【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー   作:ちありや

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75R アイリスの責任

「えっ?! ウソ…? 何でよ? そんな話は聞いてないんだけど?!」

 

 アイリスが私のトレーナーを、いやチーム〈ポラリス〉を離れると聞いて、私は思わず気が動転してしまった。

 担当替えか? 1年前ならまだしも今の私はアイリスを信頼しているし、アイリスも本気で私に向き合ってくれている。関係は悪くないはずだ。

 

 いや、アイリスは「チームから離れる」と言った。それはすなわち『チームを離脱する、或いはトレーナー業を辞める』という事なのだろうか…?

 

「本来ドクターストップのかかっていた重傷のナズナを青葉賞とダービー、2度もレースに出して走らせた『悪逆トレーナー』として名を馳せてしまったからね。今回の事件の責任を誰かが取らないといけないのよ…」

 

 そんな… レースに拘ったのはあくまでも私のわがままだし、意識を失って倒れたのも言葉は良くないが想定内だった。私はダービーに文字通り命を懸けていたし、仮にその結果が惨敗であったとしても、走れなかった場合に比べてより幸せを感じていただろう。

 

 頭がグチャグチャで反論しようにも上手く言葉が出てこない。空いた間を繋ぐ様にアイリスが続ける。

 

「チームとして責任を取るとなると源逸先生が腹を切る事になるでしょ? そしたらチーム〈ポラリス〉そのものが瓦解してしまうもの。私1人の離脱で済むならチームとしては安い物よ。それに源逸先生や鈴代さんご夫妻の弁護もあって、なんとかトレーナー免許の剥奪だけは免れたから、またどこかで新しいウマ娘を見つけて鍛えるわ。ナズナも縁があったらその娘と勝負してあげて…」

 

 そんな悲しい話を淡々と続けるアイリス。何でだよ? 何でこんな話が出来るのさ? アイリスは嫌じゃないのかよ?!

 

「嫌だよ…」

 

 色々考えていたが口から出せたのはそれだけだった。代わりに目から涙が滂沱の如く流れてくる。

 

「ナズナ…」

 

「そんなの嫌だよ! ずっとアイリスと2人で頑張ってきたんじゃん! アイリスがいたから私は走る楽しさを思い出せた。思い出せたから『ダービーウマ娘』になれたんだよ? 私のトレーナーはアイリスじゃなきゃ駄目だよ! アイリス、ダービーのライブの時に『地獄まで付き合う』って言ってくれたじゃん! それなのに私を見捨ててどっか行っちゃうの? これからのスズシロナズナの活躍を見ててくれないの?!」

 

 そこまで言ってアイリスに抱きつかれた。アイリスは私の頭を抱いて動かない。微かに鼻を啜る音がしているのは、きっとアイリスも泣いているんだ……。

 

「私だって… 私だってナズナと離れたくないよ! これからもずっとずっとナズナと二人三脚して行きたかったよ… ナズナが天皇賞とか有記念とか勝つ姿を傍で見ていたかったよ!」

 

 アイリスは抱き締めていた私の頭を放し、私の両肩に手を置く。泣き顔の2人が見つめ合う。

 

「でもこれはもう決まった事なの。何をどうしても(くつがえ)る事は無いわ… 帰国後のナズナのトレーニングは源逸先生が引き継いで下さる事になったし、その分フォローの手が回りにくくなったエバシブは新しいトレーナーを雇ってそちらに付けるんですって。コロとは同じトレーナーになるから仲良くね…」

 

「アイリスぅ…」

 

 未だ泣き顔の私は、神の裁きの如く下されたアイリスとの別れに気持ちが抵抗するのに精一杯で、言葉が何も思いつかないままだった。

 

「それに今だから言うけど、ダービーの後にゴシップ週刊誌とかテレビのワイドショーとかで『鬼トレーナー』とか『自身の名誉の為に弟子を使い潰した』とか、やたら叩かれたのよ? ナズナには見せない様に必死で隠してたんだからね?」

 

