影浦、狙撃されたってよ   作:Amisuru

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キリの良いところで企画最終日を迎えたいので1日2話投稿です。
多分9話か10話くらいで一区切りになる、筈。




『罪人、一夜明けて』1/2

 

「……ユズル兄さん」

「何。訓練中に話しかけるのやめてほしいんだけど」

「訓練って言ったって点数そっちのけで遊んでるだけじゃんよぉー……うわ、相変わらずきれーな(ほし)描いちゃってまあ……どんだけ練習したらそんなに上手くなれるの? それともこれが生まれ持ったセンスの差なの? 変態なの? ユズル兄さんって変態なの?」

「中坊に向かって変態変態言って絡んでるおめーの方がよっぽど変態くせーぜヒナ子」

「うっさいです番長先輩。こんなところで油売ってないでさっさと横浜に帰って下さい。来年はAクラス行けるといいですね」

「俺のヘアースタイルが三浦大輔みてーだとォ? おーそのとーりよ。もっとこのリーゼントを褒め称えな」

「当真さん、ボケに付き合う余裕あるならそのままヒナさん引き取ってよ。なんか今日いつにも増してめんどくさいんだよこの人」

 

 

 あたしの兄弟子が冷たい。正直弟感覚で絡んでるけど。さめざめ。

 狙撃手(スナイパー)合同訓練場。本日の訓練項目、通常狙撃訓練。訓練生にとっては昇格のかかった真剣勝負の場も、不真面目な正隊員の手に掛かれば新手のキャンバスへと早変わりしてしまう。先日までは前者の立場で必死になっていた撫子も、今となっては若干後者寄りであった。

 ……いや、流石に今日は真面目にやるつもりですけどね。初心に帰る意味も込めてね。でもそれはそれとして、今日のあたしはユズル兄さんに相談しなけりゃならないことがあるのだ。切実に。

 

 

「いやね兄さん、ちょーっと確認したいことがあるんだけど……兄さんの所属してる部隊(チーム)の隊長さんって、なんていうお名前でしたっけ」

「ウチの隊長……? ――カゲさんだよ、影浦雅人。急に変なこと聞くねヒナさん」

「えっと……実は昨日、その隊長さんをうっかり撃ち殺してしまいまして……」

「!?」

 

 

 絵馬の手元がびくりと震え、☆マークの角を狙って放たれたと思しき弾丸が的のど真ん中に命中する。あらら、お絵かき失敗。でも訓練的には点数大幅アップだから結果オーライだよねと撫子は気に留めなかった。

 

 

「……あのさ、冗談言うなら内容とタイミングをよく考えてから言ってくんない。思いっきり狙いがブレたんだけど」

「かっかっか、ヒナ子のボケ程度に調子狂わされてるうちはまだまだヒヨッ子だぜ? ユズルよ」

「残念ながらボケでも冗談でも何でもないんですよぉ……いや、殺したっていうのは言葉の綾で、実際はちょっと戦闘体の身体半分吹っ飛ばしちゃっただけなんですけど」

「普通に緊急脱出する(死ぬ)やつじゃん」

「……おいおい、マジな話か? カゲに狙撃ぶち当てるたあ中々やるじゃねーの。俺でもあいつに一発かますのは隊長と連携取らなきゃ結構しんどいってのによ」

「いやまあ、影浦先輩を直接狙って撃ったわけじゃなくて、あたしがやったのはなんていうか……轢き逃げ……?」

 

 

 リーゼント頭の驚嘆を苦々しい表情で否定しながら、撫子は回想する。

 影浦雅人をアイビスの狙撃に巻き込み、緊急脱出(ベイルアウト)させてしまった後の出来事を――

 

 

 

 

 

 

 

「お……終わった……あたしのボーダー生活終わった……オワタオワタオワタ」

「落ち着け。どうせまだ始まったばっかりなんだから、終わったところで大して悔いないでしょ」

「そこは『まだ始まってもいねえよ』って返すとこでしょうひゃみぃ……」

 

 

 A級4位・二宮隊作戦室。防衛任務を終えた撫子・犬飼・辻の3名は、オペレーターの氷見が待つこの部屋へと舞い戻ってきていた。

 しかしこの場に、防衛任務に参加していた最後の1名・影浦雅人の姿はない。戦闘体が破壊され緊急脱出(ベイルアウト)した場合、生身の身体はその者が所属している作戦室のベッドに転送される仕組みとなっている。つまり、影浦が飛ばされた先は自身が隊長を務める影浦隊の作戦室以外にはあり得ないのだった。

