影浦、狙撃されたってよ   作:Amisuru

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乗るしかない
このワートリ杯(ビッグウェーブ)


よろしくお願いします。





『日向坂撫子』1/2


 

 

 PM2:00、天候は晴れ。三門市某所、警戒区域内。

 界境防衛機関『ボーダー』の隊員4名が、防衛任務のために集まっていた。

 

 

「――はーい、それじゃ点呼取りまーす。辻ちゃん」

「はい」

「カゲ」

「…………」

「日向坂さん」

「は、はい!」

「うん、誰かさんと違っていい返事だ。それじゃひゃみちゃん、サポートよろしくね」

『了解』

 

 

 声の主はA級4位二宮隊所属の銃手(ガンナー)、犬飼澄晴である。

 今回の防衛任務は二宮隊の隊長・二宮匡貴と狙撃手(スナイパー)の鳩原未来が所用で不在のため、代わりに2名の隊員が組み込まれた『混成部隊』によって遂行されることとなった。

 A級6位・影浦隊隊長、影浦雅人。そして、フリーのB級隊員――

 

 

『――ま、初出勤なんだし気楽にやんなさいよ。ヒナタ』

「……お、おう」

 

 

 日向坂(ひなたざか) 撫子(なでしこ)

 数日前に正隊員へと昇格を果たしたばかりの狙撃手(スナイパー)である。

 

 

 

 

 日向坂撫子は六頴館高等学校1-A在学の16歳である。

 二宮隊のオペレーター・氷見亜季と同じクラスに属しており、彼女とは出席番号が隣同士ということもあり、かねてから親しい間柄にあった。撫子がボーダーに入隊したのも彼女の影響である。

 

 

『――え、ひゃみってボーダー隊員だったの!? まだ高1なのにすごくない!?』

『ボーダーで高1って言うほど若くもないけどね。ていうかあんたも嵐山隊なら知ってるでしょ? 私の前に綾辻さんがいるじゃん、同じクラスのボーダー隊員が』

『や、そうなんだけど。それこそ綾辻さんはあたしにとってクラスメイトの前にテレビの中の有名人だったから、実はひゃみもそうでしたって明かされるのは驚きの度合いが違うっていうか』

『あとウチのクラスだと栞もボーダー隊員だよ』

『マジかー……たけのこみたいに生えてくるなボーダー隊員……』

『あ、たけのこで思い出したけど隣のクラスの奈良坂くんもそう』

『なんでたけのこで思い出すのが奈良坂くんなの?』

 

 

 きのこじゃないの? 髪型的に。

 とにかく、きのこたけのこの如く生えているのならなでしこが生えていてもいいだろう、などと思った訳ではないが、ボーダー隊員が意外と身近な存在であることを知った撫子は、もしかしたら自分にもワンチャンあるんじゃないかと半ば勢い任せにボーダーの入隊試験に参加した。

 そして受かった。

 ただ一つ誤算があったとすれば、オペレーターではなく戦闘員としての素養に期待されての採用だった、ということである。

 

 

『どうしようひゃみ、あたし生まれてこのかた刀も銃も握ったことなんかないのに』

『この日本でそんなもの握ったことある16歳女子がいたら逆に怖いわ』

運動音痴(うんち)同士ひゃみと仲良くパソコンかたかた出来ると思ってたのに!』

『うんち言うな。まああんた結構トリオン凄いんでしょ? 二宮さんや出水くん以来の逸材だって早くも噂になってるよ。射手(シューター)にでもなればいいじゃん、シューター』

『あのトリオンキューブとかいうのあたしが出すとすぐ勝手にどっか飛んでくんだけど……』

『だったら銃手(ガンナー)は』

『なんか乙女のポジションじゃないような気がする』

攻撃手(アタッカー)……』

『うんちだぞ』

『あんたそれでよく自分のこと乙女だとか言えるよね』

 

 

 で、最終的に『遠くから一方的に相手のこと撃ち放題できるなんてサイコー!』などという(シールド)のシの字も知らない素人の発想で選んだポジションが狙撃手(スナイパー)だった。工作員(トラッパー)の存在を知ったのは入隊から数週間後のことであった。『教えたところでヒナタに罠を使いこなせるだけの賢さがあるとは思えなかった』というのが後の氷見亜季の主張である。

