こんな調子でマジで大丈夫か?
「おいイッセー! 見ろよこれ、この女優とかもうおっぱいすごくね!? このデカさ神レベルだってマジ、祀られたっておかしくねーだろこれ!」
「バッキャロウ、そのおっぱいよりこっちのがフォルム美しいだろが! 見ろこの造形美、これぞまさにルネサンス時代に生まれていれば喝采の嵐を受けたであろうこの美乳!」
「んぁあ~……ふわぁぁ……」
駒王学園二年生のとあるクラスにて、その会話は繰り広げられていた。
たった一人の男子生徒が座る机には、うつ伏せになって眠る青年。彼を挟むようにスキンヘッドが特徴的な青年と、眼鏡をかけた青年とが迫り、卑猥な雑誌を広げて眼前へと押し込んでくる。
鬱陶しそうに青年はそれを押しのけ眠ろうするが、「なにしてんだテメー!」「この光景を見ずして寝るなどそれでも日本男児か!」などとわけのわからぬ罵倒を浴びせられては快眠することなどできない。
すでに周囲の一般生徒たち(主に女子)は彼らから距離を置き、遠い場所からその成り行きを見守っている。
心底うんざりしたように重い瞼を開け、欠伸をしながら背を伸ばす青年。その途端にスキンヘッドと眼鏡の二人は、眼球の奥にまでねじこまんとばかりに雑誌を広げて彼に迫り、「どっちだ!?」「どっちが一番だ!?」と鬼気迫る勢いで訊ねかけてきた。
二人から雑誌をそれぞれ受け取った青年はチラとその中身を眺めると、
「……………………はっ」
相手を小馬鹿にしたように鼻で笑う。それを見て憤怒したスキンヘッドと眼鏡だが、それは次の青年の行動によって悲嘆の表情へと変貌することとなった。
パタン、と閉じられると、ポイポイッ、と二連続で一誠の手から投げ放たれる十八禁雑誌。二つは閉じた状態のまま美しい放物線の軌道を描き、綺麗にゴミ箱の中へと投下されていった。
「あ、掃除当番さん。そのままお願いしま~す」
呼びかけとともに容赦なく持ち運ばれていくゴミ箱。
「キサマァァァァァァアアアアア!!」「それでも男か! この悪魔がァァァァァ!!」と目を血走らせ怒声を発するも、運搬されていくそれがやはり気にかかるのか、それだけ言うと叫び声をあげながら宝物の奪還へと移行するスキンヘッドと眼鏡。
瞬間、教室内にて紙を切り裂くような甲高い悲鳴が響き、そこにいた全員が二人の進路を避ける。特に女子の反応速度は凄まじく、猛スピードで迫る二人から電光石火の速度で逃げていた。
一方で一部始終を見届けた青年は安堵したように表情を綻ばせ、訪れた平穏を享受する。
「奴らに乳道の真理を悟ることはまだ早いか」
こいつもこいつで何言ってんだとツッコまれかねない発言を残し、青年は夢の世界へ羽ばたく準備へかかる。「おい、今日のイッセーなんか変だぞ!?」「おかしいわ、変態三人組が仲間割れだなんて!!」「これから槍の雨が降りそうだぜェ……」などといった不届きな会話が途切れ途切れに彼の耳に飛び込んでくるが、絶賛睡魔に襲われ中の青年にとってそれはどうでもいいことでしかなかった。
今日は少しだけ様子が違うものの、これが兵藤一誠の日常である。
スキンヘッドで一見すると爽やかなスポーツ青年だというのに、呼吸をするようにセクハラ発言を連発する変態、松田。
眼鏡を通して女子のボディを数値化する、いろいろと人として間違った神業をもつロリコン、元浜。
そこに末期症状レベルの胸フェチたるエロの権化、兵藤を筆頭として、彼らは『変態三人組』と呼ばれていた。人生壊滅級の蔑称なのだが、そこはさすが変態の化身。なんと多勢を目の前にして開き直り、あろうことか表記できぬほどの壮絶なR-指定発言をマシンガンの如く連射し、女子生徒たちに重度の
もしその場で録音などされていたら何年間塀の向こうで人生を過ごすことになるかもわからない。思い返せばゾッとするが、そのときの本人たちの言葉は、「わが人生に一片の悔いなし」。もはやどんな名医であろうとも彼らの脳を修正することなど不可能だと確信され、全校生徒から忌み嫌われる存在となり果ててしまっていたのだった。
