ハイスクールD×N   作:Neverleave

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本日は連投なり、本日は連投なり


~五話~

 

 

「ガハッ、がっ、あァ……う、げぇ……ェェ!!」

 

 午前7時30分。

 駒王学園一階に設置されたトイレ。朝早い段階であるため誰もいないその場所で俺は、盛大に吐き出していた。

 何を、などというレベルではない。朝から何も口にしていない俺の胃は、その消化液と唾液が混じった黄色い液体を逆流させて俺に嘔吐させる。元から空っぽの俺の腹は、中の体液すら一滴残さず絞り出そうとするように収縮し、絶えることなく俺の口を吐瀉物で満たし続けた。

 そんな拷問のような苦行をする俺を、背後から二人の人物が不安げに呼びかける。

 

「おいイッセー、大丈夫かよ!?」

「なぁ、我慢せずに保健室行こうぜ? メチャクチャ辛そうで見てらんねーよ。いいだろ、な? おい!」

 

 松田と元浜。ガキの頃からの親友二人は、未だに吐くことをやめない俺を心配そうに見つめて右往左往している。

 元浜の問いかけに、俺はYESかNOかの簡単な返答すらできやしなかった。ゲロが詰まった口で、いったいどうやって喋ればいいかもわからない。首を振ることで意思を伝えたくても、少しでも動こうものなら途端に胃が刺激されて、即リバース。最悪な悪循環だ。

 

そもそもこんなにも朝早くから登校するだなんてのは、二人にしてみればかなり珍しいことだった。遅刻スレスレ、なんてこともありはしないが、別段早い時間帯に来るわけでもない。これだけ始業から間のある時間に学校へと来るなんていうのは俺も未経験だ。

 曰く、『昨日の俺の様子を見て、心配だったから』とのこと。いつでも俺を歓迎することができるよう、学校が開く時間にはもう登校していたらしい。昨日俺に語り掛けた言葉といい今日のこの対応といい、俺はもう本格的に涙腺が緩くなってしまう。

 だが。俺がこんな状況にまで追い込まれるなどとは。二人はもちろん、当事者である俺でさえ予想だにしていないことだった。

 

(……なんなんだよ、いったい……)

 

 今日一日の出来事を振り返り、一誠は頭を抱える。

 ここ最近いいことに巡り合ったした試しがなかったが、今日という日ほど最悪なものもありはしない。この日の始まりから、今まで。もうストレス以外に感じるものなど、何もなかったのだから。

 

 

 悪魔になっても朝早く起床する癖を保ち続けたのは僥倖だった。俺とリアス先輩が起きたその時間、親はまだ寝床から起きていなかったらしい。先輩は両親に挨拶したいなどと言っていたが冗談じゃない、ややこしい話に発展してしまうのは勘弁だ。

 ということで周囲に目を光らせ、気配を殺しながら俺と先輩は外へと出た。朝飯は必然的に抜きだ、ドチクショウ。

 だが、そんな些細なことはどうでもいい。問題なのは、俺とともに自宅を出ることとなったその美女。

 自らのことを俺の主人であると告げた人物。それは俺が通う駒王学園で有名な美少女であるとともに、俺が最も会いたくないと思っていた人だった。

 リアス・グレモリー。俺の一つ上の学年に所属する彼女は、その容姿もさることながら文武ともに秀でた成績を持ち、そして誰とでも分け隔てなく接する優しさを兼ね備えていることから、『二大お姉さま』の一人なんて言われている。

 学園で一、二を争う有名人の彼女だけれど、俺は彼女と話したことなんてないし、何より顔を見たこともなかった。特に彼女の方から話しかけられることもなかったこともあるが、一番の原因は俺が彼女を避けていたことだろう。

 

 理由は言うまでもない。紅髪。

 数年の月日が流れ、女性恐怖症を克服したとも言えるくらいにまで回復した今でも、俺がどうしても受け入れられないもの。それが紅髪だった。

 今までの荒療治と同じようにそういった類の作品に手を出したり、紅髪のヒロインが登場するような漫画やアニメなんかも見たりした。一人では決心がつかなくて、浜田や元浜すら誘って一緒に見たくらいだ。

 だがその結果は悲惨なものだった。ものの数分見続けただけで俺は嘔吐したのだから。イラストを眺めるだけでも頭痛を催し、ただの映像……そこに存在するはずもない人物を目にしただけで、堪えがたい苦痛を俺は感じてしまう。いくら何度試してみても、どうあがいても状況は改善の兆しを見せず、俺は親友二人に情けない姿を露呈することとなってしまった。

 これで、もし実物などと遭遇してしまえば、いったいどうなる?