 閑話休題。

 これ幸いと飛びついた狙撃手(スナイパー)というポジションであったが、悲しいことに日向坂撫子は狙撃の才にも別段恵まれてはいなかった。合同訓練では常に成績最下位に居座り続け、枕を涙で濡らす日々を過ごしていた。

 そんな友人を見るに見かねたのが氷見だった。チームメイトの鳩原未来に『今が一番大事な時期なのは解ってるんですけどどうかこのへっぽこ狙撃手(スナイパー)に狙撃の何たるかを教えてやって下さい』と頭を下げ(その隣で撫子は土下座していた)、何卒この日向坂撫子を鳩原未来の()()弟子にと推したのである。

 鳩原はこれを了承し、晴れて撫子はA級狙撃手(スナイパー)の師を得ることに成功した。先にいた一番弟子の少年に疎ましがられながらも撫子なりに根気強く教えを乞い、来る日も来る日も引き金に指を掛け続けること数ヶ月、晴れて狙撃手(スナイパー)の昇格条件(3週連続合同訓練で上位15%以内の成績を収める)を満たしたのが数日前のことであった。

 

 

 で。

 

 

う……ウォアアアァ―!! やったよひゃみぃー! 師匠ォー! ユズル兄さぁーん!!』

『点数ギリギリ過ぎ。オレが手抜いてなかったら落ちてたでしょ。ていうかその兄さんって呼び方いい加減やめてほしいんだけど』

『兄さん……あたしのためにわざわざ自分の成績を落とすような真似までして……ちなみにユズルくんを兄さんって呼ぶのは君があたしの兄弟子だからだよフフフ……』

『その理屈で言うとあたしもレイジさんのことを兄さんって呼ばないといけなくなっちゃうなあ』

『鳩師匠……あたしみたいなひよっこ狙撃手(スナイパー)がこの冴えないC級服を脱げるようになったのも全て師匠のおかげです……この御恩は一体どうやって返せばいいのやら……』

『ナデコは大袈裟だね。……えっと、そういうことなら一つ、お願いしちゃってもいいのかな』

『はっ。この鳩原未来様の忠実なる下僕2号に何なりと』

『それ1号オレのことじゃないよね?』

『……あたしは、誰かを下僕扱いできるほど大層な人間じゃないよ』

『――師匠?』

『あ、ごめんごめん。それでねナデコ、あたしのお願いなんだけど』

『押忍!』

『今度の防衛任務、あたしの代わりにナデコに出てもらってもいいかな?』

押ォ忍!! …………えっ?』

 

 

 

 

 ――かくして今に至る。

 

 

「うぅぅ……まさかいきなりA級の皆様方と一緒にお仕事だなんて……こんなん絶対あたしが足引っ張るやつやん……もぅマヂ無理。ベイルアウトしよ」

「日向坂さんのJK観ふっるいなー」

「現役なんですけど!?」

「おっ、ノってくれる子だねえ。これは弄り――もとい、絡み甲斐がありそうだ。OK、その調子でリラックスしていこう」

 

 

 へらりへらりと薄笑いを浮かべて渾身のツッコミを受け流した目の前の金髪黒スーツ男に、撫子は思った。この先輩には気を許さないようにしよう、と。

 犬飼澄晴。同じ六頴館に通う一つ上の先輩だが、まともに会話をしたのは今日が初めてである。どんな時でも余裕あり気な薄ら笑いを浮かべている典型的チャラ男マンというのが第一印象であったが、悔しいことに顔が良い。初対面の自分をいきなり弄ってくるコミュ力の高さといい、間違いなく『陽の者』だろう。つまりはあたしの敵だ、敵。

 

 

「ま、A級って言っても友達のひゃみちゃんが付いてるんだし心細くはないでしょ。それにほら、クラス違うみたいだけど同級生の男子もいるわけだし」

あっ……その…………ろしくぉねがぃ……ます……

「辻くん。大丈夫。大丈夫だから。無理しなくていいから。ひゃみからちゃんと話聞いてるから。半径1m以内には近寄らないようにするから」

 

 

