【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
関係者席から出た直後に廊下に
「うん、ちょっと疲れが出ただけ。だいじょぶダイジョブ…」
無理やり立ち上がり笑顔を作り、頭痛が出た事は内緒にした。ここで下手なことを言ったらせっかくのステージから降ろされかねない。
これから私が歌うのは「
皐月賞の時は逸走して倒れてしまったし、これから時間のかかる治療の為に菊花賞は棄権不可避だろう。
私が「
「ナズナ…」
「アイリス、お願い… このライブだけ… 「
こちらに向けて何かを言いかけたアイリスを制して自分の希望を伝える。レースとライブは表裏一体だ。夢の舞台で走り、夢の舞台で夢の曲を歌ってこそ完成するのだ。
やがてアイリスは心配顔から口元を歪めて心細い笑顔を作る。そして何かを諦めた顔をしてポツリと呟いた。
「もう、ナズナはずっとそればっかりじゃない。次から、とか今度から、とか言って結局いつもわがまま通してる。ふう、分かった… もう地獄まで付き合うわよ…」
☆
ライブ服に着替えて舞台袖に来ると既に他の全員が集まっていた。「
その部屋のある場所がセンターグループの左後方(高さ3m)、右後方 (高さ5m)、左後方グループの真上 (高さ6m)だ。奥行きはそれなりにありそうだが、客席側には柵等の安全装置は存在しない。
私も若干そのケがあるが、高い所の苦手な娘はメチャクチャ怖いだろうなぁとは思う。
「もう、何で貴女は毎回遅れてくるのよ?」
顔を出すなりスメラギが突っかかってきた。申し訳ないとは思うが、こちらとて絶賛大頭痛の中で何とか準備してきたのだ、勘弁して欲しい。
そう、私の頭痛は治まる事無く、目眩がするほどの痛みを1秒毎に脳味噌に叩き付けてくる。まるで『今まで我慢していた分をまとめて暴れさせろ』とでも言うように……。
波の様に寄せては返す痛みの為に、うまく笑顔が作れない。ライブの直前なのに、どうにも顔をしかめた苦笑いみたいな顔にしかならないのが辛い。
ただ一点救われているのが、「
これなら終始睨みつける様なしかめっ面で歌っていても怪しまれる事は無い。
「ナズナちゃん、どうしよう? 私センターの練習しかしてないからサードのソロパートとか歌えないよぅ…」
人が頭痛いのにこの
「心配しなくてもサードのソロパートなんてサビの『進め~』だけだから楽勝でしょ?」
イーグルが私の代わりにツッコんでくれた。
しかし今更ながら、常勝のリリィを差し置いて私とイーグルの2人が勝てた事に驚きを隠せない。
1着から7着までタイム差が1秒程の激戦とは言え勝負は勝負だ。イーグルがリリィと競り合ってリリィの体力と集中力を削ってくれたからこそ、私の最後の一歩が活きたのだと言えるだろう。
何よりイーグルは(またしても)2着。リリィは初の3着となり、イーグルは連対率100%を維持しているクラッシック級唯一のウマ娘となった。
このどうにも扱いに困る
ライブ開始の時間となった。空は既に日が落ちて暗くなり、観客席から掲げられた無数とも言えるサイリウムの光がぼんやりとステージを照らしている。
弥生賞や青葉賞の時もGⅡだけあって大入りの観客だったが、やはりダービーは『桁』というか『格』が違う。見渡す限りのサイリウム、単純にドーム球場における収容人数の倍の人間が居るのだ。
頭痛のレベルがズキズキじゃなくてグワングワンになってきているが、今倒れたら10万のお客さんをガッカリさせる事になる。あと5分、あと5分で良いから意識をしっかり保たないと……。
「具合が悪いんか? いつでもセンター代わったるで?」
ステージ展開前にセイバーがこっそり話しかけてきた。たはは、具合が悪いのはお見通しか… こりゃスメラギ辺りにもバレてるよなぁ……。
「アリガト。大丈夫だよ、緊張しているだけ」
この1年で、ごまかしと言い訳は上手くなったな、と自分でも思うよ。
☆
エレキギターの爪弾きから始まるイントロに合わせて意識を集中させ体幹を持ち直す。正直立っているだけでもかなりキツい。
私が左手を衝き上げるのと同時に演奏が賑やかになり、ステージのウマ娘達のダンスが開始される。
「光〜の
「「「何を〜犠牲にしてーも〜、叶えたい強さの覚ぅ悟〜!」」」
マイクスタンドを手に持って観客席を睨みながら歌うのは振り付け通りだが、この眉を怒らせた睨み顔が、今演技では無く素で出来るのはとても助かっている。
観客席には私の鬼気迫る顔が見えているはずだし、それがこの曲のロックな部分でもある。
「
「その先へと〜」
「進め〜!」
そうだ、こんな所でまだ止まれない。トレセン学園2000人の頂点に立つ野望の前ではダービーなど単なる一里塚でしか無いんだ。
ちなみにリリィはちゃんと「進め〜」を歌えていたよ。
ワンコーラス終わって間奏、すぐに大サビとなる。最早視界は歪みに歪んで自分がどこを向いているのかすら分からない。
それでも声はまだ出ている。自分の声が頭蓋骨に響いて一音を出す度に頭に激痛が走る。
でもまだだ。まだ終われない。辿り着きたい場所があるんだ……。
「果ってっし〜な〜く続くウイニング! ザ・ソ〜〜〜ウル!」
「「「wowoh! wowoh! wowoh〜!!」」」
曲の締めにマイクスタンドを高々と掲げ上げてポーズを決める。10万の観客の大歓声と拍手は全て私の物だ。
頭痛でボヤけた視界には、全てが歪んで波打って見える。まともに見える物は何も無い。
ステージの照明が落とされてステージの上下に設置された花火の吹き出す炎だけが光源となり私達の輪郭を隠す。
やりきった満足感で満たされる。頭の痛みに身を任せればそのまま楽になれる気がする。わが人生に悔いなし、だ。
私達が闇に紛れる。それと同時に限界だった私の意識も闇に沈み、マイクスタンドを持ったまま後ろに倒れてしまう。
最後に見えたのは心配そうに涙目でこちらを覗き込むリリィの顔だった……。