影浦、狙撃されたってよ   作:Amisuru

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絵馬ユズル君の好きな食べ物、カレーとクリームシチュー。
母親の味って感じがしてほっこりする組み合わせですよね。

ちなみにBBFで確認できる絵馬ユズルの家族構成は

『父』

以上。




『影浦雅人~感情受信体質~』2/2

 

『――ってことだから、後は自分で何とかしなよ。ヒナさん』

「……うん、ありがと兄さん。今度お給料入ったら、お礼に食堂のカレーでも奢るね」

『貰っとく。でも別にナスは付けなくていいから』

「そう? 食べてみると意外とおいしいよ、ナスカレー」

「せやろ?」

「せやんな」

 

 

 知らないゴーグルのお兄さんと最後にそんなやり取りをして、撫子は絵馬との通話を切った。好みの食べ物がカレーとクリームシチューっていうあたり、年相応って感じで可愛いよね。言ったら絶対怒るだろうから言わないけど。

 今更ながら、今回の件とは一切関係がないというのに絵馬にはすっかり世話になってしまった。この機会を無駄にする訳にはいかない。何としてでも全力で、影浦雅人に赦しを請わなくては――

 

 

(……って、そうじゃない。そうじゃないでしょバカ)

 

 

 がつんと額を壁に叩きつけ、自分を戒める。

 赦してもらうために影浦の下へと赴くのではない。自分がやるべきことはただ、前日の愚かな行いを深く恥じ入り、二度と同じ過ちは繰り返さないという誓いを立て、誠心誠意、心の底から彼に詫びを入れることだけだ。赦す赦さないは自分の考えることではない。そう、犬飼澄晴もこんな風に言っていたではないか。

 

 

『キミが本気でカゲに謝るつもりなら、その真剣さと申し訳なさをありのままぶつけることだね』

 

 

 温情を前提に行動するのは、罪を犯した者の取るべき態度ではない。恥を知れ、日向坂撫子。

 

 

「――ええ目になりよったな、嬢ちゃん」

 

 

 壁から額を離すと、ゴーグルのお兄さんが腕を組み満足げに頷いていた。後方師匠面ってこういう人のことを言うのかなと撫子は思った。ていうかマジで誰。

 

 

「ありがとうございます、謎のゴーグルお兄さん」

「礼なんぞいらへんて。ナスカレーが好きな女の子に悪いやつはおらへんねんな。むしろ女の子に生まれた時点で存在自体が善みたいなモンや」

「それは流石に女っていう生き物に夢見過ぎだと思いますけど」

「このゴーグルが俺の目に映る世界を夢みたいに彩ってまうねん……」

「それ、外すとどうなるんです?」

「キミと目ぇ合わせて喋れなくなる」

「…………」

「ちょ、アカン! 取ったらアカンてホンマ! 俺はカワイイ子と裸眼で1秒以上見つめ合うたら心臓止まってまう呪いに掛かってんねん!」

 

 

 それ、見つめ合ってもあなたが無事だったらあたしは可愛くないってことになりますよね? と意地悪く追い詰めたくなる気持ちをぐっと堪えつつ、撫子は男のゴーグルから手を離した。

 いかんいかん、真面目にやるって決めた傍から顔も知らない男のひとと漫才やってる場合じゃないでしょ。でも何かやけに波長合うなあこのひと。もっと違う設定で、もっと違う関係で出会える世界線を選べたら良かった。グッバイ。君の運命の人は僕じゃない……。

 

 

「わかりましたゴーグルのお兄さん。あなたの素顔を暴くのは今日は諦めますので、代わりに一つお訊ねしても構わないでしょうか」

「姓は生駒の名は達人。今年の春から大学生、4月29日生まれねこ座のB型――」

「ガバガバ個人情報ありがとうなんですけどそういうのじゃないですごめんなさい。その……」

 

 

 放っておいたらスマホの暗証番号まで喋ってくれそうな勢いで語り出したゴーグルの男――生駒達人に待ったを掛けて、撫子は自身の望みを口にした。

 

 

「……個人(ソロ)ランク戦のロビーって、どこにあるのかご存知です?」

 

 

 日向坂撫子、担当ポジション狙撃手(スナイパー)。個人戦に一切縁のない女であった。

 

 

 

 

 

 

 

 で。

 着きました。

 

 

