ハイスクールD×N   作:Neverleave

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( ^ω^)あらやだ奥様、本日のハイスクールD×N、二万字突破でしてよ?

二万字ですって? ちょっと長すぎでなくて、奥さん?(゚∀゚ )


ホントにどうしてこうなった……




~八話~

「おーっすカズキ、リコ、いるかー?」

 

 ある日曜日の夜。休日で特に何もなく、家族で団欒の営みを送っていた孤門家に、一人の男が訪ねてきた。

 男は壮年に差し掛かっているであろう西洋人であり、髪は金髪と茶髪が入り混じる一風変わったものだった。男前な顔立ちで、その人物の豪快さが現れている。しかしそれに反して服装は日本の浴衣であり、それがまた似合っているところが何とも言えぬ違和感を醸し出していた。

 玄関口に立つその人と一輝が対峙すると、一輝の表情は喜色に変わる。

 

「ゼルさんいらっしゃい」

「おうカズキ。元気にやってっか?」

「もちろんですよ。そっちこそどうなんです? 堕天使総督の仕事は、今日はいいんですか?」

「あ、そこらへんは全部部下にブン投げてきた」

「……それでいいんですか堕天使総督って……」

「いいのいいの! で、今は中あがって大丈夫かい?」

 

 一輝と友人の如く会話する日本かぶれの外人。端正な顔立ちではあるが、一見普通の人間に見えるこの男の正体が堕天使勢力のトップであるなどと、誰が予想することが出来るだろうか。

 男の名はアザゼル。三大勢力の一つ、堕天使の中でも総督の地位に君臨する正真正銘の頂点である。

 

「どうぞどうぞ。あがってください」

「すまねぇなカズキ。じゃ、邪魔するぜ」

 

 愛称で呼ばれたアザゼルは、一輝に招かれるまま孤門家へと入っていく。

 廊下を渡ってダイニングルームへの扉を開けると、その向こうには里子と一誠が客人を歓迎すべく待機していた。

 

「いらっしゃいゼルさん」

「ゼル爺! いらっしゃーい!」

『ゼル爺、いらっしゃーい』

「誰がゼル爺だ! せめておじさんって呼べ、ゼルおじさんと! あとドライグてめーも乗っかんな!!」

「……あの、それどう違うんですか?」

 

 里子と一誠、そしてドライグが挨拶をすると、一誠の自分に対する呼称が気に入らないアザゼルが訂正を追及する。しかし大して変化していないように感じられてしまう一輝は思わずツッコミを入れた。

 ゴホン! と大きく咳払いすると、ゼルは話を切り出すべく口を動かす。

 

「えっとな、今日はまぁちょいとした話があるから来たわけなんだが……メシの最中だったか?」

「うん、ちょうど食べ終えたところだよ。まだ余ってるから、ゼルさんもどう? あたしの手料理食べてくかい?」

 

 ゼルの予想通り、どうやら孤門家はこれから夕食に取り掛かろうというところだったらしい。キッチンからは食欲をそそる美味しそうな料理の香りが漂う。鼻で大きく息を吸い、香りを堪能すると感極まったようにゼルは呟いた。

 

「あの料理が壊滅的だった里子がここまで成長するたぁな……俺は感動で涙が出そうだよ、カズキ」

「そりゃいったいどういう意味だ独身クソジジイ」

「どくっ……!?」

「里子、ゼルさんにそんなこと言うのやめなって! ……ああごめんなさいゼルさん、妻がこんな……」

「……いいよ、別に……ちくしょー、俺だって結婚してぇよ……」

「あ、あはは……」

 

 心を深く抉る毒舌を受け、絶句するアザゼル。そのまま泣き言を漏らす彼に一輝は苦笑いするしかなかった。

 アザゼルが傷心したその一方で、純粋に来客を喜ぶ一誠は笑みを浮かべて歓迎の意を示した。

 

「ゼル爺だ、わーい!」

「だから爺じゃないって……はぁ。お前はまたでっかくなったなイッセー。ちゃんと好き嫌いせずにメシ食ってるんだろうな?」

「うん! ゼル爺の言われた通りに何でも食べてるよー?」

『食べてるよ~ゼル爺?』

「うるっ……!! そ、そうかーイッセーは偉いな。それなら安心だ、将来おっきくなるぞー」

 

 傍から見れば、祖父と子供の再会という微笑ましい場面に見えなくないこの光景。しかし子供の内に存在する赤龍帝(バカ)のせいでそんな感動もどこ吹く風。怒鳴り散らしたいが、それはつまり何の罪もない子供を叱りつけてしまうことを意味するため、ゼルは必死に怒りを堪えるしかなかった。

 

「僕、ゼル爺みたいにカッコよくなれる?」

『僕、ゼル爺みたいに何時まで経っても独り身の可哀想なジジイにならなくて済む~?』

「くっ……! そ、そうだぞ~。好き嫌いせずになんでも食べたら、俺やパパみたいにカッコよくなれるぞー」

 

 我慢我慢、何を言われようとも我慢しなければ。

 目の前の子供には何の罪もない。悪いのは全て、この子の中に潜んでいる赤トカゲなのだ。いくら頭にきたからといって怒声を浴びせてしまうというのは忍びない。

 それにしてもドライグ、普段は赤龍帝の誇りだのなんだのとうるさい癖になんとみみっちい真似をするのであろう。自身の評価を一番乏しめているのは、ひょっとして彼自身ではないだろうか。

 

「やったー! 僕もゼル爺や父さんみたいになれるんだー!」

『やったー! 僕はゼル爺みたいな情けないジジイにならずに済むんだー!』

「ぐぐぐっ……そ、そうだな。よかったなーイッセー、俺も嬉しいぞー」

 

 ここは耐えるのだ……そう自分に何度も言い聞かせるアザゼル。しかし、現実はそんなことで切り抜けられるほど甘くはなかった。

 

『プークスクス、堕天使の総督が言われたい放題でやんのー! ねえねえどんな気持ち? アザゼル今どんな気持ちー?』

「うがァァァァァァああああああああ! もう許さねぇぞドライグッ、今日という今日はもう我慢なんねぇ!!」

「ちょちょっ、落ち着いてゼルさん! イッセー、イッセーが驚いてますから!!」

「おいテメェ赤トカゲ! 聞いてりゃうちの子供の陰でぐちぐちぐちぐち陰口叩きやがって! 男なら堂々と出て全部喋りやがれ、自分一人じゃ何もできねぇデクの坊が!」

『うるせー! あいつらには封印されるわ相棒に宿れば人間(おまえ)に小馬鹿にされるわ、こんなことで堪えることなどできるものか! 今こそ赤龍帝の怒りを買えばどうなるか思い知らせてやるわー!!』

