ハイスクールD×N   作:Neverleave

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再び一万字突破。しかし原作の数ページ分の序章すら終わってないぜ!
ウボァッ!!(((((゚Д゚)))))


~二話~

「……あれは……なに?」

 

 光より生まれた、銀色の巨人を見て夕麻は慄くようにつぶやく。

 空を飛ばなければ全貌が見えぬほどの巨体。天使にも、堕天使にも、悪魔にも確認されたことのないその存在。

 何よりも恐ろしいのは、全身から溢れるように放出されている光の力。並の悪魔であれば一瞬で浄化され、例え同じ聖なる存在であっても手にすれば耐え切れないであろう圧倒的な量の魔力は、光の加護を受けた堕天使である夕麻すら圧倒していた。

 だがその光は闇を容赦なく打ち払う神々しさと荒々しさを持ちながらも、どこか優しさや温もりも併せ持つ不思議な波動を放っている。それが彼女に巨人への畏敬の念を持たせるとともに、安堵すら抱かせる。

 まるでそれは。かつては自分も崇拝と絶対の愛を誓った、神への信仰に近い感情だった。

 

『……』

「――ッ」

 

 ふと、巨人が振り返って夕麻を見る。視線がこちらへと向いた瞬間、思わず夕麻は息を呑む。彫像のように巨人の顔は動かず、まるで感情の伺えぬ表情のまま、じっと夕麻を見つめていた。

 

『夕麻ちゃん、待っててくれ。すぐ終わらせる』

「……え?」

 

 口が全く動いていなかったが……テレパシーを使っているのか。巨人から、聞き覚えのある声が発せられる。

 それは、この光を解き放った青年の声。

 自分が殺そうとした人間、兵藤一誠のものに間違いなかった。

 

 

 

『ハァァァァァァッ――』

 

 

 

 気迫のこもった唸りをあげ、銀色の巨人が再び光に満ち溢れる。

 その巨人がいる空間だけが揺れる水面のように波打ち、やがて赤い光が強まっていく。

 すると巨人は銀色の皮膚の上に赤の装甲を出現させ、全身が真紅の鎧に包まれていった。

 その鎧は荒々しくも荘厳な輝きを放つ神秘のアーマー。赤龍の気高き力を象徴し、立ちふさがる者全てをねじ伏せた皇帝の証。『赤龍帝・ドライグ』の力が光と融合した、巨人の姿がそこにあった。

 

『Boost!』

「――ッ!?」

『ギギィィ!!??』

 

 轟ッ!! と、突風が吹き抜ける。

 赤の鎧が現れると、巨人からさっきとは違う機械じみた声が生じた。その瞬間、巨人が放つ光のオーラは爆発的に増大し、一気にその存在感が倍増した。

 そう。ただでさえ圧倒的なその力の波動が、一気に倍になったのである(、、、、、、、、、、、、)

 

『BoostBoostBoostBoostBoost!!』

 

 間髪入れず、加速を意味する単語を言い放つ真紅の装甲。そして一度倍化したその力は再び倍に。そこから倍に。さらに倍に。もう一度倍に。そして倍に。

 行われた倍化は合計で6回。力量は、すでに初期の64倍となっていた。

 

「う、そ……」

 

 それはもはや、敵側であるペドレオンからすれば、悪夢でしかないような光景。

 目の前で起こったメチャクチャな現象に、守られている夕麻ですら思わず口から魂が抜け落ちそうなかすれ声を出してしまう。

 自分の見ている物が幻でないのならば、あれは神器の中でも『神滅具(ロンギヌス)』と呼ばれる強大な力を持つものの一つ、『赤龍帝の籠手(ブーステッドギア)』だ。かつて大いなる災厄をもたらした二天龍の一角『赤龍帝・ドライグ』が封じられたその神器の力は、『十秒間毎に持ち主の力を倍化させる』という破格の能力であり、文字通り神すら殺すことを可能にしてしまう恐ろしい代物なのだ。

 それが……あの光の巨人に備わっているというのか?

 元来の力であっても、最上級にランクされるであろう光の波動を、持っているというのに?

