【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー   作:ちありや

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65R カメの流儀

 実は青葉賞での2着に終わった翌日に、母から「気を落とさずに来年頑張りなさい。私達はずっとナズナを応援しているから。またお正月には帰って来て元気な顔を見せて下さい」とのメールがあった。

 

 だが、気分も落ちていたし検査入院の準備でバタバタしていた事もあって返事を返せていなかった。

 今回コロのおかげ、というと大きく語弊があるが、状況が変わって私はダービーに出走できる事になった。そしてその事をあらためて両親に報告できるのがとても嬉しい。

 

 コロはコロで北海道にいる家族に悲しい連絡をしているだろう事は容易に想像できる。だからこそ、コロとその家族の思いを背負って私は走らなければならない。

 ダービーはこれまで戦ってきたライバル達がほとんど出揃う大勝負になるだろう。

 だけど私にはコロの『想い』も宿っている。2人分の精神力(パワー)でぶつかって行くだけだ……。

 

 ちなみに私がダービーに出られる、となって地元後援会も大騒ぎだったそうだ。その後、後援会から「これ食って頑張れ」と30人前くらいのモツ鍋セット(締め用のチャンポン麺付き)が送られてきた。まぁチームのウマ娘7人 (+人間3人)でペロッと食べちゃったけどね。

 

 ☆

 

 新たな目標、というか元の目標に立ち戻った為に、再開された練習にも熱が入る。当然先週同様に軽い練習が続いたが、首への負担軽減と心肺機能増加を併せ持つ、プールでのトレーニングが増えた。

 青葉賞で起こったスタミナ切れを考えると、同距離のダービー対策としてスタミナアップは外せないものとなる。今週から来週にかけては私の服装はジャージよりも水着が増えることになるだろう。

 

「源逸先生から聞いたわよ。《領域(ゾーン)》禁止令が出たって」

 

 トレーニングの合間のクールダウン時間にアイリスが雑談の体で話しかけてきた。

 

「まぁ禁止も何もまだ出し方すら掴めてないんだけどね。でもヒントはそれなりに掴めてきてるよ」

 

「そうなの? 私にはどうしても理解できない感覚なので逆に教えて欲しいくらいだわ。いつの間にか皆出来る様になってるし… あ、メルはまだなのか。とにかく羨ましいのと寂しいのと… とにかく複雑な気分」

 

 アイリスが苦笑しながら漏らす言葉は本当に寂しそうだった。もしもアイリスが《領域(ゾーン)》を習得していたら、歴史に名を残すウマ娘になっていた可能性もあるだろう。

 

「もし、さ… もしも私とアイリスが同世代だったら、私達ライバルになってたかな…?」

 

「うぅん…? そぅねぇ… 地力なら多分ナズナの方が上かな…? でもナズナは単純だから私のテクニックでナズナを翻弄出来そうな気がする」

 

「はぁ? 何それ?」

 

 アイリスは視線を上の方に向けて目を閉じ、しばらく夢を見る様な仕草をする。 

 

「うん! 昔の私だったら絶対ナズナとレースしたかったと思うよ。『速い』とか『強い』っていう要素とは別に『絶対この娘と勝負したい』って思わせる雰囲気を持ってる娘がいるのよ。ナズナにはそれがある。実際レース場でナズナはモテてるからね」

 

「うへぇ、どうせモテるなら勝利の女神にモテたいわ」

 

 確かにスメラギとかフックトッシンとか、戦績と比較しても異様なほどに私は他人から絡まれる。もう1人ウザいのが居たような気が… まぁいいか。

 

 そんな感じで私は平常運転に戻った。もうダービーまでの期間は20日を切っている。ここで慌てても得る物は少ない。アイリスを信じて一歩ずつ少しでも力を付けていくだけだ。

 

 ☆

 