「ここやで」

「おぉ~……」

 

 

 ロビーに足を踏み入れた撫子が真っ先に感じたのは、活気であった。狙撃手(スナイパー)の合同訓練場もそれなりに多くの隊員達が集まりはするのだが、そのポジション柄いわゆる『職人肌』的な性格の隊員が多いため、数が揃ってもこれだけの騒々しさは生まれない。しかしこの空間にはなんというか、ライブ会場か何かのような熱気が籠もっている。オトコのコの世界って感じするなー、というのが撫子の率直な感想であった。

 

 

「わざわざ案内までしてくれてありがとうございます、イコさん先輩」

「ええねんええねん、俺もメシ食い終わったら寄ろう思とったところやさかい。報酬はスイス銀行にでも振り込んどいてくれたらええわ」

「R.I.P...」

 

 

 あたしもいつかはゴルゴみたいなスゴ腕の狙撃手(スナイパー)になれるといいなあ。そんなことを思いつつ、目当てのぼさぼさ頭をきょろきょろと探し回る撫子。

 ……見当たらない。目立つ頭してるから割と見つけやすいと思うんだけどなあ。隊服だって真っ黒だったし。

 

 

「そういや、ヒナちゃんて何しにここ来たん? 自分狙撃手(スナイパー)言うとったやろ」

「いやですね、ちょっと目つき悪くて髪はぼさぼさで歯はギザギザのヤンキー系お兄さんを尋ねに参りまして……」

「カゲやん」

「そう、カゲさんです! 影浦雅人先輩!」

 

 

 ロビーに辿り着くまでの道すがら、撫子は生駒にある程度の自己紹介を済ませてあった。相手の名前も誕生日も聞いちゃったしまあそれくらいはね。ちなみにあたしは8月2日生まれぺんぎん座のO型です。誰か祝って。

 

 

「何やったら知ってそうなやつに声掛けたろか?」

「……いいんですか? なんかあたし世話になりっぱなしな気が……」

「ま、ここまで来たら乗りかかった舟っちゅうやつや。そう、乗りかかった――」

 

 

 などと言いつつ右に左に首を振る生駒の視点が、徐にある一点で停止する。その方向へと小走りで駆けていったと思うと、大画面の対戦映像を眺めている帽子の男に向かって――

 

 

「乗りかかった荒船!!」

「うおっ!?」

 

 

 背後からのボディプレスを敢行した。

 というのは誇張表現であり、実際は軽く勢いを付けて肩に手を置いただけである。とはいえ人の不意を突くには充分な行動であり、案の定帽子の男からも驚きの声が漏れた。

 男が振り向き、撫子の位置からでも顔が見えるようになる。いわゆるイケメンというよりは男前の二文字が似合う感じの精悍な顔付きで、あ、シンプルにカッコいいなこの人と撫子は思った。ボーダー男子って顔面偏差値高くない? とも思った。犬飼、辻、影浦、そしてこの帽子の男と、昨日からやたらと顔の良い男にばかり縁がある。これはイコさん先輩の素顔にも期待できますよ。わくわく。

 

 

ホンマに乗りかかるやつがおるか! 俺!!

「……今日はやけにテンション高いですね。何か良いことでもあったんですかイコさん」

「ちゃうねん、丁度ええところに荒船がおったからこらもう乗りかかる流れやろ思うて」

「どういう流れですかそれは……お」

 

 

 どうやら真面目な人柄のようで、明らかに生駒のマイペースっぷりに困惑している。感情(エモーション)よりも理論(セオリー)を優先するタイプなのかもしれない。そんな男の目線が、生駒の後ろをとてとてと着いてきた撫子に気付いて止まる。

 ……お、おおう。影浦先輩ほどじゃないけど、この人に見られるのもちょっぴり緊張するぞぅ。犬飼先輩だと特にそういうのなかったんだけどな。雄度の違いってやつ? わからーん。

 

 

「その子は?」

「ヒナちゃんやで」

「ど、どもです」

「……イコさんの連れ……は流石にねえか」

「アホウ荒船、連れ言うたら普通は男友達のことやろ。ヒナちゃんに失礼やで」

「ああ、関西の方じゃそうなるのか――関東(こっち)だと彼女とかそういう意味になるんですけど」

ばっ、おま、アカンやろ荒船! 俺はカワイイ子と付き合うたらアカン顔やろが!! ……え、そんなことある? ないよね?」

「そこであたしに振るなら大人しくその顔見せて下さいよう」

 

