ガールズトーク回。
「おいは恥ずかしか……生きておられんご……」
「今時ンゴとかもう誰も使ってないよヒナタ」
「そっちじゃないンゴ……薩摩弁にごわす……誤チェストにごわす……」
そもそも一時期女子の間で語尾にンゴを付けるのが流行ったというのは真実なのか。テレビ局の流したデマではないのか。女子の友人が少ない撫子には真偽が掴めなかった。
訓練を終えての昼休み。ボーダー本部基地の食堂にて、撫子と氷見の二人は食卓を囲んでいた。影浦の件についてはひとまず、絵馬からの連絡待ちということになっている。正直未だにビクビクしているところはあるのだが、それはそれとして腹が減っては
「はぁー……炒飯ってエライよ。うまいからエライよ」
「世の中探せば偉くない炒飯だって幾らでも転がってると思うけど」
「そんなものを生み出す輩は海原雄山が許してもこのあたしが許さん」
「山岡士郎にでもなったつもりかあんたは」
蓮華で炒飯の小山を崩し、そしてまた一口。
うん。やっぱりおいしい。こういうシンプルで癖のないものが好きなんだよあたしは。ていうか炒飯なんて変なことしなけりゃ大抵はおいしいに決まってるよね。ところであたし達の話を聞いていたと思しきそこの糸目のお兄さん、急に頭とお腹を抑えてどうしたんです? 何か悪いものでも食べました? 偉くない炒飯とか。まさかね。
「まあ炒飯の話はどうでもいいのだよ。訓練の成績が下がったのだよ」
「言っても一つ落としただけでしょ? 前の時が16位でギリギリ昇格だったんだから」
「普通こういう気持ち入れ替えた日ってあたしの隠された才能が目覚めて順位跳ね上がったりとかそういうパターンじゃないの!?」
「そんな都合の良い話はない。地道にコツコツ頑張んなさい」
言いながらはむりと一口サイズの豚肉を口にする氷見。ちくしょう。口ちっちゃくてかわいいなこいつ。腹いせに頬でも指で押してやろうかと撫子は一瞬思ったが、酢豚とヨーグルトを食べている最中の氷見を下手に刺激すると後で地獄を見る羽目になると知っているので行動には移さない。
そう、あれは以前つい魔が差して氷見の食べていたアロエヨーグルトにうまい棒(コンポタ味)をぶっ刺した時のこと……いや、やめよう。全て終わった話だ。
「はあぁあぁ……やっぱりあたしにゃ師匠がいないとダメだぁー……鳩師匠……早く元気になってくだせぇー……」
「私用でヒナタと防衛任務代わったと思ったら今度は体調崩して休み、か。ちょっと心配」
鳩原未来。撫子にとっては狙撃の師であり、氷見にとってはチームメイトの一人である。本日は体調不良とのことで基地には顔を出していない。具合の悪いところに更なる心労を重ねたくはないと思ったので、影浦を誤射した件についてはまだ伝えていないのだが――まあ間違いなくお説教コースだよね、うん。でも甘んじて受け入れる所存です。出来の悪い弟子をどうか叱って下さい、お師匠様。
「あたし、師匠には今までかなり甘やかしてもらってたと思うんだけど、これからはスパルタ式でびしびし扱いてもらおうと考えを新たにする所存であります」
「――その意気込みはご立派だけど、4月に入ったら今までみたく付きっきりで教えてもらうのは難しくなると思うよ」
「え、なして」
「ついでに私も今ほどあんたに構ってる時間なくなると思うから」
「なして!?」
撫子は錯乱した。氷見と鳩原――ボーダーの右も左も知らなかった撫子がまがりなりにも正隊員の座に就くことが出来たのは、間違いなくこの両名の手厚いサポートがあったからである。その二人がまとめて自分の下から離れていく。三輪車から自転車に乗り換えて、母親の支えも無しに走らされる時の幼児にも似た絶望感が撫子を襲った。ステシャーンという転倒音さえ聞こえるようだった。
「無理……そんなん絶対コケる……理屈の上ではそうなるってあたしの中の甘えんボーイも訴えてる……」
「随分と変なものが住み着いてるね、あんたの頭の中」
「え、ていうか真面目な話どゆことなの。二人してどっか遊びにでも行くの? あたしをのけ者にして……よよよ」
「まあ、遊びじゃないけど出かけに行くって意味で言えば合ってる」
「あってるんかい」
「辻くんとか犬飼先輩なんかも一緒だよ」
「ああ、
どうやら女子会からハブられた訳ではないようだと安堵する撫子。なんでも二宮隊の面々は月に何回か焼肉屋で会食する程度の交流はあるという話だし、今回もまたそういった集まりの一環なのだろう。しかし氷見の口ぶりからして結構な長旅になると見えるのだが、県外にでも出て行く予定なのだろうか?
