21番目の引き金を引いて   作:ちょめちょめ

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天女目 久遠

「どうしたのかしら。顔色が悪いわよ、迅」

 

 クスリ、と笑いながら女がスープを口に含む。ここのラーメンは特にスープが好みだ。濃すぎず薄すぎず、程良い舌触り。味を堪能して口を拭き、視線を前方に向ける。

 

「……何でもないよ、天女目(なばため)さん」

 

 長い黒髪の女――天女目久遠は、軽く首を傾げる。目の前の相手は一人で背負い込みがちな人間であり、そういうところが気に入らないのだ。

 

「ほら、未来が見える分人より苦労してるじゃない、貴方って。私で良ければ相談に乗るけれど」

「天女目さんからそんな言葉が出るとは、驚きだ」

「酷いわね。私が貴方に優しくなかった日があったかしら?」

「はは、天女目さんの優しさで泣いちゃいそうだよ」

 

 眼前の男……迅悠一は、人の未来が見える。極めて有用な能力であるが故に、彼は人知れず暗躍し、より良い未来を求めて奔走する。好ましくもあり、気に入らない部分だった。

 

「まあ……じゃあ、とりあえず一つ。今度の大規模侵攻、相当やばいレベルの相手が来るっぽいんだよね」

「相当、というと……例えば?」

(ブラック)トリガーとか。まだわかんないけど、いると思う」

「あら、それは大変ね」

「いや、そんな他人事な……」

 

 迅が呆れた顔をする。

 

「でも、レイジさんとかにはもう言ってるんでしょう? 貴方のことだもの」

「それはそうだけどさ。もうちょっと驚くとか、ない?」

「ないわ。だって、結局やられないように立ち回りつつ、できそうなら殺すだけじゃない。黒トリガーだろうとも、隙がないわけでもないし……」

「天女目さんってそういうところあるよね」

 

 それはどういうことかしら、と天女目が目を細める。しかし迅はそれには答えず、曖昧に誤魔化した。のらりくらりとやり過ごそうとするこういう面もあまり好きではない。実に面倒な男だ。まあ人のことを言える立場でないのは自覚しているのだけれども。

 ふぅ、と一息ついて水を飲む。ここは水も悪くない。口直しには最適だ。レンゲを手に取り、目の前にある迅のラーメンの器に入れてスープを掬う。一口貰うわね、と告げて口へと運ぶ。こちらのスープも良い。しつこ過ぎない塩気を味わい――

 

「いや、何で普通におれのスープ飲んでるのかな」

「別に良いじゃない。ケチね」

「ケチとかそういう話じゃなくない……? まあ、話は終わったから良いか」

 

 先に帰るね、と財布から紙幣を取り出しつつ迅が立ち上がる。支払いは済ませてくれるのだろう。奢ってもらう形にはなったが、特にそれを気に留めることはない。

 見送りつつ、天女目は小さく呟いた。

 

「……何でもない、ね」

 

 小さく笑う。何でもないと言った割には、迅の顔色は結構悪かったし、そもそも付き合いの長さからそれが嘘だとは看破できた。

 何故嘘をついたのか。何故はぐらかしたのか。迅の様子を思い返し、口角を吊り上げる。

 

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――未来の分岐点まで、あと2日

 

 

 

 

 

 

(ゲート)発生、門発生。大規模な門の発生が確認されました。警戒区域付近の皆様は、直ちに避難してください。繰り返します――』

 

 避難を促すアラートが繰り返される。街をノイズ混じりの音が駆け巡る中、天女目久遠は大きく伸びをした。

 

「ごきげんよう、風間さん。私もご一緒して良いかしら?」

「天女目か」

 

 彼女の隣に立っているのは、攻撃手(アタッカー)2位にして個人総合3位――風間蒼也。その後ろに控えるのが風間隊のメンバー、歌川遼と菊地原士郎だ。A級3位の精鋭部隊である。

 

「問題ない。お前は合わせるのも得意だからな。邪魔にはならないだろう」

「まあ、弱くはないですからね。別に良いんじゃないですか」

「相変わらず減らず口が絶えないわね、菊地原君。それで……あの新型がターゲットかしら?」

「ああ。諏訪が食われた。さっさと終わらせて次に行くぞ」

 

 了解、と返しながら天女目が駆ける。標的は眼前の新型トリオン兵、ラービット。サイズは3メートル程度の人型で、攻撃手段として頭部からの電撃が確認されている。

 人型である以上、挙動は人間と大差ない。であれば普段と自分の動きを変える必要もない。戦いやすい相手だと言えるだろう。

 

