【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
「ハピネス、貴女のメイクデビューが決まったわ。12月の最終週、中山の第6レース1600よ」
「あ、はい… って、ええぇぇっ?!?!」
私のトレーナーであるプラチナアイリスから告げられたデビュー戦の日程に、私は目玉が飛び出るほどに驚いてしまった。
当初の予定では『年明けくらいにデビューしましょうかね』とか言ってたのに年内に繰り上げだなんて……。
いやいや、話はそこじゃない。年末最後の中山レース場って、有馬記念のある日じゃないですか?! その日の中山レース場は10万人以上のお客さんが押し寄せる今年最後の大一番。確かにその日も新馬戦は行われるが、何もよりにもよってそんな大観衆の真ん前でデビューなんて、想像しただけで胃が痛くなる。
「いやいやいやいやいや! そんな有馬の舞台でデビューなんて無理ですよ! 私絶対におしっこチビる自信ありますって!!」
「やぁねぇ、何の自信よ? 『有馬記念で勝って「
無茶な注文に慌てふためいてトンチンカンな事を口走る私と、冷静にツッコミを入れてくるアイリストレーナー、そのやり取りは私達の日常の基本パターンとなっていた。
☆
私の名は「ハピネスシアター」。中央トレセン学園に通う中等部2年生だ。一緒にいるのは私の専属トレーナーである「プラチナアイリス」。銀色の瞳がとってもキレイ、美人で頭もスタイルも良くて、歌も超絶に上手いスーパーお姉さんだ。
1年と少し前に行われた選考会で、私はチーム〈プロキオン〉の高城さんという年配のトレーナーさんに見出されスカウトされた。
その頃には私の他にもう1人、「ハイパーバズーカ」さんというシニア級のウマ娘がいたのだが、彼女は3月いっぱいで引退するらしく後継となるウマ娘を探していたそうだ。
私は高城トレーナーの指導の元、コツコツと努力を重ねて実力を上げていった。
そして10月になり、そろそろ私のデビュー日を決めようかという頃になって、高城トレーナーが急性肺炎を起こしてしまい、長期入院する事になってしまった。
始めは高城トレーナーの後輩であるチーム〈ポラリス〉の矛田トレーナーにお願いして、私をチーム〈プロキオン〉からチーム〈ポラリス〉に移籍させて、私のトレーニングを引き継いでもらおうと言う話だったのだが、なぜか〈ポラリス〉から〈プロキオン〉へアイリスが移籍して来て、そのまま私の担当に収まった。
アイリスが今年のダービーウマ娘であるスズシロナズナさんのトレーナーだった事は知っている。有名だから。
そしてもう一つ有名なのは「アイリストレーナーの悪名」だった。
やれ『自分の名誉の為に弟子であるスズシロナズナを使い潰した』とか『弟子の怪我を無視してレースを強行した鬼トレーナー』とかの噂や報道には事欠かなかった。
ぶっちゃけ超怖かった。件のナズナさんはアメリカで手術をしてレースに復帰するべく練習を再開している。
そのタイミングでナズナさんの担当を外されて私の担当になるなんて、『次の生け贄はお前だ』って言われている様な物でしょ? 怖すぎるって……。
まぁ実際に話をすると、アイリスはとても優しくて上品で何より弟子思いの優しい人だと分かった。スズシロナズナさんの事件の詳細も教えてもらったし、ナズナさんと同じ境遇なら私もレースを継続したと思う。だってダービーだもん、絶対に走りたいに決まってるよ。
私のデビューが有馬記念の日なのは、その日にスズシロナズナさんが有馬記念を走るからだと思う。都会の通勤ラッシュ並みの混雑を見せる当日の中山レース場だけど、関係者席からなら良いアングルでレースをゆっくりと見ることが出来るからね。
ただ私が気がかりなのは、チームを離れて2ヶ月近く経つというのに、未だにアイリスの視線はスズシロナズナさんに向いている、という事だ。
まぁ、私とナズナさんを比べてどちらが輝いているか? なんてのは言うまでもない格差があるのだが、それでもアイリスの今の担当は私であってナズナさんじゃない。
その事がどうにも納得できずにモヤモヤが晴れないままレース当日を迎えた。
☆
小雨の降りしきる中、本日の第6レースである私のデビュー戦が始まる。
パドックでの感触は悪くは無かった。それでも私に対するお客さんの反応は賛否両論。「鬼トレーナーの弟子なんか走らないに決まってる」と「ダービートレーナーの弟子だから走るに決まってる」だ。完全に私個人の調子ではなくて、トレーナーの良し悪しでしか語られていない。
私に関する事は何でも「アイリス」「アイリス」だし、逆に言えば私みたいな凡ウマ娘には全く話題が無いという事だ。
なんか色々悔しい。いつまでもアイリスのおまけ扱いされるのも腹が立つし、当のアイリス本人はずっと私じゃなくてスズシロナズナさんを見ている。
絶対に負けられない! もう中山の10万のお客さんがどうこうなんて気にしていられない。ていうかこの怒りをバネにして周りを見ずに一心不乱に走れば、『10万のプレッシャー』と『アイリスの影』、互いの嫌な部分を打ち消し合って集中して走れるんじゃないかなぁ…?
そしてこのヤケッパチ戦法が大ハマリして、私はデビュー戦で2着に3馬身差をつけてのぶっちぎり優勝を飾る事が出来た。
更にこの日、ナズナさんがまさかの有馬記念優勝を果たした事も相まって、アイリスの中でも「ナズナはもう私の手を離れた」と強く思わせたのだろう。
世間がナズナさんの話題で溢れていくのと反比例して、アイリスの口からナズナさんの名前が出る事は減っていった。
☆
「ねぇハピネス、URAから貴女に歌謡祭のGIRLS' LEGEND Uを歌わないか? ってお誘いが来てるんだけどどうする?」
年が明けて私が長めの帰省から戻ってきた時に、顔を合わせたアイリスからの第一声がそれだった。
「やりますっ!!」
もちろん即座にOKした。「GIRLS' LEGEND U」は大好きだし、1000人近い候補の中から栄えある72人の1人に選ばれるなんて、年始からなんて縁起が良いのだろう。
「じゃあ同じステージに立つ
「あ、はい… って、ええぇぇっ?!?!」
そこにはとてもとても楽しそうな、イジメっ子の顔をした『鬼トレーナー』が立っていた……。