 ムーンウォークで距離を取りつつ、黒髪の赤面少年を宥めかける。犬飼先輩と並ぶと何とも対照的な二人に見えるなあ、辻新之助くん。

 異性が苦手という話は前もって耳にはしていたが、先程までの引き締まった表情がこちらと目を合わせた瞬間に見る見る崩れていってしまった。微かに抱いていた『格好良い人』という印象は刹那で消し飛んでしまったが、代わりに『あたしが守護(まも)らねばならぬ』という保護欲はむんむん湧いてきた気がする。

 だからその照れ顔をやめなさい辻くん。なんていうかこう、悪い趣味に目覚めそうになるから。あたしの中のSが騒ぐから。もっとその顔が見たくなっちゃうから。わさわさ。わさわさ。

 

 

「ひゃみ――辻くんってなんか、そそられるね」

『……あんたも栞や小南と同類だったか……』

 

 

 あ、宇佐美さんってそういうキャラだったんだ。同じクラスなのにあんまり絡む機会がないまま進級間近になっちゃったけど、ボーダー仲間になった訳だしこれからはもっと仲良く出来るかな。

 ところでコナミって誰? 遊戯王カードとか刷ってる人?

 

 

「…………チッ」

 

 

 その時。

 黒服の二人の更に後方、沈黙を貫いていたぼさぼさ頭の男の口から、舌打ちが漏れたのを撫子は聞き逃さなかった。

 そういえばこの男は何者なのだろう。二宮匡貴――二宮隊の本来の隊長は任務の直前に急用が入ったとかで出られなくなったらしく、代役として犬飼が探してきたのがこの人物だと聞いているのだが……どうにも二人の関係が良好には見えない。さっき名前呼ばれた時も無反応だったし。

 

 

「あれ、なんかご機嫌ナナメだねカゲ。ロビーで対戦相手もいなくて暇そうだったから声掛けてあげたのに」

「うるせー。鋼も荒船も見当たらねーし小銭稼ぎも悪くねェと思っただけだ」

「あー、カゲって基本給はきっちり家に入れてるんだっけ。キャラに似合わず家族思いだよねえ」

「……オイ、誰から聞きやがったその話」

「ゾエだけど?」

「あの野郎……」

 

 

 遠くに見える本部基地の方をぎりりと睨み付けるぼさぼさ頭の人。ただでさえ悪い目つきが更に鋭くなってしまった。よく見ると何だかギザギザした歯をしているし、まるで野生の猛獣か何かのような印象を受ける。

 あれ、でもなんか今の話だけ聞いてると割といい人っぽくない? 孝行息子じゃない? と少しだけ感心しながら視線を向けたところで、男の首がこちらの方へと向いた。

 視線が合う。

 ……うわー、やっぱり目つき悪っ。ていうか明らかにヤンキーだわヤンキー。因縁付けられないように大人しくしてなくっちゃ……くわばらくわばら。

 

 

「……うざってえ」

 

 

 ぼそりと吐き捨てて、ぼさぼさの人が踵を返す。苛立たし気にぼりぼりと頭を掻きながら、独りでずんずんと先を歩いていってしまう。

 ……あれ、あたし今そんな露骨に態度に出してたかな。なんとも思われないようにさり気なーく目を逸らしたつもりだったんだけど。勘が鋭いのかしら。

 

 

「おーい、新人(ルーキー)の教育も兼ねてるのに先輩の方が団体行動乱すのやめてくれない? ていうかまだ挨拶も済ませてないでしょうが」

「知るか。狙撃手(スナイパー)なんだろそいつ、攻撃手(アタッカー)と並んで歩かせてもしょーがねェだろーが。オラ辻、てめーも行くぞ」

「……ま、辻ちゃん的にもそっちの方がいっか。それじゃカゲと辻ちゃんが前衛(フロント)、おれと日向坂さんは後衛(バックス)ってことで」

「――了解です」

 

 

 いつの間にやら落ち着いた表情を取り戻していた辻が、犬飼の指示に応じてぼさぼさ頭の後を追う。うん、やっぱりキリッとしてると格好良いぞ辻くん。一粒で二度おいしい。

 ああでも、格好良いと言えば――

 

 

(……ぼさぼさ頭の人も、傍から眺める分には割と好みのタイプかも。直接睨まれると流石に怖いけど)

 

 

 そんなことを思いながらもう一度ぼさぼさ頭の背中に視線を送ると、遠ざかっていく彼の肩が、微かにびくりと震えたような気がした。

 なんだろう、寒がりなのかな。トリオン体だし寒さとか平気な筈じゃない?

