ハイスクールD×N   作:Neverleave

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一か月ものスパン、まことに申し訳ない。
どうにも最近忙しいのでまた遅れたりするかも知れません。


~九話~

 焦燥が、俺の思考を掻き毟る。

 不安が、俺の心を押し潰そうとする。

 絶望が、俺の身体から力を抜き去ろうとする。

 

(なんで……なんで、こんな痛みが……!)

 

 巨大な怪物の口元へ運ばれているという現実と、暗い地中を引きずり込まれているという恐怖が俺の精神を圧迫する中、努めて冷静を保とうとする俺。

 奴らと戦うためには、もうネクサスになるしか方法はなかった。

 だが、ネクサスの光は……もしくは俺の身体は、自身が光の巨人になることを拒むように激痛を俺に与えてくる。

 なぜこうなってしまっているのか。

 その原因に俺は一つの心当たりが……否、それしか思い当たる原因がなかった。

 

(俺が悪魔、だから……ネクサスの、光が……!?)

 

 悪魔の性質。光を嫌い、闇を好むその性質。

 それは好みの問題ではない。彼らの肉体は光に極端に弱く、太陽の光を浴びただけでも倦怠感を感じ、さらに強い天使や堕天使の光を浴びれば四肢が焼かれる。

 食べ物でいうなら、アナフィラキシー反応。自らの意思とは無関係に戒められた、光と共存できない運命。

 今まで共に戦ってきた、ネクサスの光……それが、今じゃ俺を苦しめる、光になっているだなんて……!!

 

「クソッ……クソォッ……!!」

 

 悪態をつきながら、俺はエボルトラスターを鞘から引き抜こうとやっきになった。

 その度に、自分の身体が消滅しそうなほどの衝撃と激痛が、全身を駆け巡る。

 それでも俺は、その光を解き放つことをやめなかった。やめてしまえば、それは俺の仮説を、俺自身が認めてしまうことになるから。

 認めたくなんて、なかった。

 

「がァッ!? お、ご、っ……!!」

 

 俺を引きずる速度は徐々に加速している。あと少しで、俺はバグバズン本体の口内へと放り込まれることになるだろう。

 そうなれば、もう助からない。大人しく、ビーストの餌になるしか道はない。

 このままじゃ……死ぬ……!!

 

「ぐぅ……ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 己の仮説を否定しようとする意地と、死への絶対的な恐怖が俺を急き立てる。

 そうして、激痛を堪えながらエボルトラスターを握る手に力を入れ……俺は、光を解放した。

 眩いほどの光が、俺の手に握られたものから溢れ……俺を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

「放して朱乃! イッセーが、イッセーが!!」

「ダメですわ部長! 闇雲にこの中に入っても、次はあなたが狙われるだけ!」

 

 悲痛な叫びをあげながら、リアスは一誠の引きずり込まれた洞穴の中へと入ろうとしていた。

 オカルト研究部の部員たちがそれを牽制し、説得しようと試みる。が、リアスはどれだけ言われようと彼らの言うことを聞かない。

 

「部長、相手の正体が掴めないまま無闇に戦いを挑むのは危険です! あなたまで犠牲にするわけにはいかないんです!」

「だったらイッセーはあの化け物の餌になればいいというの祐斗!? こうしている間にも、彼は危険な目にあっているというのに、私だけ逃げるなんて冗談じゃないわ!」

 

 木場は苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。

 リアスの家系であるグレモリー家。大悪魔の由緒正しき家紋であるその一家は、深い情愛を持って眷属を慈しむ。

 なってまだ日が浅いとはいえ、下僕となった一誠は彼女にとって家族にも等しい存在だった。

それだけではなく、一誠は身を挺してリアスを救った。本来ならば地中に引きずり込まれているのは自分であったかもしれないのに、一誠は咄嗟に彼女を庇ったのだ。

 自らの身が危険だからという理由で一誠を見捨て、自身はおめおめと引き下がるという選択肢を、彼女が拒むのも無理はなかった。

 

