「粗茶です」
「あっどうも」
ソファーに座り込む俺に、姫島先輩がお茶を淹れて持ってきてくれた。
目の前に置かれたお茶碗からは湯気が立ち上り、そこにまじった豊かな香りが鼻腔をくすぐる。手に持ってみると少し熱かったが、飲めないほどでもない。ゆっくりと口に運んだ。
お茶独特の渋味と香りが口内に広がる。苦すぎず、しかし薄すぎず。嗅覚と味覚を同時に堪能させる逸品だった。こういったものは年を取ってから出ないと理解できないものだとばかり思っていたが、本当に素晴らしいものは万人を満足させることができるらしい。ちょっと感動した。
「うまいです」
「あらあら。ありがとうございます」
ホゥッ、と一息ついたところで、簡潔な感想を漏らす。ボキャブラリーに乏しい俺ではこんな簡単なことだけしか述べられなかったが、姫島さんはにっこりと微笑んだ。この表情だけ見るとまるで天使だけど、この人悪魔なんだよな。人生何が起こるかわかったもんじゃない。
複雑な思いを胸中に抱きながらお茶で和んでいるところで姫島先輩がリアス先輩の隣に座り、俺含むオカルト研究部のメンバー全員がテーブルを囲んで座っていた。そこにいる皆の視線は俺に集中している。なんというか落ち着かないな、囲まれてるメンバーがメンバーなだけに(ちなみ俺はなるべくリアス先輩を見ないように――厳密に言えば、紅髪が視界に映らぬよう、それでいて不自然に見えぬよう努めていた。どうしようもないときは目を合わさないようにする。苦しいことに変わりはないが、真正面から見るよりもだいぶマシだ)。
そこでリアス先輩が口を開く。
「単刀直入に言うわイッセー。私たちは悪魔なの」
あ、はい、知ってます。
なんて野暮なことは口にはしない。そんなこと言ってしまえば不審がられるし、ごまかすだけの嘘を並べる頭も俺にはありはしない。雄弁は銀沈黙は金なんていうが、まさしくその通り。といっても俺の場合沈黙以外の選択肢は石ころと同じだけど。
とにかく自分に出来る限りの驚愕した表情を浮かべて、いかにも初めて聞いたような、信じられないと言わんばかりの演技をしてみる。どうでもいいが最近俺演技すること多いな。
「悪魔……ですか?」
「そう。冥界――人間で言うところの『地獄』の世界に住み、『堕天使』――神に仕えていた身でありながら、邪な感情を持ったがために冥界へと堕ちた存在――と覇権を争う存在。人間と契約を交わし、あらゆる願いを叶え代価を貰うことで力を蓄える者達のことよ」
「冥界……堕天使……」
そこから軽く、現在の三種族の状況について説明をしてもらったりした。
内容については……まぁ、事前に聞いていた通り。数千年前勃発した三種族間の戦争。そこに
ここまではドライグから聞いていたことと違うところはなかった。強いて言うなら、ドライグの説明は三種族に対して容赦なく苦言を叩きつけていたのに対し、こっちは大分やんわりとした表現であるというところくらい。なんとなく口ぶりから察してはいたけどあいつやっぱ封印されたことを根に持ってたわけね。
……それにしても……
(……やっぱり、彼女とあの少女は別人なのか?)
チラと……直で見てしまうといろいろまずいので、本当にチラッとだけリアス先輩を見る。
ルビーのように赤く輝く、長い髪。サファイアのように青く透き通る二つの眼。
何度見ても、俺が夢にまで見てしまうあの少女とうり二つの……厳密には、あの少女が成長したのならば、というその容姿。
どうしても、重なってしまう。どうしても、同じ人だと思い込んでしまう。
なのになぜだ? なぜこの人は俺を見ても、何も知らないかのように振る舞っているんだ? あの人だって俺を……俺の顔を見ているはずなのに。
化け物と、泣き叫ぶほどにまで恐怖した……俺の、顔を。
でも彼女は俺を知らない。知っているかのような言動を何も見せていない。
何も、覚えていないのか? それとも外見が似ているだけの、赤の他人なのか?
