影浦、狙撃されたってよ   作:Amisuru

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「初めてしゃべった相手でも、めちゃくちゃ盛り上がるときあるじゃん。
 きっかけがないとしゃべんないから、ホントはそういう相手がたくさんいるのに、気づいてないのかもなんだよね」

 ――小佐野瑠衣




『生駒達人/荒船哲次~達人問答~』

 

 

 ……ああいう顔も、するんだ。

 

 

 画面の中で満足気な笑みを浮かべる影浦雅人を目の当たりにして、撫子は胸中でそんなことを思った。

 獣のような男だと思っていた。獰猛で攻撃的で、迂闊に近寄ると噛みつかれるような、剥き出しの牙をちらつかせた危険な生き物。同じボーダーという組織に所属してはいても、住んでいる世界がまるで違う、異邦人(ネイバー)のような男だと。

 けれども。今の彼は、なんだか。

 

 

(……休み時間に、校庭で友達と遊んでる時の小学生(こども)みたい)

 

 

 仮にも年上の先輩を相手に我ながら酷い言い草であるが、本当にそう思ったのだ。ウチのクラスにもああいう子いたなあ、みたいな。その手の男子を当時の撫子は敬遠していたものだが、高校生となった今改めて眺めてみると、どことなく微笑ましさすら感じるのだから不思議なものだった。この感覚は一体、何なのだろう。

 

 

「……鋼のやつ、ちょいと見ん間に強うなり過ぎとちゃうか? あいつまだ入隊から半年も経っとらんやろ?」

 

 

 一方、ゴーグルの下でポカンと口を開けて試合を眺めていたのは生駒である。どうやら彼は影浦よりも、もう一人の隊員の方に意識が行っているらしかった。

 入隊から半年未満。まさかとは思うが、もう一人の隊員――鋼さんとやらは、自分と同期か下手したら後輩なのだろうか? アレで? あの強さで? 正直二人とも何やってんのかさっぱり解んないレベルでわちゃわちゃ斬り合ってたんだけど、半年足らずであんなに動けるようになるものなの? マジで? 運動音痴の女(うんち)は戦慄した。

 

 

「大したもんですよ。あと一月か二月もしたらマスターになってるんじゃないですかね」

「マジで? 俺らもウカウカしとられへんやん。荒船今ポイントなんぼやったっけ」

「ようやく7000越えたとこですよ。鋼はまだ6000台前半ってとこですけど、稼ぎのペース的には俺とほぼ同時か――或いは、俺よりも先にマスターに手を掛けるか」

「……マスター? ()()()()ですか?」

「そないいきなり名前呼びやなんて!?」

 

 

 生駒達人(イコマスター)、ステイ。撫子が目だけでそう訴えると、生駒もまた無言で頷きを返してきた。そんな二人を内心なんだこいつらと思いつつ、解説のために口を開くのだから荒船哲次は生真面目な男であった。

 

 

「……マスターってのは、使用してるトリガーの個人(ソロ)ポイントが8000を越えた隊員に与えられる称号みたいなもんだ。正隊員基準の4000ポイントみたく、到達したからって何か特典があるワケじゃないが――今のところは、この8000って数字がトリガー使いとしての上級者ラインってことになってる」

「うへぇー……今の倍かぁー……きっつぅ……」

 

 

 8000ポイント。その半分の数字に辿り着くだけでも半年近くを要したというのに、また新たな目標が生まれてしまったというのか。ただでさえ狙撃手(スナイパー)って個人戦ないのに、どこでそんな稼げばいいんだろ。チーム戦だけで行けちゃうものなの? 無理じゃない? 日向坂撫子、挑戦する前から諦めムードであった。よくこれでNo.1目指すとか言えたもんだな。

 

 

「言うてヒナちゃん、あの鳩原ちゃんの弟子やってんねやろ? せやったらこれからガンガン伸びるやろ」

「……鳩原の弟子? 絵馬以外にも弟子いたんですか、あいつ」

「あ、あはは……不肖の二番弟子でーす……」

 

 

 つい昨日、師匠の顔に泥を塗ったばかりの鳩原門下の面汚しです。破門待ったなし。ははは……顔で笑って心で泣く撫子。でも師匠、『あの鳩原ちゃん』なんて一目置かれてる辺りやっぱり凄い狙撃手(スナイパー)なんだよね。きっと個人(ソロ)ポイントもめっちゃ高いんだろうなあ。1万とか行ってたりして。

