影浦、狙撃されたってよ   作:Amisuru

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『影浦雅人~感情受信体質~』1/2

 

 

 クソみたいな一日だった。

 

 

 ランク戦ロビーのソファに腰を下ろした影浦雅人は、大画面に映る友人2人の対戦をぼうっと眺めつつ、前日の出来事を回顧していた。

 そもそも、あのいけ好かない犬飼澄晴の誘いに乗るという判断が間違っていた。いくらロビーで対戦相手が見つからずにフラストレーションを溜め込んでいたとはいえ、今更トリオン兵程度を何匹斬り刻んでもストレス解消には繋がらないと理解していただろうに、気の迷いにも程がある。

 極めつけはあの女だ。鳩原未来の代わりに呼ばれたという、ひよっ子のB級狙撃手(スナイパー)。ただでさえ遠巻きに飛んでくるちくちくとした恐怖と関心の入り混じった感情が鬱陶しく、まともに相手をする気が失せていたところに、あれと来たものだ。

 

 

(……防衛任務で緊急脱出(ベイルアウト)したのなんざ昨日が初めてだ、クソッタレめ)

 

 

 作戦室に誰も残っていなかったのは不幸中の幸いだった。あの時の最悪な気分(テンション)で北添や仁礼に気を遣われても、逆に当たり散らすような醜態を重ねていたかもしれない。仁礼といえば緊急脱出(ベイルアウト)の直後に彼女のPCがビービーと着信音のような何かを鳴らしていたのだが、あれは一体何だったのだろう。『ヤローどもはアタシのパソコンに触るんじゃねぇー!』と言われているので無視して帰ったのだが。

 ちなみに犬飼からの着信とLINEは明確に対応を拒絶させてもらった。どうせあの男のことだ、『だから気を抜くなって言ったのに』とでも皮肉ってくるのが目に見えている。いつもヘラヘラと人好きしそうな笑顔を振り撒いているが、それが単なる擬態に過ぎないことを影浦は知っていた。あの男が自分に向けてくる感情は――少なくとも、影浦にとって愉快なものではないのだから。

 気の合う連中の浮かべる自然な笑みとは異なる、計算された表情。それが小賢しい。

 有りもしない愛想を絞り出して、他者に媚びるような生き方だけは、真っ平御免だった。

 

 

(…………チッ)

 

 

 痒い。

 こうしてただ座っているだけでも、幾人かの感情がチクチクと突き刺さってくる。針のように、棘のように。

 感情受信体質。トリオンという未知のエネルギーと引き換えに与えられた、クソろくでもない副作用(サイドエフェクト)

 犬飼のような生き方が出来る人間であれば、この力に苦しめられるようなこともなく、逆に有益な使い道さえ思いつくのではないか。そう考えることが偶にある。相手が自分のことをどう思っているのか一方的に知ることが出来るというのは、対人関係を築く上で極めて有用な能力(スキル)であるとも言える筈なのだ。

 相手の悪意を見透かした上で、知らない素振りをして笑ったり。

 相手の好意を逆手に取って、こちらの意のままに操ってみたり。

 

 

 けれど、影浦雅人には、それが出来ない。

 出来ないような人間に、なってしまっていたのだ。いつの間にか。

 

 

 

 

 

「――ゲ、おいカゲ。終わったぞ、何ボーっとしてんだ」

 

 

 聞き慣れた友人の声で、我に返った。

 トレードマークの帽子の下、呆れたような表情を浮かべて、荒船哲次が影浦の傍に立っていた。呆けている間に対戦を終えていたらしい。

 

 

「……寝てたわ」

「目ぇ開けたままかよ? おまえがそんな冗談言うのは珍しいな」

「疲れが溜まってるんじゃないか? 昨日は色々大変だったらしいからな」

 

 

 同じくブースから出てきた村上鋼が、いつもながらの落ち着いた表情で声を掛けてくる。荒船よりも先に顔を合わせた村上には、雑談がてらに昨日の出来事をある程度話してしまっている。例の誤射の件も含めて。

 

 

「昨日? 何かあったのか」

「いや、犬飼に誘われてヘルプで防衛任務に入ったそうなんだが……あー、これ全部言っちゃっていいのか? カゲ」

「うぜー気ィ遣ってボカしてんじゃねーよ鋼。フツーに言えフツーに」

「悪い。ならバラしてしまうが――同じくヘルプで入った狙撃手(スナイパー)の子に、アイビスで身体半分吹っ飛ばされたんだそうだ」

「ぶっ!」

 