 俺自身ですらあれ以来、そんな経験などしたことがない。だけど、絶対に悲惨な未来が待ち受けているであろうことは確信していた。

彼女の象徴とも言えるその美しい髪を噂に聞いた時から、俺は徹底的に彼女と関わることを避け続けた。万人が見れば情熱的で美しいと称賛するその赤はしかし、俺が目にすれば硬直し、途端に強烈な頭痛と吐き気を引き起こす凶器でしかないのだから。

 そして何よりも恐れていたのは……彼女が、あのときの少女と同一人物であるかもしれないということ。

 共通点など、その髪しかない。豪雨のせいで少女の姿はハッキリと見えなかったからわからないし、二人が同じ人である可能性だってごくわずかなものでしかないのだ。

 だけどそれでも、俺は踏ん切りをつけることができずにいた。もし、彼女があの少女であったのなら。もしあの日の事を覚えていたら。もし俺のことを覚えていたら。覚えていなくとも、俺と出会うことでもしその記憶が呼び起されたら。

 際限のない無数の仮説。その全てが俺に恐怖と絶望を与え、彼女と会話することを俺の思考から完全に排除させてしまう。

 負の感情により完全に固定されてしまった俺の脳が下した判断はただ一つ。リアス先輩から、『逃げる』こと。松田と元浜の二人でさえ……いや、むしろ事態の深刻さを知っている二人だからこそだろうか……俺が彼女を避けることに助力してくれていたのだ。自分たちが彼女に関わることができる機会まで、全て擲って。

本当に申し訳ないと二人には思っている。俺は、彼らのかけがえのない素晴らしい気持ちを……親友という立場を利用して、善良な心に付け込んで、逃げ続けたのだ。立ち向かうことさえ無理だと諦めて。彼らの青春を犠牲にして。

 ――自分という人間が、ひどく醜くて矮小な存在に思えてならないよ。

でも逆に言えば、それほどまでに俺は畏怖していたということだ。リアス・グレモリーというその存在を。俺がそれと、接触してしまうことを。

 

 なのに。俺は呆気なく、彼女と会話することとなった。そしてあまつさえ、彼女とともに登校するという始末だ。

 唯一の救いといえば、彼女が子供の頃……俺が初めてネクサスになったその日のことを、何も言わなかったことくらいだ。

 俺が当時の少年だと、気づいていないのか?

 それとも俺が悪い予感に予感を重ねてしまっていただけで、人違いだったのか?

 ……どちらとも取れないが、それが俺にとっては安堵すべき事柄であるのに変わりはない。最も、気休め程度にしかならないことでもあるのだが。

 

 そしてこれだけでなく、家から外へと出ればまた更なる不幸が俺に襲い掛かることになる。

 数奇。好機。嫉妬。嫌悪。憎悪。

 ありとあらゆる視線が俺たちを射抜く中、俺とリアス・グレモリー先輩は駒王学園への登校路を一緒に歩くことになったのだ。……より正確には、負の感情が織り交ざった視線は俺に、尊敬や好機、そして驚愕の視線はリアス先輩に送られている。それもそうだ、俺みたいな全学年の嫌われ者が、こんな美少女と並んで歩いているものなら逆鱗にも触れよう。

わかってはいたし覚悟はしていたが……それでも中々に、これは堪える。

例えそれが俺自身も望んだものではなかったとしても。そんなことなど何も知らない奴らは、目にした光景だけで邪推しあられもない罵詈雑言を吐き散らす。あいつらはきっと陰口を叩いているつもりだったのだろうが、生憎悪魔に転生して聴覚が鋭くなった俺には丸聞こえだ。グレモリー先輩にも聞こえているのか、その表情には苦笑いが浮かんでいた。