わからない。でも、だからといってこのことを問いかけてしまうのはできない。そりゃそうだろう、『子供の頃、銀色の巨人になった少年のことを覚えていますか?』なんて訊けるわけもない。第一ここには他の人――悪魔だって、いるんだから。
答えの出ない疑問。彼女は、あのときの少女か。そうでないのか。
……答えが出ても出なくても。そしてその回答がどちらであったとしても、俺は苦しめられることになるのだろう。
答えが出なければ、いつまでもこの疑問と恐怖と葛藤する日々が続き。
赤の他人だとわかっても、少女の面影と彼女を重ねて心の傷を抉られ。
本人だったとしたならば…………何が起こるかなんて、考えたくもない。
今だって、俺は同族となった彼らに多くのことを隠したままでいようとしている。これからもきっと、俺の『
嘘で自分を塗り固め、虚勢で全てを騙す。最低で卑劣な、愚かしい行為。
けれどそれが……もし、いつかバレてしまったなら? 俺が皆に偽りばかりを口にしていた嘘つきだと知られてしまったら?
俺の正体が……彼らの主人が『化け物』だと畏怖する、光だと皆が知ってしまったら?
同じように恐れるのか? 俺を、蔑むのだろうか? 罵るのだろうか?
恐怖に歪むその目で見つめられ、俺という存在は……また、否定されてしまうのだろうか?
もしそうなったら…………俺は…………
――――ちくしょう。俺はどうすればいいんだ、ドライグ――――。
「――――。――ッセー。イッセー?」
「ッ、はい?」
「どうかしたの? なんだがボーっとしていたみたいだけれど。気分でも悪いのかしら?」
……いけねぇな。どうも思考に没頭しすぎてたみたいだ。
今、そんなことを考えたってどうしようもないだろ俺。切り替えろ、今はこの場を乗り切ることに集中だ。
「ああっと、すいません。あまりにも話がデカすぎたもんでちょっと混乱しちゃいました。でも、突拍子も何もないですよ! 悪魔とか堕天使とか、天使なんて……挙句の果てには魔王に神なんて……」
「フフッ、まぁ最初にこんなことを聞いてしまえばビックリしちゃうわよね。それは仕方ないわ……でもこれは事実、紛れもない真実よ」
うん。そりゃ高校生にもなってそんな中二病設定みたいなのがホントにあるなんて聞きゃあ驚くわな。最初に知ったときは子供だったから、いることを知ったときは驚きよりも喜びの方が大きかった。むしろ逆に、表の世界ではいないことになってると知ったときに驚いんだよなぁ、あー懐かしい。
……っとと、振り返って懐かしんでる場合じゃねぇや。さっさと意識を現実に戻すか。
頭を切り替えると、ちょうどリアス先輩も話を切り上げていったん息をつく。
「さて。悪魔についてはだいたい説明したけれど……多分あなたも疑問に思っているかもしれないわね。『なぜ私が死にかけていたあなたを転生させたのか』。それは、あなたの中に眠る力――『神器《セイクリッド・ギア》』があったからよ」
「……ッ」
『
「『
「……最も、規格外とといってもそれはあくまで人間の範疇での話。大半のものはそれほど大きな力を持ったものはないんだけど……一部のものは正真正銘の規格外でね、私たち悪魔や天使、堕天使ですら脅かすほどの力を持つものもあるのよ……そう、あなたが持っているもののように」
祐斗が『
予想はしていたことだ。俺を転生させたその理由……それはやはり、俺の『神器《セイクリッド・ギア》』――『
だから俺を下僕として悪魔に転生させた。それもそうだ、あの神器は下手をすれば神すら屠ることができるとさえ謳われた『
……でももしが赤龍帝のままだったならば……俺は、この神器をそんなことに使いたくなんてない。ネクサスのように誰かを守るわけではなく。誰かを傷つけるために、この力を振うなんて――俺のせいで、どこかの誰かが傷つかなければならなくなってしまうなんて、絶対に嫌だった。
どうにかして、俺はその正体を隠したい。しかし、いったいどうすればいいのかはわからない。
