『おはようオルガ君。調子はどう?』
「……悪いな。」
『それは結構。』
「は?」
NERV本部の、エヴァ操縦訓練施設。そこで行われた、俺とリツコさんの会話であった。
『じゃ、もう一度おさらいするわね。通常エヴァは有線からの電力供給で稼働しています。非常時に体内電池に切り替えると、蓄電容量の関係でフルで1分、エイハブ・リアクターの補助があっても精々5分しか連続稼働できないの。
これが私たちの科学の限界ってわけ。お分かりね?』
「早口過ぎて正直ピンと来ませんでしたね。」
『では昨日の続き、インダクションモード、始めるわよ。』
「おい。」
リツコさんが妙に冷たいのは理由がある。
インダクションモード。通常の神経接続による操作に対し、トリガーを介した機械的な操作で操縦を行う火器管制モードだ。率直に言うと、俺の射撃の命中精度がてんでダメだったのだ。
モビルワーカーで火器を扱うのとはまるで勝手が違う。機械を介するとはいえ、どちらかといえば生身で銃を扱う感覚に近かった。せめて俺に、銃器を扱う経験があれば良かったのだが──残念ながら、あの時暗殺者に二発拳銃を当てた以外では碌に扱っていない。今までミカ頼りだったからだ。
しかし、これからの戦いでミカの足を引っ張るわけにもいかない。俺は気を引き締め直し、訓練に集中する。
『目標をセンターに入れて、スイッチオン。』
リツコさんに言われるまま、標的を狙いトリガーを引く。しかし、砲弾を模した光の球は、的から逸れて背景を撃ち抜いた。慣れるまではまだ時間がかかりそうだ。
刹那、今まで沈黙を貫いていた使徒──を模した標的が閃光を放つ。バーチャルの訓練であるゆえ痛みは無かったものの、僅かに身体を焼かれるような感覚を覚えた。どうやら敵の攻撃に当たった、ということらしい。これに関して事前に何の説明も受けていなかった俺は、思わずリツコさんに声をぶつける。
「おい、今のはなんだ!?」
『使徒の攻撃行動を再現したものよ。実戦では、敵の正面に棒立って射撃できるという状況は考えにくいもの。』
つまり、敵の動きを考えつつ攻撃を行え、ということか。だが、こちとらこれまで幾多の戦場を潜り抜けてきたのだ。それくらいのことは分かっている。
しかし、それとこれとは別。この訓練は、射撃の命中精度を高めることを主体とした訓練であったはずだ。
再び閃光が走り、それを受けてしまう。──なるほど、俺の余りの
そんあ被害妄想をしていると段々と腹が立ってくる。俺はその怒りにまかせて、よく狙いもせず──所謂ヤケクソに──トリガーを引いた。
(……私の読み通りね。)
リツコは不敵に微笑んでいた。
窮鼠猫を噛む、という言葉がある。初戦時の戦闘データを解析した結果、このオルガ・イツカというパイロットについて、一度活動停止した前後で反応速度が大幅上昇していたことが明らかになった。それをもとにリツコは「オルガ・イツカは窮地に追い込まれると優れたパイロット能力を発揮する」という仮説を立て、その検証を実行に移したのだ。
結果はご覧の通り。擬似的なものではあるが、敵からの攻撃を受けた後の彼の射撃は、使徒のコアを正確に撃ち抜いていた。やはり彼は、窮地に追い込まれることで操作精度が向上する傾向にあるらしい。
リツコはその結果に満足しつつも、火事場の馬鹿力などという感情的な事象に、ロジックじゃないわね、とぼやいた。
「おはようございます。」
翌朝。俺はミサトさんを起こしに、彼女の部屋へと向かった。ミカと3人で同居を始めて以来の、朝のルーチンワークのようなものだ。
襖を開けると、普段ならまだいびきをかいているミサトさんが、意外なことに目を覚ましていた。
「オルガ君、おはよう~。」
「……今日は雨でも降るのか?」