「そぅれっ!」

 

 右手に握るトリガー――スコーピオンを変形させ、前方へと伸ばす。それと同時にオプショントリガーであるグラスホッパーを起動させる。物体を加速させるパネルを生成するこのトリガーは何かと使い勝手が良い。天女目が好んで使うトリガーの一つだ。

 スコーピオンが真っ直ぐ伸びる途中で()()()()()()()。角度をつけたグラスホッパーによって跳ねるように加速するのと同時に変形させたのだ。加速変形と呼ばれるこの技術は、スコーピオン二本を繋げて変形させるマンティスに比べれば変形の自由度は劣るものの、変形速度と攻撃速度に関して言えばそれ以上だ。宙で直線的に、しかし何度も不規則に曲がって伸びた刃が、ラービットの頭部装甲を傷つける。

 そう、浅く傷つけるだけに留まった。

 

「かなり硬いみたいね。菊地原君」

「はいはい、わかってますよっと」

 

 天女目がグラスホッパーによって空から、菊地原が地面からラービットに接近する。それぞれ攪乱するような動きの合間にスコーピオンでの斬撃を加え、更に天女目は天へと大きく跳ね上がってから一本の刀を形成する。

 

「――旋空弧月」

 

 攻撃手用トリガーの弧月と、専用オプショントリガーの旋空。伸びた刃による一撃がラービットの頭部装甲に食い込む。そこは先程の加速変形で一撃を加えた場所であり、同じ個所に正確に次の一撃を打ち込む天女目の技量が示されていた。

 弧月を納め、今度は射手(シューター)用トリガーである変化弾(バイパー)を使用する。生成されたトリオンキューブを六十四個に分割し、ラービットを囲むようにして全方向から攻撃を仕掛ける。バックステップで下がった菊地原の顔のすぐ目の前を通った弾丸は目標に殺到し、衝撃音を奏でた。

 そしてそれとほぼ同時に、飛び退いたラービットに虚空から現れた風間と歌川の鋭い攻撃が突き刺さる。透明になるトリガー、カメレオンを併用した一撃だ。スコーピオンが足と腹部に食い込み、深い裂傷が刻まれた。

 

「特に装甲が厚いのは腕、その次に頭と背中って感じですね。変化弾で結構わかりやすかったです」

「なるほどな。なら薄いところから解体(バラ)していくぞ」

「了解。耳もレーダーのようですが……」

「そこは私が潰すわ。三秒頂戴」

 

 口にしつつ、二つのトリオンキューブを生成する。一つは変化弾、もう一つは炸裂弾(メテオラ)。手元のそれらを合成し、一つにしていく。

 

変化炸裂弾(トマホーク)――」

 

 着弾と同時に炸裂する変化弾が分割され、周囲へと射出される。百二十五の変化炸裂弾は周囲の建物を崩し、砂塵で視界を潰すと共に大きな崩落音を立てていく。また、ラービットにも向けられた弾丸が着弾の直前に分散し、地面を砕くようにして炸裂する。一瞬で目と耳を奪った天女目だったが、更にそのまま踏み込む。

 

「やっぱり、定番は口の中よね」

 

 加速変形。変幻自在の軌道を描いてスコーピオンが伸び、ラービットの口へと迫る。しかし刃は咄嗟に閉められた口に接触する前に下に変形しながら進み、その足を崩れゆく地面に固定した。

 スコーピオンは伸ばせば伸ばす程脆くなる。加速変形も例外ではなく、寧ろ一直線ではなく何度も折り曲げるようにして変形させている分より脆くなりやすい。ラービットが足を動かすだけで砕かれたが、その僅かな時間だけで十分だった。

 

 ――()()()()()()()風間隊の三人がスコーピオンを振るう。息の合った攻撃はラービットの両足を切断し、バランスの崩れたところに風間がスコーピオンを突き刺す。まずは腹、そこから流れるような動きで縦に切り開き、下顎から脳天へと突き立てる。

 間違いなく口内のコアを破壊した。その場の誰もがそう確信し、事実その通りで、ラービットはその場に倒れ伏した。

 

「あっさり終わったわね。まあ風間さん達がいればそんなものかしら」

「気を抜くな。諏訪を回収して次に行くぞ」

 

 風間が小さく告げ、切り開いた腹に手を入れる。少しすると、手のひら大のトリオンキューブが取り出された。その他には何もなく、怪訝そうな顔をするのが見えた。

 

