Q.どうして2/2になる筈のサブタイトルが2/3になっているんですか?
A.つまりはそういうことだ
私もう次で○○ですとかいうのやめる!!
「デデデデデデン! デデデデン! デデデデデデン! デデデデン! デデデデデデン!」
『狂った?』
「やれやれ……聴こえないのかねひゃみ、この軽やかに跳ね踊るスネアドラムの音が……」
16歳にもなって口から擬音を垂れ流しつつひた走る女、日向坂撫子。バッグワームを身に纏い、撫子なりの全力疾走でせっせと地を駆けている。本当はもっとこう、民家の屋根から屋根へと飛び移るようなアクロバティック走法にチャレンジしたいのだが、自分の運動神経では途中で足を滑らせて無様に転げ落ちるだけだとわかっているので実行には移さない。機動2のステータスに偽りはないのである。
「トゥールン……トゥルルルルルン、トゥルルルールルン……さあひゃみよ、犬飼パイセンへと至る最短ルートをあたしに示したまへ」
『その鬱陶しいBGMもどきやめたら教えてあげる。――鳩原先輩、これは
『ん。問題なし』
結局しずしずと作戦室へと戻っていった鳩原未来が、オペレーターデスクに構える氷見亜季の隣で了承する。ちなみに撫子は鳩原もバッグワームを着てレーダーから消えただけだと思っている。まさか何をするでもなく黙って
撫子の視界に電子の矢印が表示され、こちらへどうぞと手招きをしてくる。わー、あたしの眼にgoogleマップが搭載されちゃってるよ。すごいねトリオン体と感動に打ち震える撫子。余談ながら撫子は方向音痴でもある。こいつ何かまともな特技の一つくらいは持ってないのだろうか?
(……なんていうか、当たり前のように上方向にも矢印向いてるあたりが人間やめちゃいました感すごいよね)
普通のカーナビは『800m先、進路、
緩慢な速度で移動する犬飼までの距離は残り600mほど。当真勇か何かであれば既に有効射程内なのかもしれないが、自分は更にもう半分は距離を詰めないと話にならない。欲を言えば200m、いや100mほどまで近付いておきたいのだが、流石にそこまで行くと辻の方に捕まる恐れがある。こちらもレーダーからは姿を消している以上、そう簡単に見つかるものとも思えないが――
(――ていうかどの道、射線通そうと思ったらどっかのタイミングで高いとこ登らないとダメなんだよねえ)
原っぱの上で戦っているならともかく、何しろここは仮想とはいえ街中なのだ。長距離狙撃を敢行しようと思ったら、どうしたって立体的な角度が必要になってくる。遮蔽物も何もかんも無視してぶっ放せるような
(……お、あれなんか良さげ)
ちょうど犬飼との相対距離が300mほどに差し掛かったあたりで、撫子は前方にその建物を発見した。他の民家と比べて一際高く聳えている、7階建てのマンション。あそこの屋上に陣取れば、遠方の犬飼であろうとスコープ越しの捕捉が叶いそうだ。
エントランスに飛び込んだところで、
一つ目。
一体誰が開けてくれるんだと問い質したくなる、オートロック式の自動ドア。
「最後のガラスをぶち破れ~♪ 見慣れた景色を蹴り出して~♪」
オラァ!! とイーグレットの銃身部を叩きつけて自動ドアをぶち割る撫子。どうして撃たずにわざわざ叩き割ったのかって? その方が気持ちいいからだよ。他に何か理由が必要ですか?