 情け容赦のない悪態と……隣には、紅髪の美女。このダブルパンチを食らい続けたにも関わらず、笑顔の裏に、悲鳴をあげたくなるほどの苦痛と苦悩を隠し通した俺の精神力は我ながら見上げたものじゃないかと思う。

 

 俺にとって数時間にも感じられた拷問は、駒王学園の校門にたどり着くことでひとまずの終わりを迎える。

 

 

 

 ――あとで使いを送るわ。また放課後会いましょう――

 

 

 

 そういうと、彼女はそのまま俺の前から去っていった。

 その言葉を受けた俺の心が苦痛から解放された喜びと、再び来訪するであろう地獄への恐怖で真っ二つに割れていたことなど、俺以外のその場にいた誰も知ることはない。

 それがきっかけだったのか。それとも、一瞬であろうとも解放されたその気のゆるみが招いたことなのか。

 別れと同時に。限界が、訪れた。

 

 

 

 ――それから、今に至る。

 

「ゲホッ、ゲホッ……ハァ、ハァ、うぇっ……げ……」

「無茶すんなっての、お前にとっちゃどうしようもないトラウマだろうが。むしろよく堪えた方だよ、称賛ものだっての。もういいだろ、ホラ行くぞ? 肩貸してやるから」

 

 ようやく全てを口から出し終えた俺を見て、松田はホッと安堵したように嘆息して、俺に手を差し伸べた。

 俺はその友達の救いの手を……取らずに、フラフラな足取りのまま二人の脇を通る。

 

「……いい……」

「いいって、その調子じゃ授業中いつ倒れてもおかしくねーだろうが。なんで今日だけそんなに頑張るんだよ?」

「そうだぞイッセー。いつもいつもサボりたがってるのに、一番しんどい今日に限って……」

「いいよ。俺はもう、大丈夫だから……吐いたら、なんかスッキリしたしな……へへ……」

 

 無理やり引きつった笑みを浮かべながら、俺は親友二人に振り返って一言。正直言ってこんな強引なやり方してもごまかしたりすることなんて出来ないとは思う。

 だが、俺はまたリアス・グレモリーと放課後に会わなければならない。これも出来ることならば逃げたいものだが、相手が悪魔と判明してしまったのならば話は別だ。どうあがいたってこれから俺は彼女……いや、『彼女ら』との接触は免れない。ここで逃げたって意味はないし、むしろ俺のトラウマが相手側に発覚するかもしれない。

 ……親友でもないヤツに、俺の心の傷を知られるのなんて、ごめんだ。

 

「あのなぁ、こっちは紅髪見た直後のお前がどうなるか、嫌ってほど見せつけられてきたんだぜ? あれからちっとも良くなってないってのに放っておけるわけねぇだろ」

「……とにかく、俺大丈夫だからホントに。助かったよ松田、元浜」

 

 口を水道で漱ぎ、そこらへんに置いてあったトイレットペーパーで拭うと、俺は二人の制止を振り切ってそのままトイレの外へと出た。当然の如く、松田と元浜は俺の前に立ちふさがる。俺のことを思ってのことだろうが、しかし悪いな。こちとら止まるつもりは全くない。

 道を塞ぐ二人をのけると、俺はそのまま教室へと向かった。後ろから親友たちは俺を呼び止めようとするが、俺は止まらない。

 

 どうせ俺は、これからあの人たちと関わることをやめることなんて、できない。

 悪魔の……三種族の世界へと片足を突っ込んでしまった俺に、逃げる道も方法も、用意されてなんかない。

 賽は投げられた。運命は、決まった。俺はこの先の人生でリアス・グレモリーと……俺の心の傷と、今こそ向き合わなければならないんだ。

 それならば。そうだっていうのなら。

 

「……逃げて、たまっかよ……!!」

 

 ――男なら。もう、腹を決めるしかないだろ。

 

 

 

 

 

 

あれから時間が経過し、放課後。

 全ての授業が終了したその時間、ある者はさっさと荷物をまとめて帰宅し、ある者は友人と会話してそのまま留まり続けている。早朝ならば、教室中のみんなは学園のマドンナと登校した俺を凝視していたんだが……その興奮と嫉妬、あるいは好機心の熱も冷めたらしい。俺に向かって呪詛を唱えている一部を除けば、今は俺のことなど眼中にせず各々が好きにやっていた。俺としては願ったり叶ったりだ。