 

 

 

『Explosion!』

 

 倍化が終了し、『爆発』した力が解放される。

 そしてネクサスは意を決したように拳を構え、そのまま駆け出した。

 

『キィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイ!!』

『シェアアアッ!!』

 

 隔絶された異空間で、ペドレオンと赤の巨人は対峙する。

 ペドレオンとの間合いを一気に詰めようとするネクサスを迎え撃つように、ペドレオンは頭部の触覚から火球を数発放った。

 しかしそんなものは、64倍のパワーを持ったネクサスにとっては小さな火花のようなものでしかない。迫りくる火球を軽く両手で弾き飛ばし、勢いを殺すことなくタックルをペドレオンに喰らわせる。

 ドゴンッ!! と巨体同士が激突し、衝撃がペドレオンの全身を駆け巡った。

 

『ギャギャッ!?』

 

 たまらず怯むペドレオンだが、ネクサスの攻撃は止まらない。

 すぐに体勢を立て直すと、ワンツーパンチを繰り出して追撃。初撃は軽く、しかし素早い牽制の右拳で撃ち抜き、隙が生じたところで痛烈な左ストレート。そこから瞬きをする暇すら与えず、豪快なハイキックで顔面へ連撃をお見舞いした。

 その蹴りの一撃は、もう『打撃』という枠からはみ出した『破壊』の技。直撃を受けたペドレオンの頭部は触手ごと吹き飛び、細かい肉片となって霧散してしまうほどの威力を誇っていた。

 

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!??』

 

 ハイキックの回転を利用し、さらに回し後ろ蹴りを残ったボディへと叩き付けるネクサス。そのダメージはペドレオンのボディ全体へと浸透し、粉々になった頭部と同じ末路を辿らせる。

 悲鳴をあげ、蒸発するように消滅したペドレオン。しかしその細胞一つ一つは、小型のビーストへと姿を変えていた。

 ネクサスと対峙していたペドレオン『グロース』は、小型種である個体『クライン』が融合することで誕生した巨獣だ。合体することができるのならば、その逆もまた可能。円盤型へと肉体を変え、自在に空を飛行する形態『フリーゲン』になった無数のペドレオンは、取り囲むようにネクサスの周囲を旋回する。

 

 ネクサスはペドレオンの動向を警戒し、赤い鎧をぎらめかせて構える。

 そしてその予測通り、旋回し続けていただけのペドレオン『フリーゲン』は突如として方向を変え、中心に立つネクサス目がけて直進する。

 それは大きさこそ小さいものの、ネクサスと格闘することすら可能な巨体を形成するほど莫大な数のビースト軍団だ。頭部、両肩、両腕、胴体、両足、ありとあらゆる部位へとペドレオンの群れは飛びかかり、ネクサスの全身を覆っていく。

 

『ウアッ!?』

 

 困惑の唸り声を漏らすネクサスは、みるみるうちに真紅の鎧を毒々しい紫に染め上げられていき、やがて銀の皮膚も赤の装甲も見えなくなってしまう。

 巨大なナメクジを思わせるその外観は、その色もさることながらグロテスクで生理的な嫌悪感が込み上げてくるものだったが、人型のそれはまた違った不気味さを醸し出している。

グジュリグジュリ、と耳障りな水音とともにペドレオンの細胞は巨人を包み込むと、細胞は細かく振動し、それぞれが甲高い鳴き声をあげる。

 その瞬間。バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチッ!! と、それを合図にするかのようにペドレオンは放電を開始した。

 

『ウオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアッ!?』

 

 雷が走り、火花が飛び散る。激痛を堪え切れず、ネクサスは悲鳴をあげた。

 ペドレオンは、『クライン』一匹であればただの巨大人食い軟体動物に過ぎず、別段特別な能力は何一つ備えていない。しかし、その個体が融合して誕生した個体は触覚から火球を飛ばす、電撃を操るなどの超能力を使用することが可能になるのだ。

 そのパワーは、人間界の地上生物であれば瞬殺してしまうほどの火力を誇り、天使や堕天使、悪魔であろうとも下手をすれば命の危機に瀕することとなる。例えそれがネクサスだとしても、無傷では済まないのだ。

 

『グッ、ウウウウ……ハァァァァァアアアアア!!』

 

 だが、ネクサスはそのまま一方的に攻撃されるままで終わる気はない。

 己の肉体の隅々にまで倍化した力を行き渡らせると、全身から光を解き放つ。

 真紅の眩い輝きを浴び、ネクサスに纏わりつくビースト達はたまらずそこから吹き飛ばされた。

 

『ギィィィィィィ!!』

「きゃあっ!!」

 

