ハイスクールD×N   作:Neverleave

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風邪ひいた。テスト期間来た。
小説が書けぬ。なんだこの悪夢は


~三話~

(………………?)

 

 ……ここは、どこだろう? いわゆる、あの世とでも言うべき場所に、俺はやってきたのだろうか。

 鳥のさえずる声と、朝早くから住宅街を走るバイクのエンジン音が聞こえる。閉じた瞼に強い光が当たり、否が応でも俺を眠りから叩き起こそうとしていた。

 まるで、いつもの朝と同じ。あの世というのは、自分が生きていた場所そっくりに作られているものだとでもいうのだろうか。だとすれば生前の思い出に浸りたいと願う亡者にとってお優しいと思うべきか、死を受け入れられぬ亡霊になかなかに残酷なことをするものだと呆れるべきかわからない。

 ゆっくりと、俺は重い瞼を開ける。その途端、薄い皮によって遮断されていた日光が瞳の奥にまで飛び込んで、鋭い痛みを覚えた俺は思わず目を手で覆った。段々と瞳は強烈な日光に慣れ、輪郭のぼやけた視界がハッキリとした形を成していく。

 

「……ハハ、俺の部屋だ」

 

 何の冗談だろうか。そこは紛れもない、自分の部屋だった。

 まず目に映ったのは、別にこれといった特徴もない、電灯がぶら下がるだけの真っ白な天井。

 起き上がって横を見れば、そこにはろくな目的で使ったことがない大きな勉強机。その上には大量に積み重ねられた教科書と漫画がグチャグチャに入り混じり、足元は崩れ落ちた一部の本とプリントとが散らかっていた。

 その隣を見れば、新品同様の――もちろん一度も使ったことがないためだが――参考書が陳列され、奥に広がる『エロ本置き場(サンクチュアリ)』を隠すべく今日も立派に役目を果たしてくれている。父さんたちが見れば、素晴らしい息子へと成長してくれたことに感極まって涙を流すに違いない。見せる気なんてさらさらないがな。

 

『オキナサイ! オキナサイ! オ、オキナイナラ、キ、キススルワヨ……』

 

 ピピピピ、という規則正しい電子音とともに背後から聞こえてくる可愛らしい声。

 肩越しに振り返ると、そこには朝の来訪を告げるツンデレ目覚まし時計。これもやっぱり寝起きの悪い俺が毎日のようにお世話になっていたものだった。

 困惑しながらも俺は目覚ましのスイッチを押して、鳴り響くアラームを止める。すると時計は現在時刻が朝の七時であることを示していた。これも俺が朝に起きる時間とピッタリ一致。

 布団から出てみれば、冷水を浴びたような寒さが全身を襲う。見ると、俺の寝間着が汗でビッショリと濡れて肌に張り付いていた。寝汗などとは無縁だったのにいったいどうしたことか。しかもまた随分と流したものだと我ながらあきれ果ててしまう。

 ……だが、ふとそこで俺は違和感を覚えた。

 

――死者が汗をかいたりするのか? いや、そもそも冷たいなどと感じるものなのか?

 

何がなんだかよくわからない。起き上がった俺は胸中の疑念を解消するため、ひとまず外の景色を見てみることにした。あ、ベッドから足降ろしたら床に転がってたシャーペン踏んだ。これは地味に痛い。

 ズキズキする足裏を抱えて、片足で跳ねるように窓へと近づく俺。光を遮る二枚の分厚い布を両手で掴むと、思い切りそれを左右に開放した。

 眩い日光で覆われる視界。針に刺されたように目や肌がチクチクと痛み、それを堪えて外へと目を向けた。まず目に飛び込んだのは、隣家とその傍に立つ電柱、そして屋根の上にポツンと置かれたお日様が……ってぎゃああああああああああああああああああああ目がァァァァァああああああああああああああああああああああああああああ!!??

 

 思わず悲鳴を漏らした俺は目を覆って蹲る。数瞬とはいえ直射日光を見てしまうのはつらい。だが、この時感じた痛みはいつも以上に強烈で、目が焼かれ爛れてしまうのではないかと本気で思うほど酷いものだった。

 数十秒の間を置き、やっと俺の目は痛みが治まり視力を回復し始めた。直接見るのは確かに目に悪いが、しかしここまで苦痛を感じるほどのものだっただろうか?

 それに……そう、なんだか身体が怠い。朝は昔から苦手で、目が覚めてもベッドから起きるのは俺にとって苦行だった。だが、今日はその倦怠感が増してさらにキツい。しかも、日の光を浴びたらそれが一段と強くなった気がする。

 そしてそれらの現象は、俺の中にあった疑念をさらに強くすることになった。

 この、身体が感じる痛みは本物だ。この怠さも、この寒さも、全部本物だ。

 死んだら、何も感じないんじゃないのか? 死んでも、生きてる時と同じように振る舞えるのか?

 俺は、生きてるのか? 死んでるのか? どっちなんだ?