「……諏訪がいる、というわけではないようだな。となると、こいつの中に諏訪が丸ごと圧縮されていると見るべきか?」

「かもしれないわね。本部で解析してもらいましょう」

「了解。堤さんと笹森を呼んで運ばせます」

「生きてれば良いですけどね」

「おい」

「縁起でもないことを言うわね。……本部、こちら天女目。風間隊と合同で新型を撃破しました。諏訪さんと思しきトリオンキューブを回収。そちらに届き次第解析をお願いします」

 

 通信を終え、諏訪隊の二名と合流してその場を離れる。彼女達の目的はトリオン兵、特に新型を撃破して回ることである。それ故に、駆け足気味に次の目標地点まで向かった。

 

 

 

 

――未来の分岐点まで、およそ1時間30分

 

 

 

 

 

 

 天女目久遠が迅悠一に初めて出会ったのは四年前。ボーダー設立時のことだ。

 迅は旧ボーダー時代からの古参であることや、未来視のサイドエフェクトによって頼りにされていた。そんな彼への第一印象は、やはり気に入らないというものだった。

 特に何かがあったというわけではない。しかし、へらへらと笑っているその様子が、兎に角気に食わなかった。

 

 ――貴方、よくそれで笑っていられるわね。

 

 虫を見るかのような目で、見放すように。

 自分でもここまで人に冷たくなれるのかと思うくらいに。

 酷く冷めた声でそう告げたのを、今でも覚えている。

 

 

 

 

 

 

「これで、四匹目……!」

 

 頭蓋に一瞬だけ触れて跳躍。後ろに回り込むと同時に変化弾を八分割、射程を削って弾速に振り射出する。身体を這うようにして口内へと叩き込まれた弾丸がコアを粉砕し、新型――ラービットを撃破する。

 

「ご苦労。これで動きも十分見れたな。本部、こちら風間。新型の動きを共有する」

「結構顎で使ってくれたわね、風間さん。まあ別に良いけれど」

 

 軽く息を吐いて立ち上がる。小さく伸びをして伏したラービットを足蹴にし、風間の方へと向き直る。

 

「相変わらず良い動きだ。新型が動く前から反応していたが、それも例の直感か?」

「……ええ、まあ。そんなところよ」

「そんなことより早く次に行きましょうよ。手早くって言ったのは風間さんで――」

 

 すよ、という言葉を呑み込み、菊地原と天女目が一点を向く。

 

 次の瞬間、虚空に黒い門が開いた。

 

「……人型ね」

「それも黒い角。黒トリガーか」

 

 門から現れたのは、黒い角の男。男性にしては長めの髪。風に靡いて揺れるマント。性格の悪そうな顔。

 アフトクラトルのトリガー使いだ。

 チッ、と舌打ちして男が呟く。

 

「ガキばっかかよ。外れだな」

「いかにも短気そうだけれど……ガキはどっちかしら」

「ああん?」

 

 苛立ったような顔をする男に向けて、二十七分割した変化弾を殺到させる。男は避ける素振りを見せることなくそれを受け――直撃した。

 

「あら、そういう感じなの」

 

 しかし、目立った外傷はない。肉体は波打つようにして蠢いたが、それだけに留まった。

 全身の液状化。恐らくはそれが目の前の黒トリガーの能力だろう。

 

『液体になれるってことは、気体にもなれるのかもしれないわね。接近はやめておいた方が良いかしら』

『その可能性は考慮に入れておくべきだな。それも勘か?』

『まあ、そうね。攻撃手段は――』

「下です」

 

 通信での会話を遮り、その場から飛び退く。次の瞬間、地面から幾本のブレードが生え、天女目達を襲った。命中しなかったこと……そしてブレードが生えるよりも早く対応したことに、男が怪訝そうな顔をする。

 ブレードが形を崩し、地面へと沈んでいく。

 

『液体にして潜ませたブレードの展開、かしらね。となると……』

「三上。菊地原の耳をリンクさせろ。天女目には必要ない」

『了解です。聴覚情報を共有します』

「……事実だけれど。少し酷くないかしら?」

 

 オペレーターの補助を介して、菊地原の得た聴覚情報が共有される。

 菊地原士郎は、サイドエフェクトを保有している。名称は強化聴覚――一言で言えば『耳が良い』だけだが、シンプルであるが故に高い汎用性を持つ。

 視覚の処理能力を占有せず、通信にも乗せやすい音という情報。聞き分ける能力によっては周辺を音だけで立体的に把握することも可能である。知覚情報の八割を視覚に頼っている他の人間に対し、圧倒的なアドバンテージを得ることができるのだ。

