【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
歌謡祭当日朝、現地入りした私は控室前でウマ娘の集団に、歓声と共に襲撃される事になる。
「スズシロナズナ先輩、ファンです! サイン下さい!」
「まだ未勝利の私が憧れのナズナ先輩と一緒のステージに立てるなんて感動です! 握手して貰っていいですか?!」
「あたし先月デビューしたばかりなんです。もっと活を入れる為にビンタしてもらって良いですか!」
「私も今怪我で休場してるんです。『鉄人』ナズナさんにあやかって回復祈願のツーショットセルフィーしてもらって良いですか?」
「ちょっとナズナ! ステージの事で確認したい事があるんだけどっ?!」
最後の声はスメラギだったらしい。『らしい』というのは、彼女自身がこの場にいた彼女のファンに囲まれてどこかへ拉致られてしまったので、その場の私では追えなかったからだ。
この一団の正体はオープニングの「GIRLS' LEGEND U」を歌うメンバーと、ジュニア級からの選抜メンバーの混成の様だ。よく見たら、私だけでなくカメやリリィ(そして恐らくツキバミや会長も)にも同様の人だかりが出来ていた。
学園でもダービー以降、時々熱い視線を感じる事はあったが、こんなに直接的にサインや握手を頼まれた事はない。
これは私も経験があるが、学園のスター的な先輩って何だか高貴なオーラがあって近寄り難いんだよね。『自分なんかが話しかけたら迷惑だ』とか勝手に思って引っ込んでしまう。
今は立場が逆転した身分だから敢えて言うが、『別に高貴でも何でも無いただのウマ娘なんだから、普通に話しかけてくれても構わないよ?』なんだよね。スターウマ娘の先輩達もみんなそう思ってたんじゃないかと、今にしてようやく理解した。
その中で1人、「今日はよろしくお願いします!」とだけ言って手を差し出してきたウマ娘がいた。
セミロングの栗毛を揺らして、その顔はとても緊張していたが、彼女の目には私に対する憧れだけでなく、畏怖と多分に闘志も含まれていた様に見えた。今日はステージだけでレースは無いのだから、そんな挑む様な目をする必要は無いよね?
見覚えの無い娘だが、向こうは私の事をよく知っている風だった。私のファン… にしては様子がおかしいが、まぁ危害を加えてくる訳でないなら気にする事も無いかな…?
☆
司会進行役の人の音頭で、ステージ上の3期×18で54人のウマ娘全員が「新春ウマ娘大歌謡祭!!」と声を合わせる。当然この場に集まってくれた10万人のお客さんも一緒だ。
日本ダービーや有馬記念で受けた『10万の歓声』が今また私の目の前にある。当然私1人だけに向けられた物ではないが、ダービーの頃と比べたら格段に「ナズナ!」という声は多くて大きい。
これだけのお客さんを前にして歌うだけなんて勿体ない。日本最高レベルのウマ娘が揃っているのだからエキシビションマッチでいいからレースをすれば良いのに、と思う。ていうか興奮して体が疼く。今すぐ走りたくなる。
とにかく司会進行の邪魔をしてくれるな、との厳命を運営から受けているので(恐らく浮かれて何かやらかした先輩が過去にいたのだろう)、走り出したい気持ちをグッと堪えて作り笑顔で舞台挨拶をこなした。
ここから先はしばらく控室で観客モードだ。私達の退場後、入れ替わりに見慣れたライブ服の72人のウマ娘が登場、ステージの外縁に円を描く様に整列する様が控室のテレビに映し出されている。
今回はバックダンサー衣装の娘は居ない。ステージの全員が『主役』のライブ服だ。
ステージが暗くなり、ファンファーレの様なイントロから「GIRLS' LEGEND U」が始まった。
「wowwowwowwow! wowwowwowwow! やぁっとみんな会えたねぇーっ!」
前述の通り「GIRLS' LEGEND U」は全員で声を合わせて歌う歌だ。もちろんセンターだのセカンドだののソロパートはあるが、他の曲と違い全員がマイクを装着し歌い踊る。