 ――だが、今は状況が状況なのだ。

 木場とて、同じ学年の友人であり同じ眷属である彼を見捨てたいとは思わない。しかし下僕として、木場には王たるリアスを守る義務がある。己の、そして王のものとはいえ、私情でその責務を放棄するわけにはいかない。

 一誠が守ってくれたリアス。それをまた、みすみす危険に晒すことなど言語道断。

 悔しいが、ここは退くしかない。

 

「部長、あなたも見たでしょう。あの触手はとんでもない速さで動きまわることが出来る。それはきっと、地中であっても同じ……あんな速度で逃げられたら、僕たちでも追いつけないんです」

「追いつけないからって……!」

「僕だって諦めたくなんてありません! 彼は友達です。そして、僕たちの主であるあなたを守ってくれた仲間です。だからこそ……ここであなたを逃がさなければ、彼の意思は無駄になってしまう!」

「……ッ!!」

 

 もっともな内容だが卑怯な言葉だと、口にしながら木場は思う。

 自分の文句は聞こえはいいが、とどのつまりは『一誠を犠牲にして生き残ってくれ』と言っているようなものだった。

 絶望的な確率ではあるが……まだ一誠は、生きているかもしれない。ここにいる全員の総力をあげれば、もしかすれば彼を助けることができるかもしれない。

 だが、それはあまりにも確率が低すぎる。彼が生きているからといって、自分たちの被害もなく彼を救い出すことなど不可能に近いのだ。

 これ以上の犠牲を出すことなく、撤退する……悔しいが、彼らに出来る最善の選択はそれしかなかった。

 

「~~~~~~~~~~~~~~っ!!」

 

 絶叫したくなるところを堪え、うめき声にとどめるリアス。

 自身の未熟さが生み出した最悪の事故。己の力不足ゆえに、新しく出来た家族同然の者を失ってしまうこととなった。

リアスはここで、決断をするしかなかった。

 王たる者としての責務か。優しき王であるがゆえに手放したくない大切な下僕か。

 こうしている間にも、ひょっとすればあの化け物は自分たちのところへと再び迫ってくるかもしれない。行動を躊躇い浪費する時間など、ありはしなかった。

 数瞬の思考の後に、やがてリアスは――

 

「……全員……退……」

 

 断腸の思いで、リアスの口から言葉が紡ぎ出されようとした。

そのとき。

 

 カッ――!! と。化け物が出現したその洞穴から、赤い光が煌めいた。

 

「ッ!!??」

 

 太陽よりも眩いとすら思える強烈な閃光。

 その瞬間。強大な光の波動を、その場にいた全員が感知する。

 自分たちの存在そのものを焼き尽くすような荒々しい輝き。しかしそれでいて、闇の眷属たる自分たちですらも安らぎを覚える優しき力。

 神の慈愛と絶対的な力が両立したようなこの波動は――数日前に自分たちが感じた、光の波動と同じものだった。

 

「な……なに……!?」

「これは……!!」

 

 オカルト研究部の部員たちは口々に驚愕の言葉を漏らし、同時に警戒する。

 洞穴から零れる光の輝きは徐々に強くなり、それとともに再び地響きが訪れる。やがて目がくらむほどの閃光となってその空間を照らし出すと、振動はもはや立っていられないほどにまで大きなものへと変化していた。

 そして。

 

『デヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 腹の底から揺さぶるような雄叫びが響き、途轍もないパワーが大地から出現する。

 赤き光の球体が、巨大な影とともに地面を突き破ってその姿を現した。

 光球とともに……いや、正確には光球に弾き飛ばされるように姿を現した巨大な影は、特撮映画にでも出てくるような巨大な怪物だった。

 まるでそれは、四肢を持つ肉体にカブトムシの幼虫を頭に付けたような醜悪な容姿。頭から尾にかけては昆虫の外骨格のようなものに覆われている。よく見れば尾にも頭はついており、それは一見するとイナゴの頭部が巨大化したかのようだ。

 見る者に嫌悪感を抱かせる醜い巨大甲虫は、地面をのたうち回る。その眼前の空中で停滞する赤い光球から、『それ』は姿を現す。

 

「あれは……なに!?」

「とても大きい……それに、あの力は……!」

「……光の……巨人?」

 