 事実、風間隊が瞬く間にA級部隊へと駆け上がったのは菊地原の功績が大きい。当時流行していた隠密トリガーのカメレオンに対し、見なくても把握できるという性質上極めて優位に立てることは言うまでもなかった。

 

「あら、黒トリガーと言えども当たらなければただの木偶ね」

「この猿が……!」

 

 右前方からのブレード。トリガーを切り替え、弧月で受け流す。足元から凄まじい速度で生えたブレードを一歩横に予め動いておくことで躱し、上と左はスコーピオンで斬り払う。バックステップで距離を調節し、旋空弧月。男の胴を両断したが、彼は平然と戦闘を続行する。

 

『歌川君、通常弾(アステロイド)を準備して。私が「弾く」わ』

『了解です』

『風間さんと菊地原君は防御寄りで距離を取って。伸ばせば私が当てさせるから』

 

 言うまでもないが、本来胴が離れればまともに動くことはできなくなる。トリオン体に動きを伝える伝達脳が離れるからだ。また、トリオン供給機関が破損しても同様だ。トリオンの供給が止まり、活動が停止する。

 それでもなお活動できている。液状化の能力と照らし合わせれば、()()()()()()()()()()()()()

 まずトリオン体の神経とも呼べる伝達系について。眼前の男は伝達系を移動・再形成できる――或いは、液状化できる能力の都合上、液状化した肉体そのものが伝達系と言えるのだろう。肉体が分離しても、液状化させて伝達脳とつなげば再び操作できるようになる。そもそも、伝達系という概念すら存在しないのかもしれない。

 そして、

 

「そもそも伝達脳と供給機関、位置が固定されているとも限らないわよね?」

 

 笑う。笑って揺さぶりをかけ、確信する。

 トリオン体の液状化。即ちそれは、身体を自在に流動させられるということだ。であれば、急所であるそれらを本来の位置に置いておく必要はない。それこそ、足の裏とでも繋げて離れた場所に隠しておくことすら可能だろう。

 だが、男がそうしているようには見えなかった。自分達を見下しているかのような振る舞い。負けるはずがないという驕り。勝利を確信しているその姿に、殺せると天女目も確信する。

 

「炸裂弾」

 

 二百十六に分割した炸裂弾を放つ。やはり避ける気すらないのか、男は無防備にそれらを受けるだけだ。着弾と同時に炸裂し、男の肉を弾き、削ぎ落していく。

 

 ――ガキン、と。

 硬質なものとの衝突音が響いた。

 

「そこね」

 

 天女目が一点を見ると同時に、歌川が六十四に分割した通常弾を殺到させる。狙いをつけた場所に着弾し――今度は衝突音は鳴らず、トリオンが波打つだけに終わった。

 そういう仕組みか、と納得する。普段は伝達脳と供給機関を一定の場所に留まらせず流動させて、戦闘に移ると固体のカバーを形成させて保護し、万が一に備える。そうして攻撃から守っているのだ。

 厄介な話だ。だが、種は割れた。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 旋空弧月。男の身体を上下に分割する。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 たとえ絶えず流動していても、伝達脳も供給機関もそれぞれ一箇所にしか存在しない。必ずどこかには存在する。そして、それは必ず流動の起点となる。

 ()()()()()()()()()()()()()。そうすれば二つのうちどちらかは先に流動する。細かく分割していけば、必ずその破片のどれかに核は存在するのだから。

 加速変形。風間と菊地原がスコーピオンを伸ばし、天女目が合わせてグラスホッパーを展開して男を取り囲むように刃をトリオン体の破片に通していく。硬いものに触れる感触がスコーピオンを伸ばした菊地原の手に伝わり、()()()()()()()()()()()()()()()歌川が通常弾を撃ち込んでいく。

 今のはダミー。カバーだけだ。中に伝達脳と供給機関を収めた核は別の場所にある。

 

「猿知恵レベルね」

玄界(ミデン)の猿が……!」

 

 速度を上げる。他の破片と繋ぐ前に切り分けていく。

 

「風間さん」

「ああ」

 

 スコーピオンを変形させ、切り分けた破片を繋げられないように包み込む。

 

「終わりよ」

 