 変な人。

 

 

 

 

 

 

 

「……あの、犬飼先輩」

「うん? 何かな日向坂さん」

「暇です」

「まあ、暇だろうねえ」

 

 

 防衛任務開始から10数分。撫子ら4人は黙々と、警戒区域内の巡回に当たっていた。

 現状、至って異常なし。近界民(ネイバー)の湧く様子も一向になし。防衛任務というよりは、パトロールとでも言い換えた方が正しいのではないだろうか。そんなことを撫子は思っていた。

 

 

「防衛任務っていっつもこんな感じなんですか?」

「戦闘してる時間よりも散歩してる時間の方が長いのは事実かな。シフト中、ひっきりなしに(ゲート)が開いてるってワケでもないし」

「思ってたんと違う……」

「ま、おれたちみたいな子供でも務まる仕事だって考えたらこんなもんでしょ。本気の戦争やるんだったら大人に出張ってもらわないと」

『新人の前で職場を揶揄するような発言は控えた方がいいと思うよ、犬飼先輩』

「あらら。ひゃみちゃん聞いてたの」

 

 

 そりゃオペレーターなんだから聞いているでしょう、とはまかり間違っても口にはしない撫子である。日向坂撫子は目上の人間を立てられる女なのだ。

 とはいえ、こうも暇だと雑談タイムに興じたくなってしまうのが、年頃女子の習性というものなわけでありまして。

 

 

「……えっと、今のうちに他のことも色々と聞いておきたいんですけど」

「随分とかしこまるねえ」

「仕事とあんまり関係ない質問になっちゃうんで。……その」

 

 

 ちらり、と。

 のっしのっしと遠方を往く、ぼさぼさ頭に視線を向けて。

 

 

「――あのひと、一体どういう人なんですか?」

 

 

 聞こえないように口にしたつもりだったのだが、丁度同じタイミングで彼がぼりぼりと頭を掻くのが見えた。まあ、単なる偶然だろう。

 

 

「ああ、カゲね」

「犬飼先輩のお友達……なんですよね?」

「うん、友達友達。ランク戦中に声掛けたらうるせェ死ねって言われるくらいには仲良いよ」

「わー、男子の友情って殺伐としてるぅー……」

『まあ女子も見えないところじゃ大概アレだけどね』

「あたしとひゃみは違うよね!? ね!?」

『私はあんたに腹立つことがあったら直接怒るから』

「ならばよし!」

 

 

 でもお手柔らかにお願いします。心の中でそっと撫子は付け加えた。だって怒った時のひゃみって怖いんだもん。氷見さんが氷見(冷え切った目でじっとこちらを見据えてくるの意)してくるんだもん。あの圧は実際に体験したら震え上がるよ、ほんと。

 

 

「うんうん、陰口は良くないね。言いたいことがあるなら本人に直接言うのが一番だ。――カゲが相手なら尚更ね」

 

 

 相変わらずの薄ら笑いを浮かべながら、犬飼もまた先を行くぼさぼさ男の背中を眺めている。

 それにしてもこの人は、何がそんなに楽しくていつでも笑みを浮かべているのだろうか。本当に見た目通り、四六時中心の中でも笑っているのだろうか?

 まあ、それはさておき。

 

 

「でも、あのひとに直接何か文句言うのって度胸いりますよね」

「おや、なんで?」

「だって、その……」

 

 

 ぎろり、と。

 そんな効果音がよく似合う、あの鋭い眼光に射抜かれた時のことを思い出して。

 

 

「あのひと、ちょっと、怖いじゃないですか。……目つきとか、雰囲気とか」

 

 

 野生の猛獣のような印象――なるほど、確かに虎やライオンは格好良いし、檻の外から鑑賞物として眺める分には魅力的だろう。

 しかし、それが野良に放たれていて、すぐ傍で牙を剥き出しにしていたとしたらどうだろう? それでも貴方は、その猛獣に触れてみたいと思えるだろうか?