『……いつもながら思うことだが、お前らがなんでそうまでして言い争うのか俺には理解できん』
「(おめーも修行不足だなドライグ。今日は一晩中過激な内容のAV見ながら特訓するの確定ね)」
『いやもうそれはマジでやめてください赤龍帝としての面目とかが丸つぶれになるから頼みます』
誰にも聞こえぬほどの小さな声で、一誠はドライグと会話する。
このように不名誉極まりない学園生活を送ることとなった一誠だが、彼自身に不満などありはしない。彼は自分がやりたいように振る舞っているだけであって、それに文句をつけてくるのならば関与してくるな、というある種ドライな感性の持ち主なのだ。実際に付き合ってみれば松田と元浜は普通にいい奴らであると確信しているし、彼らと過ごした最初の一年間は一生に残る宝物だろうと思っている。本当の意味で、彼は何も後悔してなどいない。
このまま、この平穏が続いてくれさえすれば。
「(……ところでドライグ。近頃あいつらの活動が活発化してきてないか?)」
『俺もそれは思っていた。何かしらの前兆なのかとネクサスに聞いてみたんだが、それは本人もわからんの一言だしな……あいつがわからないのに、俺や相棒に見当がつくはずもない』
「(……俺、まだネクサスと会話したことねぇや。いいなぁドライグ)」
『といってもあいつは本当に無口だからな。俺も数回しかあいつの言葉を聞いたことがない』
ハァ、とため息をついて落胆する一誠。
彼が睡眠不足に陥っている原因。それが人間を捕食せんと活動する猛獣たちを殲滅するためなどと、いったい誰が予想することなどできるだろうか。
子供の頃から奴らは様々な場所に出現しては人間を食おうと暴れ回ってきたが、ここ最近は殊更にその傾向が強くなってきた。おかげでプライベートも鍛錬もままならず、人目を忍んでの戦闘ばかり。眠る時間など、まるで与えられなくなってしまった。
「(あ~クソッ。あの野郎ども、こっちは一人しかいないってのにじゃんじゃん湧いて出てきやがってよぉ……こちとら毎月のエロ雑誌も読めず積まれていくばっかなんだからな)」
『いいじゃないか。そのまま買うのやめろよ、金の節約になるぞ?』
「(俺に死ねというのか)」
『そこまで言ってない』
冗談なのか本気なのかわからぬ言葉を発する一誠を、精神世界から冷めた目で見つめるドライグ。なんというか、エロに関してはとことんぶれない男だ。
呆れたように嘆息すると、ドライグは一誠に訊ねかける。
『……どうだ相棒。そろそろ、悪魔たちの力を借りる気にはならんか?』
「(……)」
ドライグの言葉を受けて、一誠は沈黙する。
そろそろ自分だけでは限界も近かったが、果たしてそれは正しい選択足りえるのか、一誠には確証がなかった。
悪魔。この駒王学園は、三種族の一角によって支配されている高等学校だったのだ。
支配といっても、そこに暴力は存在しない。あくまでにひっそりと裏から見守り、手出ししてこようとする馬鹿者がいれば排除する、というだけで、むしろ『守護』と言った方がしっくりくる。
もちろん一般生徒たちはこのことを一切知らされていない。人間は日常の裏にある非現実的な世界も、自分たちが守られているということさえ知ることなく平穏を享受しているというわけだ。
裏を返せば『彼らの正体を見破っている』という事実を提示して助力を申し込めば、彼の話を信じて協力してくれる可能性は高いというわけだ。
だが。それは同時に、一誠の正体が悪魔側に露呈する、ということも意味している。
「(……ごめん、ドライグ……俺を気にかけて提案してくれるのは嬉しいけどさ……やっぱり、まだ一人で頑張るよ)」
『……そうか……だが、あまり一人でしょい込みすぎるなよ。俺が言えるのはそれだけだ』
『(……ありがとな)』