 耳の奥を引っ掻き回すような、ペドレオンの喚き声がメタフィールド内に鳴り響く。

 その衝撃波はとてつもなく、穏やかな天候を維持し続けているメタフィールドに嵐のような突風を巻き起こしている。

 夕麻もその波動を浴びてしまい、数メートル後方にまで素飛ばされることとなった。

 

「な……なんて力……!!」

 

 今、夕麻を後方へ押しやった衝撃は、ネクサスが放った光の余波でしかない。あんなものを至近距離からもろに喰らってしまえば、同じ光の眷属である天使や堕天使であっても圧倒的なパワーで木端微塵にされてしまうはずだ。

 これほどの力量を持った存在と数瞬前まで敵対していたという事実を思い返し、夕麻はサァッと顔から血の気が引いていくのを感じる。

 

(こ、こんなヤツ……勝てるわけないじゃない!!)

 

 元々でさえ、神とすら同等と言えるか否かという境地にまで到達している光の巨人。

 そこに赤龍帝の力が宿り、もはやそれは神だの魔王だのといった強者たちですら馬鹿馬鹿しく思えてくるほど、デタラメなエネルギーを持つ脅威と化している。

 ただの下級天使である夕麻など、一瞬で殺されてもおかしくはなかったのだ。

 体中を覆っていたビーストを消し去ったネクサスは銀と赤の姿を現し、夕麻はその雄姿を恐れるような視線で見つめた。

 だが。

 

『グッ……ウゥ……』

 

 眉ひとつ動かぬその表情に疲弊の色を見せ、突然ネクサスは胸を押さえて跪く。

 

「なっ……なに? どうしたというの?」

 

 凄まじき光の波動は揺らぎ、みるからにその輝きは衰えていく。いったい何があったのか、と戸惑う夕麻は、ネクサスが押さえている手の位置を見てハッとさせられる。

 ネクサスが痛みを訴えているその場所。そこは人間でいうならば、およそ心臓の真上だったのだ。

そこはちょうど。夕麻が、兵藤一誠を光の槍で貫いたところと、同じ箇所。

 

(もしかして人間のときに負った傷がまだ……?)

 

 そんな思考が脳裏をよぎり、夕麻は胸がズキリと痛むのを感じた。

 傷ついた身体のまま。彼はあの化け物と、戦っているのか?

 人間であったときのダメージがそのまま残っているというのならば、その箇所は言うまでもなく致命傷だ。こうして戦闘することすらまず不可能であり、早急に治癒しなければ間違いなく死ぬことになる。

 なのにどうして彼は巨人となってあの化け物と戦う?

 ――何のために?

 自分を守るため?

 敵を打ち砕くため?

 それとも……

 

 

 ――女の子が怯えてんだ。俺が踏ん張らなきゃ、死んじまうんだ。ここで守り切らなきゃ……英雄(ヒーロー)なんかにゃなれねェよなァァァァァァァァ!!??――

 

 

 と、そのとき。赤い鎧から生じる機械的な音ではない、何かを警告するような点滅音が鳴り響く。

 そこで現実へと思考が戻った夕麻が巨人を見ると、胸部の中心に存在する、青く光っていた小さな球体が赤く明滅している。それはさながら警報のようだった。光の巨人も球体の変化に驚愕し、それを見る瞳にはどこか焦燥の色がちらついている。

 

『グゥッ……ハッ!?』

 

 唸るネクサスは、何かを察知したように頭をあげる。その瞬間、彼の周囲から甲高い咆哮が響いた。

 

『キィィィィィィィィィ!!』

 

 八方位から鳴り響くそれとともに、毒々しい紫の液体が八つ盛り上がり、一回り小さなビーストがその姿を現す。吹き飛ばされた細胞はしぶとく生き残り、再び集結してペドレオン『グロース』を形成したのだ。

 ペドレオンは触覚から火球を同時に飛ばし、中央のネクサスを襲撃する。

 防御シールドを展開することも、咄嗟に回避することも胸を焼く激痛でままならず、ネクサスは八方向から飛来した火炎弾をもろに喰らってしまう。

 

『ウアアアアアアアアアアアアアッ!?』

 

 ネクサスの肉体を形成する光の粒子が飛散し、爆炎が巨人を覆う。

 たまらず赤い鎧の巨人はその場に倒れ伏す。胸部のクリスタルは点滅する速さが加速していき、鳴り響く警戒音もスピードをあげていった。

 心臓の傷。皮膚を焼き焦がす灼熱の火炎。全身に走る、高圧電流の激痛。

 これらの要因は、いかに強靭な肉体を持つネクサスであっても確実に追いつめていく。

 