 

 ホンマにそのゴーグルぶん取ったろかと脳内で関西弁が伝播している撫子である。カワイイって言ってもらえるのはまあ、女子として素直に嬉しいとこですけど。でもなんかこのひとの場合誰にでも似たようなこと言ってそうで信用ならんなあ……逆に言われてない方が特別感出そう。なんとなくだけど。

 

 

「――と、悪い。こっちの紹介がまだだったな。攻撃手(アタッカー)の荒船哲次だ。挨拶するなら帽子取った方がいいか? ヒナちゃんとやら」

是非!! ……失礼、どうぞお構いなく。狙撃手(スナイパー)の日向坂撫子です」

 

 

 危ない危ない。礼儀を無視して欲望が漏れ出てしまった。いや、別に帽子が悪いわけじゃないんだよ? ただ直感がこう囁いたのだよ、このひとの帽子オフ姿っていうのは割とレアなんじゃないかって。拝めるものなら拝んでおきなさいって……誰ともなしに撫子は胸中で言い訳に走った。

 

 

「何や知らんけど、ヒナちゃんカゲに用があるらしいねん。どこおるか知らんか? 荒船」

「……ひょっとして君のことか? 昨日カゲのこと撃っちまった狙撃手(スナイパー)ってのは」

「うっ……じょ、情報が早い……はい、あたしです。お恥ずかしながら」

「悪いな、呼びつけた当の本人が留守でよ。電話切って3分くらいは大人しくしてたんだが、結局我慢し切れなくなって始めちまった」

「……始める? 何をです?」

「そら、ロビー(ここ)におるやつがやること言うたら一つしかあらへんやろ」

 

 

 そう口にした生駒の顔は、撫子の方を向いてはいなかった。先程までの荒船が注視していたもの――電光掲示板に映し出された、隊員達の戦闘風景へと移っている。攻撃手(アタッカー)銃手(ガンナー)射手(シューター)――様々なポジションの隊員達が覇を競い合っているその中に、撫子は探していた男の姿を見つけた。

 

 

 

「――個人(ソロ)ランク戦や」

「あ……」

 

 

 

 舞台は市街地、大通りのど真ん中。

 右手に刀、左手に大楯を持ち、鋭い目つきで身構えている前髪を上げた男――その正面。

 牙のような歯を剥き出しにして、影浦雅人が、笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 振り子のように腕をしならせて振るったスコーピオンの刃が、大楯(レイガスト)によって防がれる。

 舌を打つ間もなく、スラスターを吹かして距離を詰めてくる村上。毎度のことながらこの急加速が鬱陶しい。マンティスによる射程の有利を一瞬にして潰される。尤も、密着しての斬り合いならこちらとしても望むところなのだが――盾ごと突っ込んでくるつもりであるのなら、流石に付き合ってはいられない。

 

 

「バレてんだよ」

 

 

 弧月を振るおうという意識を感じない。斬撃の前兆が()()()()()()()(シールド)モードのまま突進を仕掛けてくるつもりのようだ。

 横に一歩、最小限の動きで身を躱し、自身を追い抜こうとするがら空きの背中にスコーピオンを突き立てる。振り向いて大楯(レイガスト)で捌いてくるか、或いは振り向きもせず後ろ手の弧月で防ぐような曲芸染みた真似でも決めてくるか――しかし、村上の選択はそのどちらでもなかった。

 ガキンと音を立てて、スコーピオンが半透明の障壁によって防がれる。集中シールド――大楯(レイガスト)と弧月の両トリガーを手にしている以上、起動し得ない筈の第三の防御策。と、いうことは。

 

 

「――弧月は()()かよ!」

「ご明察だ」

 

 

 鞘から抜いてはいるものの、切れ味を失ったOFFモード。その状態の弧月は、トリガーの使用判定には含まれない。道理で斬る気が見えない筈だ――僅かに驚嘆した影浦の隙を突かんと、続けざまに村上の手が動く。

 

 

(ブレード)モード――スラスター!」

 

 

 大楯(レイガスト)のシールド部分が形を変えて、半透明の刃を作り上げる。このタイミングで初めて、影浦の胸に村上の戦意が突き刺さってきた。即座に集中シールドを展開し、供給器官をカバーする。

