【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー   作:ちありや

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幕間6 プラチナアイリス

 出会いは一目惚れだった……。

 

 中央のトレーナーになって最初の1年は、源逸先生の下でトレーナー業のイロハを学びながらアモのトレーニングやレッスンに付き合ったりしていた。

 

 そして2年目の春の選考会、後学の為にと連れられた学園のレース場で彼女の走りに魅せられたのだ。

 

 スズシロナズナ……。

 

 まだまだ荒削りで無駄の多いフォームであったが、とてもしなやかで張りのある身体と、稼働域の広そうな柔らかい股関節、勝利を狙う貪欲な姿勢とがマッチしており、太古のアマゾネス戦士をイメージさせた。

 

『この娘は私が育てたい、勝たせてやりたい』

 

 そう強く思った。理屈など無い、これは「一目惚れ」なのだから。

 

 事務所の意向としては別のレースを走っていたオカメハチモクのみをスカウトする予定だったのだが、そこで私が強硬に捩じ込んで「アイリスがそこまで言うのなら」とスズシロナズナもスカウトしてもらったのだ……。

 

 ☆

 

 私の名前はプラチナアイリス。トレセン学園でトレーナー業に就いている元競走ウマ娘だ。現役時代の戦績は15戦7勝、獲得重賞はスプリングステークス(GⅡ)、富士ステークス(GⅡ)、中山ウマ娘ステークス(GⅢ)。クラッシックを含めてGⅠには何度か挑戦したが、一度も優勝する事は出来なかった。

 

 最も脂の乗った3年目、シニア級の秋に富士ステークスを勝利してから1週間ほど経った後、次はいよいよマイルチャンピオンシップだと意気込んでいた頃に、練習中に足首の違和感を覚えて病院で検査を受けたところ、告げられた病名が「繋靭帯炎」だった。

 

 かの《皇帝》シンボリルドルフや《名優》メジロマックイーンを引退に追い込んだ魔病。

 繋靭帯炎は屈腱炎と並んで代表的なウマ娘の宿痾(しゅくあ)であり、一度罹ると半年から1年以上もの療養が必要となる。

 

 人は知らなければ元気なままだったのに、病名を知ってしまってから急激に体調を悪くする事がある。

 今回の私はまさに『それ』で、病名を告げられてから足の痛みが酷くなり、結局そのままレース界から引退する事になってしまった。

 

 その後、元から興味のあったトレーナーを目差して猛勉強し、『東京大学よりも難しい』とされる中央トレセン学園のトレーナー試験に合格、無事学園で働ける運びとなった訳だ。

 

 ☆

 

 ナズナとは1年半ほど共に過ごした。ナズナも初めは私が2年目の新米トレーナーと知って、露骨に軽蔑してやたらに反抗的だった。臆面もなく私の事を『負けウマ娘』と罵った事もある。

 

 それでも苦難の末の初勝利の後くらいから段々と棘が取れていった様で、クラッシック級に上がってからは互いに忌憚ない意見を言い合える良い関係だったと思っている。

 

 ちょうど時を同じくして、アモやナズナらチームのメンバーがどんどん《領域(ゾーン)》に覚醒し始めた事で、《領域(ゾーン)》に触れること無く引退した私は何となく肩身の狭い思いをしていた。

 

 ナズナやカメは私なんかの届かない領域にまで力を伸ばしている。そんな私に彼女達を導く能力が、それ以前に資格があるのか? と考えると夜も眠れなくなってしまった。

 

 私自身の指導力に限界を感じ始めた頃に、皐月賞でナズナの怪我の再発が起こった。私はナズナの不調に全く気づけずに弟子のGⅠ出走に浮かれていたのだ。

 

 ナズナの怪我が発覚しても、私はナズナ本人の勢いに負けて強く出られずに、結局ダービーとその前の青葉賞を走らせてしまった。

 

 でももし私がナズナと同じ立場だったら、やはり「死んでもいいからダービーを走らせろ」と言っただろう。

 それほどまでにウマ娘にとって日本ダービーは特別なレースだ。ナズナの気持ちは分かりすぎる程に分かる。それ故に辛かった。

 

 何より引退直前のマイルチャンピオンシップで、私はトレーナーである源逸先生にほぼ同意義の事を言っているのだ。

 

 あの時に源逸先生は初めて私を殴って止めた。

 ショックだった… 殴られた事が、ではない。源逸先生は山賊の様な人相風体をこそしているが、心根は紳士でウマ娘を含む女性全般に手を上げる様な事は決してしない人だ。

 

 そんな人に手を上げさせてしまった自分がとても罪深く、情けなく感じて、その場で先生に縋り付いて「ごめんなさい」を連呼しながら大号泣をした覚えがある。

 