「もうお願いだからみんな喧嘩はやめてくれー!」

「うぇーん、みんなが怖いよー!!」

 

 顔を真っ赤にして鬼の如き形相を浮かべる堕天使総督(アザゼル)

 男として情けない行為を繰り返す馬鹿を叱責する人間(里子)

 結局は逆ギレでしかない怒りを振りかざして暴走する、恥を忘れた赤龍帝(ドライグ)

 場を収束させようとするも右往左往することとなった光の巨人(一輝)

 わけもわからぬままカオスな修羅場へと放り込まれることとなった無垢な子供(一誠)

 

 来客を迎える温かな場面のはずが、赤龍帝(アホ)のせいで大騒ぎへと大発展してしまったのであった。

 

 

 ――その場が治まるまでに数分所要――

 

 

「…………いやもう、なんというか…………すまん…………」

「…………ごめん、イッセー…………ホントごめん…………」

「…………ごめんなさい、イッセー…………」

「…………ぐずっ゛…………お゛どう゛ざん゛……ブラ゛ズドジョッドで僕を゛撃っだ…………ぐずっ゛…………」

『…………ぐずっ゛…………う゛えっ゛、光怖い゛よ゛ぉ…………』

 

 その場にいる大人全員がリビングにて正座し、幼い子供に頭を下げるという奇妙な構図が出来上がっていた。約一名は幼児後退してしまっている始末である。

 結論から言うと、諸悪の根源を制裁するべく全員が団結した。ぶっちゃると、ドライグをブラストショットでぶちのめした。

 厳密に言えばアザゼルと里子が一誠を拘束。傷つけることはないとはいえ、息子に引き金を引くなんて嫌だ嫌だとごねる一輝だったが、『やるときゃやれ! 男だろ! 私の夫だろ!』『やれェカズキ、やらなきゃ俺がやる! こいつを許すわけにはいかんのだーっ!』という、ある種脅迫まがいの説得により、渋々ブラストショットを使用。ドライグに新たな精神的損傷(トラウマ)が植え付けられ、そのとばっちりを一誠が受けてしまうこととなったのである。

 「どうしてこうなった……」と陰鬱げにアザゼルが呟くのを聞いても、ただ黙ることしかできない孤門夫婦。

 子供の嗚咽以外に何も聞こえぬ、痛々しい沈黙が続く。それを破ったのは、アザゼルだった。

 

「お、おーいイッセー……悪かった、悪かったよ……ホラ見てみろ、お前の大好きな羽だぞー?」

「ひっく…………うぅ…………う?」

 

 恐る恐る一誠に話しかけながら近づき、夜のように深く黒い12枚の翼を広げるアザゼル。

 すすり泣いていた一誠だったが、その翼を見ると嗚咽が止まった。穴が開くほどに漆黒の翼を眺め、そっと手を伸ばす。

 フワリ、と柔らかい感覚が掌に広がる。冷たい印象を受けるその黒とは相反してその翼は温もりにあふれ、触れたその手を優しく包み込んでくれた。慈しむように一誠は何度も撫でると、涙も流れなくなり次第に笑みが戻る。

 

「…………わぁ」

 

 感嘆とした声を一誠が口にすると、ホッと安堵のため息を漏らす大人たち。

 ただ自分たちの過失を誤魔化しただけかもしれないが、少し罪悪感はなくなった。

 場が落ち着き、一息ついたところで一輝が思い出したようにアザゼルへ問いかけた。

 

「そういえば用事があってここに来たんですよね? いったいなんなんですか?」

「あ、あぁ。そうだったな……今ここで話をしてもいいんだが……」

 

 一輝の指摘を受けてハッとしたようにアザゼルは顔をあげるが、一誠をチラと見て言いづらそうに言葉を濁す。

 それを見た一輝と里子は、未だに泣き続ける一誠へ歩み寄ると慰めた。

 

「さっきは本当にごめんねイッセー。お父さん、仕方ないとはいえお前に酷いことしちゃった……」

「私も本当にごめんな、イッセー。それでこれからお母さんたち、ゼルさんとお話しなきゃいけないの。代わりにイッセーの好きなお菓子いくらでも食べていいから、お部屋で待っててくれる?」

「いいの!? 行くー!!」

 

 好物のお菓子をたくさん食べられると聞けば、そこはやはり子供らしく素直に言うことを聞いてしまう。母に手を引かれるままリビングを後にし、いつも家族全員で寝て過ごす部屋へと一誠は連れられた。

 台所からいくつか持ってきたお菓子袋を一誠に与えると、「いい子で待ってるんだぞ、イッセー」と言い残して里子はリビングへ戻る。

 

「んぐ、んぐ、んぐ……んふー♪」

『……おい相棒。お菓子食ってるのもいいが、ちょっとカズキたちの会話が気にならないか?』

 

 さっそく一誠は袋を開けると、中に入っていたお菓子を口に運ぶ。

 幸せそうに頬張る一誠に、いつの間にか回復したのかドライグが語り掛け、疑問を投げかけた。

 

「んー? 気になるって?」

『俺にもよくわからんが……今日のアザゼルの様子は、何か奇妙だった。ちょっと聞いてみようぜ、あいつらのお話ってやつを』

「えー……でも、このお部屋で待ってるって言ったし……」

『カァーッ、素直っていうかバカというか……それなら、耳を良くすれば(、、、、、、、)いい話だろうが』

「あ、そっか」

『音声は外に漏れないように左腕を布団かなんかで覆っとけ。そしたらあいつらには聞こえないだろ』

「うん」

 

 言われて気づいたのか、一誠はベッドへと移り左腕に布団をくるませると、自らの神器……赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を具現化させ、その能力を発動させる。

 

『(Boost!!)』

 

具現化した真紅の籠手は機械音声を発し、途端に一誠の潜在能力が倍になった。

 赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の能力。それは、所有者の力を十秒ごとに倍加させ、無限に強化し続けるという途方もないものだが、もう一つ能力がある。

 

『(Boost!!)』

 

と。十秒が経過し、二回目の倍化が終了したことを赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)は一誠に知らせた。

 

『これぐらいでいいだろ。四倍化でも十分にこの家の中の会話は聞こえる』

「……うん」

 

 一誠が頷くと同時に、赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)が持つもう一つの能力が発動する。

 

『(Transfer!!)』

 

 赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)が持つ、もう一つの能力。それは、倍化によって強化されたその力を、他者に譲渡することができるというものだ。自身を強化するだけでなく、仲間の戦闘を補助することまで行うことができるというわけだが、実はこの能力はもう一つ使い道がある。