自身の提言を拒否した一誠に、ドライグは怒ることなどしなかった。
それはこの数年間彼とともに戦い、彼と同じものを見てきた赤龍帝だからこそ理解できるもの。彼がどうしても自分の正体を知られたくないと願うその理由を、ドライグも知っているのだから。
とはいえ、このままではいずれ立ち行かなくなるのは間違いない。どうにかして、彼に味方をつけてやらなければならないのは確実だった。
どうしたものか、と一誠とドライグが思案している途中で、廊下からけたたましい足音が響いてくるのを二人は耳にする。
むくりと頭をあげて扉の方を見てみれば、そこには不動明王が如き憤怒の形相を浮かべた親友が二人。
やれやれ、第二ラウンド開始か。
他人事のようにこれから勃発するであろう大惨事を予見すると、一誠は重いため息を吐きだして二人の修羅と向き合った。
*
「好きです! 付き合ってくださいっ!」
どうしてこうなった。
黒髪美人の女の子を目の前にして、一誠は心の中で嘆息を漏らし空を仰ぐ。
快眠を妨害する不動明王二体をなぎ倒し、ほんの少しの安らぎの時間を獲得した一誠は、それでも収まらぬ倦怠感を抱えたまま授業を受け続けた。
今日もまたどこかで奴らが動き出すかもしれないと考えていた彼は、このままではまずいと思い、悪友たちからの十八禁ビデオコーナー巡りの誘いを断ってまで帰宅したのである。睡眠欲も徐々に大きくなっていき、このままでは道端でスヤスヤお眠りしてしまうのではないかと思ってしまうほどである。
で、途中で『あなたの願い叶えます!』といううさん臭すぎるチラシを道中受け取り、こうして家まであと少しというところで。一誠は見知らぬ女子高生に声をかけられ、近くの公園で告白を受けたのである。
この娘の名前は
なぜならば、
(だって……なぁ?)
『この娘、堕天使だものな』
これが人間ならば素直に歓喜することができたというのに、よりによって堕天使である。
たぶん目的は、一誠の中に宿るドライグだろう。かつて大戦争の最中、三種族全てに甚大な被害をもたらした二天龍がいるのだ、そりゃもう放っておけるわけがない。ハッキリ言って、その赤面顔の裏にある悪意がビンビン感じられて仕方がなかった。
「あの……駄目、ですか?」
目元を潤ませ、上目遣いの震え声で問いかける少女。
普通の男ならば即撃沈ものである演技だ。こいつ真面目にやりゃあオスカー賞あたり狙えちゃうんじゃないだろうか。
現実逃避はさておき、ここでどう返答したものだろうか。
今の心境としては、一誠は「ごめん、無理」とでも言ってさっさと帰宅し寝てしまいたい。しかしそんなことを言おうものなら光の槍が飛んできてまた七面倒くさいことになるのは確定だ。
かといってここで「いいよ!」とでも安易に答えようものなら「じゃあ今度デートしよ!」ということになり、こちらも大賞を獲得できるような演技を要求されることになるだろう。そしてどのみち最後には光の槍が飛んでくる。
俗に言う『貴様はチェスや将棋でいう
『……イェスの返答でいいんじゃないか? どうせ相棒ならこの程度の相手は楽勝だろうに』
ドライグが指摘してくるが、全くもってその通り。
子供の頃からドライグとは共に戦ってきたのだ。これくらいの堕天使ならば即行でぶちのめすことはできる。
できるにはできるのだが……しかし問題はその後だ。こちらはずっとドライグとネクサスの力を隠して生きてきたというのに、ここでそれをやってしまえば『いきなり堕天使を倒した人間が駒王学園にいる!』と、兵藤一誠の存在は公けになり、また第二第三の刺客などがやってくることになるだろう。ただでさえ奴らの相手をするのに忙しいというのに、そんな面倒事に巻き込まれてしまうだなんて御免こうむりたい。
……よってここは、こう返事をすることにしようか。
「……ごめんよ。急に告白されたもんだから、どう返事すりゃいいかわからないんだ」
