ホロライブオルタナティブ@upside down 作:風木守人
「くっ、しまったぺこ……」
空中にはりつけにされたウサミミの少女は、眼前のローブ男を見下ろした。
周囲は凄惨な戦闘がくり広げられた跡なのか、地面にはいくつものクレーターができ、火の粉と黒煙が舞っている。
はりつけになった少女はそのウサミミをピコピコさせながら、悔しげに歯を食いしばっていた。
彼女の名前は兎田ぺこら。青白い独特な色彩の長髪を、左右でツインテールの三つ編みにしている。三つ編みには彼女の大好物であるにんじんが突き刺s――あしらわれており、寒色系のファッションに暖色によるアクセントを加えている。全体にふわふわもこもことした衣装と黒タイツから見て、寒さが苦手なのかも知れない。
普段は好奇心に輝く蜜飴のような色の瞳は、今は目の前の男へ悪意の視線を放っていた。
「油断したな。お前が予想してた通り、確かに俺のスキルには、ヒトに対して一切攻撃能力がない。その代わり、融通が利くのさ」
黄色いローブを着た男がウサミミの少女に手を向けると、彼女を拘束するムチ、あるいはツルのような光り輝くそれは、彼女を無理やり正面に向かせた。
さっきまで宙に浮く光り輝く剣のような形状だったそれは、どうやらローブ男の意志によって形も性質も変幻自在に変えるらしい。
「【赤】の奴ほど好き勝手移動できねぇが、戦闘時の速さなら俺が【魔王】の配下でも随一だぜ」
「そんなことはどうでもいいぺこ!」
兎田ぺこらは好奇心旺盛であるとともに、新しい物事へのアンテナが鋭く、敏感に流行り廃りを感じ取れるタイプである。
それゆえに、今の状況が自分だけのものではなく、ホロライブ全体に与えた、もしくは与えかねない影響について即座に考え至ったのだ。
「このヘンテコな世界に連れてきたのはアンタたちだとして、ぺこーらの友達に手を出したらゆるさねぇぺこよ!」
「知らねぇよ。俺はともかく、【赤】や【魔王】は後進育成にご執心でね。文句はあいつらに言え、まあ」
無理やり正面を向かせたぺこらに、男は人差し指を突きつけた。
「言えたらだがな」
コキッ、とぺこらは自分の首が勝手に曲がる音を聞いた。
そして、手足の力が抜けて、ダラリと水死体のように宙に浮かんでいる。
「支配完了っと。何を全く、【あっち向いてホイ】ってのは、少しばかり条件がキツすぎると思うんだがな。魔王様め」
一人で皮肉げに笑った黄ローブの男は、何を思ったのかぺこらの方を向いて続ける。まるで、何かを懐かしんで、誰かの無事を祈るように。
「……すまねぇな、嬢ちゃん。俺たちはお前たちとは違う、ヒトデナシだ。そして、【魔王】は……いや、だからこそ、俺たちはこの世界の敵だ」
赤ローブ男と違い、どこか人情味のあふれる黄ローブ男は、
「定められた最悪最低の【魔王】っつーには、あの野郎は弱すぎるんだぜ」
もきゅっ、と足下から変な感触がして、ぺこらに向けていた視線を切った。
「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」「もきゅっ」
そして、足下に白い獣毛をまとった丸っこい者たちが無数にうごめいているのを見て、絶望する。
「てめぇ、まさかこれを狙って……くっ!?」
突如地面が発光した。
そう勘違いするような絨毯爆撃に近い連続爆発を身に受けて、黄色いローブの男は撤退を決意する。
自らの体を光の球のようなものに変え、自身が出せる最高速度で、ぺこらの攻撃範囲から離脱して逃げていった。
「ふぅ、なんとかなったぺこ」
ぺこらはこの世界で得たスキルが想像通りの働きをしたことに安堵する。アクティブスキル【
アクティブスキル【封閃】は毛玉のような風船を膨らませるスキルのようであり、小さなものなら手指のすきまから、大きなものは口と手指を結んだ先から生成できる。
威力は大きさに比例するが、ぺこらが望む相手以外に影響を与えず、かつ簡単な命令なら群れなす生き物のように長時間操作可能。さらには、大きなものには騎乗して騎馬のように使うこともできる。
ぺこらは自身が敗北して意識を失おうとも、これらの性質が変わらない事に賭け、自分が敗北した後に引き分けに持ち込むつもりで仕込みをしておいたのだ。
もっとも、敵が支配スキルなどという想定外のスキルを持っていることは、黄色ローブ男の独白で理解したのだが。