「あら、忘れたの? 今日はオルガ君たちの学校デビューの日じゃないの。」
「ああ、そういやそんなこと言ってたな。」
話によれば、俺たちがロクな教育を受けていないと知ったミサトさんが、それを哀れんで中学校への転入手続きを行ったらしい。もちろん、俺たちに戸籍などというものはなく、実年齢も本来この国の義務教育の課程を終えていると思しきものであるため手続きは面倒なものになる。そして今日、2週間の手続きという名のNERV特権によるゴリ押しを行い、ついに俺たちの転入の日がやってきたという訳だそうだ。
別にある程度の勉学なら自力で行ってきたし、使徒と戦う中で学校に通う暇などあるのかとも思ったが、これは体系的な知識を身につける良い機会でもある。俺はミカを連れて、早速学校へ向かうことにした。
「アトラとクーデリア、元気にしてるかな。」
学ぶという行為に思うところがあったのか、ミカは自分に文字を教えてくれた彼女らを思い出していたのだった。
第3新東京市立第壱中学校、2-A組。そこが俺とミカが転入することになったクラスだった。昭弘たちは、また別のクラスに配属されたらしい。同居の件といい、俺とミカだけ妙に分け隔てられている気がするが、気のせいだろうか。
「よく来たね、オルガ団長、三日月・オーガス。さあ、君たちの教室はこちらだ。」
担任の先生に、教室まで案内される。──待てよ。担任の顔、見覚えがあるような──
「……マクギリスじゃねぇか。」
「フ……君たちのクラスの担任となっている。よろしく頼むよ。」
「なんでチョコの人が学校にいんの?」
「そうだ。神出鬼没にも程があるだろ。NERVの仕事はどうしたんだよ。」
「厳密には、私はNERVの職員ではないのだがね。ま、その話は後にしよう。ここが教室だ。」
そんなこんなで、俺たちの学校生活は幕を開けた。
周囲の視線が俺を刺す。ミカは背格好にまだ幼いところがあり、周囲に溶け込めているようだったが、俺はそうもいかない。事情は伝えているものの、明らかに中学生にしては場違いと思われる体躯の大きさに、好奇の目を向けられるのは当然のことだった。
「聞け、諸君! バエルを操る者は、唯一絶対の力を持ち、頂点に立つ! 席次も思想も関係なく、皆従わなければならないのだ!」
教壇では、数学の授業を放棄したマクギリスがバエルとアグニカについての演説──もとい布教を行っていた。この話はどうやら既に何回も為されているらしく、生徒の中には居眠りしている者もいた。このような授業で大丈夫なのだろうか。一応、先程まではしかと授業を行っていたのだが。
視線を躱すことにも疲れ、暇を持て余して電子教本を読み漁っている*1と、ピ、という音ともにPCにメッセージが送られてきた。
『オルガくんが あの紫のロボットのパイロットというのはホント? Y/N』
あの紫のロボット、というのはエヴァ初号機のことだろう。厳密には人造人間であり機械ではないとのことだが、それは些細なことだ。
下らない質問だ。NERVからはこの手のことは箝口令が出ている。『NO』とだけチャットに打ち込み──そこではたと手を止めた。
エヴァンゲリオンの建造は極秘裏に行われ、その運用に関しても一般には全て秘匿されているはずだ。だというのに、その存在がこのクラスには漏れている。すなわち、俺がそのパイロットであり、だからこそこの学校に編入されたのだ、とアタリをつけられている可能性が高い。
ミカの方を見てみるが、ミカはそっぽを向いている。俺に任せる、ということだろうか。
どのみち、ここで誤魔化したところで追及は免れないだろう。俺は『YES』と打ち込み直し、エンターキーを押した。
刹那、教室内に歓声が響き渡る。俺の周りには生徒が群がってきた。
「ちょっとみんな! 授業中でしょ!? 席に着いてください!」