このステージで懸命に歌っている72人は本当にランダムに選ばれている。メイクデビューを終えたばかりの娘もいれば、何ヶ月も未勝利の娘もいるはずだ。怪我で療養している娘もいれば、初勝利以降芽が出ないままプレオープンから上がれない娘もいるだろう。
トレセン学園には色んなウマ娘がいる。みんながみんな幸せな気持ちで走っている訳では無いだろう。それでも1人1人にストーリーがある、ドラマがあるという思いで歌い紡がれてきたのがこの「GIRLS' LEGEND U」という曲なのだ。
「未来描きゴール目〜指〜し、狙え挑め掴めウイニ〜ング」
曲のCメロに入った時にソロパートを歌っていたのは、先程私に挑戦的な目を向けてきた栗毛の娘だった。特段に歌が上手い訳では無いのだが、物凄く気持ちが入っているのが感じられる。心が伝わってくる素敵な歌声だった。
「ずっとずっとずっとずっと想い、夢はきっと
あ、ここで感極まったのか涙声になってる。私も初勝利の時はちょっとステージ上で泣いちゃったから、気持ちはとてもよく分かるよ。
彼女のパートはここで終わり、次の娘のパートに移る。彼女の涙が契機になったのか、最後は半分くらいの子が泣きながら大サビを歌って曲が終わった。
原則としてステージ上で涙は禁物だ。でも今日は『お祭り』だ。ちょっとの涙なら熱気で吹き飛ばしてくれるだろう。そう思えるくらい初っ端から刺激のある良いステージだった。
曲が終わり72人のウマ娘が舞台袖に引っ込む際に一瞬目に入った情景に我が目を疑った。
例の栗毛の娘が涙のまま見覚えのある人物と抱き合っていたのだ。
「アイリス…」
その瞬間私は全てを理解した。きっとあの娘が今アイリスの育てているチーム〈プロキオン〉の選手なんだ… 私に握手を求めてきたのは恐らく顔見せと宣戦布告を兼ねていたのだろう。そしてアイリスは敢えてそういう事をさせる人だ。
ふーん、アイリスからは「新しい娘を育てるから縁があったら勝負してやってくれ」と言われているからね。いつでも勝負してあげるよ栗毛ちゃん、楽しみに待ってるからね。
☆
「
次はジュニア組による「We are DREAMERS!!」だ。新調されたドレス調のステージ衣装で、ギターソロの間奏に弾ける様に踊るジュニア級の娘達が初々しくてとても可愛らしい。
センターのフォーゲルフライは背の高い芦毛の娘で、なんだか常に眠たそうな顔をしている。それが初めからそういう面相なのか、本当に眠たいのかは分からないけど、何となくエバシブと良いコンビになりそうだな、と直感した。
眠そうな顔つきとは裏腹にフォーゲルフライは伸びのある透明感を覚える歌声だった。
エバシブもバックダンサーではあったが、特に変な動きは見せずにそつなく踊って見せてくれた。
☆
「
シニア組の「BLOW my GALE」が始まった。こちらはお揃いのステージ衣装ではなくて、トウザイ会長やメル先輩を含む18名が各々の勝負服で舞台に上がっている。この不揃い感が逆にシニア組の歴戦具合を際立たせている様に見えた。
シニア級 (3年目)の終わりともなれば、ライバルとの切磋琢磨よりも、『自分の限界への挑戦』が主流になる。18人全員が集まった場では無く、1人一派が18組集まった様な、『ステージ上の全員が敵』『決して妥協はしない』そんなオーラが張り詰めている。
全員が『私が1番!』という気概を持ちながら、互いに前に出ようとする気持ちを最前列で抑えているのがツキバミだった。
なんだこれ…? ステージでありながら本気のレースを生で見せられている様な気がしてくる。
こんな演出が人為的に出来る物なのだろうか? この演出の指揮棒を振るって後ろの17名を従えて常に先頭を走るツキバミはまさに『王者』の風格を携えていた。
今更ながら格の違いを思い知らされる。私、よくあんなバケモノに勝てたよなぁ……。
今になって震えが止まらなかった。
☆
さて、3組の最後は私達クラッシック組だ。真っ暗なステージ、そこに立つのは私1人。細いスポットライトが数本、私を照らし出す。