そして、ぺこらのパッシブスキル【聴き耳】は【封閃】を媒介に音を拾う探知スキルであり、その探索能力は驚くほど高かった。
「……あいつは少なくとも近くにいないはずぺこ」
ふう、と安堵したぺこらは力が抜けたのか、未だ炎がくすぶる地面にへたり込んだ。ついで、空気を詰めた【封閃】を生み出して、寝転がる。
見上げた空は青かった。
「これから、どうすればいいぺこ?」
【封閃】と【聴き耳】を使って周囲の探索と消火等を行いながら、ぺこらは自問自答する。
どうやらここは異世界らしく、ほかのホロライブメンバーもこの事態に巻き込まれていそうである。
(でも、ぺこーらは外に出たくないぺこ)
引きこもりの
ダメ人間の
ぺこらは【封閃】を色々試して、ついにぺったんこなマットを生成する事に成功したあたりでゴロゴロした後、ふと、視線を空から地面に移した。
小さな緑色の芋虫が草を食んでいた。しかし、その草以外にはぺこらが焼き払ってしまったせいか、周囲に見当たらない。
なんとなく責任を感じたぺこらは【封閃】でそっとすくいあげると、その芋虫を戦闘圏外に飛ばした。
(なるほど、こんな芋虫にさえぺこーらが望めばノーダメージになるぺこね)
着地した芋虫は少し驚いたように止まった後、ゆっくりと動き出して近くの草を食んでいた。
いずれこの芋虫も、サナギを経て蝶になり、この空を飛んでいくのだろうか。
ぺこらはそんなことをゆったりと考えながら、現実を受け入れつつ肩を落とした。
こんな小さな虫でも、必死に生きているのだ。
「はぁ……仕方ねぇぺこ! とにかくまずは町でも探すぺこ!」
索敵能力において、ぺこらの【封閃】と【聴き耳】は非常に優秀だ。
【封閃】で作った毛玉に乗って本体のぺこらは高速で移動しながら、周囲にばら撒いた毛玉から情報を収集し、場合によっては爆破して敵を倒せる。
さらにぺこらは先程マットにした毛玉の応用でマントを作り、周囲の風景に溶け込む迷彩を施しつつ、防御力を底上げした。
「ふぁっふぁっふぁっふぁっ! これで無敵ぺこ!」
調子に乗ってるぺこらはさておき、彼女の【聴き耳】が不穏な音をとらえた。
どうやら、これだけの手勢を無視して、さらには隠れているぺこらに一直線に向かってくる何かがいるようなのだ。
ぺこらは周囲に【封閃】による伏兵をばら撒いて、【聴き耳】による情報収集を続けた。
(足音はさっきの黄色いやつより軽いぺこ? あと、なぜか迷わずぺこーらの方に真っ直ぐ走ってきてるぺこ?)
正体不明の相手に警戒を高めるぺこらだったが、その姿が見えてからは杞憂民を笑えないなと、思わず嫌な笑みを浮かべた。
白と赤を基調とした巫女めいた和装は、彼女に神秘性を持たせるにはやや心もとない。なにせ、表情豊かで天真爛漫な彼女は好き勝手動くし、お年玉をカツアゲするし、なんならたまに無駄な奇跡を起こす。
ピンク色の長髪の頂点でアホ毛がひょこひょこと主張しており、黄緑色の瞳は今は目的の兎田ぺこらを見つけた事で嬉しげに輝いていた。
彼女の名前はさくらみこ。
「何言ってるかわからんけどとりあえず可愛いからいいか」と海外ファンの支持も厚く、ユニークな滑舌のせいで動画の字幕が意味不明の言語で表示されたりするだけの、多分正統派なミコさんである。
彼女の自室の加湿器は、「水入れなくても加湿できるはずだにぇ!」と無理難題を押し付けられたりしていた。
機械に奇跡を要求しないで欲しいものである。
「うわぁぁん! うさだぁぁああ!!」
「あっ! ばか!」
「にぇっ?」
ところで、ぺこらの【封閃】がばら撒かれた場所を真っ直ぐ走破するとどうなるだろうか。
先に見た通り、ぺこらのスキルは本人の意思決定から切り離され、オートで簡単な命令をこなす。
ぺこらが望んだ相手にのみ影響を与える効果は、味方へのフレンドリーファイアを防ぐための安全プログラムでもあったのであるが、ソロだと思っていた彼女は、その辺りを設定していなかった。
「えっ、うさだこれなんだにぇ?!」
それはまるで、クッツキムシと呼ばれる実をつける雑草の繁茂する原っぱに突っ込んだよう。
「な、なんだろーなぁ。ぺこーらよくわからないぺこなぁ」
「嘘つくんじゃねーよ! 目を合わせーー」
ちゅどーん。
「にぇぇぇえええ!!?」
開幕即死攻撃を喰らった巫女さんは、あっちゅあっちゅと叫びながら、どこぞの山賊もとい船長と同じようにお空へ飛んで行ったという。