「そう、ですか……そうですよね……」
「とにかく、時間をくれないかな? 今日一日、ゆっくり考えたいんだ。告白されてうれしかった、それは本当だよ。でも簡単に決めちゃって後悔はしたくないし、後悔もさせたくないから……」
「……わかりました……」
『お前も大した役者だな相棒』
頭の中でドライグがからかうように語り掛けてくるが、冗談じゃない。堕天使サイドから注目されようとしているこっちの身にもなってほしい。
とにかく、今日一日寝た後は、なんとか対策を練って、怪我をさせずに追い払うしかないだろう。しかも『兵藤一誠は堕天使にとって脅威になり得ない』という報告も同時にさせて。
軽く無茶なことだとは思うが、しかしやってのけなければならないのだからしょうがない。
『……こいつを力で屈服させて、脅せばそれで済む話だというのに……相棒は相変わらず、面倒な方法を取るのが好きだな』
(優しいとかじゃねぇよ。ただ、後味が悪くなるだけだ)
さて、この場はとにかく凌いだところで……さっさと帰らせてもらおう。
こうしてここに留まっていても、いいことなんて何もない。
「……じゃあ、またここで……」
「ええ、それじゃあ――」
と、別れの言葉を告げようとしたそのとき。
「――死んでちょうだい」
ゾワッ!! と全身が総毛立った。
反射的に一誠はバックステップをすると、一瞬遅れて光の槍が眼前の空を切る。
あと少しでもタイミングが遅ければ、彼の心臓は槍に貫かれていただろう。
見れば、眼前に立って――いや、『浮かんで』いたのは夕麻と名乗った少女――に、漆黒の翼が生えた堕天使だった。
「おいおいおいおいおいおいおいおいおい、短気だな堕天使!?」
「へぇ、既に私の正体に気付いていたってわけね……随分とこけにしてくれるじゃない、人間風情が!!」
どうしてこうなるのだろうか。拒絶をしたわけじゃないというのに殺されかけるなどと、誰が予想することができただろう? さっきの返答がよっぽど頭にきたのだろうか?
しかし、一誠にそんなことに考えを巡らせている時間はない。今は目の前の危機をなんとか乗り切る方が先だ。
「仕方ねぇか……っ!」
一誠は覚悟を決め、懐からエボルトラスターによく似たカラーリングの銃を取り出す。
次の光の槍を投擲しようとしていた夕麻の手にその銃口を向け、一誠は引き金を引いた。
ドゥッ!! と激しい銃声が鳴り響き、衝撃が走る。銃口から発射された不可視の弾丸は直進し、寸分違わず光の槍へと命中し、破壊した。
「きゃっ!?」
可愛らしい悲鳴をあげて怯む夕麻。なんだかこっちが悪いことをしているような気分になってしまう。
『ブラストショット』。彼の大切な友人、ネクサスからエボルトラスターとともに渡されたもので、引き金を引くと、銃口から強力な真空衝撃波動弾を発射する優れものだ。本来ならば『奴ら』を一掃するための武装なのだが、命には代えられない。ドライグの力を発揮しようにも、こんなところで二天龍のパワーを使ってしまえば悪魔たちからも目をつけられてしまう。
その点、この銃ならば魔力は探知されない。いったいどういう原理で動いているのか長年利用している一誠にも理解できないが、とにかくここはこれで一時しのぎをさせてもらうしかない。
「な、なによその神器! 魔力もないのに、どうして私の光の槍が……!」
どうやら相手は『ブラストショット』を神器と勘違いしてくれたようだ。これは僥倖、このままドライグのことは隠させてもらって、さっさと退散してもらおう。赤龍帝とバレるよりも遥かにマシだ。
銃口をしっかりと夕麻に向けたまま、交渉を持ち掛ける一誠。
「知るかよ。それより自分の心配しなよ夕麻ちゃん。今なら俺だってこれ以上何もしないからさ、このまま帰ってくれないか。もちろん、何も言わないでいてくれたらそれでいいんだけど……」
「誰がそんなことをするもんですか! ただの人間が調子に乗らないでよっ!」
