【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
マイルチャンピオンシップを来週に控えた日曜日、私は阪神レース場に来ていた。
トレーナーがアイリスから源逸さんに代わったと言っても、やる事に大きな違いはない。調整の方も順調で、入院で衰えていた分の取り返しは8〜9割方出来ている様だ。
残り1週間であとの1〜2割を取り戻すべく、休みになっていた土日を使って自主トレしようかと思っていたのだが、源逸さんから「休みはちゃんと休め。でなきゃエバシブのお守りをしろ」と言われてしまった。
んで『エバシブのお守り』って何じゃい? と思ったら、阪神レース場でエバシブがプレオープン戦の黄菊賞を走るのだそうだ。
恐らく来年には脅威になるエバシブの走りを見ておこうとは思っていたので、これは渡りに船だ。
エバシブが何故か私に懐いている事も相まって、「行きましょう行きましょう!」とトントン拍子に話が進み、私は久し振りに仁川の土を踏むことになる。
ついでに来週走るマイルチャンピオンシップの舞台も同じ阪神レース場だから下見を兼ねている。源逸さんとしても阪神の空気だけでも慣れておけ、との気持ちもあったのだろう。
黄菊賞の後にはGⅠであるエリザベス女王杯が開催されるのだが、このレースにはなんとイーグルダイブがエントリーしていた。菊花賞を走れなかった鬱憤を
まぁ
エバシブの応援はチームメイトとはいえ『付き合い』の面が強いが、エリザベス女王杯は純粋にレースとして興味がある。
☆
さて早速エバシブのレースだが、彼女の順位は5着。全くと言って良いほど気合いの入っていない、レースとすら呼べない内容だった。
それでも5着なのは凄い事なのかも知れないけどね……。
どこか故障でもしたのかと心配になって、トレーナーの家守峠さんとエバシブを迎えに地下馬道まで行ったのだが、本人は悪びれる事も無くあっけらかんと
「なーんか気分が盛り下がっちゃった。せっかくナズナさんが見に来てくれたと思ったのに、
と言い放った。あまりの理不尽に「なに? 私のせいって言いたいの?」と詰め寄ろうとした時に、エバシブが見せた咎める様な視線は鋭利なナイフみたいに私を刺した。
…そりゃ確かにこの後のエリザベス女王杯がメインレースであり、私の興味もそちらに大きく傾いていたのは否定しない。
あのカメを差し切り、デビュー戦で大勝ちしたエバシブの実力なら、今回のプレオープンなんて楽勝の消化試合みたいな物だと高を括っていた面もあったろう。
『ナズナさんが応援しに来てくれた』と喜んでいたエバシブの期待を裏切ったと受け取られたのかも知れないが、でもだからと言って神聖なるレースで手を抜くなんて許される事では無い……。
「あの娘はいつもあんな感じなんですよ。本気で走れば誰も追いつけないくらい速いのに、『目の前に枯れ葉が落ちてきた』なんて理由でヤル気を無くす事もあったりして…」
「ライブがあるから」と、1人ですたすたと控室へと帰って行くエバシブを見つめながら、やつれた感じで話す家守峠トレーナー。
確かにリリィの妹だけあってクセの強い娘だと思ってはいたが、そこまで扱いの難しい娘だとは予想だにしなかった。
結局エバシブとトレーナーはライブ終了後、エリザベス女王杯を見ること無く早々に東京へと帰って行った。
私はエバシブを追う家守峠トレーナーの背中に、得も言われぬ憐れを感じずにはいられなかった……。
☆
いつまでもエバシブの瘴気に当てられてはいられない。気を取り直してエリザベス女王杯を見るとしよう。1人残されたって寂しくなんか無いもんね。
パドックでポーズを取るイーグル、調子は良さそうで人気も高い。1番人気は昨年の日経賞を獲っているスターバトラーだが、ほとんど差の無い2番人気に収まっている。
程無くレースはスタートし、開始から中盤まではギンザバブルとキタミタカッタの『逃げ』勝負が続きレースを引っ張る展開になる。
イーグルとスターバトラーは共に後半追い上げるタイプなので、この2人が動き出した第4コーナー直前から一気にレースが動き出す。
先頭の2人を追い抜いたローゼスストリームを追う様にイーグルとスターバトラーが激しい競り合いを見せる。更に後ろからフォレストレージが一気に加速してトップ争いに乱入、4人によるデッドヒートの末にイーグルとスターバトラーがほぼ同事にゴール板を駆け抜けた。
掲示板の1着と2着が空欄のまま長い審査時間が過ぎていく。これでまた2着とかなら慰めてやろうかな? とか思っていた矢先に結果が表示された。
なんと掲示板に1着と発表されたのはイーグルのナンバー。彼女も遂にGⅠ初制覇となった。
またしても私達クラッシック級が
