【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー   作:ちありや

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幕間5 目黒記念

 目黒記念の開始時間はダービーから1時間以上も間が空いていたので、俺とメルは今日ナズナやメルを応援しに来たチームメンバーと一緒に、関係者席から悠々とレースを観戦させて貰っていた。

 

 何と言っても今日はダービーだ。源逸チーフを始め、メンバーは自分の事以上に緊張してターフを見守っている。ナズナの負傷に関しても、痛み止めくらいで治療らしい治療も出来ていないはずだ。

 まずは無事に帰ってきて欲しい。我々の思いはそこに集約されるだろう。

 

 ☆

 

 レースは終了し、日本ダービーの優勝者は『まさか』のナズナとなった。

 

 源逸チーフは娘さんのきり嬢と抱き合って喜び、アモとコロ、アイリスとカメもそれぞれ抱き合って飛び跳ねている。

 

メルは白熱したレースに興奮しすぎたのか、呼吸すら忘れて固まってしまっている。

 エバシブもメル同様に固まっているように見えるが、その紅い瞳には闘争心なのか嫉妬心なのか判別しづらい光が輝いていたように思えた。

 

 しかしまさか()()ナズナがGⅠを、それも日本ダービーを獲るとは夢にも思っていなかった。それが故に俺も頭が事態を理解するのに少々時間が掛かってしまったようだ。

 

 俺の隣のメルが呼吸を忘れていた事を思い出したのか、急に咳き込んでゼーゼーと荒い息をつく。

 

「大丈夫か、メル?」

 

「は、はい、目黒さぁん… ナズナちゃんがもう凄くて… 感動で胸がいっぱいで…」

 

 ナズナのレースに感化されたのか、興奮冷めやらぬままメルはしばらく泣きじゃくっていた。

 

 ☆

 

 このちょっとトボけた娘は俺の担当ウマ娘『メルヘンランド』。シニア級のウマ娘で、勝利数はそこそこ多いのだが、まだ重賞の勝利は未獲得だ。

 元来が優しく大人しい性格な為か、オープンレースならまだしも重賞ともなるとメンタル的に他のウマ娘に競り負ける傾向がある。

 

 このメンタル面を強くできればメル(この娘)もGⅠに注ぎ込める実力はあったのだが、3年目の今になってもその課題はクリアできていない。

 それは(ひとえ)にトレーナーである俺、目黒 宗太郎の力不足に他ならない。

 

 メルはこの後、GⅡの目黒記念を走る。

 シニア級からは積極的に重賞を狙っていく方針ではあったのだが、それは主にGⅢレースであってGⅡは当面考えていなかった。しかし、メル本人から珍しく「目黒記念に出たい」と強く言ってきた為に、彼女の希望を汲んで本日の出走とあいなった訳だ。

 

「ちょっと部屋で集中してきます…」

 

 涙が引っ込まないうちにメルはおもむろに立ち上がり、ナズナの勝利者インタビューを待たずして自身の控室へと戻って行った。

 

 ☆

 

「なんとか落ち着きました… そろそろパドックの時間ですよね、行ってきます…」

 

「おいメル…」

 

 なんだか今日のメルは… いやここ1週間程のメルは少しおかしい。妙にヤル気をアピールするものの、その割にはどこか抜けている様な『心此処に在らず』、みたいな事が多くあった。

 その事と、今日の目黒記念は何か関係があるのだろうか…?

 

「はい、何ですか目黒さん…?」

 

「お前がナズナ達に今日の『目黒記念』が本命だと言っていたのは知っている。聞いても良いか? どういう意図で目黒記念が本命なんだ? 何かあるのか?」

 

 レース前、それもパドック直前に訊くような事でも無いのだが、どうにも気になった俺はメルに訊かずにはいられなかった。

 

「え?! そ、そそそそそそれはですね… あの、その…」

 

 急に顔を真っ赤にして取り乱すメル。全く訳が分からない。

 

「あの… その… レ、レースの後にもう一度お話しする時間を貰っても良いですか…? わ、私も目黒さんにお話ししたい事があるんですっ!」

 

 それだけ言うとメルは脱兎の如く地下道を走り去って行った。

 

 目黒記念の出走開始予定時間は17時。まだ暗くなる時間ではないが、このレースの後に行われるナズナのウイニングライブの頃には日が沈みきっているだろう。

 

 ダービーのレース本番は終了したが、この後のライブ目的で観客の大半はレース場から帰っていない。数万の観衆の前でメルは緊張せずに実力を出せるか心配ではある。

 

 パドックでのメルの人気は3番手。調子は悪くないが、重賞未勝利のウマ娘としてはこんな所だろう。この段階まで来てしまうとトレーナーとして出来る事は祈る事だけだ。

 

 ☆

 

