「……にしても、カゲと鋼のやつ出てくるん遅過ぎとちゃうんか? とっくのとうに勝負終わったやろ、ブースん中で何やってんねん二人して」
日向坂撫子とのゴーグル防衛戦が一段落したところで、生駒は相も変わらず分厚いレンズに覆われた視線を電光掲示板の戦闘映像へと向けた。そう、撫子はゴーグルの奪取に失敗したのである。敗北者じゃけえ……。
それはそうと、確かに二人とも出てくるのが遅い。影浦の勝利で決着したところまでは観ていたのだが、生駒と荒船の対話に気を取られていたせいですっかりその後の動向を追い忘れていた。という訳で、生駒に倣って大画面へと目をやる撫子。
すると、そこには。
| 影浦 | ○ | × | ○ | ○ | × | ○ | ○ | × | - | - | 5 |
| 村上 | × | ○ | × | × | ○ | × | × | ○ | - | - | 3 |
「何がっつり10本やろうとしてんねん!?」
生駒達人、絶叫。
「……日向坂さんを待つって話を完全に忘れてんなあいつら。鋼のやつまで一緒になって何やってんだか……」
「なんやカゲのやつ、ヒナちゃん来るの知っとって鋼とバチバチしとるんか? そらアカンやろ、女の子待たせる男はモテへんっちゅうんが世の中の鉄則やで。こら、いっちょ割り込んでガツンと――」
「わー! ちょま、いいですいいですいいですって!」
ディーフェンス! ディーフェンス! と言わんばかりに両手をばたつかせて生駒の前に立つ撫子。ただでさえこちらは謝罪を目的として影浦の下を訪れたというのに、相手が趣味の時間を満喫しているところに無理矢理割って入ることなどあってはならない。
「あの、完全にあたしの一方的な都合でお邪魔してるだけなので。本当だったら話も聞かずに追い払われても文句言えない立場なので。お気持ちは大変ありがたいんですが、どうかお控えなさって下さいイコさん先輩。何卒何卒……」
「……そういやさっき、荒船がなんや言うとったな。ヒナちゃんがカゲのこと撃ってもうたとかなんとか……それ、どういう話なん?」
「まあ、いきさつを簡単に説明するとですね……かくかくしかじか」
「これこれうまうま」
魔法の言葉である。
「……という訳で、あたしが影浦先輩のお楽しみタイムを邪魔するなんてもってのほかなのです。待てと言われたら何時間でも待つ覚悟だし、犬の真似をしろと言われたらいつでもワンと鳴く構えなのです。……あ、でも犬になるっていうと犬飼先輩に飼われてるみたいでなんかやだなあ……」
「犬飼はあの名字で犬飼ってねえって聞いたことあるけどな」
「「詐欺やん」」
「二人してハモることねえだろ……ついでにって訳じゃあないが、真似事でも犬ってのは勘弁してくれ。俺は犬が嫌いなんだ」
「そうなんですか? 猫派とかならまだしも、嫌いってはっきり言う人は珍しいですね……小さい頃にどこか嚙まれたりとかしました?」
「……聞くな」
渋面を浮かべて明後日の方向へと目を逸らす荒船。どうやら中々に苦い思い出があるらしい。3つのポジションを選り好みせずにマスターしようとしてる人でも苦手なものってあるんだなあ。思わぬ弱点っていうとカナヅチとかも思い浮かぶけど、流石にそれはないよね。うん。日向坂撫子、無駄に勘の鋭い女であった。
「せやけど、ただ待っとるのも退屈やろヒナちゃん。何やったらカゲが出てくるまで俺としりとりでもしよか?」
「時間潰すにしても流石にもう少し何かあるでしょうイコさん」
「なんや荒船、そない言うならお前の帽子から鳩か何かでも出してみぃや。おまえもイケメンなんやから女の子ウケする小ネタの一つや二つぐらいなんか持っとるやろ」