 この時間のうちにトラウマによる体調不良も何とか収まっている。最初の時はどうにかして俺を保健室に運び込もうとしていた松田と元浜も、あっちから根が折れたのかそのことについては途中から言わなくなってくれていた。それでも彼らなりに気にかけていたようで、時々「大丈夫か?」「無理すんなよ」などの労いの言葉を贈ってくれた。全ての授業が終わった今は、これで心配ないと思ったのか二人ともホッと嘆息している。本当にあいつらには頭が上がらない。

 

 ……あいつらには悪いけど、俺としてはここからが本番であったりするんだがな。もしこれからリアス先輩含む人たちと会う予定があるなどと知ったらどうするだろうか。……多分、いや絶対全力で阻止してくるな、間違いない。リアス先輩曰く使いの人が来るらしいが、その人と親友たちが余計なことをしゃべる前にさっさとこの場から立ち去ってしまおう。そう考えた俺はすぐさま動けるように、さっさと自分の荷物をまとめて帰宅する準備にかかった。二人も俺がすぐに帰宅するつもりだと思っているのか特にその様子を不思議がってはいない。

 

(……にしても、使いったっていったい誰が来るんだろ……ん?)

 

 そういえば、とふと考えて待機していると、何やら廊下が騒がしいことに気が付いた。

 なんだろうか? 外にいる生徒……主に女子あたりがキャーキャーと黄色い歓声をあげている。俺らが通るときにあがる悲鳴なんかとは大違いだ。

 やがて閉まっていた教室の扉がガラリと開き、そこから一人の男子生徒が登場する。

 

「失礼。ここに兵藤一誠君はいないかな?」

 

 登場から開口一番、すぐ近くにいた男子に俺の所在をそいつは訊ねる。

 ……待て待て待て待て待て待て! 使いってこいつか!?

 木場祐斗。この駒王学園でも屈指のイケメンとして名高い金髪美青年であり、その爽やかな笑顔で数々の女子の心を撃ち抜いてきた野郎だ。リアス・グレモリーと同じくらいに有名な生徒であり、違うクラスだけれど俺と同じ学年に所属している男子。

 いや、使いを送るって言ってくれてたけど……でもコイツはないだろ!? なんでったってこんな目立つ野郎を送り込んでくるんだよ!?

 

「そ、そんな木場君! どうして兵藤なんかと!?」

「一緒にいてはダメよ、穢れてしまうわ!?」

「木場君×兵藤なんてカップリングは断じて認めない! 認めるもんですかっ!!」

「ううん、もしかしたら兵藤×木場君かも!!」

 

 案の定、木場に呼ばれた俺の存在によって生徒たちはどよめき始める。どっかから身の毛もよだつ会話が聞こえてきた気がしたがそんなことはどうでもいい。ああもう、どうして今日はこんなにも目立たなきゃいけないんだってんだコンチクショウ!! 普段から変態三人組の一角として目立ってますけど!!

 ――って、俺が落胆している間に木場の野郎はちゃっかり俺を発見してこっちに近寄ってきやがった!

 

「兵藤君。リア――んぐっ!?」

「あーはいはいわかりました例のあれねオッケー行ってやるよ!!」

 

 木場が余計なことをしゃべる前に俺は野郎の口を塞ぎ、鞄を持ってさっさと退散する。ゼッテーこいつリアス先輩の使いでこっちに来たとか言うつもりだっただろ、ンなこと大勢の目の前で言われてたまっか!! ただでさえこっちは俺に目を光らせてる親友が二人いるってのに!!

 元浜たちが何か言ってくるよりも前に、俺と木場は今もざわめく教室を後にした。

 

 

 

 周囲にあまり人がいないところにまでやってくると、俺は木場の口を押さえる手を放してあいつを自由にしてやる。

 

「ぷはっ……いきなりひどいじゃないか一誠君」

「あのなぁ!? こっちはただでさえ朝の騒動で目立つことになっちまったってのにオメーみたいなのが来てまた騒がれてんだ! そこにまたリアス先輩の名前なんて出したらさらにめんどくさいことになるじゃねーか!」