 銀の皮膚。乳白色に光る双眼。その両腕に手甲を装着し、仁王立ちして怪物を睨むその巨人は、まさに神の如き威光を放つ。

 銀色の巨人、ウルトラマンネクサスが……リアス=グレモリー率いる悪魔たちの目前に、降誕した。

 

『シェアアアッ!!』

 

 新入部員一名が怪物に捕えられたこの時に、突如として出現した光の化身。

 オカルト研究部のメンツが不安とともに疑問を口にする中、巨人は厳然として怪物を睨み、双腕を前に出して構える。

 対するバグバズンも立ち上がると巨人と対峙し、その両手に生えた鋭い爪をギラリと光らせる。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 声――もしかすると鳴き声、なのかもしれないが、人の姿をしていたためにそう感じた――を張り上げ、巨人は甲虫の怪物の元へと走る。

 バグバズンはそれを迎え撃つように自身も駆け出し、真っ向から巨人と衝突する。

 ドンッ!! と巨躯と巨躯がぶつかる打音が轟く。巨獣と巨人の激突した場所で大きく粉塵が舞い、尋常ではない質量を持った物体同士が交差して生み出すエネルギーは、地響きを招いた。

 

「くっ――!!」

 

 足元を揺さぶる振動をかろうじて堪えるリアス=グレモリーとその眷属たち。

 巨人はバグバズンと密着するとその巨体を両腕で掴み、膝蹴りを腹部に喰らわせる。

 至近距離からの打撃に怯むビースト。ネクサスはその隙を逃さずに左フック、右のアッパーを続けざまに顔面へと撃ち込んだ。

 

『ギギャッ!?』

 

ドンドンッ!! とまるで爆弾が炸裂するような打撃音が響く。巨人の鋭いパンチを喰らったバグバズンはたまらず悲鳴をあげた。

 反撃をするべくその鋭い爪で斬り裂こうとするも、ネクサスはビーストの手を肘で受け止め、カウンターのボディブローを叩きこむ。

 身体をくの字に曲げて下がる巨獣。すかさずネクサスは跳躍し、跳び蹴りをバグバズンの顔面へとお見舞いした。

 

『ギギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 耳の奥をかき回すような甲高い金切声をあげ、大きく後ろへ吹っ飛ばされる巨獣。

 その巨躯が背中から山の斜面に倒れ込み、再び大地に激震が走る。

 

 

「す……すごい!」

「……戦い方が、上手い……!」

 

 思わず木場と小猫は驚愕の言葉をあげる。

 彼のみならず、その戦闘を見守っていた全員が彼と同じく仰天している。

 あれほどの巨体であるというのに、光の巨人は軽いフットワークと重い拳、脚撃で敵を圧倒している。そういった戦いの経験が豊富なためか、怪獣の方は反撃する暇もない。仮に出来たとしてもそれも巨人の計算のうち。簡単に躱され、痛烈なカウンターが返ってくるのだ。

 それは我流でありながら、まさに鍛え抜かれた熟練の技。特に素手による接近戦を主体とする小猫は、如何に巨人の戦法が効率的で見事なものかを理解し、魅入っていた。

 

 パワー。スピード。テクニック。あらゆる面において、巨人は凄まじい能力を秘めているのだ。

 

「あの巨人はいったい何者なんでしょうか……あんな力を持つ存在なんて、記録にない……」

「天使? それとも堕天使? あんな光の波動、感じたこともありませんわ……」

 

 木場と姫島が疑問を漏らし、思案顔になる。

 悪魔である彼らは、敵である天使と堕天使の勢力についても精通している。

 大戦争を三大勢力で繰り広げたこともあって、それぞれは互いがどのような戦力を保持しているのか、記録を持っているのだ。

 だが、あんな存在はそのどの記録にも存在しない。あの光を察知したときから、再び遭遇した時のためにと様々な文献を調べてみたが、あんな凄まじい力を持つ巨人などというものはどの資料にも載っていない。

 だとすれば、あれはいったいなんだ? どうしてここに現れた?