「そういう無茶振りは隠岐のやつにお願いしますよ」
「や、本当にお気遣いなく。正直お二人のそういうやり取り聞いてるだけでも割と楽しいですし」
「聞きよったか荒船。ウケとる、俺らヒナちゃんにウケとるで。こらこの調子でがんがん盛り上げてかなアカン」
「趣旨が変わってますよイコさん。……水上の野郎その辺に歩いてねえかな、イコさんの面倒見るのはあいつの仕事の筈なんだが……」
「そない水上が好きやったら水上の
「百歩譲ってそれが出来る日が来るとしたらイコさんの
生駒達人、リアクションが完全にめんどくさい系女子のそれであった。前回はあんなに
相も変わらず、撫子の目では追うことも叶わない速度の攻撃を互いに繰り出し合っている。最初の一戦との違いはといえば、村上が二刀流から剣と盾のオーソドックスなガンダム騎士スタイルへと構えを変えたことだろうか。見るからに防御の厚みが増しており、1戦目ではそれなりに村上を捉えていた影浦の刃がまるで通っていない。代わりに手数が減った影響も大きいのか、村上の攻撃も影浦に当たる気配がまるで見られない。いや、それどころかこれは――
「……影浦先輩ってすごいですね。あんなに速い攻撃なのに、
もはや影浦は、村上の攻撃を光の刃で捌くという動作すら必要としていなかった。まるで攻撃の放たれる位置を予め察しているかの如く、村上の剣を巧みにすり抜けては両腕の刃を存分に振るっている。それを大楯一つで凌ぎ切っている村上もまた怪物に映るのだが、それでも大楯のシールド部分は着実に削れていっているのが見て取れる。このまま影浦が矢継ぎ早に攻撃を繰り出していれば、いずれはぱりんと砕け散ってしまうことだろう。
「そらまあ、カゲには
「……あれ、ですか?」
「なんや、ヒナちゃん知らへんか?
「天敵……」
そういえば――と、撫子の脳裏に思い浮かぶ幾つかの言葉があった。
あのお絵描き番長ことNo.1
(……どうしてあたしのアイビスは、あのひとに当たってしまったんだろう)
考えられる可能性としてはやはり、直接影浦を狙っての狙撃ではなかったから、ということになるだろう。あの時の自分は影浦の存在に一切気付いておらず、スコープに映る
「わー! わぁー!!」
「なんやヒナちゃん、さっきからよう手ぇバタバタさせよるなあ。空でも飛びたいんか? はい、グラスホッパ~」
「裏声で物真似してるところアレですけどイコさんグラスホッパー使わないじゃないですか」
「イコえもぉん! あたしが今考えてたこと思い出せなくなる道具出してよぉ!」
「しゃあない子やなぁヒナ太くんは……え、ひみつ道具ってそんなんもあるん? どうなん荒船」
「なんでそこで俺に振るんですか……でもまあ、民間人保護した後に連れていく部屋にでも行けば似たようなものは手に入るんじゃないですか」
「……え、ボーダーって人の記憶消しちゃったりとかそういうことも出来るんですか? あたし初耳なんですけど……」
「おま、さらっとボーダーの闇に触れるのやめーや。ヒナちゃんドン引きしてもうたやんけ」
「いや、引いたっていうか普通に驚いたっていうか……ああでも、そっか」
不可能な話でもないのかもしれない。
……いやでも、人道的にどうなのよそれって話は出てくるよね、うん。記憶処理だなんてどっかの財団組織じゃないんだからさ。きっと地下に小さい
あれ? ところであたしさっきまで何考えてたんだっけ? 思い出せない……まさかあたしも知らない間に記憶処理を……? おのれボーダーめ! ゆ゛る゛さ゛ん゛!!!!!11!1!