「面倒って……ただ僕は君を迎えに来ただけなのに」

「こちとら全校生徒から嫌われてるうえにめんどい親友二人まで抱えてんだ! こう言っちゃなんだが、俺はあんま目立つようになることされるのは好きじゃないんだよ!」

 

 口が動くようになると穏やかながらも不満を訴えてくる木場。しかし俺としてはマジでこういったことはごめんだ、朝といい今回といいどうしてここまで俺という存在が注目されるような事態を引き起こしてくれる。こちとら喜んで享受している平穏を乱されて黙ってるタチじゃあないんだっての。

 

「う、ううん……なんだかよくわからないけど、どうにも君の気に触れちゃったみたいだね。ごめん」

「ぜーっ、ぜーっ……いや、そう言ってくれるのならいいさ。でも次からはやめてくれよ? あんま目立たないメンツで俺を迎えに来るとかしてくれ頼むから。こんなことがいつまでも続いちゃ心臓がもたねーよ」

「あ、それは無理。僕はともかく他の人たちは学園の有名人だし」

「ドチクショウ! どいつもこいつも俺の平穏をかき乱しやがって!! おまえらなんか大嫌いだ!!」

 

悪魔なんて大嫌いだ!! と最後に付け足したかったが、そこまで言ってしまうと俺が不審がられてしまうのでグッと堪えた。「あはは、大変だね」なんて目の前の金髪イケメンは他人事のように笑いかけてくるが、正直こいつがリアス先輩の使いじゃなかったら全力でグーパンした後ブラストショットぶち込んでると思う。うぜぇ!

 うがーっ!! と唸りながら頭を掻きむしる。しばらくしてようやく平静を取り戻した俺は、木場と向き直って会話を再開させた。

 

「……で、俺はどこに行けばいいんだ?」

「僕についてこればいいよ。場所が知りたい?」

「ま、教えてくれるならな」

「大した場所じゃないさ。旧校舎だよ」

 

 校舎の裏手へと足を運びながら、二、三ほど言葉を交わす木場と俺。元々逃げ込んだ場所がそこから近かったため、すぐに目的の建物は視界に見えるようになってきた。

 木々に覆われ、今は使われなくなった駒王学園旧校舎。その昔学園で使われていた場所なのだが、現校舎が建設されてからは使われていない。外観が木造とこれまた古く、寂れた雰囲気から学園七不思議なんかが噂されるんだが、窓ガラスは一枚も割れてないし一見すると壊れた箇所だって見受けられない。

 こんな目と鼻の先が悪魔の拠点として扱われていたというのは少々驚きだ。いや、確かにこの学園が悪魔たちの集う場所であるということは理解していたが、まさかこういった施設までもが悪魔の管轄にあるというのまでは知らなかった。認識が少し甘かったかもしれない。ここは悪魔の巣窟というより、基地みたいなものだったのか。

 そんなことを考えながら、俺と木場は旧校舎の中へと入る。木で作られた古風な扉をあけ放つと、そこには最低限の照明が灯された長い廊下と教室の数々。夜中だったらなかなか肝が冷える光景になっていることだろう。しかしその不気味さとは裏腹に、内装はそこまでひどくない。こういった場所にありがちな蜘蛛の巣などは一切なく、それどころか埃一つ落ちていなかった。小まめに掃除がされているようだ。

 

 ……つまり高頻度に、定期的に利用しているってことだろう。ここが根城ってことで間違いはないか。

 思考しながらも俺は二階建ての木造校舎を奥へ奥へと進んでいく。途中で階段を利用したが、やはり年期が入っているためか踏むたびに音を立てて軋む。ギギギ……という音に不安を煽られながらも、木場に追随してリアス先輩がいるであろう部屋を目指していった。

 と、そうして歩んでいくうちに一つの部屋へと俺たちは到達し、そこで木場は足を止めた。目的の場所に辿りついたということだろうか。

 そう思って俺は木場の眼前にある教室の扉を見つめる。すると戸にはプレートがぶら下がっているようで、何やら文字が書かれていた。あ、でもこれ日本語か。どれどれ……?

 

『オカルト研究部』

 

 ……なんぞこれ?

