【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
富崎さん(グレートちゃんのお父さん)の立ち上げたクラウドファンディングは、結局期限の1ヶ月を待たずして3000万をクリアし、最終的には65,628,813円という大金が集められた。
その成果を以て私のアメリカ行きは決定事項となり、7月早々の学園主催の強化合宿と時期を合わせて渡米する運びとなった。
さて、それまでの約1ヶ月の間の事件をざっくり話していこうと思う。
まず私とコロは怪我、アモ先輩とメル先輩はレースエントリー無し、という事で、結局チームの中で6月にレースに出たのはカメだけだった。
カメの走ったレースは「安田記念」。
NHKマイルカップを獲ってクラッシック級のマイル王となったカメが、今度は安田記念というシニア級マイルGⅠへの挑戦を行ったわけだが、今回は残念ながら7着と掲示板すら外してしまう結果となった。
これには幾つか理由がある。まず安田記念は日本ダービーの翌週であり、私が倒れてからの数日間、カメはまともにトレーニングが出来ていなかった。
私をお見舞いに来たのが金曜日、クラファンの事を教えに来たのが土曜日、そしてレースは日曜日だ。
私も自分の事で手一杯だったからカメに気を回す余裕が無かったが、それにしてもレース前日までこちらに来なくても良いのに、とは思う。
あとはカメの苦手な『流れの早いレース』に持ち込まれてしまい、最後の直線勝負でスピードが乗り切らないうちに勝敗が決してしまった。
カメの《
ちなみに安田記念の優勝者は昨年の青葉賞覇者のブラッドハーレー先輩。
勝利者インタビューで「今年のダービーウマ娘は遂に青葉賞から誕生しました。同じ青葉賞出身の仲間が奮発したのだから、と気合が入りました。今その子は怪我で入院しているそうなので、元気になったら是非勝負したいですね!」と語っていた。
これにはカメも悔しがる事なく素直に称賛していた。私もGⅠを穫った先輩から挑戦状を貰うとは、気合を入れ直さねばなるまい。
☆
安田記念の後には宝塚記念のファン投票の結果が発表され、ツキバミやトウザイ会長、私やカメ、リリィといったGⅠホルダーを始めクラッシック級からも多数の有力ウマ娘が選出されていた。
でもまぁ、せっかく投票してもらって申し訳ないのだが、私はドクターストップだしスプリント〜マイラーであるカメも宝塚記念の2200mは距離適性不適合として2人仲良く辞退させて貰った。
さて宝塚記念と思われたが、その前週に少々意外な事が起こった。ユニコーンステークスというGⅢのダートレースがあるのだが、そこにドキュウセンカンが出場していたのだ。
地方出身のドキュウが本来の得意馬場であるダートを走るのは不思議な事ではない。加えて最近成績が低迷している事も含めてダートに復帰するつもりなのかも知れない。
そしてユニコーンステークスで見せたドキュウの走りは今までと全く変わっていた。
得意技であった後続をブロックするようなステップを封印、全力で『逃げ』た。結果見事な2馬身差で優勝をもぎ取ったのだ。
新たな戦法を見せて一皮剥けたドキュウ、ユニコーンステークスはGⅠ『ジャパンダートダービー』のトライアルレースでもある。
彼女の次の挑戦はダートGⅠという事だろう。あちらはあちらで頑張って欲しい。いつかまた芝に戻ってきたらまた戦おう。ドキュウにはちゃんとリベンジ出来てないからね……。
ちなみにユニコーンとは何だろうと思って調べてみたら、『角の生えたウマ娘』で海外の伝説に登場するキャラクターらしい。昔の人は変な事を考えるねぇ。
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さて宝塚記念だが、骨折で出場を辞退した現役最強の王者ツキバミを欠くものの、連覇を狙う昨年の覇者ケイヨウブロンコ、現生徒会長にして天皇賞 (秋)ウマ娘のトウザイブレイカー、今年の桜花賞とオークスの2冠を勝ち取ったオオエドカルチャー。
そしてお馴染みリリィ、スメラギ、イーグル、セイバーといった面々に加えて、多くのシニア級の猛者達が集い、かつて無い豪華な顔ぶれで行われた。