| 影浦 | ○ | × | ○ | ○ | × | ○ | ○ | × | × | - | 5 |
| 村上 | × | ○ | × | × | ○ | × | × | ○ | 〇 | - | 4 |
などと言っている間にラスト1本になっていた。一同、改めて大画面へと向き直る。
「鋼が勝っとるとこ映せや!!」
「誰に向かってキレてるんですか……にしても、あの流れから勝ち拾ったのか。まさかの引き分けもあり得る展開になってきたな」
「や、流石に三連勝締めはキツいんとちゃうか? なんや勝負の最中に掴んだんかもしれんけど、きっちり
「別に起きてる間の物覚えが悪いってワケでもないですよ、あいつは」
「そらそうやろけどなあ。……カゲと引き分けるとこまで来よったら、いよいよホンマにウカウカしとられへんな。俺も太刀川さんや風間さんみたく、鋼が俺の剣を覚えよっても勝てへんとこまで鍛え直さなアカンわ」
神妙な顔付き(口元でしか判断が付かないのだが)で腕を組み、大画面を見つめる生駒。
それはさておき、またしても気になる話題を耳に挟んでしまった。さっきからあたし質問ばっかでお二人に申し訳ないなとは思うのだが、それでもこの『あたし、気になります!』という胸中の衝動には抗えない。好奇心の猛獣、日向坂える。もとい撫子。
「――あの、影浦先輩と戦ってる人――村上先輩も持ってるんですか? その、例の……」
「
「ですです。イコさん先輩は眠って覚えるとかどうとか言ってましたけど……いわゆる睡眠学習的なアレなんですかね」
「……睡眠学習っていうと微妙に意味が違ってくるな。ボーダーからは『強化睡眠記憶』って呼ばれてるらしいが……目が覚めている間に学んだ知識や経験を、一眠りするだけでほぼ完璧に覚えられる――そういう力をあいつは持ってる」
「う、うらやましい……!」
え、何それ。はっきり言ってチートでは――いや
「……ま、誰だって普通はそう思うだろうな」
「あ――すす、すみません! うっかり本音が漏れちゃったんですけど、決して村上先輩のことをひがんだりとかやっかむ気持ちはこれっぽっちも」
「うらやましい言うたんは否定せんでええんか? ヒナちゃん」
「うっ……だったら、イコさん先輩は村上先輩の
「ものごっつ欲しい」
「ほらぁー!」
「そらまあ、二択で言うたらそうなるわ。せやけど実際、ないもんねだったところでしゃーないしなあ。欲しがったところで手に入るもんやないんは
「え、え、そんなシームレスに話題転換されても――お、音楽なんかはどうでしょうか……?」
「ええやん!」
今日から俺は浪速のクラプトンや! とでも言わんばかりにエアギターをじゃんじゃか掻き鳴らし始める生駒。このひと本当にノリと勢いだけで生きてるな……と呆れた気持ちになりつつも、
……なるほど。
あたしはまだ、
犬飼澄晴はこんなことを言っていたが、実際に影浦が
「……その、やっぱり良いことばかりって訳じゃないんですかね。村上先輩の
「――そうだな。初めてあいつの
「確かに……」
言われてみればその通りだ。自分の所属している組織に対してこう言うのもなんだが、わざわざボーダー隊員などという辺鄙な職業に就かずとも、村上の
どうして彼は、防衛隊員などという
荒船は帽子の唾を持ち上げ、大画面の向こう――影浦雅人と斬り結んでいる、件の男へと視線を移して、言った。
「『その道はオレが楽しくても、周りの皆がイヤな思いをするって解ったから、もういいんだ』――あいつらしくないひでえ面してそう言ったのを、よく覚えてるよ」
「……それは……」
「君はさっき、鋼のことを僻んだりやっかむ気持ちはないって言ってたが――昔の鋼の周りにいた連中は、そうじゃなかったってことなんだろうな」
村上鋼の