 

 

 あたしはそうは思わない。

 だから、あのぼさぼさ頭の男の人は、怖い。

 

 

 それが、日向坂撫子の影浦雅人に対する、現時点での偽らざる本心であった。

 

 

「んー……やっぱり、そういう風に思っちゃうよねえ。女の子なら尚更」

 

 

 そして犬飼は尚も笑っている。

 笑っているが――不意に撫子は気付いてしまった。

 よく見るとこの男、笑みらしきものを浮かべているのは口元だけで、眼差しの方はてんで緩んでなどいない。

 その瞳が、ぼさぼさ頭の男から、撫子へと向けられる。

 

 

「あのさ、日向坂さん――『サイドエフェクト』の説明は、もう受けた?」

「あ、はい。入隊試験に受かった後、お医者さんのとこ行かされて、その時に」

 

 

 ボーダー隊員が使用する兵器『トリガー』を使用するためのエネルギー、トリオン。

 高いトリオン能力を持つ人間は、トリオンが脳や感覚器官に影響を及ぼして、稀に超感覚を発現する場合があるという。それらの超感覚を総称して、『サイドエフェクト』と言う。そのように、撫子は教わっている。

 

 

「あたしも調べてもらったんですけど、残念ながら何にもなかったんですよね。凄いトリオンだーって持ち上げられた割にはおまけの方は何もなしって、攻撃力だけいっちょ前の無能力(バニラ)のモンスターみたいで微妙な感じです。ブルーヒナタホワイトナデシコです」

「あれ今じゃ結構強いって話も聞いたことあるけどなあ。詳しくないけど――それはそれとして、日向坂さんは自分にサイドエフェクトがなくて残念だって思うんだ?」

「だって超感覚ですよ? 超感覚! なんていうかこう、頭の横にぴきーん! ってエフェクトとSEが入って危険を察知できたりとか、スパイダー感覚(センス)がビンビンに反応しちゃう的なそういうアレですよね? そんなの、ロマンじゃないですか……」

『犬飼先輩。この子ちょっとオタク趣味なんで』

「うーん、それも広く浅く系と見た。……日向坂さん、『サイドエフェクト』を日本語に訳すと、どういう意味になるかわかるかな」

「ふふん、あたくしもこう見えて六頴館ですわよ先輩」

『六頴館組の頭の程度が疑われそうなキャラ作りするのやめて』

 

 

 あたしの親友が冷たい。撫子は心でそっと涙した。さめざめ。

 

 

「『副作用』……ですよね?」

「そう。君が何か不思議な力に目覚めたとして、超感覚だって言われたら確かにワクワクするかもしれないけど、大きな力の()()()だって言われたら――なんか、不安に思わない?」

「それは、まあ、確かに」

 

 

 副作用。いかにも代償だのリスクだのが付き纏いそうな単語である。便利なだけの力ではない、ということなのだろうか。そこまで詳しい説明は医者もしてくれなかった。

 

 

「カゲ――フルネームは影浦雅人っていうんだけど、あいつも()()()()()なんだよね」

「――え」

「そのせいでまあ、色々と苦労してるわけ。もっとも、それを理由にカゲのことを特別扱いなんかしてあげないけどね、おれは」

『犬飼先輩はもう少し、影浦先輩との接し方を考えた方がいいと思うんだけど』

「それはムリ。おれはゾエや仁礼ちゃんほど人間できてないし、結局カゲに受け入れられるのってああいう『いいひと』だけでしょ? それはもうおれじゃなくてカゲ自身の問題だし、おれの方でどうにかしようったってどうにもならない話でしょ。ムリなものはムリ。それだけ」

『それが理解(わか)っててよく平気な顔であの人に絡んでいけるよね』

「バカだって思う? ひゃみちゃん」

『どっちかっていうとMなんだなって思う』

「その認識は流石にイヤだなあ」

 

 

 そう言ってまた、薄ら笑い。

 心なしか今までの笑みに比べて、やや自嘲的な印象を受ける、乾いた笑みだった。

 

 

「……えーっと」

 

 

 置いてけぼりを食らったような気分で、それでも撫子は口を開く。

 影浦雅人。サイドエフェクトを持つ男。彼を苦しめ、そしておそらくは犬飼と犬猿の仲になっている原因でもある筈の副作用(サイドエフェクト)とは、一体何なのだろう?