私達、今年のクラッシック級は強い。過信でも蛮勇でも無くそう思う。リリィやカメを始め、一瞬でも気を抜いたらあっという間に置き去りにされてしまう俊足がこの世代にはゴマンといる。
ツキバミの様に1人で全てを掻っ攫っていくタイプではないが、私達の世代だって世が世なら全員がツキバミクラスの活躍が出来たのでは無いかな? と思う。
☆
そんな気持ちを伝えてやろうと、インタビュー後にイーグルの控室を訪ねてみた。
ドアをノックするとトレーナーさんらしき若い男性が顔を出してきた。こちらが名乗る前に向こうから「え? スズシロナズナ?! 何で?」と反応してくれたので手間が省けた。
「今日チームの応援で阪神に来ていたので、流れでエリザベス女王杯も見てまして。それでイーグルにお祝いを言いたくて来たんですけど…」
と、よそ行きの顔と声で済まして言ってみる。
トレーナーさん(?)が「ちょっと待ってて」と一度引っ込みイーグルに相談しているようだった。少し開いたドアの奥から「スズシロナズナが来たんだけどどうする?」「何で?!」って聞こえたからね。
でも返ってきたイーグルの反応は「帰ってもらって」だった。『なんだよー? せっかく出向いてやったのにムカつく反応しやがって』と一瞬思ったが、声が鼻声だったから多分私が来る前は嬉しくて泣いてたんじゃないかな…? 私には泣き顔を見せたくないよね? うんうん分かるよ。
トレーナーさんが戻ってきて、困り顔で私に「悪いんだけど…」と言い始めた所で、奥から「待って!」と声が上がった。
その後目を赤く腫らしたイーグルがドアまでやってきた。
「何の用…?」
「用って… 『おめでとう』を言いに来たに決まってんじゃん。わざわざ嫌味を言いにこんな所まで来ないっつーの」
しばらく言葉の真偽を吟味するかのように、私をジロジロと見ていたイーグルだったが、やがて「入りなよ」と控室内に招き入れてくれた。
「で、どういう風の吹き回しなの? あんたがお祝いを言いに来るなんて…」
備え付けのテーブルにトレーナーさんがお茶を煎れてくれたので、椅子に腰掛けお茶を頂く。
しかし、なんでそこまで警戒されてるのかなぁ? 私ってそんなにイヤな奴だと思われてたの? 軽くショックだわぁ……。
「いや、別に他意は無いってば。純粋にGⅠ勝利おめでとうって言いたかっただけ。お邪魔なら帰るよ」
そう言って立ち上がるふりをする。言いたい事は伝えたからもう良いよね。
「待って! ゴメン… ちょっと意外だったから驚いて…」
ちぃ、やっぱりそういうイメージだったのかよ。
「とりあえずアリガト… 今さらだけどあんたもダービー優勝おめでとう… 怪我の具合はもう良いの?」
「うん、来週のマイルチャンピオンシップで復帰戦やるから良かったら見に来てよ」
「応援の為に阪神来いって? 無茶言わないで」
冗談を言い合って互いに少し笑顔になる。
「…実は私さ、ダービー直後は心底あんたが憎かった。殺してやりたいくらいだった。だってアタマ差だよ? あんたが半歩引っ込んでれば私がダービーウマ娘だったのに…」
いきなり物騒な話を始めるイーグル。もう用件は済んだし、これは逃げた方が良いかな…?
「でもライブでぶっ倒れるまで、必死に頑張って走ってたあんたが凄く眩しかったのも確かなんだよ…」
「……」
「いつの間にか私自身がスズシロナズナってウマ娘に魅せられてた… 分かる? この死ぬほど屈辱的な気持ち?」
うーん、デビューの時のリリィみたいな感じかな? それならちょっと分かるかも……。
「こう見えてあんたの手術の募金もしたんだよ? 部屋にあんたのぱかプチ置いて毎日殴ってるんだから…」
それはとてもありがたいんだけど、最後の情報いらなくない?
「ぶっちゃけあんたってさ、強者オーラって言うの? そういうの全然無いから弱そうに見える、『私でも勝てそう』って思えるんだよね…」
…そろそろブチ切れても良いかしら?
「でも勝てない。いつもあと一歩あんたに届かない。そうやってあんたを追いかけているうちにダービーで2着になれたし、こうしてエリザベス女王杯にも勝てた」
「……」
「私はあんたに勝ちたくて頑張ってきた。あんたのおかげで強くなれた。でもあんたには負け越してるのが気に食わない。だからリベンジマッチだよ。次の中山、約束して」
中山で勝負… つまり有馬記念で勝負という事か。
有馬記念はファン投票でメンバーが選ばれる為に、今ここで約束は出来ない。でも次のマイルチャンピオンシップの結果如何では私も十分にチャンスがあるはずだ。
年末の有馬記念はリリィやスメラギはもちろん、復活したツキバミやトウザイ会長も出てくる正にオールスター戦となるだろう。
まずはそこに何としてでも自分の椅子を捩じ込まないとね……。