【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
冒頭から悲しいお知らせがある。あれだけ勢いよく降っていたはずの雨が、ダービーの本馬場入場を境にピタッと止んでしまったのだ。
結局私の他、何人かのウマ娘とこれから走るコースをずぶ濡れにしただけで、真っ黒だった雨雲は文字通り霧散するかの様に消え失せ、今頭上には真ん丸な太陽が誇らしげに燦々と輝いている。
「ゲリラ豪雨で災難だったわね。身体拭かなくて大丈夫?」
スメラギが心配して声を掛けてきた。こいつはタイミング良く雨を回避していて全く濡れていない。
逆にリリィは私同様にずぶ濡れで、一言で表すなら『妖怪濡れ女』。でもリリィの勝負服ってマジで服の下は全裸っぽくて、濡れた事で布が体に纏わりつき見様に依っては物凄くセクシーだ。特に尻の形とか胸の先っちょとかが浮き出てて、本人があまり気にしていない分、同性ながら目の遣り場に困る。
とりあえずスメラギが赤面しながら「胸を隠しなさい!」と注意していたので私からは何もしなくてもいいだろう。
☆
東京レース場の荘厳なファンファーレが鳴り響きレースの開始を告げる。各ウマ娘が1人ずつゲートに入って準備が整う中、私は勝負の直前でいきなり手の平を返してきた『天運の神』に悪態を
ふんだ、分かってたもんね。そんなに都合よく《
ええ、ええ、やってやりますよ。《
☆
ゲートが開き全員が綺麗に横一線でスタートする。その後、先頭に立ったのはクリスタルセイバー。それを追う様に2番手にバブルギンザが付く。続いてリンカイパワフル、スメラギレインボー、私はここ5番手。
後方にはパッションオレンジ、ブラックリリィ、リリィをマークするようにイーグルダイブ、最後方にトッカンクイーンという布陣だ。
雨は止んでも雨によって
レースはそのまま大きな順位変動も無く、向こう正面から第3コーナーの大欅に先頭のセイバーが差し掛かる。
皆がここで合図でもあったかの様に一斉に仕掛けだした。リリィ他、後方に居たウマ娘が速度を上げて迫ってくる。私も速度を上げてスメラギを抜き、セイバーを捉える。
第4コーナーでは更に差が縮まり、全体が団子状態で進んでいく。
直線に入ると観客席の声が直接耳に入ってくる。
「リリィーっ! 二冠だぞーっ!」
「パッションーっ! リリィに負けるなーっ!」
「セイバーっ! 逃げ切れーっ!」
「スメラギーっ! GⅠを取ってくれーっ!」
10万の歓声の中から個別にウマ娘を応援する声が聞こえる。人気のある娘はそれだけ声の数も多い。
そしてそれらの歓声を聞いた途端に、幾つもの青い光がコースに立ち昇った様に見えた。
それは恐らくリリィやパッションが《
この蒼い炎が足元から立ち昇る現象は、果たして物理的な物なのかどうかは今は調べる術が無い。確実なのは私の周りのウマ娘が急激に強化されている、という事だ。
その中で今の私には《
でもだからと言って勝負を諦める訳にはいかない。私は勝つ為にここに居るんだ。走る為にここに居るんだ!
だが
そして割れんばかりの10万の歓声が轟き渡る東京レース場、その時、その中でほんの微かに聞こえた声があった。
「スズシロナズナーっ! 意地を見せろーっ!」
源逸さんとは違う、若い男性の声だ。その人だけでは無い。耳を澄ませば沢山の声が私を応援してくれているのが分かる。私に「走れ」「勝て」と言ってくれている。
するとライバル達の光に呼応する様に、私の視界も光に包まれて輝き出す。これはまさか《
…あぁ、ようやく
《
私と2人の距離が徐々に狭まる。ゴールまであと何メートルなんだろう? 時間にして10秒程しか経っていないはずだが、体感的にはもう5分くらい競っている様な気がする。
リリィもセイバーも、後ろにいるスメラギもパッションも皆速い。イーグルやトッカンも上がってきて、スタートと同じ様に横一線だ。
リリィが抜く。セイバーが抜き返す。スメラギが抜く。イーグルが抜き返す……。
なんだかこうやって皆で並んで抜きつ抜かれつ競走する様が滑稽でとても楽しい。
このメンバーでこのまま何時間でも走り続けたくなる。私の右手にはスメラギが、左手にはイーグルがいる。皆この一世一代の大勝負に向けて必死な顔だ。
一生に一度のダービー。あと少しでゴールだ。あと少しで今年の《ダービーウマ娘》が誕生する。
周りの皆と気持ちが繋がる。皆「自分こそが《ダービーウマ娘》になるのだ」と息巻いている。
そんな中、周りから伝わってくる「想い」は『勝ちたい』だけでは無く、同時に『楽しい』も含まれていた。
子供の頃からやっている、脚の速いウマ娘達が集まって『誰が1番か?』と競走をしている。そして勝った負けたと一喜一憂している。あの頃と全く同じ事をしているのだ。
アイリスに言われた「走りの原点」とは…? 何という事も無い。『走る事が好き』、これだけだったのだ。子供の時は目的もなくただ原っぱを駆け回っているだけでも楽しかったじゃないか。
私は『走るのが好き!』『ライバル達ともっともっと競い合いたい!』そして最後に『絶対に負けたくない!』
レースをするたび、ライバルが増えるたびに私の中に膨らむ『想い』は、この先無限に大きくなっていくのだろう。
チームのみんな、家族、後援会、クラスメイト、強力なライバル達、そして私なんかを応援してくれるファンの皆様、何より自分自身。たくさんの『想い』が一つになって『スズシロナズナ』というウマ娘を形作る。
その行き着く先にあるのが栄光なのか挫折なのかはまだ分からない。とにかくその『想い』に感謝しつつ日々を走っていくしか無いのだろう。
今、先頭集団で5、6人が団子になって走っているはずだ。一様にみんな疲れ果て息も絶え絶えで泥だらけになりながら《1番》を目指している。
泥に塗れて不格好に走る。それでも私は今、楽しくて仕方がない。各人の差はもうセンチメートル単位だろう。ゴール板はもう目の前だ。《
横並びの列からほんの半歩だけ前に出た。そして私は《1番》にゴール板を駆け抜けた。
これが… これこそが私の《