【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
「アイリス、ナズナ… 今回の事は本当に済まないと思っている。俺の力不足を心から詫びさせてくれ…」
日本に帰国して最初にあったのは、空港に迎えに来てくれた源逸さんからの謝罪だった。結果的にトカゲの尻尾切りの様にアイリスをチームから放逐してしまった訳なのだが、もちろんチームの誰一人としてそんな事を望んではいなかった。
『そうせざるを得なかった』そう言ってしまえばそれで全てが終わってしまう。私はそんな簡単な言葉で終わらせてしまって良いとは思えなかったのだが……。
「頭を上げて下さい先生。それに新しい移籍先までお世話して頂いて、感謝こそあれ恨みなんてありませんから…」
私が何か言う前にアイリスが源逸さんに答えてしまった。本当は嫌味の一つでも言ってやろうかと考えていたのだけど、今回一番辛い目に遭っているアイリスにこう言われたら私も引き下がらざるを得ない。
帰国後のアイリスは、なんでもチーム〈プロキオン〉とかいう所に移籍、というか再就職が決まったそうだ。
本来なら今回の様に『不祥事扱い』でチームを抜けたトレーナーには、他チームへの再雇用のチャンスは限りなく低くなる。
地方のトレセン学園ならまだワンチャンスあるかも知れないが、少なくとも中央のチームでは復帰はまず絶望的だ。
アイリスの移籍の流れを簡単に説明すると、プロキオンというチームは源逸さんの先輩という高齢のトレーナーさんが1人で切り盛りしていたのだが、この度その方が胸を患ってしまいチームの存続が厳しくなってきた。
幸か不幸か現在チーム〈プロキオン〉に所属しているウマ娘はデビュー前の子が1人だけだったので、その娘をチーム〈ポラリス〉で引き取ってはくれないか? という打診があったのだ。
だがそうするとウマ娘の居ないチーム〈プロキオン〉は開店休業状態となり、活動出来ないトレーナー事情もあって程無く解散を余儀なくされてしまうだろう。
そこで源逸さんが考えた作戦が『アイリスをプロキオンに移籍させる事で、チーム名も残せるしアイリスも中央に残れる』というものだったのだ。
色々と思うところはあるが、アイリスが中央に残れるならこれ以上に素晴らしい事は無いだろう。これがベストでは無いにしてもベターであると思える。
何よりトレーナーとして働けるなら、アイリスとはまた学園のどこかで会えると言う事だ。
☆
夜になって懐かしの栗東寮に帰ると、カメが玄関まで迎えに来てくれた。しかもホールにはトウザイ会長やスメラギを始め幾人かの顔見知りも集まっている。
寮の門限を過ぎた時間な為か、この場にいるのは栗東寮の娘達だけだが、明日にはコロ他美浦寮組にも挨拶に行かねばなるまい。
「ナッちゃーん!」
こちらがまだ靴も脱いでいないのにカメが私に飛び込んで抱きついてきた。
それに合わせて周りのギャラリーが一斉に拍手をする。なんだこの『感動の再会』的な流れは?
しかもカメは私の胸に顔を埋めて、動物がマーキングするかの様に顔をグリグリと押しつけてきた。
それに加えて「本物のナッちゃんだぁ~」と鼻息を荒くしてくんかくんかと匂いを嗅ぎ始める。
あの、私半日飛行機に乗ってて寝汗とかかいてると思うのね。いくらカメでも乙女として、密着して匂いをかぐとかいう行為はちょっと止めて欲しいのね。
て言うかカメ、あんたちょっと呼吸がおかしいんだけど、もしかして
「やっぱりナッちゃん2号より1号の方が良いね!」
そう言ってカメが差し出したのは、毎日カメに抱きしめられていたのだろう。4ヶ月の間にかなりクタクタになった私のぱかプチの試作品だった。メーカーさんのサンプル品のはずなのに、普通にカメの私物になっているのが何か怖い。
アンタも大変だったね、2号……。
私がカメに戦慄している間に次はスメラギがやって来た。
「おかえりナズナ。具合はどうなの? また一緒に走れそう?」
そう言えばスメラギは『絶好調の私を倒すために』色々世話を焼いてくれたんだったっけ。これからもそういうスタンスならば私の体の具合が気になるのは当然の流れだ。
「うん、もう大丈夫。リリィやスメラギもバッタバッタと倒せる位にパワーアップしてるから。あとレース見てたよ、菊花賞おめでとう」