 その力を譲渡する相手は、何も『他者』に限定されたものではない。例えば、『自身の身体能力の一つ』を選び、強化することだってできるのだ。

 そう。例えばこの場合聴覚を強化(、、、、、)することで、遠くの声が聞こえるようになるなどの使い方だって出来る。

 ちなみに孤門家が寝食を過ごすこの家屋。アザゼルが直々に彼ら一家へと提供したものであり……赤龍帝の力だろうが、ネクサスの光だろうが、中でどんな力が発現しようと決して外には漏れない優れものになっている。

 それは『部屋』自体にも適応されるため、ここで赤龍帝の力を一誠が使っていることはアザゼルにも一輝にも探知されることはない。

 研ぎ澄まされたその感覚に意識を集中させ、一誠は静かに耳を傾けた……

 

 

 

 

 

 

「――いったい、何なんです? 話って」

 

 一誠を寝室へと移し、リビングには大人しかいなくなった。一輝、里子が並んで座り、テーブルを挟んでアザゼルが二人と対面する。

 いつもならば『どんな問題でも俺たちに任せろ』と言い張って、面倒事を引き受けてしまうこの人が、話を持ち込んでくること自体珍しい。

 しかも、子供である一誠を除外し、大人たちだけでこうして会話をしようとしている。

正直、こんなことは孤門家にとってもアザゼルにとっても、初めての経験だった。

 

「――覚えてるかカズキ。俺たちが最初に出会ったときのこと」

「……?」

 

 唐突に切り出された、アザゼルの声。

 いったいこれからどんな話が出されるのか見当もつかぬまま、ただ一輝と里子はアザゼルの次の言葉を待つ。

 

「数年前、突如として出現した謎の生物、『スペースビースト』。俺の知るどの生物にも当てはまらず、そして凶暴な怪物たち。最初こそ討伐することには苦労しなかったが、次第に奴らは強くなり、終いには俺たち堕天使ですら手に負えない程のものになった。人々にその存在が認知され、恐怖に怯えることになるのも時間の問題かと思ったそん時に……お前は現れたよな」

「…………それは…………」

「俺たちですら手こずったビーストの軍団を、いとも容易く葬った光の巨人……出会った時は、神が復活したのかと……柄にもなく、奇跡が起こったのかとすら思った……だが出会ってみれば、そいつは一人の、ただの人間……調べたって、そこいらにいる一般人とその身体は何も違わない、しいて言うなら戸籍が存在しない程度にしかおかしなものはなかった……わが目を疑ったもんだぜ、神にも等しい存在に変化するヤツが……天使でも、堕天使でも、悪魔ですらない、ましてや神器すら持たない人間なんだからな」

 

 懐かしむように、遠い目でアザゼルは目の前にいる友人、孤門一輝との出会いを振り返る。

 おそらくこれは、ここに来て彼らと交わそうとしていた会話の話題ではないのだろう。ここで中断させて、本題へと入らせようかとも一輝と里子は思ったが、どうにも気が引けた。

 今日のアザゼルは……なんというか、重く落ち込んでいるように見えたからだ。

 

 アザゼルが、一誠を外そうとしてまで持ち込んだ話。

 吉報か凶報かと言われれば、それは後者に間違いない。それも彼自身、あまり話したくないか……認めたくないと思うほどのものなのではないか。二人はそう直感した。

その話題を切り出せるよう、自分の中で上手く纏めようと試行錯誤しているのかもしれない。

 ならば待とう。それが終わるのを。

 二人は互いに問い合うこともなく、そう決めた。

 

「それに話しかけてみりゃ、これまたそこらにいるようなガキ同然の男。三大勢力の存在すら知らない、肉体だってそこらにいる奴らより鍛えている程度。加えていい齢しといてどこまでも甘っちょろい思考回路を持ってるときたもんだ……なんでこんなヤツが光の巨人になれたんだと、一度は思ったねぇ」

「ハハ……なんというか、申し訳ないですね」

「まったくだ、おかげでこっちは情報操作で一時大忙しだったんだぜ!? 下級の堕天使には正体の隠ぺい、お前のその光の波動を隠すためにこの一軒家を超特急で建築、目撃者の記憶消去に戸籍作成、連絡手段にも電話や手紙じゃ足がつくから俺直々に伝言! 三大勢力のトップがたかが一人間相手の伝書鳩代わりとかどうよ!? シェムハザもバラキエルも最初に聞いたときは卒倒したわ! 『お前が仕事をサボる口実ができるからやめろ、マジやめろ』とか二人に言われた俺の身にもなれ!!」

「最後は僕、なんにも悪くないですね」

「うん、お前きっちり自分の仕事した方がいいわ」

「ヤダー、お仕事ヤダー、楽しくオモシロオカシク毎日生きてぇよー」

 

 大袈裟にアザゼルは声をあげ、如何に自分が苦労したことかを身振り手振りも加えて伝えてくる。冷静に二人に突っ込まれると駄々をこねる始末。その態度の幼稚さは本当に堕天使のトップなのかと疑問にすら思えてくるほどだった。

 

「……けどな。なんで俺がそこまでしたかって言われりゃ、結局お前っていう人間が好きになったからだ。どこまでも人を信じて、誰かを守るためなら必死にひたむきに足掻く。その光とは違う、もっと温かい光に……お前の心は満たされていた……お前なら信じてもいい、そう感じたからこそ、俺はここまでやってきたんだ」

「……ゼルさんには感謝してますよ。じゃなきゃ、僕は今ごろどうなっていたかわからない。この世界の人だって、里子だって……いったい何人犠牲になったことか……」

「いいや、それは俺こそ言いたい事さ。お前のおかげで、俺たち堕天使は何度救われたか知れねぇ。奴らが狙う獲物は、決して人間だけじゃない。出会ってすぐは神の化身と間違われ、お前を襲撃したはずの俺の部下を……お前はあいつらから守ってくれたんだからな」

「私だってカズキにも、ゼルさんにも感謝してるよ。あのとき私を助けてくれたのは、ネクサスになったカズキ君と、ゼルさん達だった。だから今でもあの写真、出版社に公開せずに取ってあるんだからねー」

「まだ捨ててなかったのかあの写真!? ったくカメラマンってのはホントに厄介な性分だな」

「当たり前でしょ!? 私が今まで出くわした事件の中でもあれは一番のスクープよ! 死ぬまで手放さないんだから!」

 

 里子の発言に一輝は苦笑いし、アザゼルは呆れたように嘆息する。

 振り返る過去は、常に明るいことばかりではなかった。だが、同時に決して暗い者ばかりであったわけでもない。

 彼らの出会いから、今の今まで。その数年の時の中でいつもあったのは、希望と絆だった。

 人と人。人と堕天使。奇妙とすら思えるその繋がり。決して交わることも、対等となることもないはずのそれは、いつしか互いを友と呼びあえるほどにまで強い絆へと変わっていった。

 

 そこでアザゼルは、いつものおちゃらけた雰囲気を引っ込めると真面目な顔つきになって、孤門夫婦に語り掛ける。

 