 

 

 苦痛に悶える光の巨人。

 神にも等しきその光が、醜悪な巨獣に打ちのめされるその光景は、夕麻を心の底から震え上がらせるには十分すぎる衝撃をもたらしていた。

 

「あ……あぁぁ……」

 

 夕麻の心を、恐怖の感情が埋め尽くしていく。

 その目はグロテスクな外見をした八体の巨獣に釘づけになり、耳に飛び込んでくるビーストの鳴き声は彼女の胸中を掻き毟っていく。嫌な汗が背中を伝い、温かさが消えてしまったかのように空気が冷たく感じられた。

 鼓動するたびに心臓がズキリと痛む。自分のせいで、あの巨人が敗北を喫しようとしているという事実もそうだが、何より彼女を追いつめていたのは、死の恐怖。

 

『あの巨人が敗北してしまえば、後に残る自分はどうなる?』

 

 知りたくない。答えなど聞きたくない。考えたくもない。

 だがその疑問は消えることなく、ずっと彼女の頭から離れず付きまとう。

 

「うっ……!!」

 

 堪らず、夕麻はその場から逃げ出そうとした。

 あの巨獣がいないところへ。あの巨人が叩きのめされ、消滅してしまうよりも早く、あいつらが自分を見つけられないようなところまで逃げなければならない。

 生存本能が命じるままに翼を広げ、空を飛ぶ準備を急ぐ夕麻。

 だが。

 

『キィィィィ!!』

「えっ? きゃあ!!」

 

 突如として眼前に黒い影が出現し、飛行へと移ろうとした彼女に襲い掛かる。

 アクシデントへの対応も間に合わず、影とぶつかり夕麻は地面へと落下してしまった。

 

「あぅっ!? な、なん――ッ!?」

 

 あまりに速かったため自分とぶつかったものが何なのか判別できなかった夕麻だが、その影の正体を見たその時、喉まで出かかっていた言葉が詰まる。

 なぜならそれは、彼女が逃げ去りたいと思っていた、〝捕食者〟そのものだったのだから。

 ――分裂したとき、一匹だけをこちらへと送り込んでいたのであろう。ペドレオン『フリーゲン』は瞬時にその姿をペドレオン『クライン』へと変化させ、触手を用いて彼女の足を捕まえる。

 

『キィキキキキキ!!』

「あっ、いやっ、いやああああああああああああああああああ!!」

 

 触手は抗いようのない力で彼女の身体を引っ張り、夕麻を食おうとする怪物の前にまでゆっくりと引きずっていく。獲物を弄ぶようにペドレオンは力加減をして、時に強く、時にギリギリのところまで力を抜いて、夕麻を憔悴させていった。

 恐怖に心を支配されてしまっている夕麻はもはや光の槍を作ることすら忘れ、ただひたすらに化け物の拘束から逃げ去ろうともがく。だが、そんなことをしても無駄ということは先ほどのやり取りですでにわかっていた。

 

「嫌だっ! 死にたくない、死にたくない、死にたくないっ!!」

 

 絶叫し、自らの終焉を拒絶する言葉を何度も放つ夕麻。表情はぐしゃぐしゃに崩れ、涙があふれて止まらなかった。ペドレオンはそんな彼女をあざ笑うかのように細かく身体を震わせ、聞くに堪えない金切声をあげる。

 スペースビーストが、人間……高度な知的生命体を捕食する理由。それは、彼らが抱く『恐怖』の感情を、彼らが餌としているからだった。彼女がビーストへの恐れを抱けば抱くほど、ビーストにとって夕麻はますます食欲をそそる捕食対象となってしまうのだ。

 

「嫌だ……嫌ァ……生きたいよ……生きて、私は……」

 

 地面に指を立て、自らを引く力に必死に抵抗しようとする夕麻。そんなもので止まってくれるはずもなく、白く美しい彼女の指が傷でボロボロになるだけだった。

 ズッ、ズッ……と、一気に引っ張られるのではなく、幾度も間をおいて引きずられていく。ペドレオンは泣きじゃくる獲物を、この上ないご馳走を見るように歓喜し、大口を開けて待ち構えた。

 

「助、けて……ア、ザゼル様ぁ……シェム、ハザ様……誰か……」

 