 直後、振り向きざまに投擲された大剣(レイガスト)がそのシールドを突き破――らない。的に突き立った弓矢の如く空中で僅かに静止して、それから間もなく地に落ちる。それと同じタイミングで、大剣(レイガスト)の抜け落ちたシールドもぱりんと音を立てて砕け散った。

 もうちょい範囲ケチってりゃ死んでたな、こいつは。胸中でそう独り言ちつつ、影浦は大剣(レイガスト)のグリップ部分を蹴り飛ばして村上に寄越した。開発者の寺島雷蔵が目にしたら憤激しかねない雑な扱いっぷりであった。

 

 

「使えよ、オラ」

「……意表を突いてからのスラスター投げも通らないか。相変わらず手強いな、その副作用(サイドエフェクト)

「ケッ。おめーが言えた台詞かよ」

 

 

 たった一日相手をしなかっただけで、またしても新たな技術が身に付いている。この調子で()()を続けていったら、果たしてどんな怪物が出来上がるのか――尤も、どれだけ月日が経ったところで後れを取るつもりなど、影浦には毛頭ないのだが。

 

 

「昨日は結局捕まんなかったよな。見てねー間にどんなネタを仕入れてきやがった? 出し惜しみしねーで見せてみろよ、オイ」

「――それなら、こういうのはどうだ?」

 

 

 自身の足元に転がってきた大剣(レイガスト)を拾い上げ、弧月と共に構える村上。てっきり盾に戻して普段通りのスタイルで仕切り直すものだと思っていたのだが、まさかこれは。

 

 

「……弧月とレイガストの二刀流だァ? どこぞのヒゲ野郎にでも影響受けたのかよ」

「そのまさか、だ。昨日はまる一日太刀川さんに捕まってた」

「ぶはははは! おめーもとうとうあの野郎に目ェ付けられちまったな? 同情してやるよ、鋼」

 

 

 太刀川慶。ボーダーNo.1攻撃手(アタッカー)にして、近々個人(ソロ)ポイント4万の大台に達しようという馬鹿じゃねぇのこいつボーダー屈指のランク戦ジャンキーでもある男。影浦も他人のことをどうこう言えた口ではないのだが、流石に単位を犠牲にしてまでランク戦に身を捧げるほどの愚かさは持ち合わせていない。何のために大学行ってんだろうなアイツ。通う気ねェならハナから進学なんざしなきゃ良かったんじゃねえの。少なくとも俺ァ大学なんざこれっぽっちも通う気ねーぞ。将来? 進路? 知るか。いざとなったら兄貴追い出して俺が店継ぐわ。

 

 

「おかげで収穫はあったさ。今日のオレには、一日中受け続けたあの人の剣が嫌って言うほど染み付いてる」

「ケッ。にわか仕込み――って言えねーのがおめーの副作用(サイドエフェクト)のウゼーとこだが、だからってレイガストで弧月の真似事が出来っかよ」

「……オレがもし米屋だったら、あいつの口癖を使いたくなる場面だな」

「あァ?」

 

 

 珍しいことに、戦闘中にも拘らず村上の口元が笑みの形を作っている。剣を振るっている最中は機械のように死んだ目をしているのが常だというのに、例のヒゲ野郎から余裕ぶった態度をも模倣するようになったのだろうか?

 或いは――村上もまた、この戦いを純粋に楽しんでいるのか。

 自分と同じように。

 

 

「――『と、思うじゃん?』だ」

 

 

 村上の初手は旋空弧月。横薙ぎに振るわれた一撃を、身を伏せて回避する影浦。太刀川であればすぐさま二発目の旋空が飛んでくる場面だが、村上の手に二本目の弧月はない。にも関わらず、感情受信の副作用(サイドエフェクト)は瞬く間に押し寄せる二撃目の存在を伝えてくる。

 その答えは眼前に迫る村上と、大剣(レイガスト)の剣先から噴出するトリオン粒子の輝きが教えてくれた。今度こそシールド突撃(チャージ)ではなく、スラスターによる加速の乗った大剣(レイガスト)で直接ぶった斬ろうという腹積もりな訳だ。

 

 

「上等……!」

 

 