 

 言われるがままにしれっと言い放った村上の言を受け、噴き出す荒船哲次。あの荒船が堪え切れずに笑ってしまうほどの話題(ネタ)だという事実に、改めて頭を抱えたくなる。だがそれはそれとして。

 

 

「……オイ、荒船この野郎」

「いや……スマン。カゲからしたら笑いごとじゃないっていうのは解るんだが、不覚にもってやつだ」

「はっはっは、気にするな荒船。オレも最初に聞かされた時は思わず笑ってしまったからな」

「気にするなじゃねーんだよボケ。人の身体が消し飛んだ話がそんなに面白ェか? あァ?」

「そうは言うけどなカゲ。もしオレが太一に間違って落とされたり、荒船が穂刈や半崎に後ろから撃たれたなんて話を聞いたらおまえはどう思う?」

「ぶわははははははは!!」

「てめーが一番笑ってんじゃねーかこのヤロウ」

 

 

 ぐいぐいとヘッドロックを決めてくる荒船にも構わず、腹を抱えて笑う影浦。なるほど、確かにそれは面白い。当分は弄りのネタに困らない話だ。撃たれたと言っても所詮は偽りの肉体(トリオン体)、一々糞真面目に死んだ殺したと大騒ぎする方がどうかしている。当事者として考えていた時には気付けなかったことだが、視点を変えてみればこうも笑い話になりえるものか。いや、盲点だった。

 

 

 ……当事者といえば。

 肝心の自分を撃ったあの女は、今回の件をどう捉えているのだろうか。

 

 

「――ちなみにって言うとアレだけど、太一に撃たれて()()()ことなら本当にあるぞ。オレ」

 

 

 と。

 お誂え向きな話題を提供してきたのは村上だった。

 

 

「マジか? あと撃たれてねーの荒船だけじゃねーか。おう荒船、てめーもさっさと穂刈と半崎に心臓ぶち抜かれてこいよ」

「生憎とウチの狙撃手(スナイパー)どもは腕利きなんだよ――って言い方は太一を腐してるみたいでアレだな。まあなんだ、事故みたいなもんだったんだろ? 鋼」

「そりゃ、いくら太一でもチームメイトを狙って撃つような真似はしないさ。あいつも悪気があってやらかしてるわけじゃないんだ」

 

 

 流石は仏の鈴鳴第一、隊員のフォローも手厚い。尤も『いくら太一でも』という言い回しからして、日頃からどれだけあのヘルメットの悪魔による被害を被っているのかが察せられるというものなのだが。

 

 

「モールモッドと初めてやり合った時の話でさ。訓練で()()はしていたんだが、実際に相手をしてみると思った以上に手数が多くて苦労させられたんだ。そんなオレを太一は援護しようとしてくれたんだが、味方を助けなきゃって意識が逸りすぎて手元が狂ったんだろうな。見事に脳天を撃ち抜かれて、気付いた時には作戦室のベッドの上だった」

「かっかっか。今のヤローがキレ散らかしてる様が目に浮かぶぜ」

「……いや待て、鈴鳴の面子的に前線(フロント)を張る鋼が落ちるのって結構洒落にならねえだろ。最悪そのまま全滅コースだぞ」

「そこは来馬先輩が踏ん張ってくれたおかげで何とかなった。幸いなことにシフトも交代間際だったからな。……ただまあ、作戦室に二人が帰ってきてからはカゲの想像通りだ」

 

 

 今結花。隊長の来馬辰也が飼っていた熱帯魚を皆殺しにされても怒()ないほどのお人好しということもあり、別役太一を叱りつけるのはもっぱら彼女の役目なのだと影浦は耳にしている。きっとこの時も般若の如き形相で太一を出迎えたのだろう。

 

 

「で? おめーは太一のヤローにきっちりヤキ入れてやったのかよ、鋼」

「まさか。流石に何度も謝られたし、太一自身もかなり落ち込んでいたからな。今がキツく叱った後ってこともあったし、オレの方は次から気を付けてくれって言って、それで終わりだ」

