【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
夢の様なレースが終わり、私はダービーで《1番》になる事が出来た。
掲示板に表示された1着から5着までの着差はアタマ-ハナ-ハナ-アタマと言う、本当に誰が勝っても不思議では無い、奇跡とも言える大接戦だった。
ちなみに掲示板は2着からイーグルダイブ、ブラックリリィ、スメラギレインボー、トッカンクイーンの5名。
以下にパッションオレンジ、リンカイパワフルと続くが、彼女らの着差もトッカンクイーンから見て半バ身程度だった。
ようやく頭が追い付いてきて自分の勝利を理解できた私は、初勝利の時と同様にあらん限りの力と雄叫びで天に向かって右手を大きく衝き上げた。それに呼応するかの様に一斉に沸き上がる10万の観客席。
死闘を制し、晴れて《ダービーウマ娘》となった私を称える歓声と拍手。2着以下の娘達も皆同様に拍手で称えられる。
「リリィ、惜しかったなーっ!」
「スメラギちゃんドンマイ! 良いレースだったよーっ!」
「みんなよくやったぞー!」
「お疲れ様ーっ! 感動させてもらったよーっ!」
「今年のクラシック級は最高だなーっ!」
「お前ら全員大好きだぞーっ!」
普段なら優勝者以外のウマ娘は早々に地下馬道に引っ込むのだが、今日は何故か18名の出走者全員がその場に残り、堂々と観客席に向かって手を振ったり頭を下げたりと感謝の意を表していた。
それは今回の日本ダービーで悔いの無い全力の走りが出来たという満足の、そして誇りの証だったのだろう。
「もう! 何でリリィには勝ったのに、よりにもよってアンタに負けるのよ?!」
「おめでとうナズナちゃん。『負ける』って結構悔しいんだねぇ…」
モンスター2人に同時に絡まれた。面倒くさいから速攻で逃げようかと思ったけど、多方向から一斉に囲まれてしまう。
「死ぬほど悔しいけど悔いの無い走りができたわ。おめでとうナズナ」これはスメラギ。
「ナイスラン! こんな楽しいレースは初めてだったよ!」これはパッション。
「………………」いやわざわざ近くまで来てんだから何か言えよセイバー。
「あと一歩追いつけなかったなぁ…」これはトッカンクイーン。
「最高のステージで最高のレースが出来たよ! みんなありがとう!」これはリンカイパワフル。
他にもダービーを闘ったウマ娘達が、入れ代わり立ち代わり私の前に現れて一言ずつ述べていく。今までこんなの見た事ない。
まるでどこかのアイドルグループの様に、私達は18人全員で観客席に向かって長いこと手を振り続けた。
「スズシロナズナさん、勝利者インタビューを行いますのでウイナーズサークルへ」
係員さんに導かれたウイナーズサークルには、すでに源逸さんとアイリスが待機していて、2人とも拍手で私を迎えてくれた。
その後のインタビューは私も興奮していて何を話したのかよく覚えていない。リリィやスメラギ、アイリスの事なんかもちょこちょこ聞かれていたはずなんだけど、とにかく「はい!」と「ありがとうございます!」しか言っていなかった気がする……。
「それで体調はどう? 頭とか首とか痛みは無い?」
インタビューからの帰り道でアイリスが私を心配して声を掛けてきた。すっかり忘れていたけど今の所は大丈夫、ホープフルステークスや皐月賞の時がウソみたいにスッキリしている。
「全然平気! 実はもう治ってるとか?」
「それなら良いけど…」
不安な顔のアイリスを尻目に控室に戻ると、チームのみんなが待っていて揃って祝福してくれた。
メル先輩と目黒トレーナーがいないけど、メル先輩はもうすぐ目黒記念が始まるのだから、自分の控室で集中しているのだろう。
カメもコロも涙でデロデロの顔をしている。
「ナッちゃん… 一緒にGⅠ穫れて本当に、本当に嬉しい!」
「ナズナよくやったな! これで… これでナズナに勝ってるあたしが日本一で良いんだよな?!」
2人とも涙声で
まだ目黒記念にもウイニングライブにも少し時間があるのでこの隙に着替えさせてもらうとする。
何と言っても泥だらけでどうにもみすぼらしい。泥のおかげで《