 弧月一閃。旋空を起動し、横薙ぎに振るわれた弧月がスコーピオンごと核を粉砕する。

 文句のつけようのない程の完勝だった。

 

「この……猿ども、がぁ……!」

 

 男の身体が崩れていく。トリオン体は破壊され、無力な生身の姿に戻った男が残された。

 

 

――未来の分岐点まで、およそ1時間

 

 

 

 

 

 

 一歩後ろに下がる。旋空を起動させ、六メートル程度の刃を連続で振るう。通常よりも長時間旋空を起動させての中距離戦闘。横薙ぎからの斬り上げ、振り下ろし。切っ先がスコーピオンに食い込み、砕く。

 眼前の相手は――迅悠一は、強い。未来視のサイドエフェクトによって戦闘力を底上げしているだけあって、その守りの上手さはボーダーの中でも随一だ。だからこそ、守りを崩す為に読み合いに持ち込む必要があった。

 天女目久遠は迅が未来を視てからの行動に間に合わせることができる。自分の直感への自信と優れた判断能力の賜物だ。だからこそ、迅は慢心しない。真剣な面持ちで戦闘に臨み、先の読み合いを制そうとする。

 未来を視ることで対応し続ける迅と、その行動を見てから最適解を直感的に導き出して従う天女目。互いに対応し続ける戦い。どちらが先に崩れるかの我慢比べ。それがこの戦闘の本質だった。

 

「今日はへらへら笑ったりしないのね」

 

 迅は何も返さない。無言でエスクードを起動し、バリケードを二人の間に生成する。弧月の伸びた刃が半ば程で衝突し、そこで止まる。それを読んでいた天女目は既に弧月を手放していて、スコーピオンによる加速変形でバリケードを迂回して攻撃する。

 それを既に視ていた迅はスコーピオンで迎撃しようとし――そこまでを導き出していた天女目がグラスホッパーによって迅のスコーピオンを弾く。それと同時に、瞬間的に未来を視たのか、迅がもう一本のスコーピオンを伸ばして変則的な刃を受け止める。

 そこで、迅の動きが停止した。足から刃が突き出ている。もぐら爪(モールクロ―)だ。未来を読み逃したことを自覚し、しかし天女目のスコーピオンは受け止めているはずだ――そう考え、その直後に気付く。

 枝刃(ブランチブレード)。体内で枝分かれさせて疑似的に増やす手法だ。あろうことか天女目は、枝分かれさせた刃を手と足から出したのだ。

 動きの止まったところへ変化弾が殺到する。即座にスコーピオンを廃棄し、エスクードを連続で起動させて弾道が変化し切る前に全てを受け止める。

 

 風刃争奪戦。

 

 ボーダーの黒トリガーの所有権を決定する戦い。

 最終的に迅が執念で勝利を掴み取った一戦の、その一幕だった。

 

 

 

 

 

 

「トリオンをキューブ化させる黒トリガー……厄介なものね」

 

 黒トリガーの男を撃破し、回収に来た女の腕を奪い。ついでに黒トリガーを確保し、風間隊に迅の援護を頼んで離れて。天女目久遠は、新たな黒い角の男と相対していた。

 既に他の隊員が交戦しており、ある程度データは揃っている。比較的余裕を持って戦えるだろう。

 

「変化弾」

 

 一つ。生物の形をした相手の弾丸は、トリオンと衝突することでそれをトリオンキューブに変じさせる。

 二つ。一度衝突するだけでトリオンキューブに完全に変化するのではなく、量に応じて必要な弾丸の数も変わってくる。

 三つ。相手の弾丸は一度の衝突で消滅する。

 彼女にはこれらだけで十分だった。

 千に分割した変化弾を即座に放つ。まともに思考すらしていない、殆ど直感的な攻撃。しかし放たれた変化弾のほぼ全てが鳥や魚といった生物の形をした弾丸を射抜く。

 

「変化弾、変化弾、変化弾」

 

 男が再度展開した弾丸も、瞬く間に数を減らしていく。撃ち切れば即座に変化弾を新たに生成、分割して射出し、防御を削っていく。

 あの弾丸は攻防一体の極めて強力なトリガーだ。しかし、裏を返せばそれは攻撃にも防御にも同じリソースが必要になるということでもある。天女目がこうして削り続けている間、攻撃に移ることは困難だ。

 

『出水君、聞こえる? そっちは本体を狙って』

『了解!』

 