 

 

「俺ももっと上目指さんとなあ。8()0()0()0()()()()で満足しとったらアカンアカン、太刀川さんなんぞぼちぼち4万越えるっちゅう話なんやから」

「――――」

「……今、フリーザ様の話しました?」

「4万言うたら例の台詞言われたやつの方やろ」

4000(ナッパ)からしたら42000(ネイル)530000(フリーザ様)も化け物には変わりないんですよう」

 

 

 私の個人(ソロ)ポイントは530000です。60年くらいランク戦に身を捧げたらワンチャンあるかなあと撫子は思った。そんな先までボーダー続けられるとは思えないけど。トリオンって大人になったら成長止まっちゃうって話だし、おまけに使わなくなったら少しずつ減ってくっていうんでしょ? それなのにおじいちゃんおばあちゃんになっても現役のトリガー使いとかがいるなら、そのひとはきっと息をするように刀振ったり銃撃ったりするような人生送ってるんだろうなあ。怖い怖い。

 

 

「……イコさんにとって、8000ポイントはあくまでも通過点に過ぎませんか」

「なんや荒船、他人事みたく言いよって。お前かてええ筋しとるし覚えも悪うないんやから、早う()()()に上がって来ぃや。もたもたしとったら鋼のやつに置いていかれてまうで」

「…………」

 

 

 生駒に言葉を返すことなく、帽子の唾に指を添えて沈黙する荒船。無視しているというよりも、何かを考えこんでいるような仕草に撫子の目には映った。

 そんな彼の口が、躊躇いがちに動いて。

 

 

「……正直、誰にも言うつもりなかったんですけどね」

 

 

 ()()()()()には存在し得ない、日向坂撫子という女の入隊、それに伴う生駒達人との邂逅。

 それらのイレギュラーが、結果として荒船哲次に口を割らせる要因となった。

 

 

「俺、8000点を獲ったら――マスターになったら、攻撃手(アタッカー)を辞めようと思っているんです」

「そうなん!?」

 

 

 生駒の大声がロビー一帯に響き渡り、周囲の隊員たちの視線が撫子らに集中する。

 イコさん先輩、『誰にも言うつもりなかった』っていうあたり、これ荒船先輩的にあんまり知られたくない話なんじゃないです? と言わんばかりに撫子が視線を送ると、生駒は即座にぶんぶんと頷き、周囲の隊員たちに「なんもない。なんもないで」と隠蔽工作を行い始めた。露骨か。

 幸いなことに、荒船の発言が聞こえそうな範囲内に他の隊員の姿はなかった。少し前まで影浦雅人が近くのソファを占有していたという話なので、その影響もあったのかもしれない。よほど耳の良い隊員でもない限り、撫子と生駒以外に荒船の告白を聞いた者はいないだろう。すごい耳が良い副作用(サイドエフェクト)の持ち主とか。そんな副作用(サイドエフェクト)あるのかどうか知らないけど。

 

 

「……なんでやねん。なんでやねん荒船」

「別に、攻撃手(アタッカー)が嫌になったとかそういう訳じゃないですよ。前々から決めていたことなんです」

 

 

 周囲の関心が薄れたのを確かめて、改めて荒船への追及に走る生駒。一方、『荒船哲次が攻撃手(アタッカー)を辞める』というのがどれだけの大事なのか理解出来ていない撫子は、関西の人ってこういうとき本当になんでやねんって言うんだなあ……と胸中で謎の感心をしていた。

 

 

攻撃手(アタッカー)銃手(ガンナー)狙撃手(スナイパー)――近・中・遠の全部のポジションで8000ポイントを獲って、木崎さん以来の完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)になる。それを達成した暁には、8000点を獲るために組み上げた俺の方式(メソッド)を理論で一般化して、隊員間で共有したいと思ってます。最終的には、俺の理論をボーダー全体に浸透させて、数多くの完璧万能手(パーフェクトオールラウンダー)を排出するのが目標です。……今のところ、絵に描いた餅でしかない話ですけどね」

「す、すげえ……!」

 

 

