【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
目が覚めたらまた病室だった。何回目だよこの展開?
慣れた手付きでナースコールをすると、10秒くらいで看護師さんとお医者さんが連れ立って飛び込んで来た。
皐月賞の後で通った府中の医療センターで診察してもらった
まぁぶっ倒れた場所が府中の東京レース場だったから当然と言えば当然の話だろう。
医師曰く、今度の私は倒れてから5日も昏睡状態だったそうだ。今は麻酔で頭の痛みを抑えているが、薬が切れたらまた激痛に襲われる可能性が高いと言われた。
「今トレーナーさんを呼びました。詳細は到着されてから説明しますが、覚悟はしておいて下さい…」
何か怖い事を言い残して、医師は後事を看護師さんに任せて病室を去って行った。
☆
「スズシロナズナさんは無理にレースに出た事で以前より病状が悪化しています。これでは治療に最低でも1年から2年、その後も日常生活は送れるでしょうが、全治後も恐らく痛み止めを服用し続ける事になります」
前回と同様に私の頭の断面図を画面に表示しながら医師は淡々と説明する。言外に『今ちゃんと治さないともっと酷い事になるって前に説明したよね?』という怒りのオーラが満ち満ちている。
「あの、ちなみにレースは…?」
「言語道断です」
試しに可愛く聞いてみたけどバッサリ斬られちゃった。
はぁ… 覚悟はしていたけど私のアスリート人生はここで終わってしまったなぁ… まぁ念願のダービーウマ娘にもなれたし、最悪半身不随って話だったから、それに比べればかなりマシな方に転んだのかも知れない。
頭では納得している。私のわがままでレースに出て、結果走りを引退する羽目になった。全て自業自得だ、頭では納得している……。
「ナズナ…」
でも心は… 気持ちはこれっぽっちも納得していない! イヤだ、イヤだ! ウマ娘から走りを取ったら何が残るのさ? 私はまだ走りたい! カメやリリィやスメラギともっともっと走って競って、勝ったり負けたりしながら泣いたり笑ったりしたい。もっとレースで走りたい!!
口には出せない。私にもプライドはある。誰が見ても自業自得な案件だ。自分で決断して周りを巻き込んで、それこそ福岡の両親を東京に呼び出してまでわがままを通して今があるのだ。
それでも心には嘘を吐けない。必死にこらえているが大粒の涙が目から幾つも零れ落ちてくる。
本当に私は弱い子だ。泣き虫でわがままで意地っ張りで、そして嘘つきだ……。
涙を止めようとしても余計に気持ちが昂ぶってきて、溢れる涙を抑えきれない。ここで泣いたって
「あー、ただ手が無い訳でも無いんです…」
「アメリカに居る私の恩師が神経治療の名医でして、彼に依頼すれば手術によって肥大した患部を切除し、その後数ヶ月でレースに復帰できる可能性があるかも知れません…」
天から光が差した様な気がした。手術っていうのは少し怖いけど、このまま二度とレースを走れない人生なら死んだ方がマシとすら思える。
「ただそれでも成功率は7割… いや6割5分といった所でしょう。失敗すれば本当に半身不随になる危険性があります。加えてアメリカの医療は極めて高額です。詳しくは問い合わせてみないと分かりませんが、恐らく数千万円ほどの費用が必要かと… もしご希望であれば詳細を聞いてみますし紹介状も書きます。慎重に考えて下さい…」
高価で危険な手術か或いは引退か? そんな究極の選択を突きつけられても、すぐに答えなんか出せない。
私はとりあえず入院続行で、
確率65%… 3回に1度は失敗する確率だ。決して悪い数字では無い。ただ悪い結果が出てしまった場合、これまで以上に親を悲しませる事になるのは大変心苦しい。
母さんは「体が不自由になっても支えてくれる」と言っていたけど、ハイそうですかと甘える訳にもいかないだろう。
☆
翌日、チームのみんながお見舞いに来てくれた。事情はアイリスから聞いているらしく、皆表情が固い。
「まずはナズナの無事を喜ぼうぜ! ほれナズナ、お土産だ!」
コロが重い空気を吹き飛ばそうと元気に振る舞ってくれている。自分だって足の治療で辛いはずなのに。
んで土産とは何ぞやとコロの差し出した物に目を移すと、何やら高さ20cm程の人型のぬいぐるみの様だった。
「ほら、ナズナのぱかプチだぞ! この目つきの悪いところとかそっくり!」
『ぱかプチ』とはゲームセンターのクレーンゲーム等で入手できる、デフォルメされたウマ娘の可愛らしいぬいぐるみのシリーズだ。
手渡されたぱかプチは確かに私の顔によく似ていた。格好は学園制服のセーラー服でスカートの下は黒いパンツを穿いていた。
ちなみに私は黒の下着など持ってはいない。
この人形のパンツチェックって意味も無くしちゃうよね。これは老若男女関係ない人類の習性だと思うのだけどどうだろうか?
