【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー   作:ちありや

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67R 日本ダービー

 東京優駿。これが90年もの歴史を持つ日本ダービーの正式名称だ。年に一度、クラッシック級のウマ娘だけが挑める至高の座。ウマ娘レースに興味のない一般人でも『日本ダービー』の名を知らない人はまず居ない。

 《ダービーウマ娘》の称号は日本中の全ウマ娘の夢であり、憧れと言っても過言では無い。

 

 今、学園のクラッシック級でURAに登録されているウマ娘の総数は約300人。(ダート)や短距離、ティアラ路線に進んだ娘も多いが、それでも日本ダービーのあるクラッシック路線を望む娘は最も多い。

 そしてその大多数が夢破れ、路線変更を余儀なくされたり地方レースに転向したり、そのまま学園を去ったりする……。

 

 今日この場に立っている18人のウマ娘は、全国から厳選されてトレセン学園に入学した精鋭達の中の、更に一握りのエリート中のエリート達だ。

 そして見事《ダービーウマ娘》の称号を得られるのはこの中でたった1人。それはすなわち『日本一のウマ娘』を意味する。

 

 それはこの東京レース場に集まった10万人ものお客さんの熱気が如実に現している。毎年ダービーの日には開門前から各入場門前に熱心なファンが詰め掛ける。

 今日も東京レース場の収容人数を大きく超えて、コース内側のダートコースまで開放しているが、それでも足りずに会場に入れないお客さんも多数いるらしい。

 

 これがダービーだ。ウマ娘だけでは無い。日本中の視線がここ東京レース場に集中する。何よりそんな『ダービーの空気』が私を奮い立たせる。

 

 当然ながら本日東京レース場で行われるのはダービーだけでは無い。第1レースのダート1600m未勝利戦から始まり、最後の目黒記念まで12ものレースが待ち構えている。

 その全てのレースが10万の視線に晒される。こんな環境で未勝利戦なんて、私だったら正気でいられる自信が無い。

 

 そう言えばダービーの後の目黒記念にはメル先輩が出走する。メル先輩は初のGⅡ挑戦だが、メル先輩的に『本命』のレースらしいので頑張って欲しい。私とメル先輩とで同時優勝なんて出来たら素敵なのだけれどね。

 

 「18人の日本ダービー出走者」。多分に運も味方しているが、私もその18人の末席に加えてもらっている。幼い頃から憧れだったダービーを『見る』のではなく『走る』事が叶うのだ。それだけで私の心は歓喜に打ち震えている。

 昔から言われるのは「ダービーは最も運のあるウマ娘が勝つ」だ。私がここにいる事自体が『強運』の賜物ならば、その勢いでこのままレースを勝ってしまう事も有り得るかも知れない。

 

 そしてもし、もしそんな事が起きたのなら私が《ダービーウマ娘》と呼ばれる事になるのだ。

 

「ダービー… 遂に来たんだね…」

 

 東京レース場の控室で誰ともなく呟く。部屋にいるのはアイリスとカメ、この2人には本当に終始支えてもらった。2人のうちどちらかが居なかったら私がこの場にいる事は無かったと断言できる。

 

「ナッちゃん、リラックスだよリラックス! ナッちゃんの分まで私が緊張してあげるから、ナッちゃんはリラックスだよ!」

 

「フフッ、なにそれ?」

 

 カメの激励 (?)のおかげで、確かに少し緊張が(ほぐ)れた。助かる。

 

「色々あったけど遂にダービー本番ね… ねぇナズナ。実は私もダービー走ってるんだよ」

 

 急にアイリスが得意気な顔で話し出した。ふむ、と目で続きを促す。

 

「その時の着順はギリギリ5着でした。同じレースで結果を競えば、私達もライバルになれるんじゃない?」

 

 そう言って目を細めるアイリスの顔は、紛れもなくイタズラを仕掛ける子供の顔だった。

 

「…つまり4着以内に入れば私は師匠(アイリス)を超えた、という事で良いのね? よし、やったろうじゃん!」

 

「もぉ、ナッちゃんもアイリスさんも悪ノリしすぎ!」

 

 カメのツッコミで顔を揃えて大笑いする。一世一代のダービーを前にして、この雰囲気が出せる私達は世界最高のチームなのだと本気で思う。

 

「トレーナーとして最後の助言。ナズナ、貴方の『走りの原点』を思い出して。それがウマ娘にとっての最高の必勝法だから」

 

 パドックに送り出される時にアイリスから掛けられた言葉。私の走りの原点…? はて、何だったかな…?