 あれれ? こんな部活あったのか? 聞いたことないぞこんな部活。

 いや、でもリアス先輩が所属する部活か。それだったらあの二人(松田と元浜)が情報をシャットアウトしていた可能性があるな。あいつら俺に気遣って、先輩に関与する話題は絶対に振らなかったし。他の人と話そうにも変態と蔑まされ非難される俺と会話したがるバカはいない。俺が知らなくても仕方ないのかも。

 

「この先に部長がいるよ」

「部長? 誰?」

「誰って……そりゃ、リアス・グレモリーさんだけれど」

「――ッ!!」

 

 彼女の名を出され、俺は思わず萎縮する。

 ……そりゃそうか。木場は彼女の使い。それなら、こいつも彼女の下僕であるはずだよな……表向きは部活で悪魔の活動をしてるという大義名分のためなのかもしれない。なら、彼女が部長であるのは当然といえば当然だろう。

 ――この扉の向こうに、彼女がいる。そう思っただけで、腹の中に鉄塊が落とし込まれたような鈍痛を覚える。手が嫌な汗を流し、四肢から体温が消えていくような感覚がした。

 そんな俺の内心などつゆ知らず、木場はその教室の扉へと声をかける。

 

「部長、連れてきました」

「ええ。入ってちょうだい」

 

 今朝聞いた、女性の声が引き戸の奥から響いてくる。

 ――ヤバい。もうすでに、身体のあちこちが恐怖で震えてる。

 確認を取った木場は戸を開き、中へと一歩入る。そこで振り返ると、俺を中へと招き入れるように「どうぞ」と語り掛けてきた。

 ……覚悟を、決めるしかない、か。

 固唾を飲んだ俺は目を見開くと、重い足を前へと動かして『オカルト研究部』の部室へと入った。

 

「……何ともまぁ、オカルトここに極めり、って感じだな」

 

 部屋の中を最初に見た俺は、呆れたように笑うしかなかった。部屋の内部は、それはもうすごいことになっている。

 本棚、デスク、ソファー、テーブル、簡易キッチンなど、薄暗いことを除けば内装こそ従来の部室と何ら変わらない。しかしその内壁や天井、床、ありとあらゆるところに面妖な文字が書き込まれている。それらは箇条書きに、もしくは円状に羅列され魔法陣らしきものを展開していた。しかも部室内にある照明はロウソクときたものだからまた一層薄気味悪い。その部屋の暗さも相まって、見る者に鬼胎を抱かせる景観だ。絶対自分たちが悪魔だってこと隠す気ないだろこいつら。

 

「小猫ちゃん。こちら、兵藤一誠君」

 

 と、俺が部室のあちこちを眺めていると木場が誰かに俺を紹介する。

 何だ? と思って木場の視線の方向を見てみれば、ソファーに少女らしき影が佇んで和菓子を食べている。悪魔に転生した俺はこの薄暗さでもその形姿をハッキリと捉えることができた。体格は、割と小柄。透き通るようなサラリとした銀髪に、一見すれば小学生にしか見えないような童顔。しかしその表情には感情の色が一切見えず、大人びた雰囲気を出している。

 ああ、この娘は知ってる。確か一年生に所属する女子生徒の、塔城小猫。その外見や顔もあって、一部の男子と女子に人気のロリっ娘だ。

 ……ここにいるってことは、この娘も悪魔か、あるいはその関係者か。

 木場に呼びかけられた小猫ちゃんはこちらをチラと見やると、和菓子を食べる手を止めて俺の顔をまじまじと見つめてくる。なんかこそばゆいなその視線。

 

「あ、どうも」

 

 無難な挨拶をすると、特に返事をすることもなく小猫ちゃんは視線を外してまた和菓子を食べ始めた。無関心なのはちょっと傷つくが、こっちとしても特に話すことがないので別に構わない。

 ……それよりも気になるのは、ここに木場と小猫ちゃん以外にあるもう二つの気配。

 目を細め奥の闇に視線を送ると、そこにはシャワーカーテンらしきものが空間を隔てているのがわかる。こっちに来ている最中にも耳にしていたが、シャワーらしき水音がここから聞こえてきていた。誰かが水浴びをしていたのだろう。なんで部室にそんなものがあるのかなんて知ったこっちゃないが。

 カーテンに映る影シルエットは長い髪をたなびかせ、美しい肢体を持った女性がそこにいることを教えてくる。それは紛れもなく、俺が今朝見ることになった、あの人の身体。

 