「……俺が言いたいのはだ、カズキ。俺はお前を、お前の妻の里子を、お前らのガキの一誠を、本当に大切な奴らだと思ってるってことだ。だから……だから、俺はお前にこのことを伝える」

「……それは、どういう……?」

 

 自分の中で、決心ができたのだろう。

 普段の彼からは想像もできないほどに厳格な表情。思わず一輝と里子は唾を飲み、緊張する。

 少しの間を置き、アザゼルは息を吸うと重い口を開いた。

 

 

 

「――俺たち堕天使の中に、お前ら一家の命を狙っているヤツが、いる」

 

 

 

 ――堕天使総督が、人間の夫婦に告げた事実。

 ――きっとこのときから。運命の歯車は、狂い始めていたんだ。

 

 

 

 

 

 

 駒王町の町外れに存在する廃屋。

 昔そこが何に使われていたのかはわからないほどボロボロの建造物だ。ホームレスや浮浪者によって、雨宿りや寝泊りのためにコッソリ利用されているとも聞くが、町の人はそのあまりの不気味さから近寄りたがらない。

 だが……ここ最近、数名の人間がこの場所へとやってきて、行方不明となっているらしい。それも、その人物がここへやってくる理由がなく、だ。

寄り道をしようにも、人々が集まったり通り抜けたりするルートからここは外れているにも関わらず、彼らは一直線にこの廃屋を訪れている。

 

 その理由は、至って単純。この廃屋に潜む『はぐれ悪魔』が、人間を誘って喰らっていたから。

 

「イッセー。私たちから離れてはダメよ、いいわね?」

「わかってます」

 

 リアス先輩――本人曰く、『リアス先輩ではなく部長と呼ぶように』とのことなので、呼称を部長と改めるが――の問いかけに、俺は了解を示す言葉で応える。

俺を含めるオカルト研究部の部員たちは深夜の時間に、その廃屋の付近へとやってきていた。

 

 俺が神器――『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を発動させてから、部長の使い魔が伝言のために出現した。

 内容は、大公より『はぐれ悪魔』討伐の任を受けたとのこと。悪魔になりたての俺には早いかもしれないが、これから主人の為に戦う者として、戦場を知るにはちょうどいいと判断したのだろう。

 こうして現場にやってきてみたが……なるほど、空気が敵意と殺気で淀んでるな。

 目標は、かなり近い。

 

「……血の臭い」

 

 そう呟くと、小猫ちゃんは制服の袖で自身の鼻を覆う。俺にはわからないが、どうやら彼女は鼻が良いから悪臭を嗅ぎ分けてしまったらしい。

 獣が人を喰らった場所に残る、その臭い。鉄と腐敗が入り混じったそれは、ビーストと戦う俺自身も散々嗅いできたものだ。正直、未だに慣れず、嗅いでしまうと胸がムカムカする。

 銀髪の少女に軽く同情しながら、俺は部員たちの後ろに続いて廃屋を目指した。

 周囲に群がる草木の丈はかなり高く、当然のことながら手入れされた跡は一切ない。夜目が効く悪魔だとしても陰に隠れられる場所が多く、見つけにくい。これは格好のアジトになるだろう。

 俺たちが草木を掻き分ける音だけが響く静寂の闇。だが先へと足を進めるたびに、殺意は濃くなっていく。

 ある程度まで近づくと、先頭に立っていた部長は足を止め、振り返った。

 

「イッセー。今日は私たちが戦うところを見せてあげる。後学のために、よく見ておきなさい」

「……わかりました」

 

 部長の指示通り、今回は戦いをただ見守らせてもらうこととする俺。

 例えそんな指示がなかったとしても……結局俺は、みんなに加勢することなんて出来なかっただろう。

 あのとき出現させた俺の神器――『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』は、恐ろしく不安定な状態だった。力の調整やドラゴンのオーラ操作、何から何までが全て俺の制御から離れ、暴走している。

 原因は不明だけど……きっと、ドライグがそこにいないからじゃないかと思った。

 ネクサスとして共に戦う時だって、力を振うのは俺でも、神器の微調整を行ってくれていたのは、いつだってあいつだ。

 その調整役である本人が、神器の中から姿を消しているのなら、そのようなことになったとしてもおかしくない。

 

 神器だけが残り、その素材となった魔獣が消滅する。

 俺が予想していたよりも遥かに最悪な展開が……起きていたというのだ。

 

 だが、もしそうだとしたら……いったいあいつの身に、何が起こったんだ?

 あいつ自身が消滅したというのならば、どうしてこの神器はまだ存在している?

 この神器は、あいつの力そのものを根幹とした代物。ゆえにドライグが消滅は神器の消滅を意味しているはずなのに、なぜ俺は未だに赤龍帝のままでいるんだ?

 

 謎が尽きず、またその解明の糸口すら掴めぬまま、俺は彼らに着いてきてしまった。

 何をしようとしても、俺は役に立たない。それどころか、今の俺は、下級悪魔以下の力しかない。

 悔しいような、好都合ともとれるようなことだが……この場は、彼らに任せるしかないようだった。

 

「ついでに、悪魔の下僕としての特性を軽く教えてあげるわ」

「下僕の特性?」

 

 怪訝そうに聞き返す俺に、部長は首を縦に振り、言葉を続ける。

 

「ちょっと歴史の話が入るんだけど……大昔にあった、三大勢力の戦争の話はしたわよね? あの戦争のせいで、他の勢力も含め、悪魔側も大きな打撃を受けてしまったということも。当時の悪魔は二十、三十もの軍団を率いる爵位を持った大悪魔、その部下と、純血の大半を一挙に失ったわ。もはや軍隊などというものは保つことが出来ない程に、私たちは疲弊してしまったのよ」

 

 もう何度聞いたかもわからない、三大勢力の過去と現状。

 でも、とそこで部長は付け加えた。

 

「お互いに傷を受けたとしても、堕天使や神と睨みあう状態は依然として残ったまま。少しでも隙を見せれば滅ぼされてしまうのは目に見えている……そのために作られたものが、悪魔の駒(イーヴィル・ピース)よ」

 

 と、ここで俺も初耳の単語が部長の口から出てきた。

 イーヴィル・ピース? なんだそりゃ、ドライグからも聞いたことないぞ。

 首をかしげていると、今度は副部長である朱乃さんが口を開く。

 

「爵位を持った悪魔は、人間界のボードゲームであるチェスの特性を、下級悪魔に取り入れましたの。下僕となる者の多くが人間である、ということの皮肉も込めて……そして悪魔へと転生させるために使用されるものが、悪魔の駒(イーヴィル・ピース)

「へぇ……チェスを参考にした、悪魔の駒(イーヴィル・ピース)、ですか……」

 