 あの巨人は、味方なのか? それとも……

 そんな思考が彼らの脳内で行われていた、そのとき。

 

『ウオ……グゥッ……!!』

 

 突然、光の巨人が呻き声をあげて屈みこんだ。

 

「……?」

「どうしたんでしょうか?」

 

 巨人は肩を大きく上下させ、胸元に手をあてる。

 あの化け物によって傷を負わされたような瞬間も何もなかったというのに、その様子はまるで苦しんでいるかのように見えた。

 そして。巨人の胸部に存在するY字状のクリスタルが、突如として警戒音のようなものとともに点滅を始めた。

 

「――ッ!?」

 

 その途端に、全身に纏っていた光はみるみると輝きを失っていき、波動も弱々しいものへとなっていく。

 ふらつく足でなんとか立ち上がる巨人だったが、その姿には覇気もなく、疲労と苦痛の色が見え隠れしている。

 巨人の変化に戸惑いを隠せない部員たち。何が起こったのかはわからないが、巨人が弱っているということは目に見えて明らかだった。

 

「部長、どうしますか。もしかすれば、このままでは巨人はあの怪獣に負ける可能性もあります。加勢しましょうか……部長?」

 

 怪獣が一誠を喰らおうとしたという事実、その怪獣と巨人が敵対関係にあるという現状から、あれは自分たちの味方ではないかと木場は考えていた。

 もちろん自分たちは闇の勢力側に存在する者達であるし、もしかするとあの巨人は怪獣を倒した後は、自分たちを消そうと襲い掛かってくるのかもしれない。自分の思考が希望的観測であることも考慮して、自分の主人に意見を求めようとした。

 が。

 

「…………ぁ……っ」

「部長……?」

 

 小さな声をリアスが漏らす。それを耳にした部員たちは振り返る。

 そして、彼らは見た。

 

 

 

 恐怖に目を見開いた、主人の顔を。

 

 

 

「ッ!! 部長!?」

「どうしたんですか、部長!?」

「リアス、しっかり!」

 

 息を呑み、慌ててリアスに近づく木場たち。だが、声をかけてもリアスは気づかないのか、彼らの呼びかけに応えない。

 呼吸は荒く、身体は震え、視線は巨人に釘づけになり、目は恐怖に見開かれている。

 恐ろしさのあまり動けないのか、視線は巨人に釘づけになっていた。

 

 

 

――どうした? そんなもので終わりか?――

 

 

 

「……ぁ……れ、は……」

 

 

 

 ――つまらんな。人より少し力があるだけで、結局はか弱い存在であるのには変わりない――

 

 

 

 地獄の底から聞こえてくるような、歪んだ低い声。

 頭の中で反響するそれはリアスの思考を引っ掻き回し、彼女から理性を根こそぎ奪い去る。

 残された本能は警鐘を鳴らし、恐怖を呼び起こして彼女の心を侵食していった。

 自身を呼ぶ声も、轟く戦闘音も何もリアスには聞こえない。

 彼女が知覚するのは、背筋を走る悪寒と……忙しなく伸縮する、心臓の拍動だけだった。

 

 

 

 ――沈んでみるか? 何者もお前を救うことのできない……光の届かぬ深淵の闇へ――

 

 

 

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 突如として姿を現した、光の巨人。

 それはリアスの記憶の断片を揺り起こした。

 圧倒的な力と、何よりもどす黒く邪悪な意思。

 過去と現在の境界を見失った彼女の心は、記憶によって蝕まれていった。

 

 

 

 

 

 

 危機的な状況の中、力技とも言える方法でエボルトラスターを鞘から抜き放った一誠はネクサスに変身し、ビーストと戦闘を行っていた。

 格闘戦で優位に立ち、敵を圧倒する一誠だったが……彼の心に、余裕はなかった。

 

(く、そ……ッ! なんだっ、てんだ……こりゃあ……!!)

 

 跪き、心臓を襲う苦しみに悶える一誠。

 ネクサスに変身してから絶え間なく彼を襲う、痛み。

全身を焼かれるような激痛。自分の身体が徐々に崩壊していくような錯覚。

 動くたびに自分の身体がすり減っているかのような感覚を覚え、少しでも気を緩めれば自分と言う存在が消えてしまうかのような予感を一誠は感じていた。

 

 戸惑いが彼の思考と精神をかき乱す。

なぜ? どうして? ネクサスになることが、こんなにも苦しい?