 が、影浦の緊急脱出(ベイルアウト)直後に犬飼と氷見が影浦隊の作戦室に幾度となく通信を入れたものの、影浦からの返信(レスポンス)が返ってくることは一切なかった。そのことが一層、撫子の精神を恐怖のどん底へと叩き落とす要因でもあった。

 キレておられる。あの御方は間違いなくキレておられる。だって犬飼先輩にもこう言ってたじゃんね。『俺に当てたらその首すっ飛ばすかんな』で、あたしがやったのって当てるとかそういうレベルじゃないじゃん? 直撃じゃん? 死球(デッドボール)じゃん? 首斬るだけじゃ済まないでしょそんなん。全身輪切りのホルマリン漬けにされちゃうんだよあたし。輪切りのナデコだよ。グロい。これ以上の妄想はやめよう。

 

 

「――だーめだこりゃ。電話にも出ないしLINEにも既読付かないし、これはもうガン無視だねガン無視」

 

 

 広間の椅子に腰掛けスマートフォンを弄っていた犬飼が、お手上げだというように肩を竦める。ちなみに撫子はテーブルを挟んで犬飼の正面、その隣に氷見が座っている。辻は犬飼の隣、撫子の対角線上でそわそわとしている。どうやら未だに警戒を解かれていないようだった。かなしみ。

 

 

「犬飼先輩ってそもそも影浦先輩に友だち登録されてるの? されてたとしても普段からブロックされてるんじゃない?」

「ひどいこと言うなあひゃみちゃん。確かになんか送っても8割方は既読スルーされるんだけど、たまーに思い出したようにウゼェとか殺すぞとかくらいは返ってくるんだよ?」

「現実の方がひゃみよりもよっぽど残酷ですやん」

「そうだねえ。おれにも厳しいし、そしてどうやらキミにも厳しい。これは相当おかんむりだね、カゲは」

「ひえぇえぇ……」

 

 

 撫子は戦慄した。正直半分涙目であった。

 未来が……未来が真っ暗だよママン……『撫子がボーダー? どうせ半年くらいで飽きたーって言ってすぐ辞めちゃうんじゃないの』とか言ってた時はキレそうになったけど本当に半年くらいで辞める羽目になりそうだよママン……正隊員になったとか言ってぬか喜びさせてごめんね……ほろほろ。

 

 

「作戦室に通信入れても誰も出なかったあたり、ゾエとか仁礼ちゃんも留守にしてるみたいだし――カゲもとっくに帰っちゃってるよねえ。となると、後は直接家行って捕まえるくらいしか思いつかないな」

「それ、影浦先輩の性格的にかえって逆効果だと思うけど」

「ま、そうだろうね。詫びを入れるにしても日を改めた方が良さそうだ」

「ああぁあぁ……今日の夜ぐっすり眠れる気がしないぃぃ……」

「ウソつけ。あんた布団入って1分もしないうちに眠れるのが自慢だって前言ってたでしょ」

「のび太くんかな? ――まあでも、単に日向坂さんの相手をするのが面倒になったからさっさと帰っちゃった可能性も無くはないし、あんまり悲観し過ぎなくてもいいかもよ」

「だったら良……いや、それはそれでよろしくないです」

 

 

 反射的に同調しかけてから、いやいやそれは駄目だろうと思考を切り替える撫子。

 仮に百歩譲って、影浦が今回の件にそれほど怒りを覚えていなかったとしても。なあなあで済ませるのは良くないに決まっている。緊急脱出(ベイルアウト)という生身を守る術が存在したおかげで大事には至らなかったとはいえ、撫子がやらかしたのは紛れもない味方殺し(フレンドリーファイア)なのだ。何らかの罰則があってもおかしくはないとさえ撫子は思っていた。今のところ犬飼からも氷見からも、そういった話題が出てきたことはないのだが。

 それに、何より。

 

 

「――自分を撃ち殺しておいてごめんなさいも言えないような相手に、背中預けて戦ったりとか、ムリじゃないですか」

 

 

 少なくとも、自分が影浦の立場であったのなら、そう思うから。

 撫子もまた、自分で自分を赦す訳にはいかないのであった。

 影浦への恐怖心で混乱していた思考が、ようやく正常に回り出したのを感じる。そうだ――思い返してみれば、自分が詫びなければいけない相手は影浦だけではない筈だ。二宮隊の3人をぐるりと見回して、撫子は言葉を続けた。