 ……どうでもいいけど、犬飼先輩と犬猿の仲だっていうと影浦先輩の方がまるで猿みたいだ。等と下らないことを思いつつ、核心に触れる質問を切り出そうとしたその瞬間――

 

 

 警報(サイレン)が、鳴り響いた。

 

 

「――!?」

「お、ようやくお出ましだね」

 

 

 反射的に身体を強張らせた撫子に対して、待ち合わせに遅れた友人を出迎えるかのような呑気な口調で犬飼が空を見上げる。前方の辻、そして影浦も、足を止めて視線を虚空に投げていた。

 青空に黒い染みが浮かび上がったかと思うと、バチバチと音を立てながら染みが広がっていき、巨大な黒円となる。(ゲート)。『近界民(ネイバー)』と呼ばれる異世界からの侵略者たちが、今からこの扉を潜って姿を現すのだ。

 

 

(ゲート)発生。(ゲート)発生。座標誘導、誤差3.90。近隣の皆様はご注意ください』

「きっ、ききき来た……!」

「1、2、3――おー、今日は結構大量だねえ。稼ぎが増えるよ! やったねヒナタちゃん!」

「その言い回しやめて下さいよォ!!」

 

 

 しかもどさくさに紛れて呼び名が変わっている。なんて自然に距離を詰めてくる男なのだろう。そんなことを思いつつ、撫子は(ゲート)から現れた異形の者達へと視線を向けた。

 捕獲型(バムスター)×4、戦闘型(モールモッド)×2、更に飛行型(バド)が多数――少し離れた方にも別の(ゲート)が開いている。砲撃型(バンダー)が、1体。

 え? 多くない? これ4人だけじゃ足りなくない? 第1話からいきなりハードモードじゃない? 撫子は戦慄した。

 

 

(ゲート)の封鎖を確認。第一波はこれで全部みたい』

「んー、バドが多くて面倒だねえ。カゲじゃなくて炸裂弾(ゾエ)連れてきた方が良かったかな」

『てめーで引っ張ってきといて文句垂れてんじゃねーぞコラ』

「ま、責任持ってバドは全部おれが落とすよ。カゲと辻ちゃんは近くの地上組を相手して、日向坂さんはあっちのバンダーを片付ける。いいね?」

『辻了解』

『チッ、てめーが仕切ってんじゃねェ……!』

 

 

 悪態を吐きながらも即座に傍の捕獲型(バムスター)へと突っ込んでいく影浦。辻もその後に続いていく。流石はA級、動き出しが早い――

 等と感心している場合ではない。自分も仕事を割り振られているのだ。遠方のバンダー――幾つかの民家を挟んで、数十メートルほど先の道に降りてきている。ここから目視で存在を確認出来るということは、即ち射線が通っているということだ。犬飼の割り振りは妥当であると言えた。

 

 

「お――おーし! いっちょやったるぞー!」

「ま、気合入れるのもいいけど肩に力が入り過ぎないようにね。どうせやられても緊急脱出(ベイルアウト)があるんだし、生身に危険が及ぶわけじゃない。のんびり行こう」

「お、押忍……」

 

 

 気勢を削がれてしまった。こんな緩い調子で仕事をしていていいのだろうか、界境防衛機関。

 とはいえ、確かに気負い過ぎるのは良くない。師の鳩原にも教えられたことだ。『狙撃のコツはスコープの中に映ってるものを的以外の何とも思わないことだよ』と。標的が近界民(ネイバー)だから、人間だからと意識し過ぎると狙撃の精度はブレやすくなるのだという。

 

 

『あたしもそれで一度()()()()()から』

 

 

 そう言って、ばつが悪そうに笑っていた彼女のことを、不意に撫子は思い出した。

 

 

 狙撃銃(イーグレット)を肩の位置に構える。ボーダーの狙撃用トリガーは3種類存在するが、撫子はまだイーグレット以外のトリガーを使ったことがなかった。一応他の2種類も装備(ビルド)には入っているが、まずは使い慣れた相棒を頼りにさせてもらおう。

 

 

隠れ蓑(バッグワーム)は……まあ着なくていいよね)

 

 

 砲撃型(バンダー)をスコープに捉える。周囲をきょろきょろと窺っており、こちらの存在には気が付いていないようだ。

 肩に力が入り過ぎないように。犬飼はそう口にしていたが、流石にやはり緊張する。もし外してしまったらどうなるのだろう。たちまち怪物の顔がこちらへと向いて、口から放たれた砲撃が自分の身を粉々に――

 ああでも、緊急脱出(ベイルアウト)があるんだっけ。ていうかそもそも近界民(ネイバー)は口の中が弱点だっていうし、むしろさっさとこっち向いてもらった方がいいんじゃない?