「で、どこへ行こうというのかねひゃみさん」
「
何故か唐突に小声になる氷見。なんやなんや、いかがわしい場所にでも行くつもりなんかひゃみさんよぉ。いやそんな筈ないんだけど。とりあえず合わせて声量を落とす撫子である。ひそひそ。
「……どっち?」
「あんたも昨日見たでしょ。
「うんうん」
「
淡々と述べて、氷見はお冷の入ったコップに口をつけた。今日は夜から雨になるらしいよ、程度の心底軽い口ぶりであった。
されど、その発言が撫子にもたらした衝撃たるや、それこそ昨日ぶっ放したアイビスの一発にも勝るとも劣らなかった。
「マジで!?」
「何のために声のボリューム絞ったと思ってんのあんたは」
「いやだって、ええ……そんなん初めて聞いたし……ていうかなに、行けるの? 行けちゃうものなの?
「向こうから来るやつらがいるんだから、こっちから行けない道理なんてないでしょ」
「いやでもほら、技術の壁とかそういうのあるじゃん……要するにウチのぽん吉さん達は偉大ってことじゃな?」
「そういうこと」
正トリガーの申請に赴いた際、開発室でちらりと見かけた我らが開発室長の顔を撫子は思い浮かべた。鬼怒田本吉47歳。恰幅の良い外見と苗字をもじって一部の隊員からたぬきさんと呼ばれている彼だが、そこから更に一捻りしてぽん吉呼ばわりしているのは恐らく撫子ただ一人だけである。王子一彰でもそんな綽名は付けない。
「わざわざ内緒話したんだからわかってるとは思うけど、これ一応機密事項だから。
「お、おお……こういう話を聞けるようになると
「――そう。あんたももう正隊員なんだから、いつまでも訓練生気分で私や鳩原先輩に甘えないように。いい機会だからぼちぼち自立しなさい」
「ぐ……ぐぬぬ……どうせ厳しいことを言うならボリューム戻さずに小声で優しく言ってほしかったのぜ……」
急に厳しい現実を突き付けられて渋面になる撫子。もう少しばかり友人の囁き声に浸っていたかった。余談ながら撫子は氷見の声が割と好きだった。この声でサポートしてもらえるとか二宮隊って最高か? と思っていた。昨日の防衛任務でその意識がより強まったのは言うまでもない。
「……自立って言ったって、具体的にどーいうことなのよさ」
「誰かと
「なるほどひゃみ。今日からあたしら運命共同体ってことだね? 我ら生まれた日は違えども死す時は同じ日同じ時を願わん……」
「あんたの席ないから」
「どぼじでぞん゛な゛ごどい゛う゛の゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!」
「ああもう、泣くなうっとうしい……!
「そんなことないもん! あたしとひゃみと師匠と辻くんと犬飼先輩でほら5人! ピッタリじゃんよ!!」
「肝心の隊長が抜けてるでしょうがぁ!!」
いやだって隊長さん会ったことないし……名前しか知らんし……と内心で見苦しい言い訳に走る撫子。でもこの5人で組めたら絶対楽しいのになあ……邪魔だなあ二宮匡貴……などと最高に失礼なことを考えつつ、撫子はそっと目尻の涙を拭った。氷見の拒絶に割と本気でショックを受けていたのだった。
「うぅううぅ……ひゃみと師匠がいなくなったらあたしはぼっちの道をひた走るしかないやん……綾辻さんとか宇佐美さんとはあんま絡みないし……しくしく」
「あの二人のとこもちょっと仲良いくらいで入れるような
「あれ、
「……ま、ヒナタには特に縁のないとこだよ。
「にゃにおう」
「ていうかあんた、仮にも半年近く
「……ふむ」
氷見の言に釣られて、脳内でぱぱっと正隊員の
当真勇。前に一度だけ顔を合わせた彼の隊のオペレーターが自分と致命的に相性が悪そうだと感じたので×。ありゃ間違いなくあたしのテキトーなライフスタイルを看過してくれないタイプだ。いや、それを言ったらトーマパイセンがチーム組めてる理由が謎なんだけど。
宇野隼人。全くもって絡みがない。けれど纏ってる空気が明らかに善のオーラ出てるから人となりを知ったら絶対好きになれるタイプの人間だと思っている。あのグラサンの下に潜むスマイル、惹かれますよ。だけど現時点では残念ながら×。
佐鳥賢。次。
奈良坂透と古寺章平――この二人は同じ
桃園藤一郎。この男とも特に絡みがない。でも前に同じ
「……ヒナタ? ちょっとヒナタ? おいこら日向坂」