『蛮族』
「うふふふふ……そうは言うけどねひゃみ、この背徳感たまんないぜマジで。現実じゃこんな風に好き放題あれこれぶっ壊したりなんか出来ないもんね……この快感を知られただけでもボーダーに入って良かったと思えるよあたしは」
『知ってるかなヒナタ。ボーダーの仕事は街を守ることであって壊すことじゃないんだよ』
『な……ナデコ、なにか辛いことでも抱えてるなら話聞こうか……?』
鳩原の声が完全にドン引きした者のそれであった。いかん、師匠の前ではしたないところを見せてしまった。でも本当にスカっとするんですよこれ。師匠も騙されたと思って一回やってみませんか? 世界が変わるような快感を味わえますよ……うふふふふ……。
まるっきり薬物中毒者のような思考に浸りつつ、エントランスを抜けて階段を駆け上がる撫子。他のポジションには存在しない
(……こういう時、おっきーみたいにグラスホッパー使えたら楽なんだけどなあホント……)
ゆるゆる笑顔の泣きぼくろバイザー関西人こと、隠岐孝二の顔が頭に浮かぶ。犬飼澄晴に負けず劣らずのコミュ強系イケメンは、当然の如く撫子とも良好な関係を築き上げていた。出会った頃は犬飼同様に撫子の中で警戒対象に属していたのだが、最近はひょっとしたらこいつ割と癒し系男子なのかもしれん……と印象が変わりつつある男でもある。パイセンと違って笑顔に闇がないよね。いや、パイセンも別にそこまで黒いオーラが出てるわけじゃないんだけど。
グラスホッパー。トランポリンの如く、踏んだら跳び上がることの出来るジャンプ台トリガー。訓練生時代に遊びで使わせてもらったことがあるのだが、ええ、見事に空中でバランスを崩してびたーんと地面に叩きつけられましたとも。あんなに勢いよく宙へと放り出されて姿勢制御が叶う訳ないじゃないですか。こちとら内村航平でも
故に撫子は駆け上がる。愚直なまでに。2階、3階、4567――そうして第二の壁にぶち当たる。屋上へと通じる扉に掛かった錠前である。流石にこれは殴って壊すという訳にはいかない。
「だから前もってイーグレットを起動しておく必要があったんですね」
『どうした急に』
バキュンとイーグレットをぶっ放して錠前を破壊する。気分はさながら、アクション映画で建物に突入を試みる特殊部隊員のそれであった。蝶番を上から順々に砕いていって最後にドアを蹴破るやつ、あれにも憧れるよね。などと仕様もない夢想を抱きつつ、撫子はとうとうマンションの屋上へと辿り着いた。
期待通りの絶景がそこには広がっていた。360度、どこを見回しても戦場の端まで見渡すことが叶う絶好の狙撃スポットである。犬飼側の塀へと駆け寄り、身を伏せて頭と銃身だけを覗かせる。
ゲートイン完了。各馬、態勢が整いました。
「さぁーて……犬飼パイセン、一方的に殴られる痛さと怖さを教えてやるぜ」
『トリオン体って痛覚ほとんど
「ええい、無粋なツッコミを入れるでない。それよりも犬飼パイセンは……お、いたいた」
スコープを覗き込み、レーダー頼りに索敵を行う。目当ての金髪頭はすぐに見つかった。それも正面や横顔ではない、後頭部だ。こちらに背を向けているのである。何の変哲もない通りの真ん中を、俯き加減にすたすたと歩いている。
『勝ったな』『ああ』とかいうおっさん達のやり取りが、撫子の脳内で再生された。
(――悪いですけどお師匠様、やっぱりあたしに有利過ぎましたね? ふふん――)
獲物を前に舌なめずり。三流のすることだなとどこぞの少年兵に笑われそうな行いだが、その三流にこれからパイセンはぶっ殺されるんですよと撫子は独りほくそ笑んだ。この女、振舞いも三流なら精神性も三流である。
遠ざかっていく犬飼の脳天を、スコープの中央に捉える。後はちょいっと人差し指に力を込めるだけだ。何とも呆気ないものだが、現実とは得てしてそういうもの――にしても、さっきからどこ見て歩いてるんですかねパイセン。イケメンらしくもなく首下げながら歩いちゃって、歩きスマホか何かしてる人みたいですわよ。
それともひょっとして眠いのかしらん? だったらあたしが、目の覚めるような一発をお見舞いして差し上げましょう。我が愛しのイーグレットちゃんでね――
「目標をセンターに入れて――
――そうして、勢いのままに引き金を引いた、その瞬間。