 

 

 丁度そんなことを考えたタイミングで、スコープ越しに砲撃型(バンダー)と目が合った。

 『僕の顔をお食べ』と言われているような、そんな気が、した。

 

 

「――――」

 

 

 引き金は、思ったよりもあっさりと引けた。

 イーグレットの銃口から放たれたトリオン粒子の弾丸が、寸分違わず砲撃型(バンダー)の口内に着弾する。『目』と呼ばれる近界民(ネイバー)の弱点部分(口の中にあるのだがとにかく目と呼ぶらしい)に穴が空き、もうもうと黒煙を吐きながら砲撃型(バンダー)がゆっくりと崩れ落ちるのを確かめて、撫子は快哉の雄叫びを上げた。

 

 

「いよっしゃあ――!!」

『おー。初戦果』

「見た? 氷見さん今の見ました? あたし近界民(ネイバー)倒しちゃったよ! このあたしが! どや!」

『まあ近界民(ネイバー)っていうかただのトリオン兵なんだけどね」

「トリオン……Hey……?」

『後で説明してあげる。一応まだ敵が残ってるし』

 

 

 そうだった。一仕事終えた気分になっている場合ではない。まだすぐ隣で犬飼が、そして影浦と辻が戦っているのだ。彼らの援護をしなければ――慌ててスコープから顔を引き剥がした撫子の耳に、

 

 

「ナイスキル」

 

 

 年頃の女子に投げかけるには、やや物騒にも思える賞賛の一言が飛び込んできた。犬飼である。

 

 

「あっ、はい。ありがとうございま――うわ、かっけえ!!」

佐伯(サエ)くんみたいなリアクションするなあ日向坂さん」

 

 

 相槌を打ちながら、犬飼は空の飛行型(バド)軍団に向けて引き金を引き続けている。突撃銃型の通常弾(アステロイド)と、キューブ型の誘導弾(ハウンド)による両攻撃(フルアタック)。その弾幕の厚みはかなりのもので、空に湧く飛行型(バド)の群れが次から次へと撃ち落とされていく。この残骸たちって一体誰が掃除するんだろう、と至極どうでもいいことを撫子は思った。

 

 

「うはー……一斉射撃だぁー……銃身が焼け付くまで撃ち続けてやるって感じだぁ……こんな風に戦場の真ん中で無双したいだけの人生だった」

『あんた銃手(ガンナー)は乙女のポジションじゃないとか言ってなかった?』

「よく考えたらセーラー服と機関銃なんて小説もあったなあってことを不意に今思い出しました」

「やっぱり日向坂さんって歳誤魔化してない? ――ま、見ての通りおれの方は問題ないよ。カゲと辻ちゃんの方も……ああ、もう終わりそうだね」

「なんですと?」

 

 

 言葉に釣られて、視線を遥か前方に移す。

 真っ先に目に入ったのが、胴体を横一文字に両断されて沈黙している2体の捕獲型(バムスター)だった。更にその奥、突進してくる戦闘型(モールモッド)を前に悠然と佇む辻の横顔が見える。鞘に納めた日本刀型トリガーの柄を握り締めるその精悍な顔付きは、撫子の前で赤面の至りを演じた少年のそれではなかった。

 辻の口元が微かに揺れて、何事かを呟いているのが見える。その単語を聞き取ることは撫子には叶わなかったが、辻の手にするトリガーの名を知る者であれば、誰もがその七文字を察することが出来ただろう。

 

 

『旋空弧月』

 

 

 瞬間、横薙ぎに振るわれた辻の(ブレード)トリガー――弧月の刀身が急激に伸びていき、3、4mほど先に迫っていた戦闘型(モールモッド)を真っ二つに斬り捌いた。凄まじい威力に驚嘆するのと同時に、なるほど、そこで死んでる捕獲型(バムスター)くん達もこんな感じでぶった斬られたんだなあ……と納得する撫子だった。

 ていうかすごい。戦闘型(モールモッド)って他の近界民(ネイバー)よりも段違いで強いって聞いてたのに、瞬殺じゃん。つよい。強いぞ辻くん。辻くんはモールモッドより強い。辻くんはモールモッドより強い! おい聞いてるかそこの有袋類(コアラ)!?