右手で前にある何かを掴むような仕草で私は歌声を奏で上げる。
「
「スリー!」
「ツー!」
「ワン!」
「エンモア!」
「スリー!」
「ツー!」
「ワン!」
「レッツゴー!」
掛け声から間奏に入り、そこで学園の制服をモチーフにした可愛らしいデザインのステージ衣装を着た残りの17名が一斉にステージに登場してくる。その中には嬉しそうに走ってきたコロもいる。
私はそれを大きく手を振りながら「ようこそ」と迎え入れるのだ。
そう、私の選んだ
かつて、メジロマックイーン、ゴールドシップ、ライスシャワー、ウイニングチケット、ナリタブライアン、サイレンススズカ、スペシャルウィークが同時に所属していた伝説の最強チーム〈シリウス〉。
そこでスペシャルウィークがフランスのモンジューを降してジャパンカップを制した際に記念として作られ歌われた曲だ。
〈シリウス〉の7人が歌うように設計され、歌唱パートも通常曲の3人ではなく7人分に分かれている。
加えてこの曲のダンスは連携が重視されるものの、特殊な動きが無く簡単で覚えやすい。
何より私が気に入ったのは、Cメロにてカメが「さぁ〜、みんなの〜夢〜を乗っせ〜て〜」と歌ったあとに、
私は有馬記念を勝って年度代表ウマ娘となった。ここで得た『日本一』の称号を汚さぬよう、最低でも1年間守り抜く必要がある。「笑顔の宝物」で日本一を掴んで見せたのは私の覚悟の表明でもあるのだ。
「スリー、ツー、ワン、エンモア! スリー、ツー、ワン、レッツゴー!!」
こうしてジュニア、シニア、クラッシック各級の代表による楽曲の披露は大歓声に包まれて終了した。
☆
「おい…」
「は、はいっ?!」
歌謡祭も大詰め、残すは大トリの「うまぴょい伝説」だけだ。
「笑顔の宝物」から休憩する間もなく着替えに入る。ロッカー室でやはり着替えに来ていたのだろう、ツキバミと出くわしたのだ。
ツキバミとは有馬記念のライブの際に一応後輩のこちらから挨拶に向かったのだが、負けた腹いせか、たまたま機嫌が悪かったのか、えらくにべもない態度を取られてしまい、それ以来どうにも苦手意識が働いてツキバミに近付く事すら躊躇われていた。
しかし今回は完全な遭遇戦、ロッカー室は2人きり。気まずい、そして怖い! そんな感じでビクビクしていたタイミングで声を掛けられたのだ。
「な… 何でしょうか…?」
2人きりの密室で殴られでもしたら抵抗も出来ない。ウマ娘のパワーで攻撃を受けたら、下手したら命に関わるしね。
「…次のレースは何だ?」
「ふぇっ?! き、京都記念ですけど…?」
「そうか… 私は大阪杯だ。逃げるなよ…?」
え? これはどういう事なのかな? ツキバミ直々に挑戦状を叩きつけてきたって事? この私に?!
彼女の真意を聞き出す前に、着替えを済ませたツキバミは私の方を振り返ることなくロッカー室から退出して行った。
☆
トレセン学園の楽曲には可愛い歌、勇ましい歌、応援歌、中には恋愛の歌なんかもあったりするのだが、その中で特に異彩を放っているのが今から歌う「うまぴょい伝説」だ。
まず「うまぴょい伝説」というタイトルの意味が分からない。『うまぴょい』とは何ぞや…? そして『お陽様パッパカ快晴レース、ちょこちょこなにげにソーワソワ』という歌い出しももはや理解不能だ。『赤チン塗っても治らない』の赤チンって何? 何かエロワード? 全編通じてこんな感じだ。これはもう『考えたら負け』な事象なのだろう。
まぁタイトルや歌詞に関しては『そういうもの』だと割り切っても良いのだが、更に理解できないのはこの「うまぴょい伝説」が今回の様な『最高級の栄誉』として常に使用されている件だ。
それこそ「
おっと、今はそんな事を考えている暇はない。大きなイベントの締めなのだ。しっかりとこなさなければならない。
ツキバミらステージの共演者はもちろん、お客さん達も私の登場を待っているのだ。
いつもの着慣れたステージ衣装に着替えた私は、本日最後の