撫子の狙撃に合わせて、犬飼の手元で何かがきらりと瞬いた。
「…………!?」
『何の光!?』と大林隆介声で絶叫しかけた撫子に、更なる驚愕が襲い掛かってくる。
ひょいっと軽妙なステップ一つで、振り向きもせずに犬飼がこちらの狙撃を躱したのだ。
「よ……よけた……!?」
孫悟空にエネルギー弾を避けられたフリーザの如き困惑に包まれる撫子。『そっ……そんなはずはない!』と立て続けに連射すれば完璧に再現できたのだが、残念ながらライトニングと違ってイーグレットの連射性能はそこまで高くはない。なので代わりに謎解きに専念する。何故こちらを見向きもせずに狙撃に反応することが出来たのか。犬飼パイセン……もしや貴方も
『――お、来た来た。そろそろ撃ってくる頃だと思ってたよヒナタちゃん』
すっかり聞き慣れた軽薄な響きの声が、通信を介して撫子の耳に届く。スコープの中に映る犬飼が、いつも通りの薄ら笑いを浮かべてこちらを眺めていた。
これ見よがしに掲げた右手に、謎の光の正体が握られていた。掌サイズのガラス片である。犬飼はこれを鏡代わりにして、イーグレットの
「おのれぇ、いけしゃあしゃあと……! ていうか何避けてるんですかパイセン! 的なら的らしく黙ってぶち抜かれて下さいよぉ!」
『走るのもダメだし防ぐのもダメだけど、
『まあ、そういうこと』
「くっ……師匠のくれたヒントにも気付けずパイセンの掌の上で転がされるとは、日向坂撫子一生の不覚……!」
『あんたこの間宿題忘れて居残りさせられてた時にも同じこと言ってたよね』
三日に一度くらいの頻度で一生の不覚を消費する女、日向坂撫子。当然、影浦雅人を撃ち殺した件も不覚の一つに含まれている。多分死ぬまでにあと一万回は不覚を重ねていくものと思われる。
とにかくこれはよろしくない。不意打ちに失敗した以上、この場所からのイーグレットによる狙撃はもはや命中を期待できないだろう。弾の出所さえわかっていれば、イーグレットの弾丸程度は避けられるだけの反応速度を犬飼は持っているらしい。
と、なれば――
「フッ……誇りたまえパイセン、あたしにこいつを抜かせたのはあなたが初めてだぜ……!」
人生で一度は言ってみたかった台詞と共に、
「動くこと――
キィィィンと手元に生み出したるは、かつて撫子に理不尽な外見ディスを食らった狙撃用トリガー、ライトニングである。イーグレットと比較して威力と射程で劣る分、使用者のトリオン量に応じて弾速が向上するという性質を持っている。
そう――もう誰も覚えていないかもしれないが、こう見えてもこの女はボーダー内で二宮匡貴に次ぐトリオン量の持ち主なのである。ゴルゴ
だからごめんねイーグレットちゃん。今だけあたしはあなたを忘れて、
『おっと、ポリシーを曲げてくるとは予想外――だけどヒナタちゃん、まだその位置からおれのこと狙い続けるつもりなんだ?』
「あたぼうよぉ! せっかく良い感じのポジション確保したのに一々移動するの面倒ですからね! ここをキャンプ地とする!」
『……鳩原先輩、ヒナタに『
『あ、東さんが普通はB級に上がってから教えることだって言ってたから……訓練生のうちはまだ早いかなって……』
動かざること山の如し。雷霆の真逆に位置する心境へと至りつつあった撫子である。こいつの矯正しないといけないポイントがまた一つ見つかってしまった瞬間であった。
ライトニングはイーグレットに比べて軽く、照準もスコープではなくモニター式になっている。こういうところも性に合わないんだよなあというのが、撫子の率直な感想だった。
なんというか、スコープ型に比べて狙撃に対する没入感を得られないのである。小さいレンズをじっと覗き込み、その奥に映る
日向坂撫子は感覚派の
(うーん、やっぱりしっくりこない……まあいいや、下手な狙撃も数撃ちゃ当たるでしょ)
じっくりと時間を掛けて狙いを定めた弾が外れることもあれば、ええいままよと雑に放った弾丸が直撃することもある。何事も
『…………!』
ビギュン、という気の抜ける射撃音と共に放たれた弾丸が、瞬く間に犬飼の頬を掠める。あー、やっぱりブレちゃったよ。イーグレットと同じ感覚で撃ったらダメだわこりゃ。引き金引く寸前に力みすぎちゃってそのせいで微妙に外れるんだよねきっと――などと独りで反省会をしていた撫子は、モニタに映る犬飼の流した冷や汗に気付くことはなかった。つくづく一つのことしか考えられない女である。
