【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
新年早々彼女の涙が辛い。『今度こそは』と勇んで走った未勝利戦であったが、惜しくも3着。トップとは僅か1バ身差だったが、未勝利戦は着差など関係無い。2着以下は先に進む事も許されないシビアで残酷なシステムなのだ。
これで昨年9月のデビューから数えて5戦5敗。まだまだ今年の9月の頭まで未勝利戦への挑戦は許されている。だが制度がどうであれ、それまでに参加するウマ娘の心が折れてしまう事は決して珍しくない話だ。
「トレーナー… 私… ごめんなさい… また負けちゃった…」
ウイニングライブで健気な笑顔を見せていた彼女も、控室に帰るやいなや大粒の涙を幾つも流しながら静かに泣き始めた。
「お前のせいじゃない。相手が速かったんだ。次は勝てるよ、また一緒に頑張ろう」
この台詞を言うのは何度目だろう? 回を重ねるごとに『次は』の意味が重くなっていく。
「私、本当に勝てるのかな…?」
彼女自身、生まれ故郷では並ぶ者無しの最速自慢だったらしい。そのプライドをぶら下げて入学した中央トレセン学園で、彼女の自信は完膚無きまでに踏みにじられた。日本中の最速を集めた学園で、自分が如何に『井の中の蛙』であったかを思い知らされたのだ。
それでも俺は彼女を信じ指導するべくトレーナーとしてスカウトした。俺の見立てでは彼女は未勝利戦で潰れる器ではない。安定してオープン戦を走れて、ともすれば重賞すらも狙える実力を秘めているはずなのだ。
「気持ちを入れ替えて次のレースの事を考えよう」
俺の言葉も今の彼女には響いていない様だった。彼女は死んだ目をして「そうだね…」とだけ答えた。
☆
レース翌日、彼女はトレーナー室に現れなかった。心配して電話を掛けたが出ないし、LANEを送っても既読が付かない。
彼女の担任や友人に連絡して探すのを手伝ってもらった結果、学園近くの河川敷で1人何をするでなく座り込んでいた彼女を発見した。
「大丈夫か…?」
今回のレースは本人的に勝算が高かったのだろう、しかしそれでも勝てなかったショックが彼女をこんな所に導いたのかも知れない。
「トレーナー… 怒らないの…?」
「落ち込んでいる女の子を怒鳴りつけるようじゃ中央のトレーナーとしてやっていけないよ。今日は練習は良いから何か美味い物でも食いに行くか?」
俺の言葉に彼女はほんの少しの笑みを見せた。
「ね、トレーナー。私ってダメダメなウマ娘だよね…? 中央に来てから負けてばっかりで、田舎の友達にも連敗をバカにされてるみたいだしさ…」
涙を流し鼻をすする彼女、かなりメンタルの被害が大きいみたいだ。
「中央になんか来なければ良かった… 地方のトレセン学園ならこんなに連敗を重ねて辛い思いをせずに済んだのに…」
「…悲しい事を言うなよ。俺まで悲しくなる」
女の愚痴を遮るのはあまり上策ではないのだが、このまま放置していては彼女は最悪の一言を口にしてしまいかねない。
「俺はお前が『中央で通用する』『勝てる』と見込んだからスカウトしたんだ。昨日だって1着との時間差は0.3秒だ。瞬きするほどの時間差でしかない。次はその瞬きの分だけ速くなれば良いんだよ。ティアラ3冠を目指すんだろ? それは中央でしか出来ないんだぞ?」
俺の言葉を聞いて彼女はまた1人、口を噤んで考えている。
「でも未勝利戦に勝っても、その次は未勝利戦に勝ってきた娘ばかりを集めたプレオープン戦が始まって、更にそこを勝ち上がってファンを獲得しないと上に上がれない… もうそれだけで絶望しか無いよ… ティアラなんてとてもとても…」
彼女は俺の思っている以上に思い詰めていた。ほぼ完全に心が折れているようだ。果たしてここから巻き返す言葉はあるのか…?