 

 いつもと同じ。でも、何かが確実に違う。何がと問われれば、その回答には困ってしまうのだけれど、それでもどこかで違和感が拭いきれない。

 

 ……本当に、俺はどうしてしまったのだろうか。

 言いようのない不安に駆られた俺は、幼き頃から共に過ごしてきた半身へと語り掛ける。

 

「ド、ドライグ……これいったい、なんだ? 俺に何が………………ドライグ?」

 

 と、そこで俺はようやく気付いた。

 朝に起きれば、『よう相棒、起きたか』なんて野太くて厳つい野郎の声が頭に響くはずなんだ。それは、俺があいつと初めて話ができるようになったときからずっと続いていて、いつも寝ぼけた俺の頭をスッキリさせてくれる。美女じゃなくて野郎に起こされるもんだから、気分は最悪だけどな。

 ……話がちょっと逸れたけど……でも、いつもの日々にあるはずのその言葉が、今日はなかったんだ。

 

「……ドライグ?」

 

 震える声で、俺はもう一度親友の名前を呼ぶ。

 だけど、こうして語り掛ければ返ってくるはずのあの声は、いつまで経っても聞こえてこなかった。

 

「ドライグ……? ドライグ? ドライグ、ドライグ!?」

 

 何度も、俺はあいつの名前を叫んだ。

 目を閉じれば、いつだってその雄々しい姿が目に浮かんだ。鮮やかな赤い色の鱗。万を生きる悪魔すら霞むほどの長い年月を生きた、威厳ある巨躯とそのオーラ。口を開けば偉そうで我が侭で、でも言葉を交えれば優しい奴だってわかる、頼もしい親友。

 

「ドライグ!? ドライグ、ドライグ、ドラあぐっ!?」

 

 我を忘れた俺は、同じ足で再度シャーペンを踏んでしまう。

 あまりの痛さに声が途切れ、顔が苦々しい表情へと変わる。だが、そんなことはどうでもよかった。俺が今直面していることと比べれば、そんなものはどうでもいいことだった。

 

「…………ド、ライ、グ…………」

 

 情けないくらい、か細い小さな声で。何度目になるかわからぬ呼びかけをする。

 『なんだよ相棒、だらしないな』。きっとそんなことを愚痴りながら、ひょっこりと姿を現すのだろう。また偉そうな低い声で、赤龍帝がどうとか、白いヤツに笑われるだとか、また説教を始めるんだろうって、そう思った。思いたかった。

 だけど。瞼を閉じても、あいつはいない。

 耳を澄ませても、あいつの声は聞こえない。

 

 

 

 友のいない、孤独で迎える初めての朝。

 こうして俺の新しい一日は、最悪の形で幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

「イッセー! どうだこれ、昨日俺が見つけた究極の逸品だ! 巨乳爆乳美乳微乳貧乳まな板、ありとあらゆる乳という乳が主人公へと押し寄せる夢の世界、『おっぱいパラダイス』!!」

「素晴らしい。再生すれば全てのおっぱいが集結し様々な体格の女性があられもない姿を晒す二時間を堪能できるのだ。時に恥じらい時に開き直り時に赤面し時にのしかかり時にサディスティックに振る舞う美女、その胸で揺れる甘い果実……どうだイッセー、こいつを見たくはないか? 見るよな? 見るよな? 当然の如く見るんだよな!!??」

「…………あぁ」

 

 いつもと同じクラス。いつもと同じ親友。

 学校へとやってきた俺を迎え入れたのは、何の変哲もない、変わらぬ日常だった。

 松田、元浜は相変わらず変態の本能が命ずるまま、俺に昨日仕入れてきたエロDVDを見せつけてくる。俺たちのセクハラトークに、クラスメイトは全員が穢れたものでも見るような目で睨みつけ、距離を取っている。

『どうしようもない変態だわ』『昨日は何かがおかしかったのよ』『誰か通報しないのかしら?』などとひそやかに罵倒の言葉も女子の間で飛び交っているが、そんなものは俺にとってどうでもいいことだった。

 

 あれから学校に来るまでの間で、わかったことがある。

 ここは死後の世界なんかじゃない。俺が生きている世界と何も変わらない、いつも通りの日常を営む世界だった。

 胸ポケットに手を当てると、そこにネクサスとの絆を示すエボルトラスターがあるのがわかる。朝起きて制服を調べていると、そこにそのままこいつが仕舞い込まれていたのだ。

死後の世界に、ネクサスはいない。俺が消えればそのままあいつは俺と離れ、また他の誰かに光を授けるはずだから。それがここにあるということは、俺がまだネクサスになる資格を持ったまま生きているということの何よりの証だ。

 そして、俺が朝から感じていた違和感の正体。変わったのは世界じゃない。どうも、俺の方のようだった。以前よりも身体能力は大きく上昇し、五感がおかしなくらいにまで鋭くなっていた。目は遥か遠くにある物や極々小さい物までハッキリと見え、耳は普段ならば聞こえることもなかったような微細な音まで聞き分ける。嗅覚はたばこの残り香や微かな香水の匂いも捉えるほど研ぎ澄まされ、肌はごく至近距離に限るが、わずかな空気の振動すら感知できるようになった。でも何より特筆すべきはその身体能力だろう、何せちょっと本気を出せば車と並んで走れるようになってしまったのだから。さすがにこいつは俺もビビったし、誰かにそんな姿を見られていなかったかと気が気でならなかった。幸い誰もそこに通行人はおらず、運転手もこちらを見ていなかったから誰からも注目されることはなかったが、これから日常生活を営んでいく上でかなり苦労することになるであろうことは間違いない。