学級委員長(であると先程紹介を受けた、確か、名前は洞木さん)が皆に注意するが、聞き入れる者はほとんど居ない。俺はそのまま質問攻めに遭う。
「ねぇねぇ、どうやって選ばれたの?」
「テストとかあったの?」
「怖くなかった?」
遠慮なく質問をぶつけてくる。とても歳上への態度とは思えないが、それだけ壁を作らず接してくれているということだろう。──そんなことを考えていたので、「操縦ってどうするの?」という質問につい、「阿頼耶識システム。」と答えてしまった。
「へー、何だよそれー!」
「学校の誇りよねぇ!」
囃し立てられているが、どうやら俺がエヴァのパイロットであるという事実は好意的に受け止められているらしい。今まで宇宙ネズミだなんだと蔑まされてきたので、この反応に悪い気はしなかった。
「ねぇ、必殺技は!?」
「ミカァー!」
「ミカ?」
浮かれていたため、またしても口を滑らせる。必殺技を聞かれて「ミカ」と答えた俺も変だったが(使いどころを考え、窮地にミカを出撃させるというのは、ある意味必殺技ではあったが)、それ以上に面倒なことになった。
「ミカって、一緒に転校してきた三日月君のこと?」
「あ、ああ……。」
聞くや否や、ミカがNERVの関係者であると判断したのか生徒がそちらの方に群がっていく。俺は質問攻めから解放されたが、それを代わりに引き受けたミカは、恨めしそうにこちらを睨みつけてきていた。……後のことは考えないことにした。
マクギリスの方を見ると、
「全く、碇ゲンドウめ。情報統制が不十分だと諌めておかねばな。折角のアグニカの授業が──」
などと上の空に呟いていた。お前も関係者であるのなら助けてくれよ。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、休憩の時間に入る。質問攻めからやっと解放されたミカは、再びこちらを睨んでから、前の席にいる少女に話しかけた。そういえばと、その少女はNERVの病院内で見かけていたことを思い出した。まさか、同じクラスだったとは。
考え事をしていると、ポンと肩に手が置かれる。振り返ると、ジャージ姿の少年と、メガネをかけカメラを携えた少年が立っていた。
「転校生、ちょっと付き合わんかい。」
「俺に何か用か?」
「お前には話さないかんことがある。」
二人に言われた通りに着いていくと、連れ込まれたのは校舎裏だった。話をしようと顔を向けた刹那、眼前に拳が迫る。ジャージの少年がこちらを殴ってきたのだ。
このような事態は夢にも思っていなかった俺は、身構える間もなく顔面に拳を受け地面に身を打ち付ける。幾多の暴力を潜り抜けてきた俺にとっては情けない話だったが、しかし、戦いとは無縁の生活をしてきた少年の力とは思えないパンチだった。
衝撃で止まりそうになった意識を撚り戻しつつ、俺は問う。
「いきなり何を……!」
「すまんな転校生。ワシはお前を殴らないかん。殴っとかな気が済まへんのや。」
ジャージの少年が答えるが、およそ俺には身に覚えのない話だ。困惑していると、メガネの少年が補足する。
「悪いね。あいつの妹さん、この間の騒ぎで怪我しちゃってさ。ま、そういうことだから。」
この間の騒ぎ──つまり、この前の使徒との戦闘に巻き込まれ、妹が怪我をした。その責任はパイロットのお前にある、と言いたいのか。だが、それは余りにも理不尽な言い分だった。
「待ってくれ! 俺はあいつらNERVの命令を聞いて動いただけなんだ。殴るならあいつらを殴れば良いだろ!」
そこまで言って、それは弁明としては最悪の言葉選びだったことを悟る。現に、少年の額には血管が浮き出ていた。
ピギュ。襟首を掴まれる。
「俺のこの手が真っ赤に燃える! お前を殴らないかん、と轟き叫ぶ!」
