差し出した手を振り払い、コロは毅然と源逸さんを見上げた。
「なぁおっちゃん… いや源逸先生! 一生のお願いだよ… です。ナズナをダービーに出してやって下さい。あたしの、あたしの無念をナズナに託させて!」
「そうは言ってもお前…」
コロの必死の嘆願に怯む源逸さん。しばらく困った感じでこめかみをポリポリと掻いていたが、やがて何かを諦めた様に「ハァ」と大きく息を吐き出した。
「まぁもし今回のコロの屈腱炎の原因がオーバートレーニングにあったのなら、遅くまで自主練していたのを黙認した俺の責任でもあるしな…」
打って出るなら
「源逸さん… 私、ダービーに出たいです! お願いします、私をダービーに出して下さい。コロの為にも私の為にも…」
「私からもお願いします!」
「お願いします!」
カメとコロも同様に頭を下げてくれた。その後の3人の少女の熱い視線に、源逸さんは困り顔で更に顔の皺を深くする。
「…分かった、ナズナの出走を認めよう。アイリスには俺から連絡しておく。ただしナズナ、くれぐれもあの《
「はいっ!!」
いい返事を返したが、まだ自発的に出せるものでも引っ込められるものでも無いので、どうなるかは保証しかねる。それは多分当日の天候次第になるだろう……。