 しかし、一方で弱くなってしまったこともある。陽の光だ。

 起床時に太陽光を見た時から薄々感じてはいたが、自分の身体が強い光を拒絶しているらしいのだ。直接見ることは言うまでもなく、ただこうして照射される日光を浴びているだけで身体から力が抜けていく。肌はチクチクと針で刺されているように痛いし、頭はなんだかぼうっとする。さすがにここまでの苦痛と倦怠感を感じたことはなかったし、明らかに俺の肉体に変化が起こっているとしか思えなかった。

 

 ……にわかに信じたくはないが……まるで、これは……

 

(――悪魔、になっちまったのかな)

 

俺の症状(?)は、ドライグから予め聞いていた悪魔の特徴と尽く一致しているのだ。

 曰く。朝に弱く、夜に強い。

 曰く。人間よりも遥かに優れた身体能力を誇り、魔力を操り超常的な現象を起こす。

 曰く。光を毒とし、闇を好む。

 

 ……ここまで来ると、もはや疑いようもねえ。

 俺の勘ではここら一帯を管理している悪魔たちが関与してるんじゃないかと睨んでいる。あのとき、俺が死んだあの場所に悪魔はやってきたはずだし、俺の身体に細工をするならそいつらしかあり得ないからだ。聞いたところによれば近年の悪魔は数が減ってきているために、別の種族を悪魔へと転生させ、自らの下僕とさせるスタンスを取るらしい。

いったい何を考えてそんなことをしたのかなんてわからないが……あそこで尽きるはずだった命を救ってくれたのだから、感謝すべきなんだろうか……いずれはすることになるだろうが、こっちから接触なんて、できればしたくないんだけど。

 

 いろいろと問題がある。いろいろと知らなきゃいけないことが出来たし、もっと大変なことに巻き込まれていくかもしれない。

 でも。目の前に広がるたくさんの面倒事よりも……何より大きかったのは、やっぱり。

 

 

 ――ケッ、厳つい雄のドラゴンで悪かったな――

 ――いやもうそれはマジでやめてください赤龍帝としての面目とかが丸つぶれになるから頼みます――

 ――俺は! 俺はよくなんてない!! 生きろ相棒! お前は、お前は……!!――

 

 

 交わした言葉を思い出すたび、胸がズキリと痛む。

 あれから、何度もあいつを呼んで、何度も心の中を探し回った。

でも、ダメだった。影も形も、声もない。あいつがまるで幻だったみたいに、何もかもが消えちまって、なくなっていた。

やっぱり、ここは死後の世界なのか?

 お前は、俺とは違う誰かのとこへ行っちまったのか?

 それとも、まだお前は俺の中にいてくれているのか? ならどうして姿を見せてくれないんだ?

 返事くらい、いいだろ……美少女なんかに化けてくれなくても、野郎の野太い声で話しかけてくれたっていいのに。

 なぁ……ドライグ……

 

 

 

「……なぁ、どうしたんだイッセー?」

「……泣いてんのか?」

 

 ふと気が付くと、眼前には心配そうに俺を見つめてくる松田と元浜の顔。

 二人の言葉にハッとして目元に手をやると、隠しようがないくらいに濡れていた。

 ――やべぇ。俺、泣いてたのか。

 制服の袖で乱暴に目を拭くと、無理やりに笑みをつくって俺は返事をする。

 

「っせーな、目にゴミ入っただけだっての。で、なんだ? 今度はどんなおっぱいがおススメなんだ、んん?」

 

 またあふれ出そうな雫を堪えて、なけなしの空元気を振りかざす俺。でも、松田と元浜はいつもみたいにバカ騒ぎをすることなく、真面目な表情をして俺と向き合っていた。

 

「……イッセー。俺らは親友だろ? なんかあったなら話くらい聞いてやるよ。どうしたんだ?」

「んん~? 別にんなことは微塵もありゃしねぇって。今日も絶好調でおっぱいを大好きです! 世界にあふれるありとあらゆるおっぱいを愛しております!」

「なんでもねぇふりしたって無駄だっつーの。いったい俺らがいつからダチの付き合いやってると思ってるんだよ、んな演技したってバレバレだ」

 

 なんだよ。こっちはけっこー頑張って元気に振る舞ってるってのに。

 親友だったら、気にしてほしくないことがあるんだってわかるだろ。ほっといてくれよ。

 ……クソ。イライラする。こいつらはきっと心から俺の事心配してくれてるってのに、俺は何考えてんだろうな。

 

「ハハハ、バレた? 実はよ~、俺がこっそり隠してた宝物の数々がとうとう母さんに見つかっちまってさ。『汚物は消毒だァーッ!!』てな勢いで処分されちまった。あれはツラかったわ~」

「…………そうか」

「そりゃマジで災難だな。俺だったら即死もんだね」

「だろ!?」

 