「仕方がないとはいえ、今は損な役回りだな」

「……そうだな。それでもやっぱり、オレは太一を責める気にはなれなかったよ。元はと言えば、オレがモールモッドに手古摺ったせいでもあるし――来馬先輩がどれだけフォローしたとしても、肝心のオレに許されなかったら太一も引き摺っただろうしな」

「そういうモンかァ? いつもみてーに鋼さんスミマセーンっつって大騒ぎして、次の日になりゃケロッとした顔でカップ麺ぶち撒けてそうな気ィすっけどな」

「あれで意外と繊細なところもあるやつだよ、太一は。ランク戦で結果が出なかった日には『うぶぶ……』って泣いたりもするしな。それはそれとしてカップ麺はまあ、よく落とすけど」

 

 

 最後はやや苦笑交じりに村上が言った。ちなみに落としたものがカップ麺だから笑えているが、後に今度は来馬の私物である壺(高級品)をも同じ要領で落として粉々にすることをこの時の村上は知らない。それを知っていたら流石の村上も笑えなかったであろう。

 

 

 人間には様々な一面が存在する。常日頃から明るく振る舞っているように見える人物でも、内心では誰にも明かせない複雑な悩みを抱えていたりもする。犬飼澄晴のようにへらへらと笑いながら他人の腹の底を探ることしか考えていない人間がいるのなら、そそっかしさの塊である別役太一が失意に涙することも、まあ、有り得るのかもしれない。

 ……思えば、外面と内面の一致していない人間など、ボーダーの外に出れば珍しくも何ともないのだから。

 影浦雅人はその現実を、誰よりもよく知っていた。

 

 

「――そういや、カゲの方は結局どうなったんだその後」

「あァ?」

「おまえの半身吹っ飛ばした狙撃手(スナイパー)の話だよ。丸く収まったのか揉めちまったのかは知らねーが、流石に向こうも知らんぷりってことはねえだろ」

「……あー」

 

 

 『あ』の一文字だけを巧みに使いこなして荒船の問いに応じる影浦。横着者である。

 とはいえ、単に返事を面倒臭がっているだけではない。言葉に詰まったせいでもある。何しろ、知らんぷりを決め込んだのは相手の方ではなく。

 

 

「……帰った」

「マジかよ? 随分失礼なやつだな、戦闘体とはいえ人の身体吹っ飛ばしといてそのまま――」

「いや、俺が」

「「おい」」

「あーあーうるせー、ステレオでツッコミ入れてくんじゃねーようざってえ。流れでそうなっちまったんだよ、流れで」

 

 

 がしがしと頭を掻いて明後日の方向を見る影浦。いつものように不快な感情が刺さったからではなく、単にばつが悪いからである。機材の使い方さえ知っていれば流石に返事の一つくらいはした――いや、どの道やはり無視して帰っていたかもしれない。わからない。まあ、可能性の話なんてどうでもいいだろう。

 

 

「ったく……狙撃手(スナイパー)()って言ってたよな? 年下のやつか、それとも女子か?」

「んだよ荒船、やけにしつけーなオイ」

「鋼が言ってただろ? 撃たれた方に許されなかったら、撃った方はいつまでも引き摺るってよ。カゲがもう気にしてなくても、フォローの一つくらいは入れてやるに越したことねえだろ」

「――何だそりゃ、めんどくせェ。確かに今となっちゃ笑い話だろうけどな、これでも俺ァ被害者だろーが。ヒガイシャ」

「だからこそ、だ。――まあ、そいつが太一と同じようにきっちり反省出来るやつかどうかは知らねえけどな」

「……ケッ」

 

 

 別役太一と反省。対義語か何かだろうか。先の話を聞いていなければまるで結びつかない概念だった。

 荒船の言いたいことは理解できる。他の誰でもなく、被害を被った影浦自身に赦されて初めて、あの狙撃手(スナイパー)の女は味方殺しの罪から解放されるのだと言いたいのだろう。だが、しかし。

 

 

 

『ひっ――』

 

 

 

 ……半分の身体で振り返った時に向けられた、『恐怖』という名の棘の痛みを思い出す。

 あの痛みを塗り替えるほどの『反省』とやらが、果たしてあの女の中に眠っているものだろうか?