 

 ☆

 

 このレースに勝てれば《ダービーウマ娘》なのだが、当然ながらすんなり勝たせてもらう流れにはならない。私の人気順位は青葉賞のジンクスもあってか現在15位。まぁそれはともかく、人気上位の娘達の顔ぶれがとにかく豪華だ。

 

 ここまで無敗、GⅠを2勝しているリリィを筆頭に、セイバーやパッションもGⅠホルダーだし、スメラギはGⅠ勝利こそ無いものの重賞を3勝している。他にも既に対戦しているリンカイパワフルやトッカンクイーンも参戦している。

 彼女達全員を相手にして1着をもぎ穫るのは、まさに死闘を繰り広げなければ不可能だろう。

 

 本当ならこの場にいるのは私ではなくコロだった。コロ、あんたの魂も私が背負うからね。力を貸してちょうだい……。

    

「久し振りねスズシロナズナ! ダービーでも出会うなんてやはり運命を感じるわ。アンタにだけは負けられないからね!」

 

 パドックへ至る地下道で、人が(コロ)を想って集中している最中に聞き覚えのある(かしま)しい声が耳をつく。

 

 鳥の羽をイメージしているのかな? フサフサした感じでゆったりしたデザインの青い勝負服を着たウマ娘が私の前に立っていた。

 栗毛の髪をハーフアップにしてキツそうな性格が顔に出ている… あ、何か思い出してきた……。

 

「あ、あー! えーと、えーと、『ナントカナントカ』さん!」

 

「『イーグルダイブ』よ!! いい加減覚えなさいよ! 前より酷いじゃない、ホント腹立つわぁ…」

 

 あぁ、そうだそうだ、イーグルダイブさんだ。デビュー戦と未勝利戦とで過去3回対戦したウマ娘。確か年明けのレースでコロ相手に勝ってたはずだ。それからオープンに上がって……。

 

「プリンシパルステークスに優勝してこの場にいるのよ。アンタやブラックリリィにリベンジする為にね!」

 

 おお、なるほど。青葉賞と同じダービートライアルのプリンシパルステークスからこの場に上がってきたのか。根性だねぇ。

 

「まぁリリィが本命でアンタはおまけだけど、どの道潰す事に変わりはないからね」

 

「呼ばれた気がした!! こんにちはナズナちゃん、怪我は大丈夫なの…?」

 

 ただでさえやかましいイーグルダイブの相手に辟易していたのに、神出鬼没の変人(リリィ)までもが現れた。

 

「げ!? ブラックリリィ? あ、アンタにもリベンジさせてもらうからね!」

 

 リリィの登場に驚きながらも、ちゃんと持ち直して啖呵を切って去って行くイーグル。

 クソ雑魚ムーブが目立つけど、実はあの人、過去のレースで3着以下になったことが無い。常に1着か2着、つまり連対率が脅威の100%という事だ。無敗のリリィ以外には他にそんな娘はいない。性格はともかく走りの実力は決して無視できない存在だ。

 

「リベンジ…? 私あの人に何か悪い事したのかな…?」

 

 デビュー戦で一緒だったのだが、リリィは覚えていないらしい。私も面倒くさかったので「さぁ?」と流しておいた。

 

 ☆

 

 パドックから見上げる空は灰色を通り越して黒に近い。まだ雨は降ってはいないが、もう早いか遅いかだろう。午後の天気予報は降水確率100%、またしても雨女の面目躍如だ。

 

 だがそれで良い。『それが』良い。私の勝率を上げる為の最後のピース、それが天候だ。

 私の《領域(ゾーン)》が発動したのは過去2回。そのどちらも雨が降って不良場だった。そして天気の良い日のレースに《領域(ゾーン)》の発動したシチュエーションにいくら近付けても、《領域(ゾーン)》が発動する事は無かった。

 

 つまり私の《領域(ゾーン)》を発動させる為には『雨天』である必要があるのだ。そしてお(あつら)え向きな事に空は今にも泣き出しそうな… いや、今ポツリと来たな。と言っている間にザーザーと降り出した。私がパドックの小ステージに立った途端これだ。龍神様によほど好かれているとしか思えない。

 

「ダービーでは《領域(ゾーン)》禁止」

 

 ダービー出場が決まった際に源逸さんと約束した事だが、お腹の音が鳴る時の様に自分の意志でどうにか出来る物でもないし、()してや強豪揃いのこのレースに《領域(ゾーン)》無くして勝てる道理も無い。

 

 やれる事は全てやってきた。恐らく天運も私の味方をしている。あとは私の全部を出し切ってレースにぶつけるだけだ。

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