 今度は撫子が大声を上げる番だった。ただでさえ狙撃手(スナイパー)だけでもマスターとやらに届くか怪しい身である撫子からすれば、異なる3つのポジションで8000点を獲ろうという荒船の野望は、『海賊王に俺はなる!!』レベルの壮大な話に聞こえたのである。木崎さんとかいうのはさながらゴールドロジャーだわ。俺の財宝(ポイント)か? 欲しけりゃくれてやる……とか言ってそう。いや、どんな人なのか全然知らないけど。

 

 

「言ったろ、絵に描いた餅だ。今の俺はまだ、攻撃手(アタッカー)ですら7000点止まりなんだからな」

「でもでも、荒船先輩もあと1、2ヶ月くらいでマスターになれそうなんですよね? そしたら第一目標クリアじゃないですか」

「……そうだな。8000点を獲るだけなら、そのくらいのペースで行けそうな手応えはある。あるんだが――」

 

 

 そこで改めて、帽子の男はゴーグルの男に向き直って。

 

 

「――そもそも8000ポイントっていうのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――みたいなことを、さっきのイコさんの言葉を聞いて、考えてしまったんですよ」

「……そういうことかいな」

 

 

 ばつが悪そうに頭を掻く生駒。何やら真面目(シリアス)な話になってきたような気がする。あたしの存在って場違いになってないかなあと、撫子は妙な不安を抱き始めた。

 

 

「スマンな。お天道様に誓うて言うけど、そないなつもりで言うたんやなかった」

理解(わか)ってますよ。俺が勝手に深みに嵌まっただけです。……それに正直、9000点や10000点越えの方式(メソッド)を組み上げる自信は、今の俺にはないですからね。そのくらいの数字になると、理論以上の()()が必要になってくるような――そういう領域の世界に思えてしまう」

「……ま、そらあるかもしれへんな。メソッドっちゅうんは正直ようわからんけど、そないなぽんぽん万越えのやつが生えてきよったらかなわんわ」

「でも、イコさんは目指すつもりでしょう。1万越え」

「――そら、俺には(これ)しか出来ることあらへんからなあ」

 

 

 そう言って、生駒は空の刀をぶんぶんと振り回す。

 生駒が幼少期から祖父による居合の手ほどきを受けていたのだという話は、食堂からロビーへと移動するまでの道すがら、撫子も耳にしていた。その剣の腕がボーダーの目に留まり、スカウトを受けて三門にやって来たのだということも。

 

 

「ガキの頃から竹刀や木刀振り続けて、三門(こっち)に来ても未だに弧月(カタナ)を握っとる。職人さんのスシみたいなモンやな。これ以外の()を知らへんのや。せやのに、俺の歩いとる道の先には太刀川さんやら小南ちゃんやらが走っとったりする。そのうち鋼も後ろから俺を追い抜いていくやもしれん。そう思うたら、とても自分のことを達人(マスター)やなんて自信持てなくなるやろ。8000ぽっち言うたんはそういうことや」

「……道、ですか」

「やから、俺の言うたことなんざ気にする必要あらへんで。弧月しか振れんアホウの戯言(たわごと)やと思うてくれたらええわ。――俺からしたら、荒船のやろうとしとることの方がよっぽどエラい話やで」

 

 

 生駒もまた、ゴーグル越しに荒船の目を真っ直ぐと見据えている。

 一つの道と三つの道、それぞれを往こうとする二人の男達。

 

 

「俺は弧月やったら1万でも2万でもポイント積み上げる気持ちでおるけど、銃手(ガンナー)やら狙撃手(スナイパー)やらに乗り換えたらそこらの訓練生にも勝てる気がせえへん。せやのに荒船は、攻撃手(アタッカー)と同じように8000点稼ぐつもりでおんねやろ? 俺には到底真似出来ん話や。素直にリスペクトやで、ホンマ」

「……それこそ、イコさんが言うところの楽な道に逃げただけかもしれませんよ」

「アホウ、俺からしたらお前の往こうとしとる道の方が険しゅう見える言うてんねん。弧月で1万獲るんと3つのポジションで8000獲るん、後の方が簡単やなんて誰が決めたんや? そないなこと抜かしよるやつがおったらはっ倒したるで俺が。もっと自分の目指しとるモンに自信持ちぃや」