 返答などあるはずのない疑問の羅列。心の中でふつふつと浮かび上がるその疑問の答えに、しかし一誠は心当たりがあった。

 否。それ以外に、答えとなるものが思い浮かばなかった。

 自身が生まれ変わった種族、悪魔。

 ネクサスに変身するということはとどのつまり、神の如き光の波動をその全身に纏うこと。

 光を毒と感じてしまう彼らが、もし自分のようにネクサスに変身しようとすればどうなるか。

 答えなど決まっている。一瞬にして、彼らはネクサスの波動により消し飛んでしまうことだろう。むしろ今の一誠のように、わずかでも自身の肉体を保持することが出来ていることこそ奇跡に等しい。

 人間であった頃に、光の巨人になっていたことで耐性が出来ていたのか……それとも彼の中にあるネクサスの意思が、彼を消滅させまいと守ってくれているからなのか。

 どちらかなのか、それともどちらとも違うのかなどわからないが……今の一誠にわかることは、三つ。

 

 一つは、俺がジュネッス・レッドドラグーンにはなれないこと。

 一つは、長時間の戦闘は自身にとって危険であること。

 一つは、すでに限界に自身が達しようとしていること。

 

 彼がジュネッスになるためには、ドライグのサポートを得て安定した状態になった『赤龍帝の籠手(ブーステッドギア)』が必要不可欠だ。ドライグなき今、ジュネッス・レッドドラグーンになろうとしたところで暴走する龍の力を制御できず中断するだろう。

 そして、もうエナジーコアが点滅している。ジュネッス・レッドドラグーンの持つコアゲージも同じく限界を知らせるための警報ではあるが、あれはあくまで『メタ・フィールドをいつまで維持できるか』を知らせるためにあるものである。

 エナジーコアが知らせるものは、変身者の『命の危機』。この点滅が鳴りやんだその時……それとともに、彼の命は尽きる。

 戦い始めてからまだ一分ほどしか経過していないというのに、もう彼の身体は瀕死にまで追いやられてしまっていた。

 

(……はやく、勝負を決めなきゃ、な……!!)

 

 一刻も早く、あのビーストを倒して変身を解除しなければ。

 さもなくば、逃れようのない消滅の運命を自分は辿ることとなる。

 ふらつく足取りで立ち上がる彼は、自分の前方にいるビーストを睨みつけると必殺の一撃を放つべく力を込める。

 居合切りの構えの如く両手を構え、アームドネクサスに光のエネルギーを充填させる。

 やがて光の力が双腕に溜まり、手と手の間の空間に青い稲妻が走り出す。

 

(喰らい、やがれェ……ッ!!)

 

 『クロスレイ・シュトローム』発射の準備が完了したその手を、一誠はビーストに狙いを定めて十字に組んだ――

 

 

 

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

 ――その瞬間。甲高い悲鳴を一誠は耳にし……ドンッッッ!!!! と自分の右肩部にて、爆発が発生した。

 

『グアッ!!??』

 

 不意打ち気味に放たれたその爆撃を受け、ネクサスは苦悶の声をあげて怯む。

 右肩に焼け付くような激痛が走り、衝撃が皮膚と肉を突き抜け骨を駆け抜ける。

 充填が完了していたはずのエネルギーは行き場を失い、霧散するようにその両手から大気へと散ってしまった。

 いったいどうして爆発が起こったのか、という疑問が一瞬脳裏をよぎる。しかしそんなものよりも今の一誠にとって気がかりだったのは、絶叫の声を上げた人のことだった。

 

(なん、だ……いまの……悲鳴……?)

 

 もう自身の五感など正常に機能していないようなものだが、聞き間違いでなければ今のは人の……女性の叫び声のようなものだった。

 いったいどうしてそんなものが、と声の聞こえてきた方向へと一誠は振り向く。

 そして……その乳白色の双眼が声の主を見つけたその途端……彼の思考が、白く弾け飛んだ。

 

 

「――部長!?」

 

 

 そこにあったのは。

 光の巨人へとその掌をかざす、紅髪の少女の姿だった。

 

 

(部……長…………?)