ジャージの少年が必殺技の口上のようなものを始めた。その口調は本気のそれであり、巫山戯ているという訳ではないらしい。
「ばぁくねつ! ゴッドフィンガアァアアア!!」
熱気を帯びた張り手が飛んでくる。余計なことを口走った所為で2回も殴られる羽目になるとは、と達観したように考えていると、その張り手が宙に浮いて止まっていることに気がついた。
「何これ。」
どこからともなく現れたミカが冷たく問う。彼はジャージの手首を掴み取り、俺への暴力を阻止していた。少年は抵抗を試みるが、ミカが掴んだ彼の手を離すことはなかった。ミカがさらに指に力を込め、少年は軋む自分の腕に悲鳴を上げる。
ミカがやっと手を離すと、少年たちはすまんかったな、とだけ言い残し足早に去っていった。
「色男になってるね。」
俺の腫れた顔を指してミカが言う。なんとも情けないところを見られてしまったものだ。
彼に感謝を告げ、教室に戻るべきかと思案していた矢先、ミカが俺の後ろに目を向けた。少年たちが戻ってきたのかと振り向いたが、そこには例のNERVの病院で見かけた少女が佇んでいた。
「非常召集、先、行くから。」
俺が訝しんでいるうちに、それだけを言い残して彼女は去ってしまった。ポケットに入れていた携帯を見ると、確かに「非常召集」の文字が見える。同時に、街中にサイレンが鳴り響き始めた。
「結局アイツは何者なんだ?」
「知らないの?」
独り言ちた俺の言葉に、ミカが答える。
「綾波レイ、エヴァ零号機の専属パイロットだってチョコの人が言ってた。──オルガ、俺たちも本部へ向かうよ。」
何故マクギリスは情報をミカにしか与えないのだろうか。それはさておき、非常召集ということは、おそらくまた使徒とやらが現れたということだろう。俺はミカと共にNERV本部へ急いだ。
『オルガ君、出撃、良いわね?』
「ああ。」
ミサトさんの出撃確認に頷く。腹は既に括っているのだ。今更迷うこともない。すると、今度はリツコさんから通信が入る。
『よくって? 敵のA.T.フィールドを中和しつつ、パレットライフルの一斉射。練習通り、大丈夫ね?』
「正直ピンと来ませんね。今の俺の腕じゃ普通に撃っても外れるだろうが。」
『それで結構。』
「はぁ?」
リツコさんの意味深な答えに思わず疑問を抱えるが、直後のミサトさんの発進の合図とともに初号機は猛烈な速度で地上へ打ち出され、それを追求する機会はなかった。
この垂直式の発進にはやはり慣れない。エイハブ・リアクターとL.C.Lによる緩衝は利いている筈なのだが。
使徒の襲来に伴い緊急事態宣言が発令され、周辺に住む民間人は例外なく地下のシェルターへ避難することになっている。だが地上には、あってはならない筈の3つの人影があった。
一人は昭弘・アルトランド。筋力トレーニングに熱中しており、避難命令を聞き逃していた。また、小山の中腹にある神社という酷く
そして、その昭弘を気にしながらも、階段を駆け上がっていく二人の少年。一人はカメラを持ったメガネの少年、相田ケンスケ。もう一人はジャージを身につけた少年、鈴原トウジ──オルガを殴った少年であった。
ケンスケは、民間人に秘匿されている未知の戦いをどうしても目に収めたいと考え、シェルターから脱出しようと画策していた。しかし、シェルターのロックを外すのは14の少年一人には荷が重い。そこでトウジに話を持ちかけ、シェルターからの脱出を手伝ってもらうことにしたのだ。
根が優しく、妹のためとはいえオルガを殴ってしまったことに罪悪感を覚えていたトウジは、親友の頼みということもありこれを承諾。彼の戦いを見届けるべく、ケンスケとともに地上へと赴き現在に至る。