 震える口で、自らが敬愛する者の名を紡ぐ夕麻。

 彼らに、その言葉が届くはずもない。どこかの誰かが、彼女を助けてくれるだなどと、あり得るはずもない。

 それでも、彼女は言わずにはいられなかった。助けを求めずにはいられなかった。

 救いの手を、求めずにはいられなかった。

 それが例え、無駄であるとわかっていても。

 

『キャキャキャキャキャ』

 

 もう、地獄へ通ずる口はすぐそこに迫っている。

 受け入れられない。受け入れたくない。

 こんなにもあっさりと。こんな無残な最期を、自分が遂げることとなるなどと。

 死にたくない。生きたい。

 生きて……生きて、私は――

 

 

 

 だが。ついに彼女は、救われることはない。

 

『キャア~』

 

 縦に裂けた紫の巨躯が、彼女の瞳に映る。そこで彼女は、涙の止まらぬ双眼を閉じた。

 絶望に染まり、彼女の心から希望が潰える。

 生きることを諦めた夕麻は、足掻くことなく、闇の広がる口の中へと放り込まれていった。

 

(…………アザ、ゼル……様…………)

 

 

 

 

 

 

 

 

『コオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 その瞬間。咆哮が、大気と大地を激震させた。

 それと同時に、闇に覆われたはずの夕麻の全身を金色の光が纏う。

 

「ッ!?」

 

 それは、眼前に広がっていた闇を消し飛ばし、彼女を温かな輝きで包み込んだ。

 そして光とともに夕麻は急速に何かへと引き込まれる。だが、それは怪物がしていたそれとは全く違い、優しさにあふれた引力。

 輝きが消え、視界が元に戻った夕麻が次に見たものは、赤い鎧を身に纏う巨人だった。

 

「……え?」

 

 乳白色にその目を光らせ、凄まじき光のオーラを放つ、神の如き者。その掌の上に、夕麻は座り込んでいた。

 相変わらず表情一つ変えぬその顔は、何を思っているのかわからせない。しかし、なぜか今、その顔は安堵と歓喜で綻んでいるように見える。

 

『キィィィィィィィィ!!』

 

 巨人を囲む八体の巨獣は、再び灼熱の火炎弾を放つべく触覚を向ける。

 ネクサスはやんわりと拳を握り、屈むことで彼女を自分の身体の影へと完全に隠した。

 その直後、八つの火炎が彼の全身で炸裂する。

 

『グオオオオッ!? グウウウウウウウウウウウウウ!!』

 

 二度目の猛攻を受け、悲鳴をあげるネクサス。だが、隠した小さな命を手放すことだけは、決してしなかった。怯むことはすれど、その火炎に彼女を晒すことはしなかった。

 彼の身体が光の粒子となって飛び散り、その身を焼く炎に焦がれ、心臓が激痛を訴えても、その手を開くことは絶対にしなかった。

 やがてペドレオンの攻撃も終わりが訪れる。そこでようやくネクサスは夕麻を隠す手を開く。そこには、掌の上で腰を抜かしつつも無事な姿を見せる彼女の姿があった。

 

『(……無事……か……?)』

 

 巨人から発せられる言葉に、夕麻は口を動かすことはできなかった。自分を見つめる巨人を眺めたまま、ただ無言で首を縦に振ることで、やっと自分の意思を伝える。

 

『(……よかったよ……待っててくれ。すぐに、終わらせる……!!)』

 

 それだけ言うと、巨人はゆっくりと夕麻を乗せた手を地上にまで近づける。そっと彼女を降ろしたネクサスは、己を囲う巨獣たちを見据えて、その右手に黄金の光を出現させた。

 それは、夕麻を窮地から救いだした光と同じもの。人々を救い出すために造りだしたその光はしかし、人々を脅かす巨獣たちに向けて放てば彼らを縛り付ける鎖と化す。

 

『フッ!! オオオオオオ!!』

 

 『セービングビュート』を作り出したネクサスは、それを纏う右手を空高く掲げると、黄金の輝きが八方向に拡散して解き放たれる。それは見事に八体のビーストに直撃し、彼らの全身を束縛した。

 

『ギィィィッ!?』

 

 自らを拘束する光の帯に困惑するペドレオン。ネクサスは次の瞬間、八本の帯を束ねて大きく円を描くように振り回した。『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』で強化されたその膂力は、とてつもない重量を誇るペドレオン八体すら軽々と持ち上げ、怪物たちを豪快に旋転させる。

 

『シェアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

 雄叫びとともに、光の帯を手放すネクサス。それとともに巨獣たちはまとめて空の彼方へと放り投げられた。

 飛行形態へと変化して逃げようにも、光の帯に拘束された怪物は身動き一つ取ることが出来ない。合体して拘束を解こうとしても、それすら金色の拘束具は許さなかった。

 虚空を漂うペドレオン八体を睨みつけ、ネクサスは抜刀のポーズのように両手を構える。

 するとその両手に装着された手甲から強烈な波動が発せられ、抑えきれない莫大なエネルギーが稲妻のように空間を駆け巡った。

 バチバチバチバチィッ! と、雷鳴の如く凄まじい音が鳴り響き、ネクサスの両手を青い光が覆う。まるで、エネルギーの充填が完了したかのように。

 

『コオオオオオオオオオオオッ、ハァァッ!!』

 

 そして、ネクサスは両手を十字にクロスさせる。

 次の瞬間、途轍もない力の光線が彼の手から発射され、空の向こうに浮かぶビースト達へと直進していく。

 『クロスレイ。・シュトローム』の光は吸い込まれるようにペドレオンたちへと命中し、凄まじい光の波動がビースト達に直撃した。

 

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 遥か上空より響く鳴き声。耳障りなその絶叫をけたたましい爆音が飲みこむ。

 オーロラのように輝く空に赤の爆炎が広がり、小さな黒い点のようだったビースト達が青い光へと分解されて霧消する。

 幻想的とも思えるようなその光景がやがて収まり、ゆっくりと元の状態へと戻っていく。

 

 全てが平常へと戻ったそのとき、そこには赤い鎧の巨人……そしてそのすぐ傍に堕天使が一人いるだけだった。

 もうこの場所に、異形の怪物は存在しない。誰かを脅かす怪物は、光によって薙ぎ払われた。

 英雄は。たった一つの小さな命を、巨魔から守り切ったのだ。

 

 こうして……兵藤一誠の、最後の戦いは幕を降ろしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「ぁ……ぐ……」

 

 光の巨人が幻影のように消え去り、幻想的な空間が元の公園へと戻ったそのとき。そこには、胸を押さえて蹲る一人の青年と、漆黒の翼を広げる少女がいた。

 青年を見れば、顔は血の気がなくなっているかのように青ざめ、全身をブルブルと震わせ汗が流れ出ている。その様子が異常なのは明らかで、すぐに人を呼ばなければならない状況だったというのに、傍らの少女は正気を失っているようにその青年を茫然と眺めるだけだった。

 

「…………夕、麻…………ちゃん……?」

 

 蚊の鳴くような声で、一誠は少女の名前を呼ぶ。

 そこでやっと少女は現実に意識を戻したのか、ハッとして青年の傍にすり寄った。

 

「あ、なた……あなた、大丈夫なの!?」

「へ、へへ……んな、ことより……そっちこそ、大丈夫なのかよ……あいつらに襲われて、怪我なかったのか……?」

 

 夕麻に問いかけられ、力なく笑いながらその問答を返す一誠。

 夕麻は、目を白黒させるしかなかった。

 『そんなことより』。そう一誠は吐き捨てた。重症を負っているのはそちらの方だというのにこの青年は、守ろうとした者の身を案じているのだ。

まるで、自分のことなどどうでもいいのだというように。

 

「なんで……なんでよ、どうしてそこまで私なんかのことを!? さっきだって、私ごとあいつを撃てばよかったじゃない!! あの時だって私の事なんか構わなければ、あんな火炎弾を喰らうこともなかったのよ!? なのにどうして!?」

「………………」

「バカみたいじゃない……助けたって、何もないのに……私なんて……助けなきゃよかったのに……」

 

 どうしてそこまで。身を挺してまで、自分は守るほどの存在なのか?

 見ず知らず、今日ここで会ったばかり。しかも初対面で自分を殺しにかかってきた者を、誰が必死になって守ろうというのか。いなくなればこそすれ、それを自分の背に匿って理となることなんて、何もない。

 命を賭けてまで、することなんかじゃない。

 重症の体に鞭打って、こんなにも傷だらけになる必要なんてない。

 ――自分が死にそうになるまで、やりぬくことなんかじゃないのに。

 

「……夕麻ちゃん……早く、逃げて……悪魔が、来る……」

 

 だが、一誠が口にした言葉は夕麻の問いに答えるものではなかった。

 一誠との戦闘で、夕麻は堕天使の力を使った。遅かれ早かれ、ここに悪魔がやってくる。

 その前に、逃げろと。彼は言ったのだ。

 