それはともかくぱかプチの腰にメーカーさんのタグが付いているって事は、誰かの手製じゃ無くて商品としてあるって事なのかな…?
ぱかプチはその時代で活躍したウマ娘が数名選ばれ商品化される。それこそ実力と話題性が伴って初めて採用されるという、考え方によっては下手なGⅠに勝つよりも難易度が高い代物なのだが。
「メーカーさんが夏から『ダービーウマ娘』のナッちゃんのぱかプチを売り出すんだって。これはその試作品なんだけど、あまりにもそっくりすぎて笑っちゃったよ」
カメが楽しそうに話を繋ぐ。確かに目つきの悪さとか髪の毛のザンバラ具合とかそっくりだと思うよ。イマイチ嬉しくないけどね。
しかし、自分の人形が売り出されるとか少し… いやかなり奇妙な気分だ。
「制服バージョンと勝負服バージョンを出すんだって。この子はナッちゃんが居なくて寂しかった私が毎晩抱いて寝ていたから、私の汗と涙が染みてると思うけど」
マジかよ。変な呪物と化したりしてないか
「あとこれも見て」
カメが手にしていたスマホの画面を見せてくる。そこにあったのはSNSのウマッターで『#負けるなスズシロナズナ』とタグ付けされた投稿の数々だった。
どこかの神社に私の回復の願掛けをしてくれたり、沢山のぱかプチを並べてお供え物で囲んでいたり、『スズシロナズナファイト!』と書かれた横断幕を広げて何人かで写真を撮ってくれていたりと、各人が様々な方法で私の復活を願って応援の投稿をしてくれていた。
この見知らぬ大勢の人達の善意に胸が押し潰されそうになる。私はこの人達に何も返せない。自分の無力さに腹が立つと共に、申し訳無さで消えてしまいたくなる。
もちろんこの人達に対して一番良いお返しは、私がレースに復活して元気な姿を見せる事だ。ただ復活と言っても簡単な話では無い。
実は皆が来る直前に源逸さんやアイリスと共に手術に関しての話を聞いたのだが、リハビリテーションも含めて必要な期間は4ヶ月、掛かる費用は5000万円と言われていた。
「…事務所から出せるのは絞りに絞って1000万って所だ。昨日URAにも掛け合ってダービーウマ娘の治療って事で結構奮発しては貰ったんだがそれでも出せて1000万だそうだ…」
これが現実。仮に私の実家や後援会の尻を叩いても千万単位のお金なんて引き出せる訳も無い。
未成年のウマ娘にお金を貸してくれる所も無いし、仮にあっても桁が大きすぎる。
必要経費5000万から学園と事務所から出して貰える2000万を引いても3000万の金策が必要になる。
そして少々のカンパを頂いた所で、3000万という巨象の前では蟷螂の斧だ。
…やはり万策尽きた。スズシロナズナさんのレース人生はここで幕引きです。
学園は卒業するまで居させてはもらえるだろうけど、楽しそうに走るスメラギらクラスメイトを見て過ごすのも辛いよなぁ。そしたら転校かなぁ? 皆と別れたくないなぁ……。
悲観的な妄想で私が1人で凹んでいる横で、カメが何やら真面目な顔でスマホを操作していた事に、私は最後まで気が付かなかった。