思考の迷路に陥る中、この状況を打開しようと全力で脳を稼働させたが方法は浮かばない。緊張で震えそうになる自分を抑えるためにお茶をもう一杯煽ると、リアス先輩は俺に語り掛けてきた。
「イッセー。手を上にかざしてちょうだい」
「て、手を上に……ですか?」
「そう。早く」
おそらく俺に、俺の中に眠る神器を起こさせるつもりなのだろう。俺としては言われるがままに神器を出すことなど避けたかった。しかしその一方で、誤魔化すためのいい案が咄嗟に思いつくこともなかった。
仕方なく俺はリアス先輩に言われるがまま、左腕をあげる。
「目を閉じて、あなたの中で一番強いと感じる何かを心の中で想像してちょうだい」
「……一番、強い……」
一番強い存在。
リアス先輩にそう問いかけられた瞬間、ほぼ反射的に俺の脳裏にある
赤い光から生まれた、銀色の巨人。俺の中に宿る光、ネクサス。だけどそれは……俺が……俺とドライグが共に変身する巨人ではない。
巨人は銀色のその身に、赤い鎧を纏う。その姿は紛れもないネクサスの戦闘形態、ジュネッスの姿。しかし俺の『ジュネッス・レッドドラグーン』とは似て異なる形をしていた。
ネクサスが腕を交差させ、その両腕に膨大な量の光を収束させる。凝縮された光はその両手がL字に組まれることで放出され、極大の光線が右腕から発射された。
そのネクサスは、そこで進化を止めることはない。再び巨人は光に包まれ、赤い鎧はやがて青い鎧へと変わる。青い鎧のネクサスは右手に投影された光の弓を引き、そびえ立つ敵を射抜く。
どちらもが、あらゆる敵を葬ってきたネクサスの必殺の一撃。しかしそれらを喰らってなおも立ちふさがる敵が現れた時。さらなる進化をネクサスは遂げる。
青い鎧の巨人が眩い光に包まれ……そして……
「この魔力漂う空間なら、あなたの
説明の途中、不意にリアス先輩が不思議そうに声をあげたため、俺はふと目を開ける。
そして眼前の光景に愕然としてしまった。俺の左腕が眩い光を放ち、ドラゴンのオーラを漏出してしまっていたのである。
「――ッ!!?」
慌てて制止させようとした俺だが、もはや遅すぎた。
ゴッ!! と俺の左腕から赤いオーラが噴出し、その燭台ごと室内を照らしていたろうそくの火を吹き消す。その瞬間、まるで太陽が眼前に出現したかのような閃光が走り、暗闇に覆われた部屋の中を光で満たした。
*
駒王町の町外れにポツリと存在する、寂れた教会。
駒王学園の旧校舎と同じく古びた雰囲気を纏うその建物は、その立地と外見から人々が立ち寄ることはほとんどない。しかし遠目から見ても照明が点いているのが見えることから、誰かによって未だ使われていることがわかる。
ただし、そこには人間ではない者達も混じっていることは、付近で暮らしている人々でさえも知らぬ事実だった。
「――レイナーレ様、調査が完了いたしました」
「ご苦労だったわドーナシーク。さっそく報告をしてちょうだい」
教会の中で、ドーナシークと呼ばれた堕天使が膝をついて頭を垂れる。
ドーナシークの目前にはもう一人の堕天使――一誠を亡き者にしようとし、彼によって命を救われた少女――天野夕麻ことレイナーレがいた。
十字架に張り付けられ、頭部を粉砕された聖人の彫刻を見つめていたレイナーレだったが、腹心の気配を背後から感じ取ると肩越しにチラと彼を見て、命令する。
だが命令を受けたドーナシークはどうにも解せぬところがあるらしく、自らの主へと問いかけた。
「なぜなのですレイナーレ様? かの人間……いや、今は転生して悪魔となっておりますが、あんな脆弱な存在をどうしてまた調べるなどと……」
「ドーナシーク。報告を、と言ったはずよ」
「は、しかし……」
「ドーナシーク」
いくら質問を投げかけても、彼の主は従者の質疑を撥ねつけ、結果を要求した。
ドーナシークはため息をつきたくなる。先日彼女は、自らの手で彼を下すと言って外に出ると、帰ってきたときには兵藤一誠という人間のことについてやたらと知りたがるようになったのだ。いや、厳密にはあの人間が悪魔に転生したときから、だ。