 そこからは軽く、悪魔の駒(イーヴィル・ピース)に関する大まかな説明をしてもらった。

 これには六種類の駒があって、『(キング)』、『女王(クイーン)』、『騎士(ナイト)』、『戦車(ルーク)』、『僧侶(ビショップ)』、『兵士(ポーン)』の六種類が存在しているらしい。それぞれには、その駒ごとの性能があり、転生する対象に使う駒の種類によって付加される能力が違うようだ。

ちなみに『(キング)』は特別な駒で、主である悪魔が自然となるものだ。

 オカルト研究部の人々曰く、この悪魔の駒(イーヴィル・ピース)というシステムは意外にも好評を得たらしい。理由としては、そうして得た下僕を爵位餅の悪魔がお互いに自慢し合い、競い合うようになったからだそうだ。『うちの『騎士(ナイト)』は強いわ!』、『いいえ、私の『戦車(ルーク)』の方が使える!』なんて比べ合ううちに、爵位に大きく関わるような大会なんてのも出来上がっちまった、とか。

 今までどうやって悪魔たちは他の種族を転生させているのかと不思議に思っていたが……なるほど、そんなものを使っていたわけね。

 ……なんてことを考えていると、俺はふとあることに気付く。

 

「……あれ? なんか他人事のように聞いてましたけど、俺も悪魔に転生したってことは……」

 

 そう。俺自身も、その駒の恩恵によって生き返ったのではないかということだ。ということはつまり、俺にも何かしらの駒の『性能』が付与されている……?

 すると部長はニッコリと俺に微笑みかけて、再び語り始めた。

 

「そうよイッセー。私も駒を使って、あなたを転生させたわ」

「やっぱり。じゃあ俺に使ったその駒って、いったいなんなんです? 教えてくれませんか?」

 

 俺は部長に問いかける。

ちょっと気になることだった。自分が与えられた役割、能力というものがどんなものなのか。これから悪魔の世界を生きていく上でも当然知らなければならないことだろうし。

 

「そうね……イッセーは――」

 

 と、部長が俺の役割について答えようとしたその瞬間。

 

 

 ゾクリ、と。悪寒が全身を駆け巡った。

 

 

「――ッ」

 

 俺は思わず息を呑む。

 肌がピリピリする。先ほどから立ち込めていた殺意と敵意がさらに増して、こちらにプレッシャーをかけてきているのだ。

『死』そのものがこちらへと近づいてきているかのような……言いようのない、ねっとりとした嫌な感触に包まれる。

 どうやら他の部員達もそれを察したらしく、全員が戦いに備えて身構えているようだった。

 俺も万が一の時のために、ポケットに仕舞われたブラストショットをコッソリと握り、いつでも抜き出せるようにする。

 

 ズンッ……ズンッ……と。重い何かが、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。

 足音が聞こえてきたのは、壊れかけたその廃屋。歩みとともに草木は揺れ動き、地面から伝わる振動は俺たちの足元を揺さぶってきた。

 ぬうっと暗がりから現れたのは、上半身裸の女性。しかしその上体は宙に浮いている。

 いや、違う。浮いているのではない。

 続いて出てきた下半身は、巨大な獣のそれ。四足のそれと女体が繋がっているから、浮いているように見えたのだ。

 

 女性の上半身と、バケモノの下半身を持った、形容しがたい異形の怪物。両手には槍らしき得物が所持されており、尾は蛇の姿をしていた。どうにも独立して動いているらしく、あちこちに動き回っている。

 全長は五メートルほど。サイズはやや小さめだが、小型のビーストくらいの大きさはあった。

 

「不味そうな臭いがするぞ? でも美味そうな臭いもするぞ? 甘いのかな? 苦いのかな?」

 

 地の底から響くような、低い声音。

 その恐ろしい外見と、周囲が暗闇であることも相まって、その声は聞く者の心を恐怖に染め上げるだけの不気味さを誇っている。

 だが、そんな声を耳にしても部長は臆することなく、むしろ堂々と腰に手を当てて立っていた。

 

「はぐれ悪魔バイサー。あなたを消滅しにきたわ」

 

 目の前でそう部長が宣言すると、バイサーはおかしそうに口元に手をあてて笑う。

 ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ……。

 明らかに人間が出すものではない、異質な笑い声。それは外見とともに、その存在が悪魔のものであることを示す証明でもあった。

 

「主の元を逃げ、己の欲求を満たすためだけに暴れ回るのは万死に値するわ。グレモリー公爵の名において、あなたを消し飛ばしてあげる!」

「こざかしいぃぃぃぃ! 小娘ごときがぁぁぁ! その紅の髪のように、お前の身を鮮血で染め上げてやるわぁぁぁぁ!」

 

 この世のものとは思えぬ咆哮をあげ、部長に襲い掛かるはぐれ悪魔。

 己の身に危機が迫る状況でも余裕を崩すことなく、部長は鼻で笑ってみせた。

 

「雑魚ほど洒落のきいたセリフを吐くものね。祐斗!」

「はい!」

 

(キング)』の命を受け、木場が動く。

 近くにいたはずの俺が反応できないほどの素早さで木場は移動し、バイサーと対峙した。

 ……速いな。目で追うのがやっとだ。

 

「イッセー。さっきのレクチャーの続きよ。祐斗の役割は『騎士(ナイト)』、特性はスピード。『騎士(ナイト)』となった者は、あらゆる速度が増すの」

 

 木場とバイサーの戦闘を見守る傍ら、俺に解説を行う部長。

 彼女の言う通り、木場は恐ろしい速度で動き回り、相手を翻弄している。いくらバイサーが攻撃を繰り出しても、それらは全て紙一重で回避され当たることがない。

 

「ちぃぃ!!」

 

 苛立たしそうに唸り声をあげ、やたらめったらと槍を振り回すはぐれ悪魔だったが、デタラメな軌道を描く攻撃は徐々に単調なものへと変化していく。あれじゃあ人間だったころの俺でも避けられる気がするぞ、多分。

 しかしそんな点を差し引いても、木場の立ち回り方と動きは凄いの一言でしか評価できない。すでに速度は俺の目では追えないくらいのものに達しているし、よくよく見ればその動作全てが最低限の動きであることがわかる。相手側の出方を一つ一つ見切った上で、最善の行動が取れている証拠だ。

 大振りの一撃を避け、バイサーに隙ができたその瞬間を見計らい、木場はその手に持っていた西洋剣の柄を握る。

 ……あれ? あいつ、いつの間に剣なんか持ってたんだ?