言い換えればそれは、普通の人間の成長速度に合わせることが出来ないということだ。彼が新しく何かを始めようと思った時、自分と同じ初心者の輪の中に入っていったとしても、あっという間に彼は輪の中でずば抜けた存在になってしまう。約束された突出。集団の中に埋没することを許されない。それは確かに、孤独の源となってもおかしくない力ではある。
その一方で、ならば自分の成長に合わせてステージを上げていけばいいだけの話なのではないかとも撫子は思った。例えば、サッカーならばプロの下部組織に入ってみてもいい。或いはそこでも成功を収めてしまうのかもしれないが、そうなれば後はいよいよだ。周りの目など気にせず、行けるところまで行ってしまえばいい。その道を村上が自ら閉ざしてしまったのは、あくまでも遊びの
――村上自身が、自分の
だとしたら、それは。
「……もったいない、ですね」
「……ああ。そうだな」
言葉少なに、荒船は同調した。
村上がボーダー隊員という職業に就いたのも、或いはそういった心の痛みから逃れるための選択だったのかもしれない。身に着けた技術は市民の生活を守るために活かされ、振るう相手は異世界からの来訪者。『誰かのため』という理由が、己を鍛える免罪符になる。彼が何処までも強くなることに、不満を抱く者など現れる筈もない。
ランク戦などというシステムさえ存在しなければ。
撫子は自分の立っている空間――ランク戦ロビーに群れを成している、数多の隊員達へと視線を移した。
結局、村上鋼は防衛隊員という立場に身を置いて尚、コミュニティ内での競争から逃れることは出来なかった。
……今度こそ彼は、
「――だから、今のあいつは毎日が楽しくて仕方ないんだろうな」
そんなことを、考えていたせいか。
荒船が口にした言葉の意味を、撫子は一瞬、理解することが出来なかった。
「え……?」
「自分の身に着けた技術や経験を、真正面から受け止めてくれるやつがいるっていうのは――鋼にとっても救いになってるんだろうなって、そう思ったんだよ」
そう口にする荒船の視線は、先と変わらず大画面の対戦映像へと注がれている。
釣られるように、撫子も彼と同じものを視る。荒船哲次の心を理解するために。
10本勝負、最後の一戦。相打ちにでもなったのか、いつの間にか両者の片腕が失われてしまっていた。影浦は千切れた左肘の先から光の刃を構築し、右手と共に不格好な二刀流を継続している。一方の村上も、大楯を構えていた左腕が欠損して尚、右手の刀と通常のシールドを巧みに使いこなして、影浦の猛攻を凌ぎ切っている。一歩間違えばあっさりと防御を抜かれてしまいそうなものなのだが、これも
素人目にも察せられる。村上鋼は加減などしていない。自身の
そして。
そんな村上の全身全霊を前にして、
――笑っていた。
(……本当に、ぜんぜん、違う)
昨日の自分が見た、不機嫌を顔に貼り付けた苛立ちの塊のような男と。
画面の向こうで生き生きと刃を振るい、村上との
一体どちらが、本当の彼なのか――などと仕様もない二元論に走るつもりはない。気の合う人間と合わない人間、それぞれに対して異なる態度を取るのは自然なことだ。人間というのは何処までも、
ただ――先にこちらの顔を見ていたら、影浦に対する自分の印象はだいぶ違っていただろうなと撫子は思う。昨日の影浦には迂闊に視線を向けることすら恐ろしかったのだが、今の彼の表情は、どちらかというと。
……上手く言えないんだけど。
なんかいいな、って。そう思うのだ。ふつうに。
その繋がりを尊いものだと思う反面、女のあたしにゃ割って入れない関係だなあ――と、彼らのことを少し遠くに感じる気持ちも、あったりなかったりする。いや、トリオン体になってしまえば性別の壁など関係なく対等に渡り合えるのかもしれないが、だとしても自分は
少なくとも自分には、あんな風に影浦雅人から楽し気な表情を引き出すことなど、決して出来はしないだろうから。
(――うん?)