レース場備え付けのシャワー室に着替えの制服とスマホを持って出たのだが、スマホは通知が凄い事になっていた。クラスメイト、後援会、地元の友達、そして両親と兄……。
みんな私のダービー勝利を祝福してくれている。今になってようやく『ダービー終わったんだなぁ、勝ったんだなぁ』とジワジワと実感してきた気がする。
その中に@tomisakiという見慣れぬアカウントがあったので確認してみると、どうやらナズナグレートちゃんのお母さんの物らしかった。そう言えばグレートちゃんは「富崎さん」で春ファンの時にアドレス交換してたんだったわ。
「グレートです。レース見てました! ダービーウマむすめおめでとうございます! やっぱりスズシロナズナさんはさい高です。ずっと大好きです!」
とのグレートちゃんからのメッセージだった。
あぁヤバい。今になって感情が事態に追いついてきた。もうこのグレートちゃんのメッセージが引き金になったのか、一気に感情が押し寄せて涙が抑えられなくなってしまった。
慌ててシャワー室に駆け込んで、泥と一緒に涙も洗い流す。ライブは泣き顔厳禁だ。ライブで泣いてしまわない様に、私はシャワー室で人知れず感情と涙を思いっきり放出してきた。
☆
さっぱりして関係者席に向かうと、ちょうどメル先輩の目黒記念が始まろうとしている所だった。
メル先輩は3番人気。得意の『逃げ』が決まれば勝ちは十分に狙えるだろう。
「おかえりなさい、ナッちゃん。スッキリできた?」
意味深な質問に曖昧に答えておいた。カメには泣いてた事がバレてるのかな?
「さぁ、メル姉も負けられない勝負だぞ! みんなで応援しよう!」
コロがやたらと張り切っている。この子はメル先輩の『目黒記念が本命』の本当の意味を知っているのだが、約束しているとかで私達には最後まで教えてくれなかった。
「ねぇ、いい加減メル先輩が何を考えてるのか教えてよ。気になるんだけど?」
私の質問にもツーンとそっぽを向いてしらばっくれるコロ。ちょっとムカつく。
「これはあたしの予想だけどね。
アモ先輩は冗談めかして言うがコロが一気に挙動不審になる。先輩の予想は大当たりの様である。
はぁ、なるほどねぇ。だからコロの「目黒は無いわ」に繋がるのかぁ……。
そういう事なら私も真剣に応援しよう。ウマ娘だって女の子、恋に夢見たいお年頃だもんね。
☆
目黒記念はメル先輩の横綱相撲とも言える貫禄勝ちで堂々と優勝を飾った。それはともかく……。
「ねぇカメ、メル先輩のあの走り…」
「うん、ドキュウさんみたいな走りだったよね…」
なんともメル先輩らしくない走り方だった。それにあの一切振り返る事無くブロックしてみせた精度は恐らくドキュウ以上、あんなの技術とかそういうレベルじゃ無い。これはまさか……。
「ほほぉ、遂にメルも《
アモ先輩の呟きに私も同意見だしカメもコロも横で頷いている。全会一致でメル先輩も《
『新たな力』を手に入れてめでたいメル先輩。それに加えてライブの後に目黒トレーナーと2人で連れ立って帰ってきたのだが、何故かメル先輩は勝負服を着ていて目黒トレーナーと腕を組んでいた。
これはずっと後に聞いた話なのだが、メル先輩は本当に目黒トレーナーに告白したらしい。
もちろん学園生徒とトレーナーの恋愛は禁止。目黒さんは大人として「まず学園をちゃんと卒業しろ。それでもまだなお
まぁ面白みには欠けるけど常識的な対応だよね。それでメル先輩はせめて今日の重賞勝利のご褒美として「腕を組んで歩きたい」とねだったらしい。
こんなん既成事実じゃん。目黒トレーナー逃げられないよこれは。ウマ娘から逃げられる人間は居ないよ。
とかなんとか言いつつも、メル先輩にしがみつかれている目黒トレーナーも満更じゃなさそうだし、案外この2人は将来的にもうまく行くんじゃないかな…?
メル先輩のほっこりエピソードで私も少し幸せな気分を分けてもらった。今度は私が最高のライブで皆に私の幸せを分けてあげないといけないね。
よっしゃ! と気合を入れてライブ衣装に着替えるべく廊下に出る。
その瞬間、立っていられない程の激しい頭痛が襲い来て、私はうめき声を上げてその場にしゃがみ込んでしまった……。