しかしそれは逆効果だったようで、彼女は怒りに満ちた視線で一誠を睨みつけてきた。
どうしてこの堕天使はこんなに頭が固いのだ。何も力を持たない人間に一矢報われるというのはまぁ腹立たしいかもしれないが、それにしたって状況というものをしっかりと見極めてほしいものである。
……仕方がない。少々脅し文句を言わせてもらおうか。
「……じゃあ俺はあんたを倒す。気絶する程度で俺は済ませてあげるけど、他の連中はどうかな?」
「ど、どういうことよ、それ?」
「知らないのか? この一帯は悪魔が管理している地域だ。現代において三種族は互いに戦争の火種となるような事件が起きるのを忌諱しているはず、なのにこうして勝手に領土へ入って人間に手を出すってことは……夕麻ちゃんのやってることって、明らかに違反だよな?」
「ッ!!」
「俺は何もしねぇよ。でも、こうして正体を晒しちゃったってことは、悪魔の連中も察知したんじゃないか? ここで気絶なんてしていたら、確実に捕まるね。そっから先は――」
あえて一誠は、最後の言葉を言わずにそこで区切る。
もちろん、一誠はそんなことをするつもりなどサラサラない。確かに倒しこそするものの、こんなところで傷ついた女の子を……しかもそのままなら確実に死ぬとわかっておいて、放置することなどできない。陣営に本当のことを話すことなど、出来ない。
甘っちょろいのもほどほどにしろと言われんばかりのハッタリだったのだが、どうやら効果は抜群のようだ。夕麻の顔は目に見えて青ざめていき、呼吸も荒くなっていた。カタカタと肩を震わせる少女の姿を見ると、何とも言えぬ罪悪感が一誠の胸中を満たす。
……やっぱり、好きになれない。こういうことして、人に怖い思いをさせるというのは。
「なぁ、頼むよ。俺は誰とも殺し合いなんてしたくないんだ。死にたくないし、俺のせいで誰かが死ぬってのもごめんだ。このまま素直に帰ってくれるなら、そっちの堕天使陣営にもこのことは言わない。だから……お願いだから、退いてくれ」
途中から半ば懇願するように、一誠は夕麻に語り掛ける。それは紛れもない一誠の本心で、彼が心の底から望むことだった。
これで引き下がってくれないのならばお手上げだ。どういった手段を用いても確実に一誠の正体は発覚し、彼を巡って戦争が巻き起こることになるだろう。
それだけは、絶対に嫌だった。
それだけは、何をしてでも避けたかった。
状況が膠着し、重い沈黙が公園内を支配する。
夕麻は顔を俯かせて黙り込み、一誠はただ彼女が英断してくれることを願って見守るしかない。
やがてゆっくりと、夕麻の口が開く。
「……嫌よ……嫌よ、私は死なない! 人間なんかに負けてたまるもんですか! そうよ、ここで私があなたを倒せば、それでいい話なのよ、馬鹿馬鹿しい! 人間の分際で、私を侮辱するなんてェェッ!!」
返答は、絶望。
一誠の心に落胆の錘がのしかかり、わずかに残っていた希望は呆気なく霧散してしまう。
最後の情けをかけられたのに。夕麻はそれを拒絶し、新たな光の槍をその手に作り出す。
覚悟を、決めるしかないのだろうか。
『相棒……』
「……ああ、わかったよ……わかったよ、クソッ……!」
やり場のない悲しみに揺れながらも、しっかりとその双眼は空へ浮かぶ堕天使を見据える。両手は震えながらも、銃をしっかりと握りしめた。
射抜く物すべてを破壊する銃の口は夕麻をしっかりと捉え、トリガーは今か今かと引かれる時を待ち焦がれている。
思い通りにいかない現実を憂い、一誠は引き金に指をかける。
「……クソッタレ……」
世界を呪うように罵倒の言葉を吐き出し、一誠は――
エボルトラスターが伝えてきた『奴ら』の存在に、驚愕することとなった。
「なっ――!?」
彼の胸ポケットに隠されたそれは、鼓動するように振動して『奴ら』が近くにいることを知らせてくる。
――こんなときに!?