 あの時の先生の気持ちがナズナの師匠となった今にようやく理解できた。そして私は最終的に先生とは逆の選択をした。

 ナズナは見事結果を出してダービーウマ娘となり、難しい手術も無事に成功し今日彼女はターフに帰ってきた。

 

 もちろんナズナをレースに出した事で「鬼」だの「無慈悲」だの日本中から叩かれた。源逸先生やナズナのご両親は必死に私を守ろうと動いて下さったけど、やはりナズナの体を危険に晒した責任は私が取らなければならない。

 

 それに私にはもう力量的にもナズナに教えられる事は無い。レース出走登録の申込みを行う為だけの存在に成り下がるのならば、別の位置からナズナをフォローしてやりたいと思ったのだ。

 

 だから私は「渡りに船」とばかりに〈プロキオン〉へのチーム移籍の話に乗っかった。

 それ以外にもナズナの故郷に近い佐賀トレセン学園でのトレーナーの誘いや、テレビ中継でパドック等のレポートをするターフレポーターのお仕事の誘いも来ていたのだが、やはり私は中央のトレーナーとしての道を選んだ。

 

 ☆

 

「アイリストレーナー、スズシロナズナさんの調子はどうなんです?」

 

 セミロングの栗毛を揺らせて若いウマ娘が私の横に立つ。

 この娘は『ハピネスシアター』。元々プロキオンに居た練習生で、本年度のジュニア級として登録されているが、まだ未デビューだ。

 

 性格は素直で元気。ちょっと粗忽(オッチョコチョイ)で食いしん坊な所はあるが、教えた事は何でもすぐ吸収して自分の物にしてしまう、師匠次第では大化けする可能性を持つ末恐ろしい娘だ。

 そろそろ本格化の兆しが見えてきたので、年明け早々くらいにデビューさせようかと思っている。

 

 ここ数分見かけなかったのは売店で食料を調達してきたからだったようだ。

 牛すじとネギのたっぷり入ったお好み焼きと、カス肉と呼ばれる細かい肉を煮込んだ「かすうどん」という阪神レース場の名物を両手に持って帰ってきた。

 

 そう、ここは阪神レース場。私は今、観客席からナズナの勇姿を目に焼き付けている。

 

「そうね… 状態は9割いってるかどうか。でも帰国してからの短期間にここまで仕上げたのは、さすが源逸先生だわ…」

 

 調子で言うならカメやドキュウの方が上だろう。それでもナズナはわざわざ私に因縁のあるマイルチャンピオンシップのターフに帰ってきてくれたのだ。

 

「私の初弟子にしてとっても怖い強敵(ライバル)よ。来年の今頃には貴女も彼女の横に立っててくれると嬉しいな」

 

「うへぇ、頑張ります!」

 

 ゲートが開きナズナの復帰戦が始まった。

 

 ☆

 

 ナズナは残念ながら2着だった。でも順位なんて正直どうでも良かった。病み上がりのナズナが無事に走りきった。どこにもぶつからずに元気な姿で帰ってきた。ウイナーズサークルでカメと2人で笑顔で楽しそうに漫才をやっている。

 

 それだけで十分ではないか。『教え子が元気で走ってくれる』それ以上の師匠孝行は無い。

 

 私は自分でも気づかぬうちにボロボロと涙を流して彼女達に拍手をしていた。ハピネスシアターも私に付き合ってナズナとカメに惜しみない拍手を送っていた。

 

 ☆

 

 ウイニングライブの楽曲はもちろん「本能スピード」。この曲は私も相当入れ込んで練習したので、アメリカでのリハビリトレーニングと並行して本能スピードのレッスンも私が担当して叩き込んだ。

 私のおかげなどと驕り高ぶるつもりは無いが、ステージのナズナは華麗なダンスを披露してくれた。

 

 大歓声に包まれた観客席も完全にナズナ達と一体化している。今回のライブは一生忘れられない素晴らしいものであった。

 まさに感無量だ。ナズナは私の未練を完全に昇華してくれた。もう今死んでしまっても構わない位に私は満たされている。

 

 ナズナは「アイリスへの恩返し」だと言っていたが、やはり過分に貰いすぎた。今度はこちらがきちんとお礼をしなければならないだろう。

 

「さ、学園に帰ってトレーニングするわよ。貴女には強くなってもらわないとね…」

 

「はいっ! よろしくお願いします!」

 

 私達はウマ娘だ。気持ちを伝えるには走るのが一番だ。ナズナは『走り』で今日再び私を魅せてくれた。

 

 この礼は私も『走り』で返すしかない。私の新たなる秘密兵器ハピネスシアターによって……。




先月のタイキシャトルに続いて本日(9/2)ゼンノロブロイ号の死去が報じられました。
タイキと同様に老衰で苦しまずに亡くなったそうです。
天国で先輩のシンボリクリスエスにたくさん自慢話をしてあげてほしいですね。
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