【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー   作:ちありや

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80R マイルチャンピオンシップ(後編)

 スターティングゲートが開き、17人のウマ娘の死闘が始まる。私はタイミングバッチリの良いスタートが切れた。

 

 強豪の出揃っているレースだが、最も注意すべきはカメの末脚だ。

 カメの追い脚の届かない所までリードを広げられれば一番良いのだが、彼女には《領域(ゾーン)》『風林火山』がある。どこまでが安全なリードなのかまるで見当も付かない。

 

 まずは確実に『逃げ』てくるドキュウをマーク、後ろから彼女を追い立てる様にプレッシャーを掛けて速度を上げさせ、レース展開をカメの苦手な早い流れに持っていく。

 

 あとこれは勘だが、パッションはカメをマークして、ハーレー先輩は私をマークしていると思う。

 パッションはいつも後方からマークした相手とタイミングを合わせて仕掛けてくる。リリィ相手にほぼ同事に《領域(ゾーン)》を発動させてくる柔軟性が彼女の強みだ。

 

 一方のハーレー先輩は脚質が私と同じ『先行』なので、私と近い位置で競り合ってくるつもりなのだろう。

 ドキュウは相変わらず先頭で風を切りたいだろうし、私達の作戦には無関心と思われる。

 

 だがしかしまずはドキュウだ。彼女をせっついて早い流れに持ち込む。ここがまず私の作戦第一段階。

 体格の大きいドキュウを風除けにさせてもらって、向かい風による損耗を軽減させる。第3コーナーに差し掛かった時点で先頭はドキュウ、1身後ろに私、更に1身離れてハーレー先輩、そのすぐ後ろが団子状態でカメやパッションの位置までは掴めなかった。

 

 ドキュウの『逃げ』に付き合った形になったが、ドキュウは私に()かされていつもより早いペースで回っている。そしてドキュウのスリップストリームに()かれる様な形で私はスタミナの温存に成功していた。

 

 ここまでほぼ計画通り。理想的とも言える形で第4コーナーを越えて最後の直線に差し掛かる。

 

 その瞬間ドキュウがまさかの再加速を見せる。ここまで風に削られて消耗したと思われたドキュウだが、『逃げ』た後の再加速なんて芸当は、簡単に誰にでも出来る物ではない。

 

「《領域(ゾーン)》かな…?」

 

 ドキュウだってGⅠを連勝している駿才だ。《領域(ゾーン)》だって習得していて不思議ではない。

 

 もちろん私も手をこまねいて見ているだけでは無い。溜めていた末脚を働かせて速度を上げる。

 引き続きドキュウの真後ろで、風を除けながら体力消費を抑えつつドキュウにへばりつく。

 

 この先はお馴染み『仁川の急坂』が待っている。ドキュウがこのままゴールするか、坂に捕まってスタミナが切れるかの勝負だ。

 坂のスタート地点で、ドキュウの真後ろから少し体を横にずらして彼女を観察する。

 

『ドキュウの手の握りが緩い…』

 

アモ先輩直伝のスタミナ判別法だ。ドキュウはじきに速度を落としてくるはずだ。

 ドキュウは去年の阪神ジュベナイルフィリーズでも、坂の手前でスタミナを切らし惨敗した経緯がある。今回は私がその様に追い込んだ事も相俟って、ドキュウは昨年と同じ過ちを繰り返してしまったのだ。

 

 ドキュウが下がってくるタイミングを見極めて私が外からドキュウを抜き、一時的に先頭に立つ。

 更に外、半身後ろにハーレー先輩、そして……。

 

「オカメハチモク、来たぞーっ!!」

 

 観客席からの見える程かと思える様な大きな声援で、本日の『最恐キャラ』であるカメが始動した事が分かる。

 

 阪神レース場は坂を登ればすぐにゴールだ。今は私が先頭だが、ハーレー先輩はすぐ後ろ。そしてドキュウもまだ諦めていない。いつの間にか先程の私の様に私を風除けにして再び力を溜めている。

 

 そして感じる… 何年も苦楽を共にした、間違えようの無いカメの息遣い……。

 

 観客席の盛り上がり具合でカメがどこに居るのか手に取る様に分かる。坂の頂上、ゴール板はもう目の前だ。

 

 私に残された最後の力を振り絞る。何が《領域(ゾーン)》だ、何が回復率9割だ、そんな物など無くても私は勝つ! 『勝ちたい』気持ちは誰にも負けない!

 私だけじゃない。アイリスの想いも背負っているんだ! 負けられないんだぁっ!!