 

 

 

 

 

 ぶるり、と。尻ポケットの中身が震える。別に誰かに触られた訳では――ねェに決まってんだろ。なんでそんなこと考えた俺。マジで鋼の言ってた通り疲れてんのか?

 スマホを取り出し画面を確認する。着信、有り。

 

 

「……あァ? 珍しいなオイ」

「電話か? 早く出てやれよ」

「わーってるっつーの。――おう、なんか用か? ユズル」

 

 

 荒船の催促をしっしっと手で追い払い、電話に出た。

 絵馬ユズル。影浦のチームメイトであり、例の女や別役太一と同じ狙撃手(スナイパー)の一人でもある。影浦との関係は良好であり、訓練の後には実家のお好み焼き屋に連れていって食事を奢ることもある仲だが、絵馬の方からこちらに連絡を入れてくるのは珍しいことだった。

 

 

『悪いねカゲさん。個人戦やってるとこ邪魔しちゃって』

「ちょうどロビーで駄弁ってたとこだから気にすんな。で? 何だよ」

『昨日カゲさん、防衛任務で狙撃の巻き添え食らって緊急脱出(ベイルアウト)したでしょ』

「……なんでおめーがんなこと知ってんだ」

 

 

 うんざりだという感情を全力で顔に出す影浦。まさかとは思うが、犬飼あたりがあちこちに喧伝して回っているのではないだろうか? 気付けばボーダー中で訓練生どもの噂になっているのだ。『影浦、狙撃されたってよ』とでも。されてねーよ誤射だわクソッタレ。事実が捻じ曲がって伝わっから噂ってやつはクソなんだよ。タイトル詐欺だ詐欺。

 

 

『オレの知り合いなんだよ、カゲさんのこと撃っちゃった人。直接会って謝りたいから手助けしてくれって頼まれた』

「……あァ? マジかよ」

『一応、本人なりに反省はしてるみたいだよ。でも――カゲさんの場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……そういうワケなんだけど、今って時間ある?』

「…………」

 

 

 すぐには、返事を返せなかった。

 影浦雅人の副作用(サイドエフェクト)は、表面だけの謝意を見逃さない。その裏にある本心を的確に感じ取り、影浦の身を傷付ける。絵馬がそのことを理解出来ていないとは思えない。性根の腐った人間は影浦にとっての害でしかないと知った上で、絵馬は件の女を影浦に会わせたいのだと言う。少なくとも絵馬にとっては、あの女はそれなりに信の置ける人物なのだろう。

 それでも尚、緊急脱出(ベイルアウト)の直前に見た女の怯えた顔と、あの胸の痛みが影浦の口を鈍らせていた。自身の外見や態度が周囲に威圧感を与えるものだという自覚はあったのだが、ああも直接恐怖心を向けられたのは久々のことだった。ただでさえ僅かな怯えを抱えていたところに、その対象を怒らせるような真似をしでかしてしまったのだから無理もないが――

 

 

『……これは本当、カゲさんには何も関係のない話なんだけど』

 

 

 おもむろに、電波の向こう側で絵馬が口を開いていた。流石に沈黙が長過ぎたかと意識を切り替えかけたところに、

 

 

『撃ってはいけないものを撃っちゃったっていう経験は、早めに乗り越えておいた方がいいと思うんだ。そうじゃないと――もう二度と、人を撃てなくなっちゃうかもしれないから』

 

 

 人を撃てない狙撃手(スナイパー)の弟子である少年が、そんなことを言った。

 副作用(サイドエフェクト)などに頼らずとも察せられる、絵馬ユズルの本心が表れた言葉だった。

 

 

「……だー、クソッタレ」

 

 

 どいつもこいつも。

 本当に、どいつもこいつもお人好しが過ぎる。

 別役太一を赦したという村上も、影浦自身が赦すことに意味があるのだと諭す荒船も、知り合いの女を心の底では案じている絵馬も、誰も彼も。

 

 

 人の心を感じ取る術など知らない癖に、どうして彼らは、誰かのために優しくなることが出来るのだろうか。

 

 

「――夕方まではロビーにいっから、来るなら来いって言ってやれ」

 

 

 ヤケクソ気味にそう言い放って、影浦はがしがしと頭を掻いた。

 何の感情が刺さってきている訳でもないのに、自身の振舞いがやたらとむず痒いものに思えて、仕方がなかった。

 

 

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