 

 驚愕したように、彼女を呼び止める金髪の青年の姿が視界に入る。

 彼と同じ駒王学園の制服に身を包み、紅色に煌めく長い髪をたなびかせるその人は、明らかに彼の主人となった悪魔であった。

 人を惑わす存在でありながら誰にでも優しく、温かく、まるで姉のように親しく接してくれる少女……彼がその視界に捉えているその人の顔は蒼白になり、光の巨人となった一誠を恐怖に見開いた目で見つめている。

 まるでそれは……彼が打倒そうとしているその怪物などよりも恐ろしい、バケモノを見ているかのような目。

 ドクン、と。心臓が痛いほどに大きく重く、鼓動する。

 …………今の、爆撃は…………ひょっとして、彼女が…………?

 

 ――なぜ?

――どうして?

――今のは、俺に向けて放ったのか?

――間違いじゃなく……俺を、狙って……?

 

(あ……ぁ…………)

 

 痛みが、消し飛んだ。

 そしてそれに取って代わるかのように、絶望が彼の心を黒く染めていった。

 それは彼の中で鉛のように重く沈みこみ、耐えがたい重圧を彼の精神に与える。

 現実から意識は離れ……ただただ、子供の頃に経験した、最悪の出来事だけが何度もフラッシュバックする。

 紅い髪。青い目。憎悪と恐れにまみれた視線。そして――

 

 

 ――来ないでっ、化け物ぉーーーーーーーーーーーーーッ!!――

 

 

 ――耳にこびりついて離れない、少女の悲痛な叫び声。

 

 

「キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

『ッ!!??』

 

 

 至近距離から耳に飛び込んでくる、怪物の叫喚。

 現実から離れていた一誠の意識はそれによって無理やりに戻され、襲撃に備えるべく構えた。だが、すでに敵はすぐそこにまで迫っていた。

 振り向いたその瞬間、バグバズンの鋭い爪が振り下ろされ、ネクサスを胸から腹にかけて引き裂く。

 

『ガアッ!!』

 

 身を斬り裂かれる痛みにたまらず呻くネクサス。すぐに防御か反撃をしなければと思っても、光による悪影響を受けた身体と精神的損傷(トラウマ)を抉られた精神では思うように反応できない。

まるで今までのお返しと言わんばかりに、バグバズンはその爪を何度もネクサスの肉体に叩き付けた。

 

『ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 爪が巨人の身体を傷つけるたび、光の粒子が火花のように白く弾け飛ぶ。

 吹き飛ばされたネクサスは背中から地面に倒れ、苦痛に悶える。

 エナジーコアの点滅は間隔がより狭まり、見ているだけで焦燥感を煽られるほどにまで早まっていた。

 ただでさえ戦うことのできる時間は少ないというのに、損傷を負ってしまったがためにエネルギーが消費され、制限時間はさらに縮まってしまう。

 いやそれ以前に……果たしてここから立ち上がることさえできるかどうか怪しいところにまで、一誠は追いつめられていた。 

 

(ク、ソッ……こんな、ところで……!)

 

 自分ではどうしようもないことであったのはわかる。

 しかしそれでも、戦闘の最中に敵から注意を逸らすという愚行を、こんな時にしてしまった自分が歯がゆい。

 

『ウ、グゥ……ッ!!』

 

 身体を起こそうとするが、腕にも足にも力が入らず途中で態勢が崩れてしまう。

 立たなければ。立ち上がらなければ。

 自分が倒れてしまえば、もうあの化け物を止めることが出来る者は誰もいなくなってしまう。そうなれば、リアスも木場も、小猫も、朱乃さんも……全員、あのビーストに殺されてしまう。

 そうなれば……そうなってしまったら……!!

 

 ――守って……どうなるんだ?――

 

 ふと一誠の脳裏を、そんな言葉がよぎった。

 悪魔たちを……リアスたちを守って、いったい一誠は何を成し遂げることができる?

 こうしてあの巨獣から悪魔たちを守護した一誠は……いったい何を得ることが出来る?