 A級1位、太刀川隊――正真正銘のナンバーワン部隊の射手、出水公平が誘導弾(ハウンド)を連射する。誘導の強弱を調整して放たれた誘導弾は相手の弾丸の隙間を縫って迫り、命中する――その直前、咄嗟に動かした魚の弾丸で受け止めていく。

 だが、攻撃は止まらない。天女目が外側を、出水が内側を削っていく。そうしてできた隙間を一筋の閃光が射貫き、男の胴を大きく吹き飛ばした。

 

「流石ね、奈良坂君」

 

 天女目が称賛する。狙撃だ。二人で大きく削っていたとはいえ、それでもまだ残っていた弾丸の間を正確に撃ち抜いたその技量は、ボーダーでも間違いなく上位のものだ。そして、それだけの腕前を持つ奈良坂透ですら、ナンバーワン狙撃手ではない。

 再び狙撃が――今度は二発行われる。奈良坂に加え、ナンバーワン狙撃手である当真勇が参戦した。腕と足を大きく抉り、勝負は決した。

 

 はずだった。

 

「……勝負は決まったと、思っている顔だな」

 

 周囲のトリオンキューブが消失していく。トリオンは眼前の男へと吸収され、男の傷が瞬く間に塞がっていく。トリオンのキューブ化に加えて、吸収までもを可能にする能力。

 黒トリガーに相応しい、理不尽がそこにあった。

 

「反則でしょ」

 

 小さく呟きながらも変化弾を撃つ手を止めない。こちらのトリオンが一方的に削られていくだけなのは承知の上だ。それでもなお、ここで削っていれば時間を稼げることには変わりないのだ。

 

『出水君、そっちはどう?』

『結構厳しいです。さっき腕と足をやられてるんで……』

『それなら撤退してもらって構わないわ。確保されないことを最優先にしなさい』

『すみません、頼みます……!』

 

 体内通信で出水に指示を出す。トリオンであれば問答無用でキューブ化できるのが相手の能力だ。自分達も例外ではない。あの弾丸を浴びれば最後、トリオンキューブとなってその場に転がるのが待っている。

 さてどうしたものか、と思考を続ける。勝ち目はない。間違いなく勝率は0%だ。自分の直感も何も反応しない。この状態で勝てるわけがない。だからこそ、どうすれば相手を殺せるか思考を続ける。

 

「あ」

 

 そういえば、と思い浮かべる。()()なら確実に奇襲できる。

 問題は離脱と回収のタイミングだ。どうやって一度この場を離れるか。そして、その間どうやって目の前の男をこの場に釘付けにするか。

 

『天女目さん、俺が時間を稼ぎます。修たち、もう基地まで三分くらいらしいんで』

『あら、烏丸君。それならお願いするわ。無理はしないでね』

 

 通信によって声を掛けられる。烏丸京介――ボーダー玉狛支部のメンバーだ。彼が言うなら、間違いなく男をこの場に留められるだろう。

 その場を任せ、天女目は走り去った。

 

 

 

 

――未来の分岐点まで、およそ605秒

 

 

 

 

 

 

「――天女目さん、風刃使う気ない?」

 

 大規模侵攻の一日前。ボーダー本部の一角で、迅悠一はそう尋ねた。

 

「何のつもり……って。そういえば貴方、風刃手放したんだっけ。勿体無いことしたわね」

「まあね。それで、どう? 今、上の方で結構次の使用者決定が難航しててさ」

「それで私に? まあ、確かに私は強いし争奪戦でも2位だったけれど? ……けど、ねえ」

 

 細目で迅を見る。かつて手に入れることができず、それで迅に渡ったのが黒トリガー――風刃だ。天女目からすれば、今更何をという話でもあった。

 しかし、一度使ってみたい気持ちがないわけでもない。どうしたものかと考え……もう一度、迅を見る。

 

「……そうね。貴方には言わないわ。どうせ、()()()()()()()()()()()?」

「はは、それを言われると痛いね」

「じゃあ、そういうことで」

 

 迅の隣を通り過ぎて、歩いていく。コツコツという音が響き、角を曲がり――小さく。誰にも聞こえないくらい小さい声で、呟いた。

 

「私がそれをすれば、貴方の視た未来とズレるでしょう?」

 

 

 

 

 