 ようやく待ちに待った正面切っての殴り合い、もとい斬り合いの時間だ。袈裟懸けに振るわれた大剣(レイガスト)を後方へのステップで躱して、返し刃のスコーピオンを繰り出す影浦。その反撃を村上は弧月で受け――そこからは、スコーピオン二刀流と弧月+レイガストの異色二刀流による手数勝負の時間だった。

 スコーピオンの耐久力は、弧月やレイガストと比べて遥かに脆い。まともに刃がぶつかり合えばたちまち砕け散ってしまう。しかし影浦は、感情受信の副作用(サイドエフェクト)によって相手の剣線をある程度察知することが出来る。その線を自分から逸らすようにスコーピオンを巧く当てることで、村上の二刀を捌き切ることが出来ていた。

 とはいえ、これが本物の太刀川慶相手であればそうはいかない。あの男の剣速は出鱈目染みており、攻撃が飛んで来ると思った頃には現実の刃が追い付いてきている。感情受信も糞もないのだ。それと比べた村上の二刀流は、完成度こそ流石の一言に尽きれど、やはり――

 

 

「オラオラおせーぞ鋼ォ! おめーが覚えた太刀川の剣ってのはこんなモンかよ、あァ!?」

「手厳しいな」

 

 

 ――速さが足りない。

 強化睡眠記憶。覚醒中の経験を睡眠時にほぼ100%学習するという、村上鋼の副作用(サイドエフェクト)。自身が体験したことであれば何であろうと模倣できると思われがちなこの副作用(サイドエフェクト)だが、実際はそこまで万能なものでもないだろう。村上がどれだけ太刀川の技を受け続けたといっても、それで身に付くのはあくまでも受け手として得られる情報しかない。直接太刀川の身体に乗り移って、弧月の振り方を覚えた訳ではないのだ。どれだけ精度が高くとも、結局のところは見様見真似。完全なる再現には至らない。

 ましてや片手はレイガスト。弧月と同じ感覚で振り回そうと思えば、どうしたって動きに無駄が出る。案の定ちょくちょくと、攻撃の合間に差し込めるだけの余裕が出来てしまっている。影浦は的確にその瞬間を狙い撃ち、スコーピオンによる細かな斬撃を村上の戦闘体に刻んでいた。流石に首や心臓を直接狙えるだけの隙は与えてくれないものの、このまま事が運べばトリオン漏出過多による緊急脱出(ベイルアウト)は免れないだろう。

 

 

「よお、このまま行きゃあこっちの判定勝ちだぜ」

「――だったら一発、逆転KOでも狙ってみるか」

 

 

 と、来れば。

 そういう思考に至るのが、道理である。

 

 

(――そーやって大振りになんのを待ってたぜ)

 

 

 KO勝ちを狙っているのはこちらも同じだ。チクチクと刺すだけの鬱陶しい立ち回りなど、するのもされるのも性に合わない。大剣(レイガスト)を振り上げた村上の胸元はがら空きで、この斬り合いの最中(さなか)では弧月をOFFにしてのシールド展開も間に合わないだろう。村上の戦意は影浦の右肩付近を鋭く刺してきてはいるが、実際の斬撃が届くよりもこちらが胸を穿つ方が――速い。

 これまでに受けてきた大剣(レイガスト)の体感速度から、影浦はそう判断した。自身の狙い通りに隙を生み出せたという驕りも、少なからずあったのかもしれない。とあるボーダー正隊員の言葉を借りるならば、そう――

 

 

『物事がうまくいってるときは、操られてても気付けない』

 

 

 ――釣り出されたのは自分の方だと気付いたのは、急加速した大剣(レイガスト)によって、自身の右肩から先を刎ね飛ばされた後のことだった。

 

 

「……!?」

「迂闊だな、カゲ」

 

 

 村上の煽りに憤るよりも、自分で自分を罵りたい衝動に駆られた。迂闊――全くもってその一言に尽きる。村上は最初から、大剣(レイガスト)の隙を突いて自分が勝負を決めに行くことを読んでいたのだ。決着の一撃を繰り出そうという最も油断する瞬間における、()()()()()()()()()()()()()()()()。推進力によって振り回される都合上、一度格闘戦が始まってしまえばスラスター斬りは振るえないものだと思い込んでいたのだが――認識が甘かったと思わざるを得ない。地面に向けて振り下ろすように(ブレード)を加速させればいいだけの話だったのだ。『レイガストでは弧月の代わりにならない』という影浦の慢心をも逆手に取った、意識外からの奇襲であった。