 …何となく分かる。アイリスは元競走ウマ娘で理知的な上に超の付く美人だから、多分お茶の間の奥様受けがあまり良くない。ワイドショー的にも叩きやすかったんだと思う。

 

「でも… でもアイリスは何も悪くないじゃん… アイリスは私が走るのを反対してたじゃん… やっぱりアイリスが責任取るなんておかしいよ…」

 

「でもそれが『大人の社会』って物なのよ… ナズナの地獄には付き合うつもりだったけど、ナズナが私の地獄に付き合う必要はこれっぽっちも無いわ。とりあえず帰国するまでは私はナズナのトレーナーですからね。帰ってからも走る気があるのならアメリカでしっかりリハビリしていかないとダメよ?」

 

 『もうこの話はお終い』とでも言わんばかりにアイリスが話題を変えてくる。さっきの返礼品の話も、きっと離れる前のひと仕事って感じで取り組んでいたのだろう。

 

 でもそんな簡単に頭の切り替えなんて出来ないよ。私はまだ何もアイリスに恩返しが出来ていないのだ。

 

 恩返し… 今の私がアイリスに出来る事って何だろう…?

 

「ねぇアイリス、それならせめて何か、今までお世話になったお礼をさせて。えっと… あの、お金はあまり無いからそれ以外で何か、私に出来ることがあったら言って欲しいな…」

 

「…バカね、『ダービートレーナー』だけでももう十分過ぎるほどだわ。この称号は何十億円払ったって簡単に手に入れられる物では無いのだから。お願い、どうか気を遣わないで…」

 

 またしても寂しく微笑むアイリス。

 でもそれじゃ困るんだよ! 何か無いの?

 

「それにナズナはダービーの着順でも私に勝ったもの。私を越えたナズナにトレーナーとして教える事はもう何も無いわ…」

 

 こんな時に勝負なんてどうでも良いよ! 私はアイリスに……。

 

 …いや、そうじゃない。私はウマ娘、アスリートだ。走って勝負して、という世界でしか自分を表す事が出来ない人間だ。

 それならばやはりレースの結果で返すしか無い。考えるまでも無かった、私に出来るのは初めからそれしか無かった。

 

 勝負で返すというのなら、例えばダービー以外にもアイリスが思い入れのありそうなレースは……。

 いや待て。以前アイリスのレースに関する話をどこかで聞いたぞ。そう、あれは確か中山の病院から帰る途中だ……。

 

「ねぇ… 確かアイリスはマイルチャンピオンシップを目前に怪我をして引退したんだよね?」

 

「え? ええ、そうよ。どうしたの急に?」

 

 質問に対して『それがどうした?』と言わんばかりの素っ気ない答え。もうアイリスの中では怪我をしてレースに出られなくなった事は過去の事になっているのかな?

 

「じゃあさ… じゃあ私がアイリスにマイルチャンピオンシップの優勝トロフィーをプレゼントする… 私の復帰戦は11月のGⅠ、マイルチャンピオンシップにするよ!!」

 

 アイリスの敵討ちって訳じゃないけど、これが今の私に思いつく最大の師匠孝行だ。

 

 これは単なる勘だが、復帰戦を当初の予定である来年まで待っていたら、アイリスはきっと何処かに旅立ってしまう。帰国して1ヶ月以内ならまだアイリスは近くにいてくれるだろう。

 

 もちろんリハビリとトレーニングを両立させつつ、入院中に落ちた筋力や心肺機能を再び鍛え直さなければならない。それはどえらくハードな日々になるだろう。

 

 でも目標が決まった以上絶対に諦める訳にはいかない。ついでだから、そのGⅠの舞台でカメやドキュウ、ハーレー先輩らもまとめて返り討ちにしてやるとしよう!




 本日(8/17)早朝、タイキシャトル号が老衰のために永眠したというニュースがありました。
 謹んで彼の冥福をお祈り申し上げます。スズカやエアグルーヴら天国の仲間達とまた楽しく走って欲しいと思います。
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