 なんだってんだその空返事。こちとらない脳ミソ振り絞って必死に言い訳考えてるってのに、まるで嘘だとわかりきってますって感じだ。でも、どうやら触れてほしくないことだってことは伝わったらしい。それ以上二人は言及することなく、普通に話を合わせてくれている。

 ……なにやってんだ……大事な友達なのに……

 

 

 

「……なぁ、イッセー」

「ん?」

 

 

 

 笑顔の裏に自己嫌悪が渦巻いていた、そんな俺に浜田が語り掛けてきた。でも呼びかけに応じてから、浜田はなかなか話を切り出そうとしない。

 そんな真顔で話しかけてくるなよ。こっちだって身構えちまうだろ。

 苛立ちを押し殺しながら、俺は浜田の言葉を待つ。

 やがてあいつは重い口を開いて、俺の目をじっと見据えて言葉を紡ぐ。

 

「……そりゃあさ、人に言いたくないような、一人で抱えなきゃいけねぇ辛いことだってあるさ。俺だってそれくらいわかるよ。親友だからって、それでも言えないことってのは間違いなくあるんだ」

「…………」

「でもな? 俺らは親友だ。そんな辛い顔してる友達(ダチ)見て、放っておけねーんだよ。話せないようなことなら、話してくれなんて言わない。けど、お前の力になりたいって思ってるヤツがいるってこと知っててくれ」

「しんどい時はしんどいって言ってくれよ? 俺らも支えてやるからよ。俺らが言いたいのはそんだけだ」

 

 それだけ言うと、松田も元浜もそれ以上何も言うことはなく……今までと同じように、情人ならば聞くに堪えない猥談で盛り上がっていった。

 

「イッセー! そんな落ち込むなよ、今日は放課後俺の家に寄れ。秘蔵のコレクションをみんなで見ようじゃないか!」

「それは素晴らしい。松田君、是非ともそうしてくれ!」

「……わーったよ、今日は無礼講だ! 炭酸飲料とポテチで祝杯あげながら、エロDVDでも視聴しようじゃねえか!」

 

 それでこそイッセーだ! そうこなくっちゃな、イッセー!

 俺がノリにのってそんなことを叫ぶと、松田と元浜は口々に調子のいいことを言いやがった。

 

 ――んだよそれ。こんなときに、そんなこと言うんじゃねーよ。

 泣きそうに、なるだろうが。

 

 

 

 それから俺は、二人のセクハラトークに混じって一緒にバカみたいに騒いで。

 他のクラスメイトたちから白い眼で見られながらも、そんなもん気にすることもなく、一時の平和を楽しんだ。

 あいつらとはしゃいだこの時間……俺は親友を失った悲しみを、忘れることができた。

 

 このとき俺は、改めて思うことになったんだ。

 友達を失った悲しみと、友達がくれる喜びは同じくらい重たくて、同じくらい大切なものなんだって。

 

 誰かの未来を、大きく変えてしまうくらいに。

 

 

 

 

 

 

「じゃあなイッセー! また明日会おうぜ!」

「おう。いい夢見ろよ」

 

 見上げれば、満月。

 金色に輝く月に紛れて星が瞬き、涼しい風が頬をなでてすり抜けていく。普段ならば心地よく感じられるのに、足取りは重い。

 あれから俺は松田に招かれるまま、元浜とともにあいつの自宅へと遊びに行き、秘蔵のコレクションを閲覧し続けた。どれもこれもが変態どもを唸らせるには申し分ない逸品ばかりであり、興奮した俺たち三人は最高にエロいひと時を共有した。当分はおかずに困ることはない。ありがとう友よ。お前らはやはり最高だ。

 

 ――なんてバカみたいに思ってみるけど、やっぱり独りぼっちになるとだめだ。

 

「……はぁ……」

 

 そうして浮かれた気分のまま、俺たちはもう夜遅いからと言ってそれぞれの帰路に着いた……だけど一人になった途端、どうしようもない孤独感が俺を襲う。

 正直に言えばいっそのこと、ずっと俺はあのままあいつらと一夜を明かしてしまいたかった。一人になればこうしてまた、重苦しい悲しみが去来することになるのはわかっていたから。友と過ごす時間は限られているけど、友を失ったこの空虚感はこれから俺にずっと付きまとうものなんだと、今日初めて思い知った。

 誰かと別れた後だって、いつでも俺の中にはドライグがいた。だけど今、俺は本当の意味で独りになっちまった。

 ……あいつ、今どうしてるのかな。他の赤龍帝でも見つけて、そのままそいつのとこに行っちまったんだろうか。紛いなりにも俺、一回死んだんだしな。俺が赤龍帝じゃなくなって、新しい赤龍帝が生まれてもおかしくない。

 ――仕方のないことだってのはわかるよ。ドライグは『神滅具(ロンギヌス)』の一つ、誰かが死ねばそのまま他の誰かが受け継ぐものだ。だけど、俺の抱える喪失感は、そんな理屈だけで霧散してくれるほど簡単なものじゃない。