「……逃げて……俺が、必死になって守った命なんだ……逃げ、て……生きて……」

「……っ、あな、たは……」

「…………………………逃げ、て……生き、て……夕麻、ちゃん……………………」

 

 かひゅー、かひゅー。と。

 もはや呼吸は狂い、小さく弱々しいものへと変わっていた。

 もう何をどうやっても、助からない。自分が手にかけ、そんな自分を守った、青年の命の灯は……ここで燃え尽きようとしていた。

 たった十数年。それだけの、短すぎる人生を歩み、これからを生きようとしていた青年は。たった一人の堕天使を守るために、それを擲ったのだ。

 そして。最後の最後まで、自分が守ったものが壊れてしまわないように……傷つくことがないように、逃げろと呼びかけている。

 

「う……うぅっ……!」

 

 もう夕麻は、何も言うことができなかった。言葉を紡ごうとしても、唇は動かずただの嗚咽に変わる。

 目から大粒の滴が流れ出る。それは先ほどのときとは全く違う、もっと悲痛な気持ちによって零れるものだった。

 震える手を、一誠の大きな手が優しく握る。それはもう氷のように冷たく青白い。

なのに、温かいと、夕麻は感じた。温度とは関係なく、彼女は青年の手に籠った温かさを、確かに感じたのだ。

 

 

 

「…………行くんだ…………」

 

 

 

 その言葉を最後に、青年と少女の会話は終わる。

 ここで命を終えようとしている青年を背に、少女は漆黒の翼を広げる。

 まるで夜空のように深く美しい二枚の翼。それを羽ばたかせ、あっという間に空へと舞い上がった少女は数本の黒い羽と……ほんの少しの雫を残して、そこから飛び去った。

 空気を叩く羽音は段々と小さくなっていき、やがて静寂が公園を包み込む。

 

 それをしっかりと見届けた一誠は、ほんの少しだけ頬を緩ませて……そのまま、目を閉じた。

 痛みはもう感じない。冷たいのか、温かいのか、自分が息をしているのかすらもうわからない。身体がまるで自分のものじゃないように重くて、首から下の感覚がまるでなくなってしまっていた。音はまるで耳に入らない。まるで、闇の奥底に沈んでしまったようだった。

 

 

(はは……こりゃマジで……助からないかもな……)

『……相棒……』

(ごめんな、ドライグ……俺、最後までやっぱ、あんな生き方しかできなかったよ……)

『……それでよかったのさ、きっと。俺が認めた兵藤一誠は、そういう男なんだから……な』

(……そっか……そうかな……)

 

 

 こんなときでも、ドライグと話すことはできるらしい。ドライグは一誠の神器……彼の魂と同等の存在なのだから、それも当然のことかもしれない。

 彼には申し訳ないが、それが一誠にとってはとても有難かった。死の瀬戸際に、誰にも看取られることなく死んでいくことは……やっぱり、寂しかったから。

 

(死ぬときくらい……美少女の胸の中でって、思ってたんだがね)

『悪かったな。厳つい雄のドラゴンで』

(そりゃ昨日も聞いたっての……ったく)

 

 死の間際だというのに、すぐこれだ。どうあがいてもこの男から猥雑な煩悩を切り離すことはできないらしい。

 改めてその執念の凄まじさを実感して呆れるとともに、最後まで相棒らしいと安堵するドライグだった。

 

『相棒。後悔はないのか?』

(……俺は、俺の生きたいように生きることができたさ。約束も、守り切ったよ……だから……)

『……そうか』

 

 彼は、言い切った。

 今までずっと一緒に過ごしてきた己の神器……親友の問いかけに、胸を張ってそう言い切ったのだ。

 自分の人生に。後悔はないと。

 

『…………相棒』

 

 答えを聞いたドライグは、それを疑うことはない。

 彼は知っている。子供の頃から、もう一人の戦友(とも)と時間を共有してきた彼だからこそ、一誠の言葉を信じられた。

 嘘偽りの混じらぬ、彼の本心なのだと心で理解できた。

 ならば。ならば、彼はそれでいいのだろう。

 

 

 

 ……だけど。

 

 

 

『相棒……俺は……俺は、お前に生きてほしかった……』

(…………)