 

 

「犬飼先輩、先輩の指示も待たずに勝手な行動をして、すみませんでした。ひゃみも止めに入ってくれたのに、聞かずに突っ走っちゃって、ごめん」

「――おや」

「うむ」

 

 

 そう言って、まずは二人に頭を下げる。犬飼は意外そうに眉をぴくりと震わせ、一方の氷見は『よろしい』とでも言わんばかりに目を閉じて頷いている。そんな友人の反応に若干の安堵を抱いてから、撫子は残る最後の一人を正面から見据えて、声を掛けた。

 

 

「それに――辻くんも」

えっ!? なっ……なに……!?」

 

 

 案の定、辻の顔があからさまに赤面し、視線はあからさまに明後日の方向を向いている。けれど撫子はそれに構うことなく、茶化すこともなく言葉を紡いでいく。

 

 

「辻くんと戦ってるモールモッドを狙うんだったら、せめて撃つ前に一声くらいは掛けるべきだったんじゃないかって、落ち着いて考えたら思った……あたし、あの時調子乗ってたんだ。下手したら辻くんだって巻き込んでたかもしれないのに、自分のことを過信しちゃって――だから、うん。ごめんなさい」

 

 

 そう言って、一礼。

 顔を上げると、まだ頬に若干の朱色を遺したままの辻が、呆けたようにも見える表情で撫子の方を向いていた。

 日向坂撫子と辻新之助の視線が、初めて正面からまともにぶつかり合った瞬間であった。

 

 

「――やっと目を合わせてくれたね?」

「あ――う、うん……」

 

 

 そう言ってからかうと、またすぐに顔を赤くして逸らされてしまったけれど。

 まあ、半歩くらいはお近づきになれただろうと、撫子は若干の達成感を得た。

 

 

「……なるほどね。ひゃみちゃんが気を許すだけのことはあるわけだ」

「なんだか私が心の狭い女みたいじゃん」

「別に広いとも思ってないでしょ? 自分で」

「そういうことをずけずけと言うから嫌われるんだよ犬飼先輩は」

「おれは嫌われてなどいない! ……うーん、この台詞はどちらかというと二宮さんの方が似合いそうだよなあ。あの人も天然だし」

「今の言葉、今度二宮さんに会った時チクっとくね」

「それだけはご勘弁」

 

 

 などと浸っている間に、犬氷組が謎の寸劇を繰り広げていた。この二人って相性が良いのか悪いのかよく解らないなあと撫子は思った。

 

 

「ま、おれらの話はいいとして……ヒナタちゃんが真面目なノリもやれば出来る子だってことはわかった」

「犬飼先輩はあたしのことを芸人か何かと勘違いしていらっしゃる?」

「その返しがもう語るに落ちてるよ。――とにかく、キミが本気でカゲに謝るつもりなら、その真剣さと申し訳なさをありのままぶつけることだね」

 

 

 そう口にした犬飼の表情は、これまでに見てきた笑みよりも、ほんの少し――ほんの少しだけ、柔和な印象を撫子に与えた。普段の笑顔が不自然だという訳でもないのだが、とにかく。

 

 

「――はい。そうするつもりです」

「うん、OK。だったらもう、おれからアドバイスすることは特にないね。――後はカゲをどう捕まえるかだけど、普通に明日作戦室に押しかければ問題ないかな」

「……ヒナタが謝りに行くのはいいとして、犬飼先輩が付いていくのって逆効果なんじゃない? 門前払い食らったりとかしない?」

「その可能性がないとは言い切れないのが切ないとこだけど、だからって一人で行かせるわけにもいかないでしょ。ゾエや仁礼ちゃんもいるとはいえ、ヒナタちゃん的には完全アウェーなんだし」

「その二人だけじゃないでしょ、影浦先輩のチームメイトは」

「――ああ、なるほど。鳩原ちゃんの弟子やってるってことは、そうなるのか」

 

 

 何やら納得したように犬飼が手を叩いているが、撫子はというと完全に置いてけぼりであった。何のこっちゃと首を捻っているところに、

 

 

「あのさ、ヒナタ」

 

 

 と、氷見亜季はもったいぶった前置きを挟んで。

 

 

 

 

 

「――ヒナタって確か、()()()()絵馬くんと仲が良かったよね?」

 

 

 とてもよく知っている少年の、知らない情報をさらっと口にしてきたのであった。

 

 

 

 

 以上、回想終わり。

 

 

「――というワケで、ユズル兄さんにはこのあたしと影浦先輩の仲立ち人をお願いしたくっ!!」

 

 

 90度に身体を折り曲げて3歳年下の男子中学生にガチ懇願している日向坂撫子という女を、絵馬ユズルは心底哀れな者を眺める目で見降ろしていた。我妻善逸の醜態を目の当たりにした時の竈門炭治郎もかくやという表情であった。何か喋れよ!!