 失敗を悔やむ間もなく、矢継ぎ早に繰り出された村上の弧月が影浦の胴を薙がんと襲い掛かる。このまま斬り合いを続けるのは不味い。腕を失っても肩から無理矢理生やせば二刃のスコーピオンを振るうことは出来るが、右側のリーチが大幅に縮まることは避けられない。ここから先は村上も容赦なくスラスター斬りを繰り出してくることだろう。バランスを欠いた二刀流で、本気になった村上の双刃を捌き切れるとは思えない。ここは一度距離を離して仕切り直しを――

 

 

(――違ェ!)

 

 

 振るわれる弧月の軌道と、村上から刺さる戦意の受信箇所が一致していない。()()()()()()()()()()()()()。旋空――後ろに下がることを読まれている。こちらのステップバックに合わせて旋空を起動し、回避したと思ったところを叩き斬るつもりなのだ。後ろにも横にも逃げ場がない。

 考えるよりも先に、足が前に出ていた。

 

 

「…………!」

 

 

 目を見開いたのは村上であった。影浦の取った体勢は、格闘技で言うところのクリンチ――首相撲の格好となる。胴薙ぎに振るった弧月の刃は虚しく空を切り、影浦を自ら懐へと抱き込むような形になってしまう。

 自身の首元で獣の如く影浦が息を吐いた瞬間、村上は己の敗北を悟った。

 思えば自分はいつも、この状況にだけは陥らないよう、レイガストを剣ではなく盾として使い続けてきたというのに――

 

 

「――今の台詞、そっくりそのまま返してやんぜ」

 

 

 どすり、と。

 首に絡めた左腕から新たに生やしたスコーピオンの刃が、村上の喉を突き破っていた。

 スコーピオン使いに組み付かれることは死を意味する。攻撃手(アタッカー)界隈の鉄則である。

 村上の両手から二刀が零れ落ち、身体に刺さっていた戦意が全て抜け落ちたのを確かめて、影浦は首の拘束を解き、身を剥がした。伝達系を切断した以上、もう村上にトリガーを操る術はない。現に全身を罅割れが覆い始めている。とはいえ、緊急脱出(ベイルアウト)の前に少し話すくらいは出来るだろう。

 

 

「迂闊なのはおめーも同じだっつーんだよ、ボケ」

「……初めての二刀に浮かれ過ぎたな。覚えたての剣を振るうのに夢中で、防御の意識が鈍った」

「はっ、おめーでもそんなガキみてーに浮かれることあんのかよ? 鋼」

「勿論、あるさ。――()()()()()()?」

 

 

 直後、村上の戦闘体は爆煙の中に姿を消し――無機質な電子音声が、一本目の終わりを告げた。

 なるほどな、と。ブースに戻されるまでの僅かな時間、独り残された仮想の世界で、影浦は一つの納得を得た。感情受信体質。影浦雅人が感じ取るのは、負の感情に留まらない。この戦いの間に自身が感じていた高揚感というのは、影浦だけが抱いていたものではなく。副作用(サイドエフェクト)を通じて、村上からも、きっと――

 

 

「……へっ」

 

 

 知らず知らずのうちに、口元が笑みの形を作り上げていた。

 クソみたいな一日だった。昨日のことだけを指して言えば、それは紛れもなくその通りだ。

 それでも一夜が明けてみれば、こんなにも退屈しない時間が待っている。

 道を歩けば苛立ちに当たる、クソみたいな毎日だが、それでも――

 この高揚の中にいる間だけは、忘れられるのだ。何もかもを。

 

 

 

「スリルあったぜ、鋼」

 

 

 

 ――きっと自分は、この感覚を味わうために生きている。

 転送の間際にぽつりと漏らした一言は、村上鋼へと贈られた、影浦雅人にとって最大級の賛辞であった。

 

 






冒頭の人はプロット段階では出演予定が一切なかったのですが、
ユズル君の好物がカレーということでうっかり『ナスカレー』という単語を出してしまった結果
吸い寄せられるように生えてきてそのまま居座ってしまいました。
この現象をナスカレーエフェクトと名付けたいと思います。

次回とその次はちょっと脱線回。

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