 落ちていく。空高くから、地面へと。真っ逆さまに。頭から。落ちていく。

 彼女が見つめるのは、黒い角の男。右手に弧月を持ったまま、天女目久遠は空から男に向けて落下している途中だった。

 男が天女目を見据える。同時に、その隣に立っている黒い角の女――最後に見た時と同じ、腕を一本失っているままで。天女目は即座に男のトリガーでは他者を回復させることはできないのだと看破し、そしてそれはさておき。女が誰かを遠くに飛ばしたのを見た。

 

 邪魔は入らない。

 

 これなら、殺せる。

 

 男が鳥の形の弾丸を飛ばす。トリオンをキューブ化させる、近界で使えば間違いなくヘイトを稼ぐ悪辣なトリガー。それらは天女目に殺到し――

 

()()()()()()

 

 その言葉を、紡ぐ。

 トリオン体が消失する。生身の身体に戻る。鳥の群れは天女目の身体に衝突し、弾ける――しかし、彼女の身体に異変はない。当然だ。今はトリオンで構成された身体ではないのだから。

 手に握ったものを構える。生身の身体である以上、男に危害を加えることはできない。

 

「……というわけでもないのよね」

 

 ()()()()()()()

 

 トリオンを使った、トリガーではない武装。トリガー使い以外が戦う為に近界で採用されている武装を模したもの。これなら確実に奇襲できると天女目は踏んだ。

 しかし、トリオン体の運動性能がない以上、これで男に傷をつけることは難しい。

 

 だから空から攻撃する。

 

 落下して加速することで反応できないようにする。

 

 自分の命を顧みない、必殺の策。男の首を刎ね、一撃で決せば回復されることもない。地面に当たって投身自殺になりそうなのはギリギリで再度トリガーを起動してトリオン体になれば良いだろう。

 男と視線が合う。笑う。笑って簡易トリオン剣を振り抜く。男の首に鈍い刃が食い込み、

 

 そこで一瞬、視界がブラックアウトした。

 

 落下している感覚はない。しかし上下左右の間隔が曖昧だ。

 何が起こったのか、遅れて理解する。

 

 黒い角の女だ。

 

 あの女が咄嗟に空間を繋ぎ、新型トリオン兵――ラービットを呼び出したのだ。横薙ぎに振るわれた拳が天女目の脇腹へと入り、その身体を大きく吹き飛ばした。

 これは死んだな、と判断する。肋骨は大半が折れているだろう。それどころか臓器に突き刺さっているはずだ。だって、ほら……口から血が溢れ出したのを、ぼんやりと理解する。

 さてどうするか。最早何もできない。瓦礫に半分程埋もれた身体はまともに動かず、それ以前の問題として肉は潰れて動かすどころの話ではない。せめて首を刎ねるまではいかなくとも、あの黒い角の男に再び回復を強要させられれば良いのだが。

 

 足音が響く。

 

 どうにか頭を持ち上げ、音の主を見る。

 

 悲痛そうな顔で、迅悠一が立っていた。

 

 

 

 

――未来の分岐点まで、およそ241秒

 

 

 

 

 

 

 天女目久遠に家族というものはいない。幼少期に全員失い、親族間でたらい回しにされてきた人生だった。

 だから第一次侵攻で家族を失った人の気持ちも、正直わからなかった。

 

 空虚。

 

 それが彼女の本質だ。自分のこともどうでも良い。周りのこともどうでも良い。自分も、周りも、生き死にということを気にしない。ただひたすらに、好き勝手に生きる。それが彼女に唯一残された指針だった。

 だから、ボーダーに加入したのも当然のことだった。学生の身分でありながら、衣食住に困らない生活を送れ、そして一般企業に就職するよりも比較的自由に行動できる。事実彼女には才能があったし、それだけの能力を持っていた。

 

 そんな彼女の人生の転機となったのが、迅悠一だった。

 

 自分とは違う生き方。それでも誤魔化すように、騙すように笑っていた。葛藤や後悔もあったはずなのに、それをひた隠しにして笑って生きていた。

 

 気に入らなかった。

 

 あの仮面を剥がしたかった。だから、彼女は大規模侵攻の前、彼と会話をして、一つの決断をした。

 

「貴方の心に、傷を残してあげる」

 

 

 

 

 

 

「良い顔じゃない、迅。先輩がこれから死ぬ様はどう?」

 

 笑って言う。迅は表情を歪めたまま、それでも笑おうとする。

 

「おいおい。こんな状況でもそんなことが言えるとか、天女目さんはぶっ飛んでるなぁ」

「そうかしら。幾ら私でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……それは、どういう」

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 は、と息が漏れる。声にはならなかった。

 