レースはいつもの様にセイバーが逃げて、各員がそれを追う展開になる。終盤トウザイ会長とスメラギの熾烈なデッドヒートなども見られたが、最終的にはリリィが差し切って優勝を手にした。
2着以下、イーグル(!)、トウザイ会長、ケイヨウブロンコ、スメラギと続く。6着はセイバーだったが、見るからにバテバテであの娘には2000以上の距離は向いてないんじゃなかろうかと思った。
クラッシック級でのワンツーパンチという快挙に、秋以降の大混戦を予想してマスコミは大いに盛り上がっていた。
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宝塚記念が終われば学園は2ヶ月間の夏休みに入る。デビュー前の娘には普通の夏休みなのだが、トゥインクルシリーズに登録されているウマ娘は基本的に全員参加の強化合宿が待っている。
強化合宿自体のハードメニューもよく語り草になるが、同時に合宿所の近くで行われる夏祭りやスポーツ大会等のレクリエーションも話題となる、一種後輩達の『憧れのイベント』とも言える。
実は私も本来なら今年が合宿初参加となるはずであったが、ご存じの通り怪我の手術の為に合宿参加は見送られた。
ちょっと寂しいけど、また来年の楽しみに取っておくとしよう。
来年… その為には怪我を治して調子を戻して、まずはカメとの対決だ。どうせならGⅠとまでは言わないけれど、何かの重賞でカメとはケリを着けたい。
7月から4ヶ月… 10月いっぱいまで
そこから1〜2ヶ月の調整期間は欲しいから、カメとの対決は年明け一番の京都金杯(マイルGⅢ)あたりがベストかな?
と考えている。
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私とアイリスの渡米する日、既にチームメンバーは夏合宿に出発しているので、空港への見送りは源逸さんと怪我仲間のコロ、デビュー前のエバシブ、そして富崎さんが来てくれた。
コロはこの後URAの管理する保養所と学園を行き来しつつ、温泉に浸かりながら屈腱炎の治療とリハビリに専念するらしい。
エバシブもトレーニングは順調で、8月あたりを目安にメイクデビューに備えているそうだ。
そしてグレートちゃん本人は「今日はトレーニングの日だから来れません」(お母さんは付き添い)との事。
春ファン以降、ゴールドギガントさんの所属するスポーツクラブに入会して、本当に車椅子レースの手ほどきをギガントさんから受けているらしい。
「スズシロナズナさんにもらった勇気で私は一歩踏み出せたし、ギガント先生みたいな凄い人に出会う事も出来ました。今私がするべき事は、スズシロナズナさんに会いに行く事じゃなくて、私が頑張っている姿を見てもらう事だと思いました。スズシロナズナさん、私は『走っています』! だからスズシロナズナさんも絶対ターフに帰ってきて、また元気な姿を見せて下さい!」
体中にプロテクターを装着し、それでも転んで、ぶつかって傷だらけになりながら競技用車椅子で楽しそうに走るグレートちゃん。
富崎さんのスマホに収められた素敵なビデオレターを見て、微笑みがこぼれる。何だかんだでグレートちゃんも人に夢と希望を与える立派な『ウマ娘』やってるじゃん。お姉ちゃん誇らしいぞ。
「実はダービーを家のテレビで見ていたのですが、スズシロナズナさんがレースに勝った瞬間、
「え…?」
確か聞いた話では、グレートちゃんは先天的な神経系の病気で生まれた時から腰から下が不随になっていたはずだ。
加えて脚の骨格も筋肉も未成熟で、とてもではないが『立てる』体格ではなかった。
「ほんの1秒あるかないかの時間でしたけど、それは私達家族が長年夢見て、そして絶対に叶わないはずの光景でした。まぁ本人も夢中すぎて何をどうやったのか全然覚えていない様で再現は出来なかったんですけど…」
驚きすぎて声の出ない私を尻目に富崎さんが言葉を続ける。
「もし芙美子が立たなかったら私はクラウドファンディングなど思いつきもしなかったでしょう。貴女は本当に何度も奇跡を起こしてくれた。娘の為に素敵な出会いもくれた。たとえ私達夫婦の命を差し出してでも貴女に御恩返しがしたかったんです… 手術の成功を心から願ってます…」
富崎さんが私の手を取り、男泣きして語ってくれた事を私は一生忘れないだろう。