その時、俺の携帯電話が呼び出し音を鳴らした。通知されている番号は
「はい… はい? はぁそうですか… 分かりました。本人に話してみます」
どうにも歯切れの悪いやりとりになってしまったが、今の通話の内容を目の前の彼女に話すとしよう。
「協会から通達でな、今度の『新春ウマ娘大歌謡祭』で「GIRLS' LEGEND U」を歌うメンバーにお前が選ばれたそうだ。このオファー、受けるか?」
☆
トレーナーからの申し出には二つ返事でOKした。未だに「
まだトレーナーには話してないが、私は自分の実力に見切りを付けて、3月いっぱいまでで自主退学し学園を去るつもりだった。
中央のあまりに高いレベルと、それに全く太刀打ち出来なかった自分の不甲斐なさで毎日泣いて過ごしていたから。
だから有終の美という訳でも無いが、このイベントで良い思い出を作ろう、せめて憧れのトレセン学園を嫌いにならないで田舎に帰ろう。そう思ってレッスンに励んだ。
☆
イベント当日、私と同じく抽選で集められたウマ娘達は用意された大部屋の控室で、浮かれながら雑談に勤しんでいた。
何せ今日は普段は縁の無い、GⅠで勝ち星を上げるようなスターウマ娘達とステージで共演できるのだ。やれツキバミがどうとか、スズシロナズナがどうとか、皆『推し談義』に余念が無い。
私としてはもう特定の推しとかでなく「皆さん尊くて神様みたいな存在」という感覚なので、恐れ多い気持ちでいっぱいだ。
それでも敢えて推しを挙げさせて貰うなら、ツキバミさん、ブラックリリィさん、そしてスズシロナズナさんかな。
ツキバミさんのF1マシンの様な、リリィさんの紙飛行機の様な、ナズナさんのラリーカーの様な走りはいずれも見ていて引き込まれる。やはりスターになるウマ娘は『走りだけで魅せる』事が出来るのだ。私みたいな凡ウマ娘とは次元が違う。
誰かが「サイン貰いに行かない?」とか言い出して、大部屋のウマ娘のほとんどが出払ってしまった中で、私を含む動か(け)なかった数人のウマ娘は会話をする事も無く無言のまま椅子に座っていた。
☆
オープニングセレモニーが終わり、私達の出番になる。72人という大人数が、普段センター3名しか着ることを許されないステージ衣装「STARTING FUTURE」を着ている。
とても異様で、そしてとても特別な光景だ。この場にいる72名全員が『主役』であり『センター』だ。私の様な勝ち星無しの田舎者には眩しすぎて恐れ多い場所に立っている。怖くて仕方がない、すぐにでも逃げ出してしまいたい。
それと同時に今この場に立っている誇らしさに満たされている。私達はこれから行われる3期分のエリート達の歌の前座に過ぎない。それでもステージを構成する大事なピースの一つだ。無様な真似は晒せない。
もうステージに立っただけで緊張と歓喜と興奮と責任感で泣きそう、というか吐きそうだ。
とにかく今から何か別の事をする余裕は無い。歌と踊りに集中しなくては……。
☆
「Don’t stop! No,don’t stop ’til finish!!」
曲が終わった。全員が人差し指を天に衝き上げた姿勢で動きを止める。大地が震えるほどの大歓声が巻き起こる。
やり切った。私の両隣の娘は感極まって泣いている。私も泣きそうだ。でもステージで涙はご法度だ、必死の思いで堪えた。でも……。
「お疲れ様。最高のステージだったよ!」
舞台袖で拍手しながら笑顔で迎えてくれたトレーナーの顔を見たら一気に涙が吹き出して、その場でトレーナーに抱きついて大泣きしてしまった。周りのメンバーも半分以上は同様で、トレーナーや友達同士で抱き合ったり肩を寄せ合って涙を流していた。
でもこれは悲しみの涙じゃない。嬉しい涙、誇りの涙だ。昨日までは見も知らぬ仲だった71人が、今では全員家族の様に愛おしい。
私は今日、10万人の前で歌う事、歓声を浴びる事を知ってしまった。この興奮、一体感、口では言い表せない幸せな気持ち… スターウマ娘と呼ばれる娘達はいつもこんな気分を味わっているのだろうか?
そんなのズルい!!
私だってみんなの前でGⅠ専用の楽曲を歌いたい。こんな感じのイベントで可愛らしい特注のステージ衣装を着てみたい。
ライブだけじゃない。こんな大人数の前で勝負服を着てレース出来たら、応援してもらえたらどんなに気持ちが良いだろう?
そこに至る道はただひとつ、『勝ち続ける』しかない。
私だって『勝ちたい』! 今になってようやく分かった。私に足りなかったのはこの勝ちたい気持ち、『勝利への渇望』だったんだ。
トレセン学園に来て、周りの皆の速さに圧倒され、始めから心が勝負を投げていた。
それは違うんだ。私は勝ちたい! 勝って自分を証明するために
「トレーナー、私やるよ! 次のレースこそ必ず勝ってみせる! 無茶でも何でもするから、今からティアラに挑戦できるスケジュール組んでよね!!」