驚きを隠せない一誠は、一瞬とはいえ注意を夕麻から逸らしてしまう。
それが、致命的だった。
それが、やってはいけないミスだった。
『相棒! 駄目だ、意識を逸らすな――!!』
ドスゥッ!! と。
衝撃が、彼の左胸を襲う。
「…………え?」
ふと見下ろせば、そこには光り輝く堕天使の槍。
彼の足元には赤黒い液だまりができ、徐々にそれは大きくなっていった。
左半身に感じる生暖かい感触が、撫でるように下へ下へと伝っていく。
遅れて左胸に訪れる、堪えがたい激痛。思わず一誠は跪き、喉からこみあがってくる液体を吐き出した。
ツンとした鉄の臭いに満たされる鼻腔。しょっぱい味で一杯になる口内。
――刺、され、た……?――
そこでようやく、一誠は自分がどうなってしまったのかを理解した。
知ってしまった。わかってしまった。
前を見れば、勝ち誇った表情で自分を見下ろす堕天使の姿がそこにある。
「な、なによ! ただの見せかけだったってわけ!? 大したことないじゃない、これで私は――」
そしてそこで、彼女の言葉は途切れる。
なぜなら、背後から伸びてきた触手に、彼女の口は閉ざされてしまったのだから。
驚愕に染め上げられた表情で彼女は振り返り、そして悲鳴をあげそうになる。
そこにいたのは、ナメクジを彷彿とさせる巨大な化け物。
全身がぬめりとした紫色の液体で不気味に光り、大きな口からは獲物を捕らえるための数多の触手が伸びている。
体細胞の95%が水分でできたそれは、これまで幾度となく一誠と戦ってきた怪物の一匹、『ペドレオン』。
これが一誠の絶対の敵……宇宙から来訪した人類の脅威、『スペースビースト』だった。
「~~~~~~~~~~~ッ!!??」
あまりに醜悪なその姿を見てか絶叫をあげようとする夕麻だったが、その口はしっかりと閉ざされただの唸りと化す。
光の槍を形成した堕天使は、ペドレオンを仕留めるべくそれを投げ放つ。
ドスッ!! と湿った水音をたてて槍は突き刺さるが、ペドレオンはその攻撃に全く怯んだ様子を見せず、もがく獲物をあざ笑うかのように身体を震わせていた。
(な、なによ……なんなのよ、この生き物――っ!?)
夕麻は拘束から解放されようと抵抗するが、ペドレオンは驚異的な力で彼女を締め上げて身動き一つ取れないようにする。その圧力は恐ろしく、全身から伝わる激痛に夕麻は悲痛なうめき声をあげた。
ケタケタと笑うペドレオンは、そのまま触手を口内へと運び、夕麻を捕食しようとする。
心の中で悲鳴をあげる夕麻。
己の命がここで尽きてしまうことへの恐怖と絶望が彼女の胸中を満たしたそのとき。
ドンッ!! と。
爆音が響き、真空衝撃波がペドレオンの顔面に炸裂する。
『キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!??』
たまらず絶叫するペドレオンは夕麻の拘束を解き、痛みで後方へと下がっていった。
「やっ!!」
翼が粘着質の液体でまみれていたことから上手く空を飛べず、尻から地面にぶつかる夕麻。
そんな彼女に再びペドレオンが迫ろうとするが、そこに二発、三発と衝撃波が飛来してぶつかり、大ダメージを受ける。そこから立て続けに衝撃波を受け続けたペドレオンは悲鳴をあげながら崩壊した。
「え……え、え?」
いったい何が起こったのかわからず、夕麻は戸惑いの声を漏らす。
あの衝撃波はなんだったのか。やってきた方向へと振り返れば……そこには、左胸から大量の血を流しながらも銃を構えて立ち尽くす、標的の姿があった。
「あ……ぐ……っ」
苦痛に表情を歪め、一誠は銃を落として地面に倒れこむ。
彼の足元は、目も当てられない程に悲惨な血だまりができている。赤い水たまりの上で青年は悶え、死の淵に立たされていた。
――助けて、くれた?
――自分を殺そうとした、私を?
「な……なん、で?」
未だ恐怖に震えながらも、夕麻は一誠に問いかけた。
訊ねられた本人は、そんな余裕もないのか問答に答えてくれる気配はない。
口からぼとぼとと零れ落ちる赤黒い液体はその量がだんだんと増え、呼吸はそれに比例して荒々しくなっていく。意識もハッキリとしなくなってきたのか、瞳はおぼろげになり今にも閉じようとしていた。
夕麻には理解できなかった。
なぜこの青年は自分を助けようとした?
あのまま自分をあの化け物に食わせていれば、二体とも一気に処分が出来ていたはずなのに。
なのに、どうして?