 

「そして祐斗の最大の武器は剣」

 

 部長がそう呟いたその瞬間。

 ウ゛ンッ!! と。木場の姿が一瞬ぶれたかと思うと、バイサーの両腕が切断されていた。

 はぐれ悪魔は何が起こったのか認識できずにポカンとしていたが、一瞬遅れて悲鳴をあげる。

 

「ぎぃぃぃぃああああああああああああああああああああああああああああっ!!??」

 

傷口から鮮血が溢れだし、槍は両腕とともに地面に転がる。上体が人間の形をしているだけに、それは見るからに痛々しい光景だった。

 見れば、木場の持つ剣は鞘から抜かれ、その刀身があらわになっている。

 ……まさか、あいつが斬ったのか?

 

「これが祐斗の力。目では捉えきれない速力と、達人級の剣捌き。ふたつが合わさることで、あの子は最速の『騎士(ナイト)』となるの」

 

 ……部長の説明を聞く限り、どうやらその通りらしい。

 どこからか瞬時に剣を出現させ、目に映らない速度で繰り出す神速の斬撃。

 加えて、あの身のこなし……パワーで押しきるんじゃなく、その動きで敵を翻弄する典型的なテクニックタイプか。

 

 そんなことを考えていると、またいつの間にやらバイサーの足元には、小さな人影があった。

 あれは……小猫ちゃんか?

 

「小虫めぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」

 

 バイサーは小猫ちゃんを見つけると、その巨大な足で彼女を踏み潰そうとした。

 その見た目からしてかなり危なっかしい光景にも見えるが、小猫ちゃんの動きには迷いがない。かといって、避けようとしているような動きも見受けられない。

 ……なんとなく、次にどうなるのかわかった。

 

「次は小猫。あの子は『戦車(ルーク)』。戦車の特性は――」

 

 ズズンッ!! と。

 バイサーはその重量と巨躯にものを言わせて、小猫ちゃんを踏み潰そうとした。地響きが俺の足を突き抜け、ビリビリと大きく揺さぶられる。

 が――残念なことに、バイサーは小猫ちゃんを倒し切れていない。彼女はその小さな両手で相手の足を受け止めていた。

 ……見た目に反して、やっぱりパワータイプか。俺の予想通り、ゆっくりとバイサーの足は地面から持ち上げられていく。

 

「――シンプル。バカげた力。そして、屈強なまでの防御力。無駄よ、あんな悪魔の踏みつけぐらいでは小猫は沈まない」

 

 グンッ!! とバイサーの足は小猫ちゃんによって持ち上げられた。

 続いて空高く跳躍した小猫ちゃんは拳を握ると、バイサーの腹部めがけて鋭い突きを放つ。

 ドウ゛ッ!! と。まるで大砲が発射されたような鈍重な音が鳴り、同時にバイサーの巨躯が後方へと吹き飛ばされた。

 あの怪物を相手に全く怯まないパワーもそうだが、あいつをあんなに殴り飛ばした腕力はどうなんだ。もう怪力とかいう単語では表現できんデタラメ加減だぞ、ありゃ。

 

「……弱っ」

 

 両手を払いながら、ぼそっと感想を漏らす小猫ちゃん。

 ああ、うん、そうですか。あれで弱い、ですか。確かにビーストよか弱そうではあるけど。俺は多分、ドライグに力借りないと勝てません。

 銀髪ロリ少女の放つ言葉に俺が何とも言えぬ感情を抱く一方、部長は朱乃さんの方を見て命令を下した。

 

「最後は朱乃ね」

「はい、部長。あらあら、どうしようかしら」

 

 絶滅危惧種、大和撫子こと朱乃さんがニコニコ笑いながら前に出る。小猫ちゃんにぶっ飛ばされたバイサーの元へ、笑みを浮かべながら歩み寄るその様は、なんだかすごく怖い。

 ……ひょっとしてだけど、あの人って、もしかして……

 

「朱乃は『女王(クイーン)』。私の次に強い最強の者。『兵士(ポーン)』、『騎士(ナイト)』、『僧侶(ビショップ)』、『戦車(ルーク)』、すべての力を兼ねそろえた無敵の副部長よ」

「ぐぅぅぅぅ……」

 

 朱乃さんを睨みつけるバイサー。しかし小猫ちゃんから喰らったパンチがきいたのか、彼女に襲い掛かることはできない様子だった。

 悔しげに歯を食いしばるはぐれ悪魔を見て、朱乃さんが不敵に笑う。

 

「あらあら。まだ元気みたいですね? それなら、これはどうでしょうか?」

 

 それは、俺が今まで見たことのないほどににこやかで、嗜虐的な笑み。それを見た途端、俺の中の予想は確信に変わる。

 朱乃さんが天に向かって手をかざす。

刹那、カッ!! と天空が光り輝いたかと思うと。雷鳴が鳴り響き……バイサー目がけて雷が落ちた。

 

「ガガガガッガガガガッガガガッッ!!」

 

 直撃をもろに喰らったバイサーは当然の如く感電。ジュウウ……と全身の肉は焼け焦げ、身体はヒクヒクと痙攣を繰り返している。先ほどもかなり深手を負ってはいたが、この一撃でまたかなりバイサーはまいったようだった。

 

「あらあら。まだ元気そうね? まだまだいけそうですわね」

 

 まだまだいけるって目に見えてその悪魔弱ってるんですけどー?

 俺の心の中の叫びも虚しく、朱乃さんは再び手を空にかざすと落雷を呼ぶ。

 ……落下ポイントは、当然バイサー。

 

「ギャァァァッァァァッァァァッァ!?」

 

 再度感電。気のせいか、雷の威力がさっきよりも上がっているような気がする。

もはや悲鳴が断末魔に近い。もう明らかに抵抗する力が残っていないというのに、はぐれ悪魔を見ると朱乃さんは満足げにほほ笑みながら頷くと、三度目の落雷を呼んだ。

 

「グァァァァァァァアアアアアアアアアアアッッ!?」

 

 三度感電。気のせいか、雷の威力がさっきよりも(以下略)。

 

「ギャバアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!??」

 

 ……………………………………………………………………。

 あの、そろそろ許してあげても――

 

「ギョゲエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッ!!??」

 

 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

「ギィィィィィィィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!??」

 

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

「ガガガっガガガああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!??」

 

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 …………満足そうでなによりです。

 

「うふふふふふふふふ。どこまで私の雷に耐えられるのかしらね? ねぇ、バケモノさん。まだ死んではダメよ? トドメは私の主なのですから。オホホホホホホホホホッ!」

「朱乃は魔力を使った攻撃が得意なの。雷や氷、炎などの自然現象を魔力で起こす力ね。あと彼女は常軌を逸脱した究極のドSよ、一旦ああなれば相手が敗北を認めようとも自分が満足するまで決して手を止めない……まぁ、普段は優しいから、安心していいわ」

 

 安心できません。

 もうドSなんていうカテゴライズからは完全に逸脱したレベルじゃないかと思います。

 見てよあの顔。ものすんごいキラキラした顔で、雷落としてるんだぜ?