 

 

「きゃ――――!! 辻く――――ん!! 抱いて――――!!」

えっ!? だっ……あっ……あっあっ……

『ヒナタ。辻くんをおもちゃにしない』

「いや、そんなつもりはなくて素で居合斬りに興奮したのだ」

「うーん、イコさんと日向坂さんを引き合わせたらまた愉快なことになりそうだなあ」

『犬飼先輩。ボケとボケを組み合わせると収拾付かなくなりそうだからやめて』

 

 

 見ると、犬飼も既に全ての飛行型(バド)を狩り尽くした後のようだった。二桁以上は飛んでいたのに、本当に一人で全部撃ち落としてしまったらしい。こちらもまた大したものである。

 そうなると、残るは――

 

 

「……あれ?」

 

 

 頬を朱に染めて明後日の方向を向いている辻の更に後方、両手を隊服のポケットに突っ込んで、気怠そうに背中を壁に預けているぼさぼさ頭――影浦雅人の姿があった。

 ……違う。壁ではない。口から煙を吐いて沈黙している捕獲型(バムスター)の亡骸だった。すぐ傍には、もう1体の捕獲型(バムスター)戦闘型(モールモッド)も同じように転がっている。辻の斬り伏せた3体とは異なり、目立った外傷が見受けられない3つの残骸。

 一体、いつの間に。辻よりも早く、獲物もなしに3体もの近界民(ネイバー)を仕留めてみせたというのだろうか。いやそんな筈はない。流石に何かしらのトリガーは使っていたに違いないのだが……肝心なところを見逃してしまった。

 しかし流石に、犬飼が自分の隊長に代わって連れてきただけのことはある。やはりこの男もA級に相応しい実力者なのだ。

 それだけに尚更、戦ってるところをちゃんと見ておきたかったなあ――と、影浦に対する関心をやや強めながら視線を送ると、退屈そうに地面を眺めていた彼の眉がぴくりと動いて、またしても撫子と視線がぶつかり合った。

 あ? 何見てんだコラ。あ? ……そんな幻聴が聞こえた気がして、慌てて撫子は視線を切った。

 見てません。見てませんよあたしは。あなたに興味なんか微塵もないです。そのぼさぼさの髪の毛を泡立ててわしゃわしゃしたら楽しそうだなあとか欠片も思ってないですから。いや、本当に。

 

 

「……ケッ」

 

 

 短く吐き捨てて、またしても一人ですたすたと歩いていってしまう影浦。恐る恐る視線を戻し、遠ざかっていく後ろ姿を眺めてみる。

 無言の背中が、誰も傍に寄るなと訴えているような、そんな風に見えた。

 

 

「……うーん」

 

 

 なんだろう。

 あの鋭い目で見据えられると、確かに怖い。ちらりと見え隠れする尖った歯が怖い。噛みつかれるんじゃないかって、びくびくする。するのだけれど。

 

 

(……そんな見た目でも、にこにこ笑ったり可愛げのあるところを見せてくれたりしたら、こっちだってこんなにびくびくしないと思うんだけどなあ)

 

 

 例えばそこの、黒服の男たちのように。

 それが出来たら苦労はしないとでも言うように、影浦雅人はがしがしと、鬱陶し気に頭を掻いていた。

 

 






主人公:日向坂撫子
ポジション:狙撃手(スナイパー)
トリオン:13
攻撃:7
防御・援護:1
機動:2
技術:6
射程:7
指揮:1
特殊戦術:1
トータル:38

トリガーセット
メイン:イーグレット、アイビス、シールド、ライトニング
サブ:バッグワーム、FREE TRIGGER、シールド、FREE TRIGGER


ク ソ ザ コ ナ メ ク ジ 花 子


防御・援護(味方を支援・防御する能力)の数値に注目していただくと後編の展開が受け入れやすくなるものかと思います。
それでは、ワートリ杯楽しんでまいりましょう。



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