「なんで……なんでよ……! どうして私を……!」
「……うる、せっ……傷口、響いてめちゃ、いてェんだよ……まだ、近くにいんのに……意識飛ぶ……ッ!」
『相棒、無茶すんじゃねぇ!! ネクサスにすぐ治させる、だからこれ以上動くな!!』
「近くにいるって、あの化け物はあなたがさっき倒……し……」
そこで不意に、夕麻の言葉が途切れる。
ドクン。と。
エボルトラスターが再び、鼓動する。
その拍動に合わせた様に、公園の奥から、入口から、空から。無数のペドレオンが、一誠と夕麻の目の前に集結してきていた。
「あ……あ、ぁ……」
「や、れやれ……ちったぁ、休ませて、くれたって……いいと、思、うんだがな……つッ!!」
『相棒!!』
咎めるようにドライグが叫んでも、一誠はまるで聞こえていないかのように己に鞭打つ。
血反吐を吐きながら、一誠は恐怖に縮こまる夕麻をどけて立ち上がる。
足はもうしっかりと力が入らず、ガクガクと膝が笑っている。四肢から温もりがなくなり、冷水を浴びたように寒い。
視界はもう虚ろにしか映らず、耳も音をしっかりと拾わない。匂いは掻き消え、肌は麻痺したように何も感じられず、舌は味覚を失っていた。
それでも……それでも、ここで一誠は倒れるわけにはいかない。
例え自分を殺そうとした堕天使であっても。そんなものは関係ない。
目の前で、こいつらに奪われようとしている命があるのだから。
――イッセー。お前も男なら、誰かのために強くなれ――
「……へへ、これが最後かねぇ……」
『相棒ッ!!』
力なく、薄く笑いながら縁起でもない冗談を口にする相棒を、ドライグは叱責するように叫ぶ。
だが、もはや一誠は相方の言葉すら耳に入れようとしない。
誰がなんと言おうと、彼は立ち向かうことをやめようとしなかった。
そんな彼の眼前でペドレオンは融合し、みるみるうちにそこらの建物よりも巨大な化け物へと変化していく。
――歯を食いしばって、思いっきり守り抜け――
「俺は、男だ」
一誠は、怯まない。
巨大な怪物と化したペドレオンは、彼と背後でへたり込む夕麻を飲みこまんと大口を開けて迫っている。だが、それを見ても彼は臆することなく、彼女の前に立っていた。
――転んでもいい。また立ち上がればいいんだ――
「女の子が怯えてんだ。俺が踏ん張らなきゃ、死んじまうんだ。ここで守り切らなきゃ――」
胸ポケットから取り出す、大切な友人から託されたものを掲げて。
一誠は、心の底から、叫ぶ。
――ただそれだけ、出来ればな……――
「
引き抜かれる鞘。解き放たれる光。
目がくらむほどの輝きは、一誠を包み込み、彼に守るための力を与えた。
その瞬間、彼を中心にして空から金色の滝が降り注ぎ、公園をドーム状に覆う。
『ギギィ!?』
ペドレオンは戸惑うように鳴き声をあげ、突如として変化が訪れた周囲をオロオロと眺めている。黄金の光に包まれた公園はやがてその姿を完全に変えていた。
空は様々な色のオーロラのように揺らめき、荒涼とした大地がどこまでも広がっている。明らかにさっきまでいた公園とは別の場所であり、空間そのものも異質なものへと変化していた。
「……これ、は……?」
〝不連続断絶空間・メタフィールド〟を、茫然とした様子で見つめる夕麻。
それはまさに幻想的、という表現しか仕様のない光景。七色の光が混じり、魅惑的な輝きを放つ空はどこまでも美しく、露出した岩がどこまでも続く大地は荒々しくも神々しいものだった。空気も変換されているのか、呼吸をするだけで身体の隅々まで清らかになっていくような感覚に、夕麻の心は癒されていく。
「……あ……」
そして彼女は、一つの光をそこで見つけた。
赤く鮮烈に煌めくそれはペドレオンの目の前で徐々に人の姿へと変わり、そこに『
それは、全長49mの銀色の巨人。
胸部はエボルトラスターと同じく赤く発光するY字状のクリスタルで輝き、両腕には強烈な力が内包された手甲が施されている。
――時に、普通の高校生活を送る人間。
――時に、絶対的な力を放ち全てを屈服させる赤龍帝。
そしてこれこそが。その二つの姿とともに兵藤一誠が持つ、三つ目の姿。
『シェアアアッ!!』
――はるか彼方より来訪せし、〝絆〟の名を持つ光の巨人。
ウルトラマン、ネクサス。
ネクサスは神作。異論は認めない。
そして更新した五話ではオカルト研究部について知らなかったはずなのに知っているかのような描写をしてしまっていましたので、修正しました。ご指摘してくださったironmanfk様に感謝!!
そして俺の馬鹿野郎!