 ……ずしり、と。また一段と胃が重くなった気がする。

 

「部長、これを」

「ありがとう、朱乃」

 

 と、シャワーカーテンの向こう側から誰かもう一人の女性の声。そしてその女性に礼を述べるリアス・グレモリー先輩の声。多分タオルケットを手渡されたのだろう、受け取った布らしきもので彼女が身体の隅々を拭っていくのがわかる。健全な男子ならば……いや俺だって、シャワーを浴びている人がもし別の美女だったなら、卑猥な妄想を浮かべ心躍らせるのだろう。

しかし今の俺には、この光景が絶望へのカウントダウンのように感じられた。

その四肢に伝う雫を衣が全て吸い取ったとき。死刑が宣告されるような。そんな、最悪の予感。

……今この時ほど、ドライグがここにいてくれたならと思ったことはない。俺だけに見えて、俺だけに語り掛けるあの親友がいてくれたら、どれだけ心強かっただろうか。

 目を離せばいいのかもしれない。だけど、なぜだろうか。俺はどうしても、そこから視線を外すことができなかった。

 

「……いやらしい顔」

 

 ボソリ、とソファーに腰掛ける一年生が呆れたようにつぶやいた。先輩の方を凝視する俺を見て言葉を漏らしたのだろう。実際は真逆の心境だけれど、そう解釈してくれるのはむしろ有難かった。

向こうはもう、髪を拭くところまで終えている。タオルをどこかに置くと、かごから一つ一つ下着と服を取り出して、彼女は身に着けていく。

 やがて全てを身に纏った彼女は、こちらと向こうを隔てた薄いカーテンに手をかけて……一気にそれを、横へとずらした。

 

 ――水に濡れて艶やかな、長い紅髪が……俺の目に飛び込む。

 

「――っ」

 

 それを直視したとたん、目を逸らした。見ることが、できなかった。

 誰かに心臓を鷲掴みにされているような気分だった。五本の指で拘束された血液のポンプは荒れ狂ったように拍動し、縛り付けられたその身を自ら傷つけていく。脈打つ度に、胸の奥がズキズキと痛んだ。

 対面しようとしただけでこれだ。改めて、どうしようもないほどに俺の心が痛めつけられたのだということを、思い知らされた気がする。

 

「ゴメンなさい、昨夜イッセーのお家にお泊りして、シャワーを浴びていなかったから、いま汗を流していたの」

 

 視線を逸らしたその先から、あの人の声が聞こえる。

 中々俺はそちら側に向き直る勇気を出せなかったけど、なけなしの気力を振り絞ってゆっくりと首を動かしていく。

 紅髪がまず視界に入り……吐き気を堪えて視線を向けていく……そこで俺は、どこまでも澄んだ、深く青い瞳と目が合った。

 

 

 俺を化け物と責め立てる少女の青と、同じその瞳と。

 

 

 ああ。

 紅い。青い。

 暗い。冷たい。

 痛い。寒い。

 重い。苦しい。

 

 紅が、俺の目に焼き付いて。

 青が、俺を見据えて。

 この場所が、とても暗くて。雨に打たれたみたいに冷たくて。

 胸が、頭が、腹が、痛い。さ、むい。

 手が、足が、頭が、身体が、何もかもが、重い。息が、苦しい。

 呼吸が   乱れて    心 臓が   張り  裂、け   る

 

 

 

 

(落ち、つけっ……!!)

 

 あらゆる感覚が暴走し、思考がバラバラになりそうだった俺は、俺自身を叱責して何とか意識を留めた。

 自分を、見失うな。

 これまで歩んだ軌跡を、思い出せ。

 俺が立っているこの場所を。俺とともにある光を、振り返れ。

 俺が歩みたいと願った道を、もう一度思い描け。

 あの時とは、違うんだ。俺は……俺は……!!