『――はっや。
「ふふん、飛んでくるのがわかってても避けようのない攻撃ってのは怖いですよねえパイセン? まっすぐいってぶっ飛ばす、右ストレートでぶっ飛ばす」
『脳筋』
「完成された筋肉に脳味噌は必要ないんだよ氷見さん」
『ナデコが何を言っているのかあたしにはよくわからない……』
いいんです師匠。あなたはどうか、そのままのピュアなお師匠様でい続けて下さい。師匠までもが
流石に姿を晒し続けるのも限界と判断したか、こちらに視線を向けたままバックステップの要領で物陰へと飛び込もうとする犬飼。けれど逃がしはしない、ここで仕留め切る。ぴょこぴょこと小刻みに跳ねる犬飼に照準を合わせ、いざ第二射を放とうという時になって、モニタの中の男が口を開いた。
『ところでヒナタちゃん。始まる前に鳩原ちゃんが言ってた、この訓練の
「『
『いや、
「フッ……今更見え見えの
もはや問答無用。犬飼だけに。いや、かの首相さんとは漢字が違うか――などとまったくこの場に関係ないことを考えつつ、終焉の一撃を撫子が放とうとした瞬間――
『おれの方に、だけどね』
――犬飼の上半身を庇うように、
「はあっ!?」
ビギュン。相変わらずのしょっぱい射撃音と共に撃ち出された弾丸が、ルール違反の
あり得ない。犬飼がこちらの攻撃を防ぐことは、鳩原によって禁止されていた筈。いくら犬飼が勝敗と関係のない立場にいるとはいえ、こうも露骨に前提条件を覆されては――そう訴えようとした撫子の口は、犬飼に代わってモニタの正面へと躍り出た、
そう――犬飼は決して、撫子の狙撃を防御することは出来ない。そして、犬飼が撫子に倒されるよりも早く、
簡単な話だった。
先に犬飼の安全を確保して、それから存分に撫子を追い回せばいいだけのことだったのである。
『――ま、つまりはそういうこと。この
普段通り――されど、この状況では煽り以外の何物でもない薄ら笑いを浮かべた犬飼の前に悠然と現れたるは、辻新之助。
今回の訓練における、日向坂撫子の真なる対戦相手であった。
「――なんて言ってますけど、一発目のライトニングが外れてなかったら全部台無しになるところでしたよ、犬飼先輩」
「いやー、ヒナタちゃんのライトニングがどれだけのものか直接確かめてみたくってね。ハラハラした? 辻ちゃん」
「……すみません。今の俺は別のことで緊張しっぱなしなので、先輩の心配をしてる余裕がなかったです」
「なるほど、辻ちゃんにとってはこれからが正念場ってわけだ。――で、どう? やれそう?」
「……目を合わせさえしなければ、なんとか」
300m先。現時点では豆粒程度にしか視認できない遠方の撫子を見据えつつ、辻新之助は犬飼の問いに応じた。流石にこの距離で硬直するほどの過敏さは持ち合わせていない。
そう、やれる筈だ。『加古隊や那須隊と戦ったらたぶん何もできずに落とされる』と評される辻であるが、日向坂撫子の
「鳩原先輩。もうバッグワーム切ってもいいですか」
『うん、どうぞ。……今更だけど、がんばってね。新くん』
「……やれるだけのことは、やってみます」
ひゃみさんにも同じこと言ったっけな、と思い返しつつ。
後方の犬飼が路地裏へと姿を消したのを確かめて、辻はバッグワームを解除した。犬飼が身を晒して釣り出してくれたおかげで、撫子の位置は完全に割れている。かくれんぼの時間は終わって、こちらが鬼となる時がやって来たのだ。
……残された、たった一つにして最大の問題はといえば。
『――パイセェェェン! 謀ったなパイセェェェェェェェェン!! おのれぇ……かくなる上は、この怒りをパイセンに代わってキミへと叩きつけてくれるわ! ハイクを詠めぇ! 辻新之助ェ!!』
「ひっ……!?」
『……まあ、辻くんが犬飼先輩を庇うのがありなら、ヒナタが辻くんを先に倒すのもありってことになるよね』
『あたしの考えてた流れと違う……』
『あっはっは。流石にヒナタちゃんを弄び過ぎたかな? 独りになってから嬲り殺されるのもイヤだし、必死こいて勝ってね。辻ちゃん』
『『そういうところだよ』』
――自分は本当に、鬼としての務めを全う出来るのか。
本当に
次で辻ちゃん編終わりです!!!!!!!