 木場を差し引けば、一番常識ある人物じゃないかと期待していた。いや、悪魔の一員であるという時点でそこら辺はお察しであることを理解しておくべきだったのだ。

 二大お姉さまの名は伊達ではない。げにおそろしや大和撫子。

 

 ……と。そういえば、俺の役割は何なのか部長にはまだ訊いていなかったな。

 そのことを思いだした俺は、朱乃さんが楽しそうに笑いながら魔法を連発しているのを横目に見ながら、部長に訊ねかけた。

 

「そういえば部長、聞きそびれてましたけど……俺の駒の役割って、なんなんですか?」

 

 なんとなく、予想はできた。

 赤龍帝の能力を持つ点ならアタッカー寄りの俺は、戦車(ルーク)の可能性もある。

 もしネクサスとして戦った経験から培った魔力の操作方法も当てはまるなら、僧侶(ビショップ)だってあり得た。

 だけど、なんとなくそれなんだろうなーっていう、予感があった。

 部長はニッコリと微笑みを浮かべると、俺の疑問にハッキリとした回答を返す。

 

「『兵士(ポーン)』よ。イッセーは『兵士』なの」

 

 ……あーあ。どうにも悪魔社会ででも、俺は多忙の生活を送ることになりそうだ。

 

 

 

 そんなこんなで数分間、朱乃さんの執拗なまでの雷攻撃は続いた。

 途中からすでに、はぐれ悪魔の悲鳴はあがることがなくなり、鳴り響く雷鳴の轟音だけが周囲に木霊する。

 朱乃さんが満足し終え、やっと雷の魔法連撃をやめたそのとき……はぐれ悪魔・バイサーはすでに戦意を喪失していた。初撃から黒こげになっていたその全身は、もはや黒炭に変わり果てたのではないかと思うほど黒ずみ、ピクリピクリと弱々しく痙攣するだけの肉塊になっている。

 因果応報とはいえ、見ているこちらとしては途中から可哀想に思えてきたほどその光景は壮絶だった。

 

 ……とはいえ、やっぱり強いな。

 今回は相手が弱すぎたということもあるだろう。しかしそれを考慮したとしても、部長率いるオカルト研究部の戦闘能力は特筆するに値するものだ。

 

 超速の斬撃を駆使し、敵を瞬殺する木場(ナイト)

 そのパワーと防御力にものを言わせ、圧倒する小猫(ルーク)

 己が魔力で自然を使役し、敵陣に大打撃を与える朱乃(クイーン)

 徐々にその力を増加させ、放っておけば誰の手にも負えなくなる帝王の力を顕現させる一誠(ポーン)

 

 全体的にパワー傾向だが、バランスが良い。強いてあげるとすれば、テクニック要員が木場一人で、負担があいつにかかりがちであるという点か。そこらへんを補充、現在の人員の得意分野をさらに磨けば……大化けするんじゃないか? このチーム。

 ……ただこれは、俺がこのチームの一員として全力を出すことが出来るなら、という条件での話だけど。

 にらみ合いがあるとしても、戦争はなくなった。

 だけどそこで、俺が赤龍帝であるということが判明したならばどうなるか。

 下僕を自慢し合うゲームなんてやめて、もし血みどろの闘争が再開されることになったとしたら……。

 ……俺は……。

 

(……クソッ、うじうじ悩むな。男なら、そんなのが起こっても止めてみせろよ……!)

 

 俺が苦悩する一方で、部長はボロボロになったはぐれ悪魔へとゆっくりと歩み寄り、その手をかざす。彼女も朱乃さんと同じく、魔法を使うのか。

 部長の魔力が、その掌に集まっているのがわかる。いつでもその手から魔法を繰り出せる準備を終え、彼女はバイサーに訊ねかけた。

 

「最後に言い残すことはあるかしら?」

「殺せ」

 

 まさに即答。最後の慈悲をかけられたそのはぐれ悪魔が発した言葉は、懇願……いや、命令だった。

 己の欲望に忠実に生きた悪魔。主を殺し、人を喰らい、自身が望むままにこいつは生きてきた。そしてそれは、死の間際であっても変わらない。これもある意味、自分の意思を貫き通すということなのかもしれない。

 

 その生きざまに、尊敬なんてことをするのはさすがに無理だけど……ちょっぴり俺が感心していた。

 

「そう、なら消し飛びなさい」

 

 はぐれ悪魔バイサーとの問答を終え、冷徹な一声を放つ部長。

 聞く者の身を震え上がらせるような言葉の直後。それは、彼女の掌から放出された。

 ドンッ!! と。どす黒くて巨大な魔力の塊が出現し、バイサーの全身を覆う。まるでそれは、全てを飲み込む闇が具現化したかのような一撃。その魔力がなくなった後には……バイサーの姿は、跡形もなく消えていた。

 

 ……包み込んだ対象を、消滅させる魔法? そんな物騒な魔法なんてものが、存在するのか?

 いったい部長がバイサーに何をしたのかわからず首をひねっていると、任務の終了を確認した部長が一息ついて全員に声をかける。

 

「終わりね。みんな、ご苦労様」

 

 直後、張りつめていた緊張の空気が緩み、出会った時のような陽気な雰囲気を全員が醸し出していた。オンとオフの切り替えが早いあたり、さすがプロといったところ。

 大した出来事が起こることもなく……今回のはぐれ悪魔討伐は、終了することとなった。

 

(はぁ……ヒヤヒヤしたぜ。特に何も問題なく終わってくれて助かった……)

 

 悪魔と関与することとなった今、正体を隠さなければならなくなったこのときに何か行動されてしまえば、迂闊に動くことができない。余計なことをしてしまえば、一時は誤魔化せたとしても、いずれは俺の正体に誰もが気づくことになるだろう。

 ふと俺は、バイサーが先ほどまでいた……今は何もない空間をチラと見た。

 

 ……もし俺が光だと気付いたら……彼女は俺も、消してしまうのだろうか……

 ……文字通り、全てを消し飛ばしてしまうその魔法を放つために……その手を、俺にかざすのだろうか……

 

「…………ッ」

 

 頭を振り、思考に湧き上がる嫌な妄想を、俺は振り払おうとした。

 今考えたってどうしようもない。その時は、その時でどうにかするしかないんだ。

 今日は何も起こらなかったのだから……そんなことなど、考えるのはやめよう。

 俺は、そう思った。

 

 

 ――そう。特に何の問題も起きることなく、このまま終わってくれればよかった。

 その瞬間になるまで……今この瞬間、最初の試練が自身に迫ってきていることに、俺は気づくことができなかった。

 

 

 

 ――ドクン――

 

 

 

「――――ッ!!??」

 