 ここでヤツを倒したとして、一時の平穏――それも、光と帝王である自身の正体を必死に隠さなければならぬ、心休まることない日々が舞い戻るだけ。

 光に耐えることのできぬ肉体に鞭打って、必死の思いでビーストを倒したとしても……彼に安らぎが訪れることはない。

 それどころか、こうして負傷した身体を見た部員たちは何を思うだろうか?

 『光の波動をずっと浴び続けていたかのような』負傷をした一誠を、心配するのか?

 それとも……『光の化身に変貌していたのではないか』という疑念を抱くか?

 

 もし疑念を持たれ、自分の正体が明かされてしまった場合……どうなるか。

 今までは、可能性でしかなかった。だが、もう確信が出来上がってしまっている。

 ……自らの主人によって、殺されるという確信が。

 

 ――それならばいっそ……みんなを見捨てて、逃げた方が――

 

(……ッ!!)

 

 思考を払うように、頭を横に大きく振る。

 それはきっと、人の邪念とも言えるその思い。人間、いや、高度な知能を持つ存在ならば誰しも抱いてしまう邪な考え。

 一瞬であっても彼の思考に姿を現したその思いは、彼の信念と決意を根元からぐらつかせるには十分なものだった。

 エナジーコアの点滅は徐々に早まり、焦燥と絶望がじわりじわりと心を侵蝕していく。それとともに肉体からは力が抜けていき、痛みが彼の感覚を支配する。

 耳が捉える警戒音と倦怠感、そして戦う意味の喪失は、彼の心を蝕んでいった。

 

(く……そ……)

 

 立ち上がることもできない。戦うことも、もう出来そうにない。

 満身創痍になった彼が出来ることはただ一つ。ビーストによってトドメをさされるのを、待つことだけ。

 ……いや、それ以前にネクサスの光で消えてしまうのかもしれない。

 どちらが早いか。ただそれだけのこと。

もう……ダメだ。

 

(……ちく、しょう……)

 

 水に溶けていくように、意識がおぼろげになっていくのを一誠は感じていた。

 どうしようもない睡眠欲が、ゆっくりと一誠の瞼を降ろそうとする。

 それに抗う力も意思も、もう彼には残されていない。

 欲求に従うまま……一誠は、目を閉じて…………

 

 

 

「きゃあああああああああああああああっ!! 誰かあああああああああああっ!!」

 

 

 

 そんな時。どこからか聞こえてきた、助けを求める甲高い悲鳴。

 それは女性のもの。しかし、リアスや朱乃、ましてや小猫のものでもない。

 ならばいったい誰のものだ……薄れゆく意識の中、首だけを動かして一誠は声の上がった方向を見る。

 

 人々の住宅街から離れた場所。

 住人達は眠りについているのか家の中は真っ暗で、ただ街灯と月だけが光源となった場所からは少し離れ……はぐれ悪魔の住処だった廃屋のある、山へと入る道の入口……そこに、一人の人間がいた。

 教会の関係者であるためからか、頭から白いフードを被り顔は見えない……しかし声からして女性であろうその人のところへと、ビーストが迫っていた。

 

(―――――――――――ッ!!)

 

 その光景を見た途端、一誠の脳内で思考が邪念とともに消えた。

 痛みも倦怠感も、全てが彼にとって意味を失う。疲労していたことなど嘘だったかのように、足に力がこもる。

 そして、光の巨人が立ち上がった。

 

『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 自分の中に残った僅かな力を絞り出すように、怒声を張り上げ走るネクサス。

 疾走する巨人はビーストに追いつくと、その尻尾を両手で掴んで引っ張った。

 

「ギャギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!」

 

 ご馳走にありつこうとしていたところを妨害され、憤怒し叫ぶバグバズン。

 次の瞬間、バグバズンの尻尾の先端がカチカチと顎を鳴らし、ネクサスの腹部に噛みついた。

 

『グオッ!?』

 

 鋭く尖った顎は深く深く巨人の腹に突き刺さり、なおも体内へ侵入しようとする。

 新たに襲い掛かる痛み。だが、こんなものは今の一誠にとって全く意味をなさなかった。

 