 俺があいつとともに過ごしてきた時間、共に感じた思い、必ず叶うと信じ合った願い。

 いろんな気持ちが合わさって出来た、兵藤一誠とドライグの〝絆〟は……簡単に、消えていいものなんかじゃないんだ。

 

「――〝絆〟か」

 

 ふと俺は、胸元に手を当てる。そこには俺の呟いた言葉を意味する『光』があった。

 俺が死んで――暫定ではあるけど――悪魔に転生したにも関わらず、俺の中から去らなかった〝(ネクサス)〟。ドライグが俺から去ったというのならば、どうして彼は俺の元からいなくならなかったのだろうか。

 気になる疑問ではある。だがこのことについて問いかけようにも、会話自体ができないのだからどうしようもない。ドライグは過去数回ほどネクサスと対話したことがあるらしいから、俺もやろうと思えばできるだろうが……期待しない方がよさそうだ。

 それにわかったところで、あいつがいなくなった事実は変わらない。やはり他の赤龍帝のところへと行ってしまったと考えるのが妥当なところだろう。

 

「ハァ……せめてドライグがどの人間に『神器』として宿ったかさえわかりゃあ……ん? 『神器』?」

 

 と、そこで俺はまだ確かめていないことがあるのに気が付いた。

 思いついたその瞬間は、逆にどうしてその発想に至らなかったのかって自分に憤慨するくらい、至極簡単なことを俺は見落としていた。

 そうだ、『神器(セイクリッド・ギア)』!

 なぜ今の今まで思い出さなかったんだ、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の存在を! あれが出せるかどうかで、自分が赤龍帝じゃなくなったかどうかが一目瞭然じゃねーか!!

 

 慌てて『神器』を出そうとしたその瞬間に思いとどまって、ひとまず自分を落ち着かせる俺。

 ドライグの声こそ聞こえないものの、もしも『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』が自分の中に残っていたままだったなら――そしてマヌケにもそれを外へと出そうものならば、この地域にいる人外たちに俺の存在を知らせることになっちまう。そうなれば結果にこそ喜ぶものの、後々泣きを見ることになるのは必至だ。

 誰もいない、何処かここから遠くへ。そして一瞬だけ、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』の有無を確認する必要がある。早くやってみたいことではあるが、念には念を入れるべきだ。

 

(ったくあの赤トカゲ……もし黙って俺の中にいたままだったらゼッテーぶん殴ってやる!! ……あれ? これって自分で自分を殴ることになるのか? あーくそ、どうでもいいや、とにかく許さねぇかんなドライグ!!)

 

 気が急いている俺は、いるかどうかもわからない親友へと心の中で語り掛ける。

 期待と不安が胸中で入り混じる中、しかし一筋の希望が見えたことを俺は喜びながら、駆け足で我が家へと向かう。

 そのときだった。

 

 

 

 ――ゾクリ、と。

 

「ッ!?」

 

 殺意のこもった視線を背後から感じて、俺の背筋に悪寒が走る。

 ただならぬ気配を感知した俺の第六感が、警鐘をせわしなく鳴らしていた。

 ビーストではない。奴らの殺意は野生動物が持つ純粋なものであり、これは嫌悪と憎悪、いくつもの悪意が入り混じっている。それにまずビーストがいるのならば、エボルトラスターが反応を示すはずだ。

 そしてこの感覚……これはまるで、目覚めた時に見た太陽と同じ……いや、それ以上に危険な光の塊か何かが、自分に迫っているような感じだ。

 思わず唾を飲みこみ、俺はゆっくりと振り返って視線の主を見る。

 するとそこには、一見すればどこにでもいるようなスーツを着た男が立っていた。

 

「これは数奇なものだ。こんな都市部でもない地方の市街で貴様のような存在に会うのだものな」

 

 至って平坦な口調で男は語り掛けてくるが、その言葉の裏には悪意が渦巻いている。

 喋っているとき、口以外に男の表情は動かない。その双眼は冷たく凍てついていて、ただ俺という存在を観察することだけに徹している。

 ……この感じ。俺は、知ってる。

 これは……こいつは……!!

 

「主は誰だ? こんな都市部から離れた場所を縄張りにしている輩だ、階級の低い者か、物好きのどちらかだろう。お前の主は誰なんだ?」

「――ッ!!」

 

 男からの問いかけなど何一つ耳にしないで、俺は自分の足を動かすことだけを考えた。

 即座に身体を反転させると男に背を向け、猛スピードで夜の住宅街を駆け抜ける。

 なんたって最近はこんなにもツイていないんだろう、よりにもよってまた堕天使に遭遇しちまうだなんて!

 ビーストといい堕天使(お前ら)といい、一体全体どうなってんだ!!

 

 悪魔(暫定)に転生したがためか、俺の身体能力は格段に向上していた。オリンピック選手どころか、そこいらを走る車とだって引けを取らない速度で走行することができる俺に、しかし男はピッタリと張り付いてきている。背中から、夕麻ちゃんと同じ漆黒の翼を広げて地面すれすれを飛行し、今にも俺に追いつきそうな勢いでこっちへと迫っていた。

 

(予想はしていたけど、やっぱりこんなんじゃ撒くことなんてできねぇってのかクソ!!)