 俺の胸ポケットに密かに納められていたものが、振動した。

 

「さてと。じゃあ、部室に戻るためのジャンプの準備を……あら?」

 

 部長が部室へと戻る魔法陣を展開させようとしたそのとき。それは起こった。

 それは、ごくごく小さな地響き。先ほどの戦闘に起こったものと比べれば気にするほどでもないような振動が、俺たちオカルト研究部の足元を揺さぶる。

 

「なんでしょうか……地震?」

 

 木場が首をかしげながら、そうつぶやいた。

 当初は他の部員達もそう考えていたのか、特段気にした素振りを見せなかったが……なかなか振動は終わることがなく続く。

 それどころかむしろ、振動は徐々に徐々に激しさを増していった。

 

「……地震じゃない?」

「……これは……」

 

 他の人たちも何かがおかしいことに気がついたのか、周囲を警戒し始める。

 その中で俺は、密かにその地響きの正体を掴んでいた。

 振動が激しくなるほどに……エボルトラスターの振動も、大きくなっていく。

 間違いない。接近してきているのだ。

 ネクサスと同等か、それ以上の巨体を誇る怪物……スペースビーストが。

 

(この振動……明らかに歩行音じゃねぇ……まさか、地下を掘り進んでやがるのか!?)

 

 巨獣が大地を踏み歩くようなものではなく、それは地面そのものを掘って移動しているかのような振動だった。

 

「振動がどんどん大きくなってます……何かが、近づいてきて……?」

「全員、警戒して!」

 

 地響きは大型の地震クラスのものへと変わり、いよいよ只事ではないと判断した部長は部員たちへと伝令する。

 円陣を組み、互いの死角を補足し合う形の態勢を整えた。

 ……ダメだ。真っ向からあいつらと戦うなんてことはしてはいけない!

 焦燥の念に駆られ、俺は部長に呼びかけた。

 

「部長! 早く、移動の魔法陣を展開――」

「ダメよ。ここは私の領地。こんなところで何かしようとする輩がいるのに、野放しになんてできるわけがないわ!」

 

 その相手が今度は悪すぎるんだよ!!

 こんなところで敵を待ち受けるなんてことはしてはいけないというのに、己の使命を全うするために部長は下僕たちとともにそこへ留まろうとする。

 

(どうする……どうすればいい!? どうすれば……!!)

 

 悪魔たちを目の前にしているこんな場所で、ネクサスへの変身はもちろん、ブラストショットを使うことだって出来るはずもない。

 わからない。ネクサスの力も、ドライグの力も借りることができない今、いったい俺は何をするべきなのか……

 なけなしの頭脳をフル回転させ、この状況を打開する方法を必死に思案したが……そんな都合のいい方法がすぐに思いつくはずもなく……そいつは、その姿を現した。

 

 ドゴッ!! と。大地を弾き飛ばし、地中深くからそれは出現した。

 まるでミミズのように管状に細長く、肌色の肉体をした『それ』は、全長5m以上はあろうかという巨大な怪物だった。

 俺は、その怪物を知っている。

 その怪物は、今まで何度も俺自身が倒してきた、怪物の一匹。

 

 インセクトタイプビースト……『バグバズン』なのだから。

 

「これは……!?」

 

 グロテスクな外観の怪物を目前に、絶句するオカルト研究部のメンバーたち。

 その中でも部長は一番早く行動に出て、バグバズンを迎撃しようとその手をかざした。

 だがその行動が、まずかった。

 

 次の瞬間、驚異的な速度でバグバズンは反応し、部長に襲い掛かる。

 

「なっ――!?」

 

 今俺たちが対峙しているのは、バグバズンの舌。途轍もない巨躯を誇る怪物の、ほんの一部分にすぎない。

 本体は地中に潜っているため、ヤツは俺たちを目視することは出来ない。しかし、地下においても狩りを行うことができるように、聴覚で俺たちの居場所を特定しているのだ。

 部長はいち早く反応し、動いてしまった。そのために、バグバズンの標的となった。

 

「部長危ない!!」

 

 咄嗟に俺は、部長を押しのけてバグバズンの攻撃から彼女を逸らす。

 しかし、その代わりに俺がバグバズンの舌に捉えられることとなった。

 

「くっ――!?」

 

 バグバズンは俺の足をその舌で捕まえ、そのまま地中へと俺を引きずり込もうとする。

 ハッとした部員たちは俺を助けようと手を伸ばす。だが、バグバズンの引きずる速度は速く、全員の手が虚しく空を切るだけだった。

 

「ッ、イッセー!!」

「兵藤君!!」

「先輩!!」

「一誠君!!」

 

 オカルト研究部の皆が、俺の名を叫ぶ。

 抵抗することも出来ないまま……いや、抵抗をしないまま、俺はバグバズンによって地下へと引きずり込まれていった。

 

 

 草木の生い茂る地上が視界から消え、代わりにどこまでも広がる暗闇に覆われる。

 狭く、暗い地下深くへと……俺はなすすべもなく引っ張られていった。

 

(――好都合!!)

 

 だが、これは俺にとっては好機だった。

 今なら悪魔の誰も、俺の姿を見ることができていない。ここでなら、ネクサスへと変身することが可能――!!

 

 決意した俺は、胸ポケットからエボルトラスターを取り出し、鞘を掴む。

 土とその身を擦りあわせることとなりながら、俺は手早くその鞘から光を引き抜いて――

 

 

 

 バチィィィッ!! と。

 瞬間。電撃が走るような激しい音が鳴ると、凄まじい激痛が俺の全身を貫いた。

 

「があッ!!??」

 

 たまらず悲鳴をあげる俺。

 想像を絶する痛み……全身が火で焼かれ、内部から爆発させられるかのような鋭い痛み。

 突如として俺を襲ったその激痛。なぜ、こんなにも苦しい?

 俺が、エボルトラスターを引き抜こうとしたその途端に、どうして……

 

(……まさ、か……!!)

 

 この痛み。俺は、良く知っている。

 それは、つい先日俺が味わうこととなった、痛みと同じ。

 堕天使から受けた、あの光の槍が俺を掠めた時と同じものだった。

 




次回、ネクサスvsバグバズン。
飛行して車を捕まえることなく、さっそく地中に潜ってやがるこいつ。

イッセーの運命はこれからいったいどうなるのか……!?
次回もお楽しみにしてくださいませ。

あと今回、前後半で過去パート&現在パートと分けたのですが、もしかして隔離回でよかったですかね?
なんか、前後半共に一万字突破してるので、それぞれ一話ずつの内容とかでも全然よかったっちゃよかったかもしれんのですが……
そこらへんも読者の意見を聞いてみたいと思うので、感想などで答えていただけると嬉しいです。ああ、あとついでに批評募集中です(おい)。
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