 

 

 

「イッセー大丈夫? 息が乱れてるわよ?」

「……あ、い、いえ……あの、リアス先輩のシャワーシーンと遭遇するなんて、ラッキー……あ、いや。ええと衝撃的だなぁ、なんて」

 

 咄嗟に口から出た嘘。単純でありきたり、しかもどもりながらの苦しい言い訳だけど、どうやら相手はこれを信じてくれたらしい。口元を手で隠して上品に笑っていた。

 それを見た俺は少し安堵してため息を漏らす。だがその安心もずっと続くわけではない。

 俺の視界が嫌でも捉えてしまう紅。それは毒のように、徐々に徐々に俺の心を揺らして壊そうとする。まるで石つぶてを投げ入れられ波紋を作る水面のように俺の精神は波打ち、嵐が渦巻いていた。

 

「まぁ、リアスの言う通りですわね。噂は悪評ばかりでしたけど、実際に会ってみればなかなかに可愛らしい子ですわ」

 

 するとリアス先輩の背後から、誰かが俺に語り掛けてきた。

 よくよく目を凝らしてリアス先輩の隣を見てみれば、そこにはもう一人女性らしき影が佇み、彼女と同じくクスクスと笑っているのがわかる。

 その人の顔を見て……俺は、思わず頭を抱えてしまった。

 ……ちょい待てや。リアス、小猫、木場と続いてこんな人までがオカルト研究部に所属しているだなんて――!?

 

「初めまして、私は姫島朱乃と申します。リアスと同じく駒王学園三年の部に所属し、ここオカルト研究部にて副部長を務めていますわ、以後御見知りおきを」

 

 在籍はともかく名前は知ってますよ! と叫んでしまいたい。

 姫島朱乃。リアス・グレモリー先輩を西洋の美女と称するならば、彼女は東洋の佳人と呼ぶに相応しい『二大お姉さま』の一角。黒く長い髪、おしとやかで礼儀正しいそのあり方は、今や絶滅の危機に瀕した大和撫子を彷彿とさせる美少女だった。

 なんだこの部活。なんでこうまで有名人を寄せ集めたような凄まじい構図が出来上がってるんだ。どいつもこいつもが豪華メンツばっかじゃねーか!! 俺はこんな人たちとこれから関わっていかなきゃならねーのか!?

 チラと木場の方を見てみれば、苦笑しながら首をすくめている。「ほらね、僕の言った通りみんな有名人ばかりでしょ?」とでも言いたげだ。あいつの言葉が嘘ではないことはわかったが、だからといって納得などできるはずもない。クソが、そこのイケメン俺に大人しく殴られろ!! ただのストレス解消のためにだがな!?

 爽やかな笑みを浮かべる木場(馬鹿野郎)にあらん限りの暴力を振いたい衝動をかろうじて押さえる。怒気を収めた俺の胸中に残ったのは、俺が陥った最悪の展開を嘆く悲しみのみ。落胆の感情をこぼすように息を大きく吐いた。

 

「……なんだかよくわからないけれど、突然頭を抱えたりして大丈夫かしら?」

「……いえ、なんかこう、とんでもないところに俺はやってきてしまったんだなーと思って……もう大丈夫です」

 

 いきなり奇行に走った俺に戸惑ったのか、不安げにリアス先輩は俺に問いかける。まるっきり気力の抜けた俺の返答に、「そ、そう」と気まずそうに彼女はつぶやいた。

 いつまでも、俺も落ち込んでいられない。立ち上がり天井を見上げると、大きく深呼吸して自分を落ち着かせた。

 これからいつまでも驚愕してばかりじゃ身が持たない。俺のいた日常とは違う、ビーストを殲滅していく非日常とも違う、闇の世界へと俺は足を踏み入れるのだから。

 

「ともかく、これで全員そろったわね……兵藤一誠君、いえ、イッセー。私たちオカルト研究部はあなたを歓迎するわ……悪魔としてね」

 

 人間。

 赤龍帝。

 光の巨人。

 生まれながら持っていた二つの姿と、受け継いだ三つ目の姿。

 そこに、新たな四つ目の姿……新しい生き方が、今日から加わることになったのだった。

 

 

 

 




二次創作なんだから、省くとこは省いてスムーズに進めるべきなんだろうが……うーむ、しかしみっちりと書きたいという矛盾した思い……

先へと進めたいのに進めぬ。まるで泥の海を遠泳しているかのようなもどかしさ。
いろいろと模索していくべきなのかもしれません。ちょいと迷走するかもしれませぬのでご容赦をば
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