 

 バサッ、バサッ、と空気を叩く飛翔音が背後から何度も響き、それが聞こえるたびに俺の思考は憔悴でかき乱される。あの堕天使と夕麻ちゃんは繋がっていると考えてもいいだろうが、しかしなぜ俺を今になって襲ってくるってんだ?

……今そんなことを考えたってしょうがねぇ。クソッ、いったいこれからどうすればいい!?

 

 『ブラストショット』を使おうにも、こんな住宅街で暴れ回れば周囲に被害が及ぶ。あの様子じゃ、あの堕天使は周りの人間よりも俺を抹殺することを優先するだろう。

 こうして逃走しようにも、あいつは俺を逃がしてくれそうにねぇ。持久戦に持ち込まれれば分が悪すぎる。こっちは地面を走っているのに対して、あっちは空を飛んでるんだ、隠れたって簡単に見つかるだろうし、空中には地上ほど障害物が存在しない。追いかけっこではあちら側が有利なんだ。

 ……となると、どっか被害の及ばない場所に誘って、ぶっ飛ばすしかねぇ。か!

 

 そうと決まれば実行あるのみ。もう場所については見当がつけてある。

 以前よりも遥かに強化された脚力を全開にして、俺は『あの場所』に向かって駆け抜けた。

 ブワッ!! と風の壁を真正面から受け、思わず目を瞑る。しかし、速度を緩めるわけにはいかない。いつ光の槍がまた飛んでくるとはわからないのだから。幸いにして俺を格下とみなしているためかあちらから攻撃してくる気配こそないが、こんなところを一般人に目撃されてしまえばどうなるか……口を封じるために、手を出すかもしれない。

 それだけは、絶対に避けなきゃならなかった。

 

「ふっ……!!」

 

 追いかけてきてくれてるのが美少女ならよかったのになぁ、などと俺の中のセクハラ遺伝子がそんな思考を脳裏に浮かばせる。そりゃ確かに万々歳だけれども時と場合を選ぶべきだと我ながら思います。

 時にまっすぐに、時に道を曲がり、ジグザグに街路を突き進む俺と、それを追跡する堕天使。

 それが十分ほど続いたそのとき、開けた場所へと俺は飛び出ることとなった。

 そこは、俺が一度死ぬことになった、あの場所。

 夕麻ちゃんから告白され、そして槍で心臓を貫かれ。ビーストから、彼女を守った公園だった。

 そこで俺は歩みへと変え、振り返って背後の堕天使と対峙する。

 

「逃がすと思うか? 下級な存在はこれだから困る」

「ハッ、こっちだって好戦的なバカは困るんだよ。こちとら穏便に事を済ませたいってのに、相手はどこまでもその下級如きを追いかけて殺そうとする素敵な堕天使様ときやがる。なんだこりゃ、今日は厄日ってやつか?」

「……ふむ、どうやら口だけは達者のようだな。主からさぞ低俗な教育を受けていると見える」

「そいつぁどーも。だけど俺の目の前にいるストーカーよりはマシだろ?」

 

 開口一番からの、罵詈雑言の応酬。こっちが相手を乏しめる発言をするたび、堕天使はわかりやすいくらいに嫌悪の感情をその顔に表していた。おいおい、夕麻ちゃんもそうだが堕天使ってのはプライドの塊か? こりゃいちいち相手にするのがしんどいぞ。まず

相対すること自体避けたいんだけどな。

 口を動かしながら、俺はポケットの中にある『ブラストショット』をいつでも取り出せるようしっかりと握りしめる。幸運にも、周囲に人はいないし、ここでなら大きな被害は出ないだろう。いくつかの公共施設はお陀仏になるかもしれないが、誰かの家族やその家屋が壊されるよりも遥かにマシだ。

 どこまでも冷たい視線で俺を射抜きながら、堕天使は憎悪の表情を浮かべて口を開く。

 

「まぁいい。お前の属している主の名を言え。こんなところでお前らに邪魔をされると迷惑なんでな」

「さてね? 言い当ててみろよ、正解しても間違っても特に何もないがな、余興にはなるだろ」

 

 堕天使の問いかけにそう返答すると、相手は訝しげにこちらを見つめてきた。

 冗談っぽく言ってはみたが、実際は俺だって主が誰かなんてわからん。この地域を支配する悪魔であることはわかるのだが、誰がここを占領しているかなんてドライグも知らなかったし、そもそも俺が本当に悪魔かどうかも確かじゃないんだからな。

 堕天使は数秒ほど何かを思案すると、ふと思ったように俺に再度訊ねかけてきた。

 

「……まさかお前、『はぐれ』か?」

 

 おい、そう解釈してくるのかよ。

 『はぐれ』。それは『はぐれ悪魔』と呼ばれる奴らの略称だ。

 悪魔は他の種族を転生させることによって数の減少を食い止めようとしている、と言ったが、転生した悪魔の中には主の元から消える、もしくは主を殺して失踪するヤツだっている。

 そいつらは大抵が自分の欲望のためだけに振る舞い、他者を無差別に傷つける下衆になり下がるのだ。よって天使、堕天使、さらには同族であるはずの悪魔からすらも討伐対象とされており、日々彼らは狩られ続けている。