 

 ……………………。

 

 『疾きこと風の如し』

 

 カメの《領域(ゾーン)》だ。目を疑った。本気で速かった。あと0.5秒、いや0.3秒あればゴール出来た私の横をすり抜けて、見たことも無い猛スピードでカメはゴール板を駆け抜けていった……。

 

 今起きた光景が信じられなかった。カメの《領域(ゾーン)》が無茶苦茶速いのは前からよく知っている。だが遠くから見るのと真横を駆け抜けられるのは全くの別物だった。

 一時的にとはいえ、ウマ娘があんな速度を出せるものなのか…? とにかく狐に摘まれた様な気分で掲示板を見上げる。

 

 1着はカメ、2着は半身差で私。更に半身差でラストに根性を見せてきたドキュウ、ハーレー先輩、パッションと続いていた。

 

「……………………」

 

 勝てなかった……。

 アイリスの無念を晴らせなかった。またしてもカメに借金を作ってしまった。悔しさよりもアイリスに対する申し訳無さでいたたまれなくなる。

 

 マイルチャンピオンシップ2着。これが私の本当の実力なのだろう。日本ダービーの優勝はそれこそ『運が良かった』から勝てただけだ。

 

 大きく息を吸い、そして大きく吐き出す。2着でも大したものだ。カメには負けたが、ドキュウとの勝負には勝っているのだ。少しは自分を褒めてやっても(ばち)は当たらないだろう……。

 

「ナッちゃん…」

 

 どうにか心を落ち着かせたタイミングでカメがやって来た。あれ? ウイナーズサークルに行かないとダメなんじゃないの? こんな所で何してんの…?

 

 カメの表情は眉を怒らせ口を尖らせ、と(おおよ)そ大レースに勝った者の顔ではない。どういう事よ…?

 

「ナッちゃん、ちょっと来て」

 

 カメは私の手を握り、ウイナーズサークルの方へと引っ張って行く。

 何なのさ? 私はそっちには用は無いよ? カメはわざわざ私を連れて行って「ダービーウマ娘に勝ちましたぁっ!」って嫌味ったらしい宣言をする様な娘でも無いし、本気で何がしたいのか分からない。分からないが故にちょっと怖い。

 

 ☆

 

「えー、マイルチャンピオンシップの優勝を果たし、見事2度目のGⅠ勝利を上げたオカメハチモク選手です!」

 

 勝利者インタビューの席でカメとトレーナーのきりさんが並び、何故か私もその横にいる。インタビュアーさんも含めて周りのスタッフさん達、なんならきりさんですら『何でスズシロナズナがここに居るの?』という雰囲気がアリアリで、どうにも居心地が悪い。

 

「ありがとうございます! 皆さんの応援のおかげで、速い人ばかりのこのレースに勝つことが出来ました!!」

 

 マイクを手に持ち、インタビュー台の上から観客席に向けてハッキリとした声で感謝の言葉を贈るカメ。その言葉に会場を揺らす程に、観客席から大きな歓声が上がる。

 歯噛みするほど悔しさは大きいが、この場面は素直に勝者であるカメを祝福したい。

 

「えっと… それでなんですけど…」

 

 カメがマイクを持ったまま言葉を切って、視線を私に向ける。一体何だと言うのだろうか?

 

「皆さん! こちらの方をご存知だと思います。本年度のダービーウマ娘、スズシロナズナさんです!」

 

 カメが不思議なタイミングで観客席に私を紹介してくれる。

 観客席からも「もちろん知ってるぞーっ!」とか「スズシロナズナもよく頑張ったなーっ!」とか「ナズナちゃん、応援してるからねーっ!」なんて声も上がってくる。うーむ、ありがたやありがたや……。

 

「皆さんご存知の通り、こちらのナッちゃん… いえナズナさんは夏に大きな手術をして、今日がその復帰第一戦でもあります!」

 

 カメの言葉に観客席から拍手が巻き起こる。「ナズナ、おかえりー!」なんて歓声もちょくちょく混ざってくる。

 

「ナッちゃんは私と同じチームで、寮でも同じ部屋で、ずっと2人で切磋琢磨してきました。そして復帰初戦は私と走ると約束してそれを守ってくれました!」

 

 パラパラと起こる拍手。そろそろお客さん達もカメが何をしたいのか訝し始めている雰囲気がある。

 

「私は今日、100%の力で走って1着を取りました! でもナッちゃんの調子は戻りきってなくて《領域(ゾーン)》も使えなかったのに結果は半身差の2着です!」

 

 カメの視線が再び私を捉える。私を見据えたままカメは次の言葉を吐き出した。

 

「もし今日ナッちゃんが完全な体調だったら、私はきっと負けていました。私は試合に勝って勝負に負けたんです!」

 

 なんか既視感があるなぁ。あ、プリンステークスの時と似た流れだね。

 まぁその辺も含めて『実力』だよ。私も出せる力を出し切ってカメに負けた。それが全てだよ。

 

「だからナッちゃん、また来年勝負しよう! 今度はナッちゃんが100%の時に!!」

 

 3万人の観衆の面前で叩きつけられたカメからの挑戦状。観客席は一気にヒートアップして再度大きな歓声と拍手に包まれる。

 

「…ったく、カメはいっつもワガママなんだから。しょうがない、受けて立つよ!」

 

 インタビュー台から降りたカメが右手を差し出してくる。私はその右手をガッチリと握り返した。

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