【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー   作:ちありや

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9R 模擬レース(後編)

 先頭に飛び出したのはコロとメル先輩。続いて私、アモ先輩、カメの順だ。

 

 コロは本来、先行から差しで中盤からロングスパートをかけていくタイプで、瞬間的な加速力はあまり強くない。

 しかし今に限って言えば長距離が得意なコロには1800mは少し短い。だからレースの流れなど気にせずに、序盤から全力で飛ばして押し切ろうという作戦なのだろう。目先のプリンに釣られて正気を無くしているだけの可能性もあるけど……。

 

 メル先輩は普段から『逃げ』戦術が得意なので驚く事は無い。こちらもそれを想定して彼女をマークする作戦なのだ。

 

 レースとは非情だ。位置取りのために他のウマ娘やコースの柵(ラチ)と接触する事は日常茶飯事だし、それによって負傷する事も珍しくない。

 メル先輩の様に大人しい人はラチや他のウマ娘に囚われずに、のびのびと先頭を走るスタイルの方が合っている。

 逆に他のウマ娘に寄られると気が引けて勝負を降りてしまう所がある。このメンタル的な弱さが彼女がなかなか勝ち切れない最大の理由だ。

 

 続く私は昨日の失敗から学んで、しっかりとメル先輩を視界に収め、この様に冷静にレース運びを確認しながら走る事が出来ている。『他人の尻を追いかけるのはイヤだ』等と言ってはいられない、プリンの為に。

 昨日キチンとこれが出来ていたら、あんな無様は晒さなかったはずだ。

 

 メル先輩の先にコロが走っているのは想定外だけど、コロにしては飛ばしすぎだ。あのペースだと多分ラストまでスタミナが保たないだろう。

 

「メルは速いなぁ。このまま一気に持っていかれるとヤバイよね?」

 

 私の耳元に囁く声が聞こえる。隣で走っているアモ先輩だ。

 そしてこれがアモ先輩の狡猾な作戦である事は明白だ。

 ここで私がメル先輩と張り合う為に先行させて、互いに競争させてスタミナを奪おうという魂胆なのだ。

 

 もしこれが余裕の無い本番レースで、私がアモ先輩の人となりを知らなかったとしたら、この言葉に触発されて無駄にメル先輩に仕掛けて共倒れになっていたかも知れない。

 

 アモ先輩は実力面でもステップを踏む様な動きでスムーズに左右の位置取りをしたり、他人を風除けにしてスタミナを温存したりと言った技巧的には素晴らしい資質を持っている。

 加えて先程の様に独り言の体で他の競走相手に心理的な揺さぶりを掛ける戦術も得意としている。

 

 常に先頭ウマ娘との距離を把握して、正確に仕掛けるタイミングを掴める感性と、たとえ群に沈んでも的確な位置取りでそこからの脱出を成功させ、結果がどうあれ自分のレースを完成させる。

 紛れもなくうちのチームのエースに相応しい人だ。これだけの技量があってもGⅢ止まりなのだから、改めて中央の層の厚さに戦慄する。

 

 最後のカメは1人静かに後方に控えている。体力を温存しつつ最後の直線に仕掛ける『追込』作戦だろう。

 正直、彼女の得意な短距離と追込作戦はあまり相性が良くない。距離が短いと先行したウマ娘を追い抜く暇無くレースが終わってしまう可能性が高いのだ。

 

 でもカメの加速力はチーム随一、それどころか学園の中でも上位に入るだろう。競の醍醐味とも言える最後方から一気に捲りあげる豪快な走法で、見る者を魅了する脅威の末脚を持っている。

『どんなに後ろに沈んでいても最後まで油断できない』のがオカメハチモクと言うウマ娘だ。

 

 始めに決まった隊列のままレースは進み、第4コーナーに差し掛かった辺り、案の定コロのスピードが落ちてきた。それを察知したメル先輩がコロを躱して先頭に出る。

 私もメル先輩に連動して速度を上げる。アモ先輩もピッタリと私の横に付くように走る。カメの気配はまだ無い。

 

 直線に出て最初に仕掛けたのはアモ先輩。私を抜いてメル先輩に並ぶ。私もスピードを上げてコロを抜き、メル先輩のすぐ後方に出る。

 アモ先輩はメル先輩にも何やら囁いているみたいだ。内容までは分からないけど、きっと何かメル先輩の戦意を奪う言葉を言っているのだろう。

 

 それと同時に接触を嫌うメル先輩に対して外側から強く幅寄せしてきている。他人事ながらにアモ先輩はえげつない事をすると思う。

 

メル先輩への妨害工作(?)で少し速度を落としたアモ先輩を躱して、一瞬のチャンスを見逃さなかった私がトップに躍り出る。

 メル先輩にかまけて私を見落としたアモ先輩のミスだ。現に抜いた瞬間『しまった!』って顔してたからね。

 

 アモ先輩は慌てて私を追うけどもう遅い。ここで頭一つ抜け出した私が1着を、そして追加のプリンを頂く!

 

?!

 

 後方から「うおおおおおおっ!!」という声と共に物凄い気迫を感じる。

 コロだ! スタミナ切れて脱落したかと思われたコロが再び巻き返して猛スピードで上がってきたのだ。

 

 逃げる私、直後にアモ先輩、そして猛追を見せて徐々に差を縮めるコロ。 

 残りはおよそ100m。コロの勢いは凄いけど、この残り距離なら逃げきって見せる。私だって末脚には自信あるんだから!

 

すぐ後ろにアモ先輩とコロが居るのが分かる。一瞬でも気を抜いたらすぐに抜き返されて、そこからのリカバリはもはや不可能だろう。

 『ゴール』と書かれた看板を持ってアイリスが立っているのが見える。あそこまで辿り着けば私の勝ちだ。絶対に負けない!

 

 ゴールまであと40m、30、20… よし、勝った!!

 

 そう思った瞬間、涼やかな風が私の横を舞った。

 レースに参加していないのでは? と思えるほど今まで全く姿を見せなかったカメが、いつの間にか私の横に居て、そしてほんの数cmだけ前に出た……。


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