 

 

 ていん、と。相方に突っ込みを入れる芸人の如く、荒船の帽子に軽めのチョップを入れる生駒。或いは――しっかりしろよと、活を入れたような。そんな気持ちが込められているようにも見える一打であった。

 荒船は一瞬、虚を突かれたようにぼうっとした後――ふっと肩の力を抜き、口の端を吊り上げて笑った。何やら思うところがあったようだが、憑き物が落ちた、ということなのだろう。

 

 

「――ありがとうございます。おかげで吹っ切れました」

「そら良かったわ。あんじょう気張りや、未来のレイジさん2号」

 

 

 生駒もまた、ゴーグルの下に見える口元が笑みの形を作っている。相変わらずその瞳を覗くことは叶わないが、おそらくは彼の方も、荒船同様のすっきりとした表情を浮かべていることだろう。

 そんな男達のやり取りを蚊帳の外で見届けた、4000点ぽっちの女はというと。

 

 

「……なんていうか、お二人とも、すごいです」

 

 

 それ以外に、口に出来る言葉を持ち合わせていなかった。

 影浦雅人に続いて、またしても他者の思わぬ一面を垣間見たような気持ちだった。ひょうきん者の面白お兄さんという印象が強かった生駒にも、剣の道を極めんとする静かな情熱が宿っている。荒船哲次もまた、その大いなる野望を胸に秘めたまま一介の攻撃手(アタッカー)として振る舞い続けていた。親友の氷見亜季、そして師匠の鳩原未来は、近々近界民(ネイバー)たちの世界へと旅立つ予定なのだという。

 誰もがこのボーダーの中で、自分なりの目標や居場所を見つけている。翻ってみて、自分はどうだろう。何の目的意識もなしに、興味本位でボーダーに入り、あっという間に半年近い時間が過ぎていってしまった。どうにかこうにか正隊員への昇格は果たせたものの、今後の展望については真っ新の白紙なのだ。生駒達人が言うところの道など、一寸先も見えはしない。

 

 

 

「――あんたももう正隊員なんだから、いつまでも訓練生気分で私や鳩原先輩に甘えないように。いい機会だからぼちぼち自立しなさい」

 

 

 

 氷見の放った言葉が、今更のように重みを増して、撫子の胸に圧し掛かる。

 朝方の訓練中、『当真勇(No.1スナイパー)を越える』などという大言壮語を小声で吐きはしたが、あんなものはただの夢想だ。生駒や荒船の情熱を目の当たりにした今となっては、口にすることすら憚られる。自分の中に、二人のような確固たる信念は存在していないのだから。

 ……だったらあたしは、このボーダーで一体何がしたいんだろう?

 防衛任務で近界民(ネイバー)と戦って、街を守って――それだって立派なお仕事だけど、イコさん先輩や荒船先輩、それに、()()()()の楽しそうな顔を見てたら、なんだか。

 あたしもこのボーダーの中で、自分だけの特別な何かを見つけられるんじゃないかって。そんな風なことを、考えてしまうのだ。

 

 

「とと、すまんなヒナちゃん。すっかり置いてけぼりにしてもうた」

「いや……なんていうか、聞いててずうっと圧倒されっぱなしだったっていうか。意外と熱い人だったんですね、イコさん先輩」

「……確かに、俺もまさかイコさんとこんな話をする日が来るとは思ってなかったな。巡り合わせっていうのはあるもんだ」

「ちょ、何やねん急に二人揃うて。そない褒めたって何も出ぇへんで」

「何言ってるんですか……先輩があたしに差し出せるものならその耳にずうっと引っかかってるじゃないですか……ほら……ほら……」

「キャーッ! ヘ、ヘンタイ!」

「男と女が逆じゃねえのかこのシチュエーション……」

 

 

 ――ああ、こうやってすぐに不真面目な方(コメディ)へと逃げてしまうから、きっとあたしは何をやっても長続きしないんだろうなあ。

 『せや、代わりに荒船の帽子くれたるからそれで堪忍してぇや』と生駒が荒船を売り飛ばした結果、最終的に三人揃ってのわちゃわちゃとした騒ぎに発展していく中――心の隅の隅の方で独り、日向坂撫子はそんなことを考えていた。

 

 






そういうことだこらぁ

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