 レースが始まり、メルはいつもの様に『逃げ』ている。目黒記念の出走ウマ娘の中で『逃げ』の脚質はメルだけで、序盤に他者との競り合いが無いのはメルとしてはとても助かる展開だ。

 

 そして最後の直線、ここまでトップを守ってきたメルだったが、徐々に後続のウマ娘に詰め寄られる。メルは大体いつもここで根負けしてしまうパターンが多いのだが、今日は様子がおかしかった。

 

 相手の進路を半身でブロックするような動き… ナズナやカメと同期のドキュウセンカンが使っていたテクニックに近い。それをメルは一切後ろを見ずにやっている。

 後続はメルを回避しようと迂回すると、その分大回りに走る事になり、その隙にメルは内側を前進出来る。

 

 しかし今まであんな走り方を指示した事も無ければ、「やってみたい」と相談を受けた事も無い。ましてやメルが1人であんな技を自主練習していたとも思えない。そもそも誰かの助け無しで練習出来るタイプの動きでは無い。

 

 後ろに目が付いているかと思うほどのドキュウセンカン以上の正確さで後続を塞ぎ、メルはあっさりすぎる程あっさりと1着でゴール板を駆け抜けて見せた。

 そのあまりにもメルらしくない堂々とした勝ちっぷりは、トレーナーである俺の目ですらも容易に信じられる物ではなかった。

 

 ゴール後、勝利を確信したメルは今まで抑えていた感情が溢れ出したかの様に、その場でわんわんと泣き出した。

 直後の勝利者インタビューでも終始泣きっぱなしで、受け答えもズルズルと何を言っているのか分からないレベルだった。

 

 ☆

 

「用意するので10分経ったら控室に来て下さい」

 

 ライブの後、メルは先程までの泣き顔が嘘のようにニコニコと話し掛けてきた。どうにもメルの情緒が安定していないのがトレーナーとして不安で仕方がない。

 とりあえず控室近くの喫煙室で時間潰しがてら今日の総括をしてみよう。

 

 メル的に『本命』の目黒記念に勝てた事は素直に喜ばしい事だし、先程見せたブロック技術も完全に習得出来たのなら今後GⅠでも通用するかも知れない。

 

 宝塚記念はもう無理として、秋には昨年のアモの様にオールカマーから天皇賞 (秋)なんて流れも良いかも知れないし、『GⅠに限りなく近いGⅡ』と言われる毎日王冠で実力を試しても良い。

 

 後輩のアイリスやきりが『GⅠトレーナー』(アイリスに至っては『ダービートレーナー』だ)となった今、俺がGⅠ無冠というのもバツが悪い。だが今回の勝利のおかげで俺も少し夢を見られるかも知れないな……。

 

 柄にも無くそんな夢想をしてしまう。そうこうしているうちに10分経ってしまっていた。

 メルは何をするつもりなのか? 何も聞かされないままなのが余計に不安だ。

 

 サプライズで優勝おめでとうパーティをするなら控室ではなく学園の事務所でやるべきだし、ナズナのダービーもあるのだから尚更だ。

 かと言って俺の誕生日でも無ければ何かの記念日でも無い。

 

「メル、入っても良いか?」

 

 ドアをノックすると「ど、どうぞ!」と返事があったので控室に入る。

 中にいたメルは何故か勝負服を着ていた。童話の「赤ずきんちゃん」の様な赤いフードとフリルの付いた白いドレス、メルヘンランドの名の通りメルヘンチックな衣装である。

 

「どうしたメル? 勝負服なんて着て…?」

 

 勝負服を着られるのはGⅠレース限定だ。メルはまだGⅠに出場した事が無いので、彼女のこの姿は初めて勝負服が支給された時以来になる。

 

「あ、あの、目黒さん! わ、私、目黒記念に勝ったら目黒さんに言いたい事があって…」

 

 目黒目黒で紛らわしいが、何やら勝負服に着替えてまで俺に伝えたい事があるらしい。

 

「あの… 今日の目黒記念は私にとって『本命』レースでした。そして私はその本命レースを獲りました!」

 

「ああ、そうだな。おめでとう、よく頑張った!」

 

 ここまでメルの情緒不安定が続いてまともに祝辞も述べられなかったが、ようやくまともに「おめでとう」が言えた。

 

「そ、それでですね、『言いたい事』というのは… えと、その…」

 

 顔を真っ赤にして口ごもるメル。余程言いづらい事なのか? 俺の練習方針について何か意見があるのだろうか?

 

「わ、私の大本命は目黒さんなんです! 目黒さんに目黒記念のトロフィーをプレゼントしたくて… こ、告白したかったんです…」

 

 ふむ、その好意は嬉しいが、そこまでして何の告白をするつもりなのだろう…? まさか3年目にして担当替えとかそういう話か…?

 

「わ、私は目黒さんが好きです! トレーナーとして尊敬してるし、男性としても大好きなんです!」

 

 …………え?

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