「貴方、隠すのは上手いけど。私には無力なのよねぇ。細かい仕草に表情、声音。情報っていうのはね、そういうところからも漏れるものなのよ。付き合いが長い分、猶更ね」

「何を――」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 今度こそ、完全に迅の息が詰まる。思考が停止し、呼吸が停止し。完全に、フリーズする。

 天女目はこんな死にかけの状態でも、笑うことをやめない。笑って、迅の心にナイフで切り込みを入れていく。

 

「黙って、隠してたつもりだったみたいだけれども。無駄なのよね、そういうの。……そうねぇ。私が死ぬ代わりに、限りなく最善に近い未来と、私は死なないけれど、結構な数の犠牲が生まれる未来かしらね、貴方が視たのは。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ウソ、だ。だって、天女目さんにサイドエフェクトは……」

「あるのよねぇ、これが。黙っててもらってたけれど。そもそも、勘が良いって理由だけで私のこれまでの行動に納得できると思う?

 ――『無意識下自動演算』。それが私のサイドエフェクトよ。脳に蓄積された全ての情報に基づいて、私の望みに合わせて無意識下で演算し、解を出力する。私は答えだけしか知ることができないけれど、結構便利よ? これがいつも言ってる直感の正体」

 

 迅が後退る。表情が歪み、顔を下に向け、天女目からは見れなくなる。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 迅の肩が跳ねる。

 

「貴方は損得で考えたわね。人の――私の命を、利益不利益で考慮したでしょう?」

「ち、が」

「違わないわ。……その心に、魂に刻みなさい。貴方は私という人間の命を切り捨てることに、組織としてどちらに傾くかで判断した。一見冷徹そうなあの城戸さんですらやらないことを、貴方はしたのよ」

 

 無理矢理身体を持ち上げる。まだ潰れていない腕で迅の身体を引き寄せ、唇が触れてしまいそうなくらいに顔を近付ける。

 

「目を逸らすな。どのみち貴方は私を切り捨てた。あの時、風刃を使う気はないか聞いたわね。ふふ、貴方とあろう者が、自分の手で切り捨てるのは怖かったのかしら? だから私に、運命を覆すだけの力を手に取るか委ねたのかしら? 使わない未来が視えていた癖に、随分と女々しいことね」

「そんな、つもりじゃ」

「なかったとでも? 本当に、そう言い切れる? なら私の目を見て言ってみなさいよ」

 

 目と目が、至近距離で見つめ合う。

 迅の口は動かない。動かせるわけがない。人の命を切り捨てたなど――しかもそれを本人の前で、言えるわけがなかった。

 

「でもまあ、喜びなさい。私の死のおかげで、ボーダーは……いいえ、貴方は大きな力を手に入れ、この侵攻は私以外の犠牲なく終わるのだから」

「……それは。天女目さん、まさか――」

「ええ。黒トリガーになってあげる。安心しなさい、失敗する可能性は限りなく0だから。私のサイドエフェクトがそう言ってるわ」

「つまり、おれに……切り捨てた相手に、使えって?」

「ええ。多分、使えるのは貴方だけでしょうね」

 

 何で、という声は出なかった。

 出そうとしても、出せなかった。

 

 

 

 迅悠一の唇を、天女目久遠の唇が塞いでいたから。

 

 

 

「愛しているわ、迅」

 

 

 

 さよなら、という声が聞こえて。

 いつの間にか、長い黒髪の女の身体は崩れ落ち、塵となっていた。

 

「……ああ。言い忘れてたな」

 

 遺されたものを手に取り、立ち上がる。黒い指輪。迅はそれを指に嵌めて、歩き出した。

 

「誕生日おめでとう、天女目さん」

 

 

 

 

――未来の分岐点まで、およそ32秒

 

 

 

 

 

 

「悪いけど、もうあんたらは終わりだ」

 

「ここで、全部終わる」

 

「おれの――」

 

「――いや、『おれたちの』サイドエフェクトがそう言ってる」

 

「起きろ、『世末』」

 

 

 

 

――未来の分岐点まで、およそ6秒

 

 

 

 

 

 

大規模侵攻論功行賞

 

特級戦功

 

本部 天女目久遠

 

A級7位 三輪秀次

 

A級3位 風間隊

 

A級1位 太刀川慶

 

S級 天羽月彦

 

S級 迅悠一

 

玉狛支部 空閑遊真

 

 

大規模侵攻死傷者数

 

死者一名 天女目久遠

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