しかし調べるといっても、既にかの人間について調査すべきことは終わっている。兵藤一誠という人間が神器持ちであるかもしれぬという可能性が発生してから、こちらも必要最低限の事前調査を行っていたためだ。神器の有無はもちろん、人物像、人間関係についても洗いつくしている。
だというのに、彼の主人は理由も語らず『兵藤一誠という人物について、過去、現状も踏まえてもう一度洗いだせ』と指示を下した。そんなことをしたところでいったい何になるのか。『現状だけ調べろ』というのならば、神器持ちとはいえ転生したての悪魔に何かできるなどとは到底思えないが、障害になり得るかもしれぬからと百歩譲って納得することは出来る。
だが過去まで調べろというのはどうにも理解しがたい。知ったところでこちらにとって有益となる事実も何もあったものではない。むしろそうしてこの街を統括する悪魔と接触する危険に晒されることとなる。百害あって一利なしだ。
それにこれは、彼女の性格を考えてみても奇妙だ。彼女は自分たち堕天使こそが至上の存在であると心の底から信じ、他種を蔑視する人物であったはず。必要でもない限り、立った一人の人間に関心を抱くことなど、まずあり得なかった。
彼を抹殺したそのときに何かがあったのか? そんな考えがふと思い浮かぶが、きっと訊ねたところで一蹴されてしまうに決まっている。一端はこのことを頭の隅に追いやって、ドーナシークは報告をするべく口を開く。
「……調べ直してみても、奇妙なことはありませんな。兵藤一誠。駒王学園高等部2年生、尋常でない性欲を持ち、対面する人物が誰であろうとも卑猥な発言を発し、クラスメイトとは聞くに堪えない猥談を毎日繰り返す。家族構成は父親、母親との三人家族。彼が神器持ちであること以外はごく一般的な人間と何ら変わりません」
「人物像、人間関係については、以前と同じね。悪魔に転生したけれど、主人はいったい誰かしら?」
「それが、グレモリー家出身の者であるらしいのです。私も遭遇致しましたが、あの忌々しい紅髪は彼奴らのもので間違いありません」
「グレモリー家の下僕、か……それ以外に、何か現段階で見受けられる、転生後の変化は?」
「……? いえ、これといったことはないようですが……」
首を傾げながらも返答すると、レイナーレは「そう……」と呟くだけだった。
いったい彼女は……兵藤一誠の『何』を知りたいのだろう。
いや、今は何を考えても無駄だろう。こちらはただ言われた通り、調べてきたことを口にするしかない。
そう思い直したドーナシークは、報告を再開する。
「そして兵藤一誠の過去ですが……わざわざお耳に挟む必要もないこととは思いますが、新しいことが発覚いたしました」
「……いったい何かしら?」
「ええ。どうやら彼は、兵藤家の養子らしいのです」
するとレイナーレはこの事実に興味を持ったのか、振り返ってドーナシークを見つめる。
「……養子?」
「はい。兵藤一誠の母親は義母の姉にあたる人物らしく、幼少の頃どちらもが事故死しています。他に身寄りのない彼を、兵藤家は引き取ったということで……とはいえ気に留める必要はないかと思われます。本当の両親はともに、人間でしたから」
「父方の先祖が三種族のいずれか出身である、という可能性は?」
「そこまでは調べておりませんが……そういったことがあるのでしたら、何かしらの特異が彼の肉体に遺伝しているはずですから、皆無かと」
「…………」
しばし思考を巡らせたのか、レイナーレは口元に手をやって沈黙する。
何か腑に落ちないところがあるようだが、結局はドーナシークと同じ結論に至ったのか頷いて息を漏らす。
「一応、元々の両親の名前も聞いておきましょうか。名は何というの?」
「はい……まず、父親と母親の名前ですが……」
「『
推敲のすの字もない文章だから、おかしなとこがいろいろとあるかもしれないです。
ご指摘や感想をお待ちしておりまーす(`・ω・´)