山の中腹から二人が街を見渡すと、巨大な物体がビルの間を這うように移動しているのが分かった。エビに似た脚が生えたカブトガニのような頭部に、硬いとも柔らかいとも判らない尾部を持つ、巨大な生命体。その姿にケンスケは興奮し、トウジは驚愕する。
「すごい! これぞ苦労の甲斐もあったというもの!」
「アレが……?」
そして、その対極にあるビルが稼働し、地下から巨大な人型が飛び出してくる。地表に出るとともに急激に停止したそれは、その衝撃で既に(パイロットが)致命傷を受けたエヴァ初号機であった。
「なんや、もうやられとるで!?」
「大丈夫。」
トウジは、まだ会敵すらしていない状況で既にフラフラの味方機になんとも言えない頼りなさを覚えたが、ケンスケは問題ないと言う。
現にやがて立ち上がった初号機は、光の壁を展開すると、使徒からも放たれた光の壁を相殺した。
『A.T.フィールド、展開。』
バルバトスと共に後方に待機していると、敵のA.T.フィールドを中和した旨の通信が聞こえてきた。確か金髪の人には、攻撃開始の合図が出たらまずオルガを狙い撃てと言われていたが──果たして彼女の言っていた作戦というものは上手くいくのだろうか。
『オルガ君、作戦通り、良いわね?』
『ああ!』
通信の向こうから聞こえてくるオルガの返事と共に、初号機がライフルを構え射撃の予備動作を取る。それを確認した俺は、なるべく出力を絞った碗部砲で初号機の背中を狙い撃った。
『ぐっ!』
オルガの呻き声が聞こえ、そのまま初号機はライフルを乱射する。その闇雲に放たれたように見えた弾は、しかし7割ほどが敵のコア付近に当たっているように見えた。
へぇ、と俺は声を漏らす。オルガの射撃訓練が不振だというのは本人から聞いていたが、金髪の人が言っていた、攻撃を受けた直後の命中率が上がるという話は本当らしい。もちろん一度オルガに攻撃を当てなければならないという厄介な点はあるものの、こっちの世界に来てからオルガは妙に頑丈な気がしたので、特に気にしないことにした。
ミカがいきなり後ろから撃ってきたので驚いてしまったが、そのお陰かマグレ当たりで射撃が命中している。ミカが誤射するとも思えないし、これを敢えて狙ったのだろうか。──ミカが直接攻撃すれば良いのでは、とは思ったが。
しかし、ライフルは当たっているものの、有効打を与えられている様子は全くない。弾かれた劣化ウラン弾は硝煙を上げ、使徒の姿を煙幕に包む。
『バカ! 爆煙で敵が見えない!』
ミサトさんの怒号が飛ぶ。だが、こちらとてこの武器を実際に使うのは初めてだ。勝手が分からないものを指示通りに使って、バカと言われるのは筋が通らない。
「ライフルを斉射しろって言ったのはアンタらだろうが。それに、そもそも爆煙が出るなんて聞いて──うっ!?」
ミサトさんに抗議しようとしたが、それを中断されてしまう。使徒が、黒煙の中から光の触手を放ち、初号機の足を巻き取っていたのだ。
『オルガ!』
後方からミカが援護に向かってくるが、その前に初号機が宙へ持ち上げられ、そのまま上空へ投げ飛ばされてしまう。
身体が浮き上がる感覚があったのも束の間、徐々に落下が始まり、俺は山に叩きつけられた。
接地した向きが悪く腹側を地面に打ちつけたせいか、内臓が潰れる感覚とともに視界が暗くなる。ここで気を失っては不味い。止まるんじゃねぇぞ、と呪文のように唱え、強引に意識を引き戻す。
そのまま初号機の上体を起こそうとしたところで、機体の手の近くに2つの人影があることに気が付いた。こいつらは、今朝俺に絡んできた──
『オルガ君のクラスメイト!?』
『何故こんなところに?』
照合が完了し、二人の情報がウィンドウに表示されると共にミサトさんとリツコさんが叫ぶ。しかし、しばしの間とともに状況を整理したミサトさんが指示が出してくる。