つまりはぐれ悪魔とは、三種族から追われているお尋ね者集団のことだ。

 いやいや、この際誰が主と思われてもそりゃよかったけれど、それはさすがにねーだろ。

 『はぐれ』なんかとみなされたあかつきにゃ、赤龍帝だのネクサスだのはお構いなしに一生を追われる身のままだ。くそぅ、ここは素直に白状して信じてもらうようにするしかない。

 

「おいおいおい、いくらなんでもそれはねーよ。実際のところ言っちまうと、俺も誰が主だかわかんねーんだよ。ちょいと臨死体験? ってなものを経験したばっかでな、そっからどういうことか生き返ったんだ。まず俺自身、自分が悪魔なのかもハッキリとはわかってねーし。ちっと信じがたいことかもしれねーけどホントのことだ、信じてくれ」

「……ふむ。主の気配も仲間の気配もなし。消える素振りも見せない。魔法陣も展開しない。状況分析からすると、お前は『はぐれ』か。ならば、殺しても問題はあるまい」

 

 もしもーし、あなた人の話聞いてました?

 無視しやがった。俺が仕方なく自分の身の上について説明したらガン無視しやがったこいつ。

 何なの? 堕天使って人の話も聞けない残念な奴らの集まりなの?

 いや、そりゃあ状況分析やら俺の話の信憑性やらを鑑みれば、確かにそう考えちまうのもわかるけどさ、それでももう少し腰を据えた対話というものをしてくれよ! それでよくもまぁこの長期間デカい戦争せずに過ごしてこれたもんだな!?

 

「あのな、人の話聞けよ誰がはぐれだ! 俺は主が誰かわからねぇだけで――ッ!?」

 

 ビュウッ!! と風を切る音が聞こえた瞬間、俺は反射的に横へ跳んでいた。だが一瞬遅れてしまったようで、右足を何かがかすめた。

 瞬間、傷口から走る激痛。まるで熱した鉄棒を押し付けられたような痛みが右足を起点に全身へと駆け巡り、俺は思わず声にならない悲鳴をあげそうになった。

 必死に口を閉ざし、俺はなんとかそれを堪えきる。

 

「~~~~~~~ッ!!」

 

 回避したときに見えた閃光。堕天使が放つ光の槍のそれに違いない。かすっただけであったとしても、悪魔として転生してしまった俺にとって光はこれ以上ない毒となる。いったいどれほどのものかと疑問に思ってはいたのだが――急所でもない場所に、しかもかすっただけでこんなに痛ぇのかよ。

 激痛からくる恐怖と、光を俺にぶつけてきた堕天使へ激しい憤りを感じる俺だったが、ここで冷静さを欠いてしまえば二度目の人生――いや、この場合悪魔生か? 語呂悪いな――を、ここで呆気なく終えてしまうことになる。

 

 なんとか落ち着きを取り戻した俺は、状況把握を開始。ここで取るべき最善の方法を瞬時に考案するため思考を巡らせる。

 まず、俺は右足をやられてしまった上に光を浴びてしまったから動けない。全力で逃走しようとしても逃げきれなかったのだから、こんな状態であいつが見逃してくれるはずもない。戦う以外に、助かる術はない。

 俺にとって好都合なのは、あいつが俺のことをたかだが下級の悪魔に過ぎない存在としか考えていないことだ。ブラストショットを不意打ちでぶっ放すことさえできれば、油断している今ならきっと命中してくれるはず。いくら光の眷属であるとしても、それよりも厄介で強力な存在であるビーストですら消滅させる衝撃弾を放つ銃の前では抵抗などできるはずもない(まぁ、本当に殺さないように調整して撃つけどさ)。

 ここで少し問題があるのは、あいつと俺との間に距離があるということ。激痛で手元が狂ってしまいかねない今、失敗などしようものなら今度こそ俺は助からない。確実に一撃をぶちかませるまで、ヤツと接近する必要がある。

 よってここは……

 

「い、てぇ……痛ぇ、痛ぇよぉ!? た、助けてくれ……誰か、誰か……!!」

 

 無様に地面を転げまわり、泣きじゃくること。あと命乞いをするとベター。これによりさらに相手を油断させ、近づかせることができればいい。

……やりながら思うが、俺ってここまで狡い野郎だったっけ……。あ、なんでかわからないけど俺の中のネクサスがため息吐いた気がする。こんなヤツが適合者(デュナミスト)でごめんなさい。

 

「痛かろう? 光はおまえらにとって猛毒だからな。その身に受ければ大きなダメージとなる。光を弱めで形成した槍でも死ぬと思ったのだが、意外と頑丈だ。では、もう一度光を放とう。今度は少々光の力を込めるぞ。さすがにこれで終わるだろう」

 

 よしよし、相手は俺の迫真の演技にすっかり騙されてくれてる。といってもこれマジで痛いんだけどな。涙が溢れて止まらないけど、これ本物だし。

 ゆっくりと俺の方へと近づいてくる堕天使。そして俺は怯えた様子を見せながら、後ずさりする。それでいい。そのまま俺の方へと接近してくれ。こっちは引き金にもう指をかけてるから準備万端だ。