「いやですわ氷見さん、そんな急にドロップキックでもかましてきそうなトーンで喋らないでくださいまし」
「どういう喩えよそれは。ていうか考え過ぎ」
「いや、なんか一人一人念入りに名前挙げてくのが楽しくなってきちゃって……このまま最後までやっちゃっていい?」
「ダメ」
「えー」
「大体あんた、絵馬くんはどうしたのよ絵馬くんは。さっき私と桃園の誓いやろうとしてたけど、あんたの義兄弟だったらもうあの子で埋まってるんじゃないの」
「え、いやだって兄さんとこはほら……昨日あたし……ほら……」
――そしてようやく、話は本題へと差し掛かる。
なるほど確かに、氷見・鳩原の両名を除いて最も撫子と交流の深い隊員といえば、絵馬ユズルの名が挙がるだろう。しかし彼と
影浦雅人。
日向坂撫子の手によって、その半身を吹き飛ばされた男の名前である。
「流石に私も、昨日の今日でOK貰えるとは思ってないけど。あんたのリカバリ次第でワンチャンくらいは残るかもしれないでしょ、可能性が」
「……ごめんなさいして許してもらって、そこから仲良くなれたらってこと? うわ、無理ゲー臭すっごい……」
「――仲良くなれるかどうかはともかく、許してはもらえると思ってるよ。ヒナタなら」
「なにそれ。どゆことだってばさ」
「少なくともあんたは、上っ面だけ反省してるように見せて腹の底ではヘラヘラしてるようなやつじゃないよねってこと。――ごちそうさまでした」
皿に箸を置き両の手を合わせる氷見。育ちの良い女である。ちなみに撫子は既に食べ終わっていた。
「……あたし、そんなご立派な人間に見える?」
「別に立派とまでは言ってない。そんな器用なキャラじゃないよねってだけ」
「ズコー」
「でも――影浦先輩は、
大丈夫。
優しさでもなく、励ましでもなく。淡々と事実を述べるように、氷見はその言葉を口にした。
その確信めいた口調が、撫子には引っかかった。一体、氷見は何を根拠にこうもはっきりとした主張が出来るのだろうか。
もしかしたらそれこそが、犬飼の口にしていた、影浦の――
「……あのさ、ひゃみ。影浦先輩の
「教えない」
「ええ!?」
「意地悪で言ってるんじゃないよ。あんたの場合はきっと、知らない方が上手くいくと思うから。絵馬くんにも聞いたりしたらダメだからね」
「え、ええー……なにそれ……正直不安しかないんですけど……」
「ま、私の言うことが信じられないんだったら、犬飼先輩の言ってたことを思い出しなよ。あの人も別に根っからの良いひとってわけじゃないけど、気に入った後輩にウソ吐くような悪い先輩でもないから。一応ね」
そう言って、食器の乗ったトレーを手に立ち上がる氷見。そういえば今日は午後からチームミーティング的なことをするのだと言っていた。例の『あっち側』に行くにあたっての下準備的なことをするのだろうか。とりあえず釣られて一緒に立ち上がる撫子。トレーを手に。
「……え、ちょっと待って。あたしって犬飼先輩に気に入られてるの? いつから? なんかフラグ立てるようなことしたっけ……?」
「――やっぱりあんたは、余計なこと考えない方が結果出せるタイプだわ」
「答えになってないってばよひゃみさぁーん!!」
……結局そのまま、トレーを片付けて解散の流れになってしまった。
食堂の出口で氷見と別れ、独りきりで背中を壁に預けてみて、思う。
日向坂撫子は影浦雅人を撃ち殺した。
その上で、影浦は自分を赦してくれるだろうと、あの二人は口にする。
わからない。影浦雅人の
(……そりゃ、確かに立派な
だって、そんなのは。
あまりにも、優し過ぎるんじゃないだろうか。
ぶるり、と。尻ポケットの中身が震える。別に誰かに触られた訳ではない。風の噂によればボーダー内には度々女性隊員の尻を撫でに掛かる不埒なグラサン男がいるとのことなのだが、幸いにも撫子は遭遇したことがなかった。市民の味方のボーダー様にもヘンタイさんっているんだなあ……と切ない気持ちになりつつ、スマホを取り出し画面を確認する。
着信、有り。
「――ハロー、兄さん」
……さてさて。
兎にも角にも、後は当たって砕けろだ。
・声優上田瞳の代表キャラといえば
一般人「ゴールドシップ」
ワ民「氷見亜季」
ワ民「氷 見 亜 季 (鋼の意志)」
次回はついにあの男視点。