『オルガ君、三日月君、二人を回収したのち一時退却。出直すわよ!』
民間人を近くに放置したまま戦えば戦闘に巻き込んでしまう危険があり、初号機はアンビリカルケーブル*2が外れダメージも深刻。バルバトスが使徒と交戦中であるが、音速で飛んでくる光の鞭に防戦一方という状態だ。それゆえ、ここは撤退して態勢を立て直すのがベストだというのがミサトさんの言だ。
──だが、俺はそれに賛成できなかった。この状況で撤退したとしても、使徒は待ってはくれないのだ。初号機はまだ充分に動けるし、ミカとバルバトスも健在である。なにより、絶望的な状況である訳でもなく逃げを選択するというのは性に合わなかった。
「撤退してどうする? どこにも逃げ場なんてねぇぞ、端っからな。」
ミカが使徒を抑えてくれている間に、クラスメイトの二人から慎重に離れる。
『オルガ君、三日月君! 命令を聞きなさい! 退却よ!』
『それが、オルガの命令ならね。』
ミカも二人の安全を見届けたのか、ミサトさんの通信を一蹴し敵の射程外まで距離を取る。
『──次はどうすれば良い? オルガ。』
ミカが問う。だが、その答えは初めから決まっていた。
「足を止めるなァ!」
そうだ。オルガがそう答えるのは分かっていた。ただ、聞いてみたかっただけだ。
オルガの声と共に、バルバトスと初号機で同時に敵への距離を詰める。先程は、敵の目にも止まらぬ鞭捌き──ひょっとすると、あの時の『鳥』よりも速いかもしれない攻撃──に遅れをとってしまったが、今度は違う。オルガと一緒なら、俺は何処へだって行ける。
敵の先制の一閃を、バルバトスを跳躍させて回避する。空中では地上より制動が効かないが問題はない。俺に合わせるように、オルガが
間髪入れずに敵の脳天を叩く。敵の甲殻にヒビが入り、グシャリという音とともにメイスがめり込んだ。
ミカの一撃が決まったのを見て思わず、やったか、と声を上げてしまう。しかし、こういった台詞を放ってしまう時というのは、
次の瞬間、バルバトスは光の鞭で弾き飛ばされていた。
使徒が、頭に突き刺さったメイスを振り払い、のっそりと顔を持ち上げる。奴はまだ動けるようだ。やはり、使徒の弱点であるコアを直接叩かなければ駄目らしい。
しかしこの使徒のコアは、その腹部で、赤く鈍い光を放っていた。すなわち、コアを叩くにはあの光の鞭を掻い潜り、奴の懐まで入らなければならないということだ。
──だとしたら、方法は一つしかあるまい。
「ミカ! 予備の太刀を!」
『オルガ?』
ミカは疑問の声を上げつつも、兵装ビルから専用太刀を引ったくる。
初号機は活動限界まで残り1分を切っている。おそらくチャンスは一度切り。だが、俺とミカにやれない筈がない。
使徒が動く。
「オラァ!」
俺は2本のプログレッシブナイフを、全力で使徒へ投げつける。使徒もまた、2本の触手でそれを薙ぎ払う。同時に俺は、丸腰のまま使徒に向かって突撃した。
プログレッシブナイフを弾いたために後方へと持ち上がっていた使徒の触手には、まさに懐に入らんとしている俺に対して「突き」という選択肢しか残されていない。2本の触手が、初号機の胴を貫く。
──掛かった。どんなに動きの速い攻撃だろうが、その唯一の武器を封じられては手出しはできまい。
使徒が触手を引き抜こうともがくが、俺はフィードバックの激痛に耐えながら、それを気合で押さえつける。
「やっちまえ、ミカアァアアアッ!!」
光の鞭を封じられ、もはや無防備となった使徒の懐にバルバトスが入り込む。使徒のコアはその太刀の一突きに容易く貫かれ、光を失っていった。
『目標、完全に沈黙!』
気を失う前に俺が最後に見たのは、使徒の骸とバルバトスを、仄かに朱がかった太陽が照らしている光景だった。