 

 

「ほう……ナカダチー」

 

 

 そしてリーゼントは馬鹿だった。その伸ばし棒は一体どこから来たんだ当真勇。

 

 

「……要するに、カゲさんに謝りたいけど犬飼先輩と一緒だと余計に揉めそうだから、オレに間を取り持ってほしいってことでいいんだよね」

「そうそう。そゆことなのですよ」

「――別にいいけど、本当にカゲさんに会わせるとこまでしか手伝わないよ、オレは。ヒナさんのこと庇ったりとかしてあげないし、する気も起きないから。話聞いた限りじゃね」

「……うん。それは、勿論」

 

 

 傍から聞いている分には冷淡とも取れる絵馬の反応を、むしろ当然のことだと撫子は受け止めた。おそらくは当真も――否、いっぱしの狙撃手(スナイパー)を名乗る者であるのなら、誰もが撫子の失敗を許しはしないだろう。味方殺しとはそれほどまでに、狙撃手(スナイパー)というポジションの信頼に傷を付ける行為なのだと、今の撫子は理解していた。

 密集地帯での戦いを強いられることもある攻撃手(アタッカー)や多くの弾丸を扱う銃手(ガンナー)射手(シューター)とは異なり、一発の無駄撃ちも許されないのが狙撃手(スナイパー)というポジションである。狙撃手(スナイパー)の弾丸は標的を射抜くものというのが大前提であり、その弾丸が仲間を撃ち抜いたとあっては、仲間そのものを標的(ターゲット)にしたと見做されてもおかしくないのだから。

 撫子は回顧する。昨日のあたしは――アイビスを手にした時のあたしは、狙撃手(スナイパー)じゃなかった。あれじゃあただの砲撃手(ハープナー)だ。正隊員になったからって驕ってる場合じゃない。上位15%に残ったのなら、次は10%以内を目指さなければならないのだ。その次は5%。そのまた次は3%。2%。

 そして、やがては――

 

 

(……って、それはいくらなんでも身の程知らずが過ぎるでしょ、あたし)

「――おお? どーしたヒナ子。とうとうおめーも俺のリーゼントの魅力に気付いちまったか?」

「やっぱりいつかぶち抜いてやろう……」

 

 

 こんな頭の上にクロワッサン乗せてるようなのがNo.1狙撃手(あたし達の頂点)だなんて信じたくない。いや、別にリーゼントを馬鹿にしている訳じゃないんだけど。ドララララーって殴られたくないしね。胸中でそんな言い訳をしつつ、撫子は訓練用のイーグレットを手に取った。

 

 

「――とにかく、そんなことがあったのもあって、今日のあたしは狙撃手(スナイパー)として心機一転の気持ちなわけなのです」

 

 

 100m先の的に狙いを定めてみて、撫子は思った。うんうん、やっぱりあたしにゃイーグレットの方が良く馴染む。アイビスなんかに浮気しちゃってごめんね、これからはずっとキミだけを大事にして生きていくからね――等と、不貞を働いたダメ亭主の如き薄っぺらさで誓いを立てつつ。

 

 

「ロックオン・ナデシコス――狙い撃つぜぇ!!

「黙って撃ちなよヒナさん」

 

 

 この日の日向坂撫子の訓練成績、110人中17位。

 ギリッギリのギリで、15%以内に――入れていなかった。

 合掌。

 

 






ひゃみさんに「うむ」って言わせたかっただけの回

このSSを書くにあたってひゃみさんが犬飼相手に敬語使うかどうかでかなり悩んだのですが、
年上の村上を相手に老師範の如き貫録で頷く彼女を見て二人の関係はこんな感じになりました。
臨時二宮隊の加賀美といい最新話の羽矢さんといい年功序列の概念がこわれる

後編はまた0時に……と思ったのですが平日に入ったので更新時間を再考中です。
困った時はこれだ↓

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