ホロライブオルタナティブ@upside down 作:風木守人
何かが墜落した。
岩盤にぶつかり、木々を薙ぎ倒し、ようやく止まった彼女は自身の仮面がわりの布や衣服が微塵も傷んでいないことに首を傾げながら、跳び上がるようにして起き上がった。
周囲には人の手が入っていなさそうな鬱蒼とした森が広がっている。
「うーむ、弱った。勝てんかもしれんな」
他でも無い、百鬼あやめである。
「人間様の言っておったスキルとやらは、本当に恐ろしいな」
羅刹と阿修羅、二刀を構えるあやめの目の前には、既に先輩である白上フブキと大神ミオが立ちはだかっていた。
「灼け、阿修羅!」
短い方の刀から、紅蓮の炎がほとばしる。
あやめの斬撃に合わせて飛んでいったそれは、フブキが持つ刀を一振りすると、何か見えない壁に阻まれるようにして途絶する。
その一秒に満たない瞬きの刹那に、ミオはあやめを間合いに収めていた。
刀の間合いより、遥かに近いインファイトの距離だ。
「くっ!?」
あやめはとっさに羅刹の柄で拳を叩き落とそうとしたが、それを読んでいたかのようにミオの拳は止まり、回し蹴りが脇腹に刺さる。
寸前、
「奥の手までバレておるのか!?」
ミオは蹴りが当たる直前に足を止め、バックステップで距離を取る。
その直後、あやめを中心として烈火の如く炎が燃え上がった。
(阿修羅の鬼火は
あやめは突然、地面に阿修羅を突き立てると、残る羅刹を両手で持ってミオに振り下ろした。
しかし、何かに気づいたミオはあやめの攻撃を最小限の動きでかわすと、即座に左へと位置を移動した。突き立てた阿修羅を中心に円を描くように。
直後、ミオが先ほどまでいた場所に、鬼火が背後から着弾し地面を焼き尽くした。
「未来でも見えとるような避け方だな」
阿修羅を引き抜きながら、あやめは振り向くように刀を薙いだ。
しかし、その一撃によって放たれた鬼火は、フブキが刀を一振りすると何も存在しなかったかのように消えてしまう。
見えない何かに阻まれて。
(フブキちゃんもミオちゃんも、スキルとやらを使っているようだな。
フブキちゃんのスキルはおそらく、遠距離攻撃に対する防御。攻撃なら余を直接斬ったり、移動を妨害できるはずだ。
ミオちゃんのはよく分からんが、阿修羅の鬼火を余に伝わせて放つ範囲攻撃や、地下を伝わせ背後から放った鬼火すらかわしたことを考えるに、知覚系の能力らしいな)
あやめは自らの闘志が燃え上がるのを感じる。
それは、鬼としての闘争本能。
思考が加速する。
(……阿修羅は当たらず、羅刹は手加減ができぬ)
達人の領域――不断の努力、武術の才能、戦場の経験。
それらの積み重ねの果てに到達する極地の視界。
感情を排して冷静な自分と、燃え上がる闘争の激情に身を委ねたくなる誘惑の合間に、あやめは冷静さを取り戻す。
(さぁて、ならひとまずはどちらの能力も封じ、純粋な闘争をしようぞ?)
阿修羅と羅刹の二刀流には二つ、フブキとミオを倒すために決定的な弱点があった。
一つは威力が強すぎること、そしてもう一つは射程距離だ。
使い方によっては必殺の威力を発揮する二刀は、相手を撃退するにはオーバースペックであるし、そのために手加減して振えば、ミオに接近されて刀の間合いより内側から殴られる。
ゆえにあやめは二刀のうち短い阿修羅を左手で構え、右手を後ろに引く。
阿修羅で牽制し、打撃で動きを止めるつもりなのだ。
しかし、
(いや、それでも間に合わぬとは、異常だぞ!?)
例えるなら、0.01秒前の大神ミオを斬っているかのように、斬撃が予測をすり抜ける。
それならと、きっさきにこっそり宿した鬼火を撃てば、見てもいないのに避けられる。打った拳が命中する紙一重の距離まで下がって、腕を絡め取られて投げられる。
(弱った。わからぬ)
十数回の攻防を経て、あやめは二人の戦闘能力への評価を上方修正していた。
白上フブキは刀を振ることで、鬼火のような遠距離攻撃を無効化する。しかし、もう一つのスキルは不明。距離をとって様子見をしてくることから、近接戦闘の能力は低いのかもしれないが、あやめの直感は近づくと手酷い反撃を受けそうだと警鐘を鳴らしている。
大神ミオは特殊な強さや武器こそ持ち合わせていないが、達人クラスの攻防の冴えと、初見殺しの技を見切る観察眼を持っている。そして、スキルによるものではなさそうなインファイトの技術には目を見張るものがあり、素の身体能力のバランスがとにかく良過ぎる。
(ならばこそ、奇策が生きよう!)
あやめは突然、ミオの目の前で高く宙返りすると、頭を地面に向けながら鬼火を放った。
案の定、後ろへと回避するミオに内心で安堵しつつ、着地地点に阿修羅を振り下ろす。
実は鬼火はミオを攻撃するためではなく、跳躍距離をかせぐ推進力を得るために放ったのであり、その方向には白上フブキがいた。
振り下される阿修羅。
応じて返す刃。
――ガキン。
重く高い音が響いた。
「ほほう、ようやく届いたなフブキちゃん」
あやめからすれば、異常なミオの回避の正体がフブキの可能性もあったが、この行動からしてミオ個人のスキルの可能性が高いことがわかる。
慌てて追撃をしようとしたミオは、突如バックステップであやめから距離をとった。
(うむ、なにもしようとしとらんのだが?)
あやめが首を傾げた瞬間、雷が落ちた。
否、そう錯覚する速度で上空から誰かが落ちてきたのだ。
「きゃはっ⭐︎」
ほとばしる雷光の如き金の長髪。
浅黒く引き締まった小柄な肢体。
そして、彼女の雷光のような長髪の前で、やや傾いた正眼に構えられた身の丈ほどの大太刀は、雷の如く輝く金の長髪をすら切り裂くかような存在感で、冷たく白銀色に輝いていた。
露出の多い衣装はおヘソや胸元が露出していて、彼女のスレンダーでありながら一部が隆起したプロポーションを隠すには至らない。
「刃鳴りだ刃鳴りだ刃鳴りの音だ!
戦火の産声、干戈の残響! 戦意の咆哮、惨禍の足音!
これこそ戦場、そこに我有り!
――剣豪かたなそ、推参!」
黒い翼をはためかせた天使は、軽薄に酷薄に、しかし薄氷の上に無音で舞い降りるような繊細さで、つと小さな足音を立てて――地上に降り立って、
「かなたちゃん……じゃない余!?」