『おかしいと笑ってくれても構わない。お前らしくもないと馬鹿にしてくれたっていい。俺だって、どうかしてると思うさ。所詮俺はただの神器。次の主のところへと移り、同じように神器として振る舞う存在だよ……それでも……それでも俺はお前ともっと一緒に生きていたかった。未熟者で才能もないお前が強くなっていく様を見て、子を持つ父のような気持ちになれた。ネクサスと共に、ビーストへ立ち向かうお前が俺の名を呼び、力を貸してくれと呼んでくれる度に、かけがえのない戦友を得た気持ちになれた。卑猥な言動をバカみたいに繰り返して、学校の生徒全員から嫌われても胸を張って、友達と心から楽しそうに笑い合うお前を見ていれば、俺だって同じように楽しかった……本当に、楽しかったんだ……』

 

 

 

 それは、一誠にとっての話でしかなかった。所詮それは、彼の独りよがりでしかなかった。

 彼の生き方は、彼のものだ。彼の人生は、彼のものだ。だから、彼らしく振舞い、彼らしく生きて、彼らしく散っていくならばそれでいいのだろう。

 それで、いいのだろう。

 ……でも。そんな理屈なんかで、納得なんかできるはずがなかった。

 

 

 

『だから……だから、俺は……お前にもっと生きてほしかった……もっと長生きして、景色を共有して、喜びを分かち合って、悲しいときは頼り合って、嬉しい時には笑い合いたかった。こんな十数年だけの、一瞬にも等しい時間で終わりたくなかった。続いてほしかった……俺は――』

 

 

 

 そこで、彼は不意に口を止めた。

 言葉が、震えていた。悲しみで、赤の巨躯が揺らいでいた。

 ……彼は……泣いていた……。

 

 

 

『――俺、は……もっとお前に、幸せになってほしかった……ッ!!』

 

 

 

 己の願いを吐き出すように、ドライグは震える口で言葉を必死に紡ぐ。

 人が聞けば、きっと滑稽だと笑っていたかもしれない。幾星霜の時を生きた、赤龍帝と名高い彼が、なぜそんな青年に拘るのだと。

 人の一生が霞む長い歴史の中で、たった一人の青年……幸運にも彼に選ばれた、ただの人間に。どうしてそこまで固執するのかと。

だがこれは、紛れもない彼の本心だった。彼は生きてほしいと、涙を流して懇願したのだ。

 自分を道具ではなく友と認め、信念のままに真っ直ぐ生きる一誠に……幸せな人生を生きて欲しいと。

 赤い龍は、願ったのだ。

 

(……ありがとな、ドライグ……)

『…………ッ』

(俺……ホントに幸せだよ。お前がいてくれて、本当によかった。一生を共に生きたお前が、よかった)

『俺は! 俺はよくなんてない!! 生きろ相棒! お前は、お前は……!!』

(……次の赤龍帝によろしく頼むよ。じゃあな……親友……)

『相棒……相棒! 相棒、相棒、相――――!』

 

 そこでぷっつりと、ドライグの声が途切れる。

 いよいよ、もう駄目らしい。魂の半身であるドライグとすら、言葉を交えることができないほどにまで……彼は消えかけているのだ。

 ……結局、ネクサスと話すことはできなかったな……

 我ながら自分の状況をよくここまで冷静に分析できるものだと。そんなことを考えてしまうほど余裕をもっている自分を、一誠は思わず笑ってしまう。

 

 ――なあ。俺は頑張って生きたよ。約束通り、守りたいものを守って、一生懸命に生きた……――

 

 思考が、溶けていくように形をなくす。

 水に溶ける砂糖みたいに、自分という形が段々と崩れて散りばめられていくのを、どこかで感じる。

 溶けきってしまう前に。届くはずがないとわかっているけれど。それでも、この言葉を最後に送りたくて。一誠は、思う。

 

 

 

 ――だから、そっちに俺も行っていいかな? 父さん……母さん……――

 

 

 

 それを最後に。彼の意識は闇に消える。

 こうして、兵藤一誠の人としての一生は、ここで終わるのだった。

 




ウルトラマンネクサス:『ジュネッス・レッドドラグーン』

赤龍帝である兵藤一誠が変身する、ドライグとネクサスの力が融合したジュネッス。真紅の龍をモチーフとした装甲を身に纏い、禁手状態の『赤龍帝の籠手(ブーステッドギア)』と同じくネクサスの光の力を何度も倍加させる強大な力を持つ。無敵とも思えるこの力を振っていた故、幼くしてネクサスとして戦っていた一誠はこれまでの戦闘で無敗を誇る。
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