『グゥゥッ……コオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 噛みついて離れないというのならば、それでいい。

 ネクサスは気合のこもった雄叫びをあげながら、その凄まじい膂力にものを言わせてビーストの巨体を持ち上げる。

 

「ギィッ!?」

 

 ジュネッス・レッドドラグーンにならずとも、もとよりネクサスのパワーは強靭だ。ビースト一体を腕力で浮かせることなど造作もない。

 自分の頭上へとバグバズンを持ち上げたネクサスは……そのまま、背中から倒れ込むようにビーストを地面に叩き付ける。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!??」

 

 自身の体重と遠心力による衝撃をもろに受けたビーストは絶叫する。

 尻尾の顎をネクサスから離すと、その場から逃げ出そうと翅を広げて羽搏いた。

 すぐさまネクサスは立ち上がると、飛翔し逃亡を図るビーストを睨みつけ、居合切りの構えを両手で行う。

 強大な光のエネルギーがネクサスの両手に充填されていき、放電現象が発生する。

 十分な力が込められたとわかると、光の巨人はその両手をバグバズン目がけてクロスさせた。

 

『デヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 咆哮とともに、『クロスレイ・シュトローム』がアームドネクサスから発射される。

 放たれた光線はバズバズンの片方の翅に命中し、大きな損傷を与えた。

 飛翔能力を失ったバズバズンは重力に従って落下し、大地へと激突。粉塵が盛大に舞い、激震が地面に走った。

 山の木々が騒めくだけの、静寂が訪れる。

 手ごたえはあった。しかし、それで本当に倒すことが出来たのか、確信がない。

 それから数秒が経ち、数十秒が経ち……それでも巨獣が立ち上がる様子が伺えないことで、ようやくビーストを下すことが出来たのだと理解した。

 

 ……倒した。

 その事実だけを確認すると、一誠は眠るように意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

「……これは……いったい……」

 

 シスターの服装に身を包む女性は、唖然として目の前の光景に目を奪われていた。

 高層ビルほどはあろうかと思うほどの体長を誇る、グロテスクな外見をした蟲のような怪獣。

 そしてその怪獣を相手取り、苦戦を強いられながらも見事に討ち取った光を纏う巨人。

 自分が怪獣に襲われようとしたその途端、鬼気迫る勢いでそれを阻止し、必死になって守ろうとしてくれた。

 怪獣はその猛攻撃に恐れをなしたか逃げ出そうとして……でもそれを許さぬ追撃を、巨人は行った。

 その両腕から発射された光線は恐ろしい破壊力を秘めながらも鮮やかに煌めき、どこか神聖な力であるかのよう。

 

 ……その一連の光景はまるで。神が人を守るべく悪魔を殲滅せんとしているかのように思える行為。

 

「……あなたは……神様ですか……?」

 

 聞こえているかどうか、そして言葉を理解しているかどうかすらわからなくとも、彼女は問わずにはいられなかった。

 巨人は、小さな小さな少女の声に応えることはなく……幻のように、スゥッと消えた。

 

「あ……」

 

 そしてその巨人が消えた瞬間。一つの赤い光球が現れ、ふわりと地上に舞い降りた。

 そう遠くない場所に現れたその光球に向かって、少女は駆け寄る。

 とても強い光。太陽のように眩い輝きを放つそれはしかし、それを浴びる少女に安らぎと温かさを与える。

 光球はやがて、一際大きく煌めくと消えた。

 代わりにそこに現れたのは、学校の制服を着た一人の男の子。

 少しツンツンと尖った髪型をしているのが特徴的な彼は蒼白になり、死んだように静かに横たわっていた。

 

「――ッ!! 大丈夫ですか!?」

 

 

 

 

 これは、偶然なのか。それとも運命か。

 傷つき、倒れた一誠の傍に現れたのは、誰よりも優しく、誰よりも慈悲深い少女。

 一時は聖女と慕われ、尊敬されたシスター。アーシア・アルジェントだった。

 




私としてはさっさとライザー編まで突入したい也。
なのに進まぬ私の筆。嗚呼、申し訳ない(´・ω・)
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