 天皇賞 (春)の翌週はいよいよカメの出走するGⅠ「NHKマイルカップ」だ。舞台は青葉賞やダービーと同じ東京レース場、チームみんなで応援行くぞ! …と思っていたらアモ先輩のレースが中京レース場であるらしい。なんでも「鞍馬ステークス」と言って1200mのオープンレースだそうだ。今回は短距離に挑戦なのね。

 

 という訳でまた今回も東京と中京、二手に分かれて応援しに行く事になった。東京組は私とアイリス、コロ、エバシブで、中京組は目黒トレーナーとメル先輩だ。源逸さんときりさんは勿論それぞれ担当ウマ娘に付き添っている。

 

 カメは午前中から取材があるとかで早々に出ていった。現在重賞2連勝を決めているカメはダントツの1番人気。続いてファイヤーブレス、チャームラズベリーといった実力者が続く。

 

「今日のカメは特に気合い入ってるな。くっそぅ、やっぱりGⅠは違うよなぁ…」

 

「来週はオークスですからね。桜花賞を走ったライバルに向けてアピールしてるんじゃないですか?」

 

 コロの呟きにエバシブが答える。日光に弱いエバシブは今の時期でも日光避けの大きなコートと鍔の広い帽子、サングラスが欠かせない。

 そして関係者席から見えるパドックのカメはいつにも増して気合が満ち満ちていているように見えた。

 

 エバシブはああ言ってたけど、カメはもうティアラレースには未練は無いんじゃないかな?

 私にはアレは私へのアピールの様に思える。『今日はレースに勝つので、(カメ)に負けたくなかったらダービーで結果を出しなさい』と圧をかけられている気がしてならない。 

 

 そう、カメは既に重賞2つを含む4勝をしていて紛れもなく同期のエースだ。コロだって今は松葉杖だが、青葉賞を含んで3勝している。

 

 コロがよく「カメとナズナばかりズルい」とか言っているが、戦績で言うならば置いていかれているのは誰あろう私であって、重賞どころか未勝利戦での1勝しか勝ち星の無い身分は少し肩身が狭い。

 

 当然勝ち負けだけが人生では無いけれど、アスリートである以上、勝ち負けで人生を測られるのは致し方ない部分もあるだろう。

 

 ☆

 

 レース場のターフビジョンに中継されたアモ先輩のレースは、NHKマイルカップの開始10分前に始まり短距離な事もあってあっさり終わった。序盤は良い位置に付けていたものの、終盤の加速が間に合わず最終的には6着と残念ながら掲示板を外してしまっていた。

 やはりアモ先輩と適性の合わない短距離では実力が出せなかったのだろう。

 

 適性の合わないレースに挑んでは微妙な順位に着いているアモ先輩だが、それでも何だかいつも楽しそうに走っているのは好印象だったりする。

 

 ☆

 

 さて、間を置かずカメのレースが始まった。序盤から縦長の展開となり速いレースが予想される。

 終盤までレースに参加していないかの様に、第3コーナー(おおけやき)を越えても悠然と最後方でのんびり走るカメ。見ていてちょっと心配になる。

 やがて第4コーナーを回った最後の直線、16人のウマ娘が横に膨らんで並んだ瞬間に大外からカメが仕掛ける。

 

 既にトップとの差は80m以上開いている。普通に考えればここからの逆転はかなり厳しいのだが……。

 

「来たっ!」

 

 コロの声でカメの全身の筋肉が『ミシッ』と一斉に動き出した音が聞こえた様な気がした。勿論空耳だろうが、そこからまたあの『超加速』が始まったのだ。

 

 大歓声の東京レース場、カメは驚異の15人抜きをやって見せ、あまつさえ2着と1身の差を付けてゴール板を駆け抜けた。

 

 カメのGⅠ初勝利、今のクラッシック級で最も速いマイラーはカメに決定した。

 3連勝の上にGⅠ制覇。親友の大偉業に、私は喜びよりも彼女の底知れぬ実力に畏怖し身震いが止まらなかった。

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