そこまで考えてから、自分の思考の流れに、ふと違和感を覚えた。
……別に、あのひとが笑っていようが怒っていようが、あたしには何の関係もないでしょーよ。
なんであたしが、あのひとを笑顔にせにゃならんのだ。そんなにあのひとの笑ってる顔が見たいんか? あたし。
そりゃまあ、いっつも不機嫌そうな顔してないでにこにこ笑ってくれたらなあとは思いはしたけどさ。あたしがわざわざ笑わせようとする理由なんか、どこにもないでしょ。
あのひとは被害者で、あたしは加害者。あたし達の繋がりなんて、今のところはそれだけなんだから。
よけーなことを考えるな、日向坂撫子。あんたは黙って、あのひとにごめんなさいすることだけ考えてればいーのよ。ぺしぺし。
「――正直、ああやってカゲと互角に渡り合ってる鋼を見て、何も思うところがないって言ったら嘘になる」
「……へっ?」
不意に語り出した荒船を前に、間の抜けた声を返してしまう撫子。いかんいかん、さっきとは別の意味で荒船先輩の話を理解し損ねてるぞあたし。自分のことばっか考えてないで人の話を聞きなさい。
撫子の漏らした声を自身への返答と受け取ったのか、荒船はそのまま言葉を続ける。
「鋼のやつに剣を教えたのは俺なんだ。俺と鋼は同い年なんだが、ボーダーに入ったのは俺の方が1年くらい早かったからな」
「……な、なるほど」
今度こそ明確に相槌の意を持って頷く撫子。単なる友人同士ではなく、師弟関係でもあったのか、この二人は。
1年というアドバンテージ。普通に考えれば、容易なことでは埋められない経験の差だ。けれど村上鋼には、その1年を一夜で飛び越える異能が備わっている。
だから撫子は、荒船哲次が次に何を口にするのか、耳にするよりも早く察してしまった。
「――だがまあ、もう追い抜かれちまった」
「…………」
「一応、数字だけならまだ俺の方が上にいるけどな。直接勝負じゃもう敵わない。あいつは俺の
「……くやしかった、ですか?」
「――まあ、な。師匠としての一番の喜びは弟子に追い抜かれることだなんてたまに聞くが、どうやら俺にその法則は当て嵌まらなかったらしい」
「……そりゃあ、そうですよ。師匠って言ったって荒船先輩、まだ全然これからのお年じゃないですか」
「ああ、そうだ。――だからまあ、逆に言うなら俺はまだまだ
そう言って。
帽子の唾を持ち上げて、荒船哲次は口元に、不敵な笑みを浮かべた。
村上鋼に
「イコさん風に言うんなら、俺には俺の道がある。鋼が自分自身をひたすらに鍛え上げるんなら、俺は俺のやり方でボーダーっていう組織そのものを鍛え上げてやるさ。決して
「今……なんか呼ばれたような気がする……」
「すみませんイコさん先輩、今まじめなとこなんで脳内武道館を満員にする作業に戻って下さい」
「Laylaaaaaaaah! you've got me on my knees!!」
「――何の話でしたっけ」
「……今の台詞を俺にもう一度言わせる気なのか……? 勢いで長々と語っちまったから思い返すと結構恥ずかしくなるんだが……」
「ごめんなさい、つまんないウソです。――正直、めちゃくちゃカッコいいですよ。荒船先輩」
「……そうかい。ありがとよ」
礼意を示したつもりなのか、苦笑と共に荒船がさらっと帽子を脱ぎ――ふお、おおおおおおお……!? えっちょっ待っ、ヤバいヤバいそうだろうなとは思ってたけど帽子オフ荒船先輩やっぱりフツーにカッコ良くていきなり見せられると破壊力すっごい……! マキマさん助けて! あたしこのひとのこと好きになっちまう!! そんな日向坂デンジの胸中も知らずに、荒船哲次は言葉を畳みかけていく。
「――
「しぇっ――しぇんぱい!? あたしが荒船先輩のセンパイ!?」
「誰かに物を教える自分っていうのは想像付かないか?」
「だっ、だってあたしまだB級に上がったばっかりだし、そもそもあたし自身が
「それでもいつか、君が誰かに自分の経験を伝えるときっていうのは必ず来る。
俺が言えた台詞じゃねえけどな、と。
……狙撃の技術を、誰かに教える自分。
そんなものは、一度たりとも想像したことがなかった。自分のことだけで精一杯だった。けれど荒船の言う通り、自分はもう
過ぎ行く時間というやつは、本当に、嫌になるほどあっという間だ。
『何者かになりたい』などというモラトリアムに浸ることを、時の流れは許してくれない。いつ如何なる時も、現実は現実だけを容赦なく突き付けてくる。
そして、今。
現実の自分が向き合わなければならない、一番の相手といえば――
――清算しなければならない。
現実を。あたしの罪を。トリオンなどという
生駒達人。荒船哲次。彼らとの交流は実に楽しく、有意義で、新たな発見が得られる貴重な時間だったけれど。
「……おっし」
最後に、頬をぴしゃりと叩いて。日向坂撫子は、自身に喝を入れ直した。
なんだこいつ乙女ゲー主人公みたいな立ち回りしやがって
次回、最終話(仮)。