半分冗談だが半分は本気だ。私の目の輝きを確認してスメラギも私の本意を理解したのだろう。優しそうに微笑んで「ありがとう。早く貴女とまたレースがしたいわ」と言って去っていった。
それから入れ代わり立ち代わり、何人もの寮生に囲まれて色んな話をした。
最終的に午前零時近くになって寮長のヤオビクニさんが「もう寝ろ! 何時だと思ってんだ?!」とブチ切れてお開きとなったのだった。
☆
翌日午後、トレーナー事務所に顔を出すと見慣れぬ男性がいた。
顔立ちは端正で優しそうだが、全体的に線の細い感じで生命力が薄い印象。蛮族みたいな外見の源逸さんとは真反対に位置する人に見えた。
「やぁ初めまして。僕は8月からチームにお世話になっている
おお、この人がアイリスの代わりに入ってきたという新人トレーナーさんか。確かにイケメンだとは思うけど、私の好みとは外れているなぁ。少し残念。
握手をしようと手を差し出してきた家守峠トレーナーに握手を返し簡単に自己紹介をする。
そのタイミングでコロが入ってきた。もう松葉杖無しでも歩ける様になったらしく、傍目には不自由無く生活出来ているように見える。
「お! ナズナだ! 早速男漁りしてんのか?」
まったくこのクソガキゃ、どこでそんな言葉を覚えてくるのか… それでもまぁ久し振りだし元気そうで私も嬉しいからチョップ1発だけで許してやるか。
その後やって来たアモ先輩とメル先輩、目黒トレーナーときりトレーナーとも挨拶を交わして話をした。アイリスの件は皆それぞれに考えがありそうではあったが、総じて『中央に残れてラッキーだよ』といった印象だった。
☆
グレートちゃんからもLANEが来た。正確にはお父さんからで「お帰りなさい。また素敵なレースを楽しみにしています。芙美子のこの涙を是非見てやって下さい」と書かれていた。
最後の文に『???』となりながら貼付された動画を再生してみると、どこかの体育館だろうか? 最初に私のぱかプチ(LLサイズ)を大事そうに抱きしめた、赤いゼッケンの体操服を着たグレートちゃんが映る。あれがきっとクラファンの返礼用として作った品なのだろう。
「スズシロナズナさん、今日は私のレースデビューの日なんです! 頑張るので応援して下さいね!」
何かの正式なレースではなく、クラブの練習試合とかそういった雰囲気ではあるが、グレートちゃんの期待に満ちた表情が眩しい。『ほぉ、遂にグレートちゃんもレースを走れるようになったのか』と胸が熱くなる。
場面が少し飛んでコースに並ぶ5人の車椅子のウマ娘達、合図用のピストルが鳴って一斉に飛び出した。
だがグレートちゃんはスタートから出遅れてしまう。
80m程の短いレースだったが、やはり経験の差なのかグレートちゃんはトップから10m以上離され最下位になってしまった。
レース終了後にお父さんのカメラ(スマホ)が近付くと、グレートちゃんは「こんなの撮らないで! 絶対にスズシロナズナさんに送らないでよ!」と涙声で大きな声を上げ、やがてその場で号泣し始めた。
なぜ富崎さんはこの動画を送ってきたのだろう? それこそグレートちゃんに見つかったら絶交されてしまう危険もあるのに……。
恐らくだが、富崎さんは私に生まれ変わったグレートちゃんを見て欲しかったのだと思う。
長い車椅子生活で覇気を無くしていたグレートちゃんが、私のレースを通じて走る楽しさを見出し、自身も挑戦したいと言い出した。
そしてグレートちゃんが初めてレースに出て、初めて味わった『敗北』。
今まで車椅子生活でレース等『競う』経験の無かったグレートちゃんの初めての挫折。
うんうん、悔しいよね。悲しいよね。勝った娘が妬ましいよね。力が出せなかった自分が許せないよね。もう周り全てが憎いよね……。
でもきっと、だからこそ… 『負け』を知るからこそ強くなれるんだよグレートちゃん。だって私がそうだもん。
レースをすれば勝ち負けがあるのは当たり前だ。『負けて悔しい、次こそ勝つ!』その気持ちがあれば人は、ウマ娘は果てしなく強くなれる。
そしてグレートちゃんは今その入り口に立った。私と同じステージに上がってきた。レースの苦しさはある。しかし同時にそれ以外の楽しさを全身で感じられるはずだ。
私とグレートちゃんが直接競う事はまず無いだろう。
だが、私達は今日同じ
グレートちゃんへの返信に私は「負けた数だけ強くなれる。ドンマイ、次は勝てるよ! ようこそレース沼へ(笑)」と書いて送った。