 

「あ、ぐぁぁぁ……や、やめ……っ」

 

 震え声で助けを求める俺。もちろんフリなのだが、相手は寒気のするような不気味な笑みを浮かべながらこちらへとやってくる。さっさと撃ってしまいたいが、まだダメだ。まだ十分に近寄ってきてくれていない。

 あと、少し。あと少しだけ――

 

「恨むのならば弱い自分を恨むがいい。さて、こちらも予定が詰まっているのでな。そろそろ死ぬがいい」

 

 そう言って、極々至近距離にまで接近した堕天使は光の槍を振りかざす。

 ここまでくれば、もう外す方が難しい。それくらいにまで、近寄ってきてくれていた。

 ありがとよ、マヌケで助かったぜ堕天使。

 

 ――今だっ!!

 

 心の中で叫び、俺はポケットからブラストショットを取り出し――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――撃とうとしたその瞬間。ドゴンッ!! と眼前の大気が爆発した。

 

「ッ!!」

「なっ!?」

 

 突然のハプニングに、俺は戸惑いを隠せず声をあげる。

 俺の目の前で起こった小さな爆発は堕天使に直撃し、光の槍もろとも吹き飛ばした。

 堕天使の手は血にまみれ、痛みを堪えるように傷を押さえている。致命傷はどうやら避けたようだ。

 ブラストショットを出す直前で茫然としている俺の背後から、足音が一つ。徐々にそれは俺と堕天使の方へと近づき、やがて俺の隣を一人の人影が通り過ぎた。

 

 そして。俺の双眼が、その後姿を捉える。

 

 

 

 ――ドクン。

 

 

 

「この子に触れないでちょうだい」

 

 紅い、髪。

 

「……紅い髪……グレモリー家の者か……」

「リアス・グレモリーよ。ごきげんよう、堕ちた天使さん。この子に手を出すというのならば、容赦しないわ」

 

 心臓が、何かに握り潰されるような気がした。

 胸がギチギチと締め付けられ、狂ったように拍動が早くなる。

 鼓動するたびに鈍重な痛みが左胸を走る。今にも破裂するんじゃないかってくらいに。

 

「……ふふっ。これはこれは。その者はそちらの眷属か。この街もそちらの縄張りというわけだな。まあいい。今日のところは詫びよう。だが、下僕は放し飼いにしないことだ。私のような者が散歩がてらに狩ってしまうかもしれんぞ?」

「ご忠告痛み入るわ。この街は私の管轄なの。私の邪魔をしたら、そのときは容赦なくやらせてもらうわ」

「その台詞、そっくりそちらへ返そう、グレモリー家の次期当主よ。わが名はドーナシーク。再び見えないことを願う」

 

 それだけ言うと、ドーナシークとかいう堕天使は漆黒の翼を広げてどこかへと飛び立っていった。夜空の黒に堕天使は隠れ、羽ばたく翼の音だけが聞こえる。飛翔音はフェードアウトするようにゆっくりと小さくなり、やがて聞こえなくなった。

 闇に包まれた公園の中。俺と紅の髪の女性だけが、取り残される。

 

 そして赤い髪をたなびかせて、女性が振り返った。

 

 

 

 ――ドクン。

 

 

 

「危ないところだったわね。足をかすっただけでも、光を受けてしまったのなら転生したての貴方が堪えられるはずもないわ。痛かったでしょう?」

 

 優しく、慈しむような口調で女性は俺に語り掛けてくる。

 だが、俺はそんな彼女の言葉なんて、何一つ耳に入ってこなかった。

 

 赤。

 長い、赤。艶やかな、赤。

 月明かりに照らされたそれは、燃えるようで。影に隠れて暗いその部分はまるで、血のようで。

 

 息が、苦しい。

 かひゅー、かひゅーと掠れるような音が俺の耳に聞こえてくる。

 俺の、呼吸音?

 鼓動音が、ドクドクと、うるさい。

耳、鳴り、が、キーンって、痛い。

足が、熱い。でも、寒い。

 赤い。暗い。寒い。痛い。暗い。うるさい。熱い。寒い。赤い。赤い。寒い。熱い。暗い。熱い。寒い。痛い。うるさい。痛い。うるさい。痛い。うるさい。痛い。寒い。寒い。赤い。暗い。

 

「どうしたの、大丈夫? なんだか様子が変よ、どこかに傷でも――」

 

 紅が、俺に近づく。

 髪が、女の人が、俺に近づいて――

 

 ああ。この、髪。この、顔。

 俺、知ってる。

 この、人は。この、娘は……

 

 

 

 

 ――来ないで……来ないで、化け物ぉーーーーーーーーーーーーーッ!!――

 

 

 

 

「あ……か、ひゅっ……」

 

 いつまでもこびりついて離れない、女の子の悲鳴。

 月日が流れても消えない、悪夢。

 

 それが聞こえてきたとき……俺は落ちるように、意識を手放した。

 




DMC×問題児も書いていかねば。
次回の投稿は遅れ気味になるやも。あーしんどし。

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